事故れば道連れ、世と別れ
今回はギャップ萌え回です。
ギャップのある女子というのは普段と違う姿にきゅんとなるものですが、普段が好感度メーターが平均値よりやや下の印象なのに、プラスの印象を見せられて好感度が急上昇する要素ならいいギャップ萌えです。良いか悪いかは個人の物なのでなんとも言えません。
作者としては無感情女子が突然満面の笑みで微笑むとかいう普通に考えてどきどきするシチュエーションを見たいものです。しかし現実は残念なことにその逆の方が多いです。
死ぬまでには楽しいギャップ萌えにエンカウントしてみたいもんです。
以下、主観【シャルロッテ・ベルン】
さぁ始まりました、真紅の天使が地獄のアスファルトを焦がします。
ベルンから郊外へ出た瞬間、レース用のコースへ繰り出して、いきなりアクセル全開だー!
10分が経過したところで時速は240kmを越えてるぞ!
地面から車体が跳ね上がる度に、同乗者の魂もどこかへ吹き飛んでしまいそうだぁーっ!!
「ジュリエット。さっきからなんで実況中継風の語りをしてるの?」
「いっぺんやってみたかったの。それと、こうでもしてないと気が紛れないから」
「…………そうね」
泣きそうです。
私はただおいしいお肉を食べたいだけだったのに。
優雅な時間を大好きな友達と一緒に過ごしたいだけだったのに。
なんでこんな地獄を見る羽目に?
これも全部、セバスのせいだ。
私の感謝の言葉に利子を付けて返却していただきたい。
でもまぁ、考えようによってはこれが最も早く到着する手段ではある。外の景色でも眺めて暇を潰しておこうかしら。
ぐるぐると目まぐるしく変化していく景色。
この時期は整備された道路を横切る動物たちや、かわいらしく咲いた花々を愛でるのがベルンとグレンツェンを行き来する楽しみの1つとされている。のだが、当然のように全てが一瞬で過ぎ去っていく。
風景を楽しむ余地などない。
カメラのシャッターの閉じるスピードを最も遅くしてしまったならば、きっと画面いっぱいの緑色になるに違いない。
時々、ソフィアが外を指さして、『あそこに鹿の親子がいたよー』とか言ってくれるのだが、教えてくれた時には遥か彼方。点になって消えていた。
消滅していく全てを見送りながらため息をつく。と、このタイミングで出てはいけないものが出ようとする。
トイレに…………行きたいんですけど。
もう少しするとサービスエリアがある。
よかった危ない助かった。
ベルト川を越えてしまうと、次の停留場まで少し距離がある。
我慢できないこともないが、こういうことは早いに越したことはない。
背中越しに運転手に停車をお願いすると、もちろん却下。
却下された!?
何故にwhy!?
「だってぇ~、ドライブスルーに寄ったらスピードが足りないんだもん」
意味が分からない。
スピードが必要な意味が分からない。
今もすでに意味が分からないほど速度を出してるのにこれ以上、何を欲っするというのかマルタ・ガレイン。
だけど、と言葉を繋いで、足元に転がるビニール袋の中のものを使っていいと言う。
何か嫌な予感がする。
嫌な予感以外のものを一切感じない。
恐る恐る中身を確認すると、それは超高級おむつ。
蒸れない、じめらない、さらっと快適。なんと1枚800ピノ (約1000円)もする驚愕のお値段。
ここで穿けと!?
そしてしろと!?
変装してるとはいえ、私はお姫様。
走る個室にいるのは女の子だけとはいえ、私は天然もののお姫様。
さすがにそんなことができるはずがない。
え、てゆーか、普通の人って人前でおむつに穿き替えたりするものなの?
違うよね?
そんなわけないよね?
てゆーかてゆーか、大きい方だし!
それどころの話しじゃないし!
やばいよやばいよ。この人、本当に減速する気が全くない。
むしろ加速してない?
加速してるよね、なんで!?
もうすぐそこにベルト川。
すると余計にお腹を緊張させる光景が飛び込んできた。
私の常識では川を跨いで車を渡す橋っていうのはアーチ状をしている。
なのに、なんでこの橋は…………半分しかないの!?
それに妙に天に仰け反ってるようにも見える。
まさかだよね。
まさかそんなことないよね。
やめてやめてちょぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッツ!?
なんということでしょう。
世界レベルのアイススケーターもびっくりのジャンプを体感してます。
右斜め前に3回転。着地に成功した時は、本当にもう死んだと思いました。
ついでに見えた外の景色には、反対車線からもジャンプした車が、我々の下を通ったように見えました。頭のおかしいドライバーっていうのはどこの世の中にもいるようです。
しかしここからが大問題。緊張の糸がほぐれてしまったものだから、すっきりしたいとお腹に潜む者が暴れ出したではないか。
さすがに限界。もう限界。とはいえおむつに穿き替えてる最中に、チャンスとばかりに躍り出すに違いない。
もうこうなったら、こうなったらもうアレをやるしかない。アレをやってもらうしかないッ!
「そふぃ、いえフレイヤ。一生に一度のお願いがあるんだけど、聞いてもらえるかしら」
「一生に一度のお願いでなくても、できるだけ叶えようとは思いますが、何でしょう?」
「転移魔法、使ってもらえるかしら」
笑顔を向けたはずなのに、彼女は顔を真っ青にして涙ぐむ。
「…………ッ! ずるいっ! 1人だけ逃げようなんてそんなのあんまりですッ! 私の魔力では人一人を1日1回跳ばすことしかできないのは知ってるでしょ?」
叫ばないで。
お腹が、お腹がヤバいの!
「違う、そうじゃない。いつか約束したでしょ。死ぬときは一緒だって」
「そんな約束はした覚えはないけど、フラグになるようなことは言わないで。それで、具体的なお願いって何?」
「だから転移魔法…………ッ! 私の…………アレを跳ばして。お願い早く」
「アレって、ま、まさか…………嘘よね? 本気でそんなこと言ってないよね?」
本気かどうかだって?
本気で言ってるに決まってんじゃん。
こんなこと、あなたにしか頼めないんだからね。あなたにしか頼まないんだからね。
前門の宮廷魔導士見習いをなんとかできないなら、後門の茶色い悪魔をなんとかするしかないじゃない。
それともパンツの中にしろと?
おむつを履いている最中に吐き出せと?
嫌ならやるしかないじゃない。
人生は、やるかもっとやるかしか選択肢はないのよ?
絶叫し、助けを求めるフレイヤなど気にも留めず暴走を楽しむマルタさんの目に、あるサインが飛び込んだ。
並走する車からパッシングを受けてるではないか。
これはつまり、その筋の人の言葉でいう所の『オレちゃんとスピード勝負をしようぜ』の合図だ。
現時点で時速200kmを越えてるのに?
もっとスピードを出すの?
バカじゃないの?
横目で見やるマルタさんはやる気満々。
ここでなにかに気付いたようだ。
「あらあら…………あら? この車、さっきの橋でジャンプした時にすれ違ったやつです。わざわざ追いかけてくるだなんて、随分と血気盛んですね。あっ、この車!」
「ちょ、マルタさん。そんなことより、どこかに車を止めてジュリエットに!」
フレイヤ絶叫。
「嫌ぁーーーーッ! 野ざらしでそんなことできるわけないでしょッ!!」
私も絶叫。
「私だって嫌ッ! だって私の転移魔法は跳躍させるものを直接触ってないといけないんだもん。ということはつまり、そういうことでしょッ!」
「友達でしょ! 私たち友達でしょ! だったら大丈夫だから。私のは綺麗だから!」
「意味が分かんないし汚いし! これ以上無茶言ったら絶交だから! 無理やりさせようとしても絶交だからぁッ! だからお願いします。とりあえず車を止めて下さい。橋も過ぎたんですからいいですよね!?」
「それはダメよ」
「「なんでッ!?」」
絶叫して発狂しそうな我々とは正反対。
彼女は真剣な眼差しで冷や汗の止まらない2人に振り返る。前見て運転してくださいッ!
「2人とも、最近のニュースで世を騒がせてるモンスターカーハンターの話しは知ってますか? 通常のカーレースは常に並走して、決められたゴールに先に着いた方が勝利となる健全な勝負なのだけれど、モンスターカーハンターは相手の正面を塞いで先を譲らないだけでなく、トランクから射出した網を相手のタイヤに絡ませて事故らせる超悪質ドライバーなんです。国から懸賞金がかけられているのだけれど、なかなか倒せる人がいなくて困ってました。でも…………ちょうどいいですね。晴らせぬ仕事のストレスと、数多散っていった故障車の怨み、晴らします」
それって健全なの?
悪質を通り越して殺人未遂じゃん?
逮捕じゃなくて倒すの?
ストレスを発散したいのは分かるけど、私たちを巻きこまないで!
あとちゃんと前を見て運転して!
とてつもなく真剣な表情で並走する車を睨みつけ、瞳の奥に怪しい輝きを灯すマルタさん。
我々の命も精神の安心もお構いなく、パッシングを繰り返して合図を送り合った。
あぁ、もうこうなったら人の話しを絶対聞かないモード突入ですね。
小さくカウントをとって地獄の入口へご招待。
タイヤが小石を踏んだ衝撃で車が浮く異様な滞空時間の長さだけでもう、お腹がきゅうきゅう悲鳴を上げて、脳みそと心臓を通って足先に血が凄い勢いで行ったり来たりして生きた心地がしないというのにこれ以上の刺激は強すぎる。
ここからさらに加速するだと?
そんなことをされたら、そんなことをされた日には、後門の悪魔が絶叫して発狂して私を絶望させるに違いない。
それだけは、それだけはなんとかしないと…………ッ!
「ソフィア、いいえ、フレイヤ。私たち、親友よね♪」
カウントがゼロになる寸前、抵抗するフレイヤの油断を誘って腕を掴み、悪魔を退治してもらうために後門の中へ中指をぶち込んだ。
きっと人生で最も大きな声をエンジン音でかき消されながら、きっと人生で最も速いスピードで魔法を行使して茶色い悪魔を退治してくれる。
さすがは我が友。頼りになるったらないわね。
それにしてもこんな感覚は初めてで、ちょっと体がビクッてなっちゃった。なかなかどうして癖になりそう。
ウォシュレットトイレってこんな感じなんだろうなぁ。ふふっ。
マルタさんはゼロのカウントとともにハンドル下から伸びる謎のレバーを手前に引くと、一瞬、スピードが落ちた。その後すぐ、後方から何かが起き上がる音が聞こえる。
トランクと思われる部分がシャッターのようにスライドして開き、楕円形のエンジンが3台、顔をのぞかせた。
どこかで見たことのあるデザインだ。どこでだったっけ。
流線形の、形容するなら小さなスペースシャトルみたいな形。お尻のほうには板状の鉄の羽がくっついてる。
頭の上にはてなマークが浮かぶも、はてなはすぐにエクスクラメーションマークへ早変わり。
耳をつんざくような高い音を立て、板金のつなぎ目から光が放たれる。
あぁ、アレだ…………ジェットエンジンだ。
それも新品のエンジン。
ぴっかぴかのおニューの輝き☆
新品の…………エンジン………………。
瞬間、セバスの笑い声が聞こえた気がした。
喉のつかえがとれたと思ったのも束の間、轟音とともに背中から座席に叩き付けられて意識が飛んだ。
まるで映画のD●ELのような恐怖と、BAC● T● TH● FUTUR●のように景色が光の線になって消えていくような、爽快感にも似た絶望が全身を包んだ。
死を目の前に、私は神に祈りを捧げ…………祈るように諦めた。否、これからどんなことが起ころうとも受け入れよう。潔くそう思ったのだ。
フレイヤはそれどころではないけど。むしろ後門の悪魔と戦った後遺症で号泣してる。
涙で前が見えてない。前が見えないというのは、この場合、羨ましいことである。
スピードメーターも振り切れて、認識できるのはマルタさんの嬉しそうな声。
気のせいかもしれないけど、『あっひゃっひゃ』と叫んで何やらとても楽しそう。
あっひゃっひゃ、の部分は聞き間違いだろう。いくらモンスターカーを乗り回すスピードクレイジーとはいえ、笑い方まで絵に描いたクレイジーボイスなわけないもんね。
仮にも宮廷魔導士見習いの淑女だもんね。
普段は優しい笑顔を浮かべるかわいらしいお姉さんだもん。
「あっひゃっひゃっひゃっひゃっ! ざまぁみさらせモンスターカーハンター! ジェットエンジンに炙られてウェルダンにしてやんよぉ! うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃあぁッ!」
うわぁー…………車の運転って、その人の性格が出るっていうけど、こんなにも露骨に本性が露呈することってあるんだ。
脳内麻薬がドバドバ。性格の豹変した彼女はテンション爆上がり。
スピードMAXビートのままグレンツェンへ一直線。
なんていうかもぅ、想像以上に早く着きそうで良かったです。
そう思っておこう。
それで、この速度の車をどうやって止めるんですか?
作者もびっくりの下ネタ回となりました。
まさかお姫様とその侍女にこんなことをさせるとは…………。
人っていうのは危急の事態に陥ると思考がおかしくなるものです。
そういう時こそ冷静に感情をコントロールせねばならないのでしょうが、なかなか難しいもんです。
優しい笑顔のお姉さんがスピードクレイジーだったり、普段からペルソナを被っていい顔をしているお転婆お姫様がパニックに弱くなりふり構わなかったり――――――――ギャップ萌えですね!




