魔獣来たりて、ぶっ殺す 9
ランチを食べ終わったら休憩する間もなく3時のおやつタイム。くわえて、サンジェルマンさんが一人一人に魔獣討伐に関する聞き取り調査を開始。
メタフィッシュによるチェックポイント到達とゴーレム戦を免除した代わりに、彼らがどのような行動をしたのか、どのように動くべきだったか、反省すべき点はあるか、などなど、緊急時の対応を深堀りして報告書に上げる。
これはそのまま彼らの今後の成長に活かされるのだ。
「実際に相対したアルマたちの聞き取りは超時間かかりそー」
と言いながら、きっとその時になるとテンションめっちゃ上がるんだろうな、と思う。
「俺とアルマは特にだろうな。フィティとカルティカもか?」
「多分ね。でもこれでゴーレム戦を回避できるなら文句なし」
安堵するフィティの背後にシェリーさんが仁王立ち。
「ゴーレム戦くらいなら、ベルンでいつでもできるぞ?」
「うっ…………」
フィティは苦虫を噛み潰した顔をしながら、すみれさんが作り置きしてくれた水玉ラスクのマリトッツォを咀嚼した。
シェリーさんはそのままフィティの隣に座る。笑顔で。超怖い。
「と、ところで、ペーシェさんとアルマが担当してるっていう【ヘラクレスの塔】ってどんなんですか? ダンジョン形式ってことですけど」
フィティが無理やり話題を逸らしてきた。
言葉の先のペーシェさんは一瞬悩んで答える。
「中身までは話せないけど、概要はシンプルだよ。用意した5つのステージを全部クリアしたら豪華賞品ゲット、って流れ。賞品を集めるのはアルマの担当だったよね。そっちはどうなってるの?」
「よくぞ聞いてくれましたっ!」
ふふんっ、と鼻を鳴らして胸を反る。
「賞品はひとつ約80万ピノのものを用意したよっ! 特におすすめなのがステラウォッチ。それもAクラスのギベオン! ペアで作ってもらった! 今回のためだけにっ!」
「ステラのAクラスウォッチ!」
みんなの憧れ、ステラウォッチ。高級感と重厚感、精緻な歯車が動く伝統と技術の結晶。職人の情熱が宿った世界最高の腕時計。
フィティが興奮するのもうなずける。
「シェリーさんの腕時計もステラウォッチですよね。女性らしくてかわいらしいデザインです!」
「ああ、プラチナピンクのステラウォッチだ。役職柄、身に着ける物には気を付けるように――――シスターたちに言われてな」
「「「あぁ…………」」」
倹約家のシェリーさんのことだから、数千ピノ程度の時計を身に着けてやんわり怒られたのだろう。時計や財布にお金をかけるくらいなら、修道院の子供たちに投資する。きっとシェリーさんはそういうお金の使い方をしてると思われた。
気持ちは分かる。しかしシェリーさんはベルン騎士団長。ベルン騎士団の顔であり、出身である修道院の誇りでもある。
そんな彼女の身なりがみすぼらしいとなれば両名の沽券に関わる。
渋々買いに出かけた姿が目に浮かぶ。
「それで、ギベオンウォッチと言ったか。それはどんな時計なんだ?」
シェリーさんに指摘されて、脳裏に浮かんだのは華恋さんの真剣な顔。ステラに持ち込んだ材料のギベオンは華恋さんが提供したもの。
メリアローザに時計はない。あるのは陽時計のみ。陽時計の暮らしに慣れてるメリアローザの人たちはそれでいい。だけど華恋さんは異世界人。グレンツェン側の世界のように時計のあった世界から来た。
なので、時間を見る時に腕時計がないと超不便。そこでアルマに、時計を作ってきてくれと頼まれた。
無茶振りクイーンの名を欲しいままにした華恋さんは被せて華恋節を披露する。
『腕時計はかわいいやつがほしい。ギベオンで作った置時計も欲しい』
それで終わらないのが華恋さん。
『置時計のギベオンはカラクリ機構で作ってもらって。ギベオンを切り出す時は原子レベルで切断して、パーツを嵌め込んだ時に隙間ができないようにして欲しい』
原子レベルで切断、って、どういうこと?
分からないのでミレナさんに相談したら、職人の彼女は言葉の意味を理解した。理解したが、話しの次元が高すぎてドン引きした。
それでも仕事を引き受けたのは職人のプライドか、成功報酬として提示されたギベオンの塊の魅力か。
とにかく完成が楽しみだ。
閑話休題。シェリーさんの質問に答えよう。
「ステラの職人さんが、ビジュアルだけにこだわって作った超重量級の時計です。完全にふざけてると思います。総重量5.6キロです」
「それは……完全にふざけてるな……」
さすがのシェリーさんもドン引き。
「でもでも、ビジュアルはちょーかっこいいんですよっ! 戦車かデス●ターが腕時計になったような、そんな印象を受けます!」
「腕時計という名のインテリアだな。ちょっと見てみたい気もする」
「写真がないので、残念ながら。でも完成したらパレスミステリーの特設サイトにカタログという形で掲載するので、それで確認してみてください」
「ああ、必ず見るよ。他の賞品はなにがあるんだ?」
「現在確定してるのはラプラスワイナリーのギフトセットですね。四季ごとにオーナーが選んだワインとおつまみが届くプレミアムギフトです」
「それ、酒飲みにはめちゃくちゃ嬉しいな」
「ですです。お酒のプロが選ぶセットですからね。ハズレ無しですよ」
ただのギフトセットではない。プロの醸造家が選ぶおつまみとワインセット。付加価値が高い商品と言えよう。ある意味、80万ピノ分のお酒とおつまみ以上の価値がある。
ちょっと話し疲れちゃったな。
アールグレイとナッツの入ったラスクと、甘夏の果汁を混ぜたバタークリームをサンドしてぱくり。なんて素敵な休日なのだろう。
アイスティーを飲んでほっこり。なんて素晴らしいサマーバケーションだろう。
「でもさ、そんなに高額な賞品にして大丈夫なの? ぽんぽんクリアされたら赤字じゃない? 入場料をぼったくるの?」
「ぼったくるとか言うなや」
フィティの言葉遣いがあまりよくないですな。
アルマが余計なことを言いそうなことを察知したペーシェさんが割って入る。
「入場料は1人1000ピノにするつもり。2日目は1500。最終日は2000に上げる。日に日に攻略情報が出るからね。その分、クリア確率が上がるから」
「アトラクションとしては分かるんですけど、やっぱり賞品が大盤振る舞いすぎる気が」
「大丈夫大丈夫。誰にもクリアさせる気はないから」
「……………………え?」
「ん?」
フィティの顔が素っ頓狂になった。
ペーシェさんは冷静そのもの。クールなレディは焦らない。
「ほら、インパクトって大事でしょ? 豪華賞品を用意して、世界中の猛者や剣闘士を集めて返り討ちにするの。世界中の遍く人々を寄せ付けないダンジョン。話題になると思わない?」
「あ、はい……話題には、なると思います…………」
ペーシェさんとアルマの導き出した答えにたじたじといった様子のフィティがそこにいた。
煽るだけ煽り倒し、天上天下唯我独尊と思ってるやつらの鼻っ柱を全員まとめて叩き折りたい。アルマの願望を叶えてくれるペーシェさん、超素敵っ!
「アルマ、お前ほんと、ろくな死に方しねえぞ?」
「死にざまはアルマ自身が決める。なんにせよ、簡単にはクリアさせない」
「クリアさせないって、ダンジョンの内容的にクリアできないってこと? 詐欺では?」
「そんなわけないじゃん。そこんところはペーシェさん、お願いします」
アップルティーでほっこりしてる人の口から出たとは思えないような言葉がフィティたちを襲う。とても優しい口調で。
「理論上はクリアできるよ。理論上は。全てのステージにはルールがあって、それに沿っていけばクリアできるよ。そのルールを見つけられるかが問題だけど。あとはまぁ、知力、体力、精神力があればクリアできるかな。多分。ちなみに、ライラさんの戦闘能力を参考に作ってるから」
「それやっぱり誰にもクリアできないですよね?」
ペーシェさんの答えは否。
当然だ。作り手だから。攻略方法を知ってるから。
知らない人からしたら、きっと絶望でしかないだろう。
嫌な顔をされて危機感を感じたのか、ペーシェさんは自慢げな口調で催促する。
「でもきっと面白いと思うから、せめて一度は挑戦してみてよ」
「うん。せっかくだし一度は挑戦してみたいな。ダンジョン形式のアトラクションなんて見たことないし」
「何度も挑戦して、いっぱいお金を落としてくれ」
「アルマ、お前…………ッ!」
いかん。うっかり本音が出てしまった。
「私の戦闘能力が、なんだって?」
ライラさん御降臨。
ことのあらましを説明したうえで、ペーシェさんがふっかける。
「いやぁ~、さすがのライラさんでもヘラクレスの塔はクリアできないでしょうね。なんせあたしたちが作る最高傑作ですから」
ライラさんの眼輪筋がピクッと動いた。
心なしか口角がつり上がる。
「随分と煽ってくれるじゃないかぁ~? これでもまだまだ現役だ。ベヒーモスだって一撃だったんだぞ? どんなダンジョンだってクリアしてみせるさ」
「ベヒーモス?」
ライラさんがうっかり口を滑らせた。
「フィティ、そこはどうでもいいんだ。とにかく、私はどんな試練でも受けてみせる」
「ということは、当日には必ず参加してくれるということですね?」
「もちろんだ。必ず参加する」
言質とったーっ!
「ちなみに、最大5人での参加なので仲間を募って来てください。バラしちゃいますが、人数が多い方が有利です」
「5人か。シェリーとサンジェルマンは確定として、残り2人は誰にするか」
「既に私が確定枠に入れられてるんですか……」
問答無用でシェリーさんとサンジェルマンさんが選出された。
真剣に悩むライラさん。肩を落として諦めるシェリーさん。彼女たちの隣で、アルマとペーシェさんはハイタッチして大喜び。
「どうしたの、アルマ、ペーシェさん。ライラさんがガチでやるって決めたからには、赤字必至になるんじゃ?」
「問題ないない。ペーシェさんは天才だから。でもまぁ、この場合の脅威はライラさんよりサンジェルマンさんかな。知識と経験と、チームを指揮する能力の高さが怖い」
「そんなところに恐怖を覚える人なんて初めて見たよ」
ダンジョンを仕掛ける側からしたら、サンジェルマンさんが一番怖い。
ペーシェさんの仮想戦でも、サンジェルマンさんが大活躍するらしい。
「一応、それでもクリアできる確率は低いんだけどね。可能性自体は跳ね上がるけど」
「できればサンジェルマンさんは連れてこないでほしいです」
これは本気の嘆願。
「そう言われるとサンジェルマンは抜けないな。しかしそうか。力業で突破できないなら、変化球が投げられるやつがいるな。私は常に直球ど真ん中しか投げないから」
「自分でそう言っちゃうところがライラさんの魅力」
「褒めるなよぉ~♪」
いつでもまっすぐに突き進むライラさんは見ていて気持ちよく、背中は頼もしく、そこに至るまでに積み重ねてきた研鑽に畏怖と尊敬を覚える。
なんて眩しい笑顔なのだろう。アルマたちはヘラクレスの塔を通して、ライラさんの笑顔を悔しさに満ちた表情に変えてやるぜ。
ふふふのふ♪




