魔獣来たりて、ぶっ殺す 5
以下、主観【アルマ・クローディアン】
アルマは今、興奮してる。
海を時速90キロで疾走。こんな速度で走ったことはない。
ひとつ残念なことがあるとすれば、今、アルマたちは追い回されてる。個人的には追われるより追い回して魔法をぶっ放すのが好きなアルマとしては、逆の立場でいたいもの。
しかし仕方ないのだ。あのままでは後ろにくっついてるやつが一般エリアに入ってしまうから。アルマが囮になって引き離さなくてはならなかったのだ。
「こいつが噂の魔獣ってやつかー! 薔薇の塔にいるシーサーペントに比べたらちっちゃいなー!」
比較して、あいつより弱小と思い込めば精神的に楽になるもの。
でもエディネイは違うみたい。魔獣とも、モンスターとも対峙したことのない彼女は恐怖心が脳内を支配した。
「アルマがどんな経験をしてきたのか知らんけどとにかく俺たちはこれからどうすりゃいいんだッ!?」
状況を説明しよう。どこからともなく現れた鮫型の魔獣に追い回されてる。
移動式のチェックポイントだと思ったら、あらびっくり。南洋から迷い込んだ魔獣ではありませんか。
ペーシェさんから勧められて観たC級映画の主人公よろしく、鮫の魔獣に追い回されているのだ!
「グレンツェンに戻ったらペーシェさんに思い出話しができるな!」
「鮫に追い回されててよくそんなこと言えるなッ!」
「モンスター退治は冒険者の最もポピュラーな仕事だから! てか、騎士団だって魔獣退治を前提とした組織じゃん。半泣きになってどうすんの!?」
「本格的な実地研修は基礎訓練を修了してからだから俺たちはまだ現地に出向いたことがなんだよッ!」
「しょうがねぇなぁ~♪ エディネイは幸運だね。現場で戦ってきたアルマの姿を間近で見られるなんて!」
「お前のそういう前向きなところは尊敬するけどこれからいったいどうすんだ!?」
そんなの決まってる。相手が追ってくるんだから、後方に魔法をぶっ放すだけ。
ともあれ、空気中より水中のほうが魔法抵抗力が強い。
さらに言うと、アルマの得意な魔法は火と風。水中での戦闘には圧倒的に不利。
「と、思ってるエディネイに教えてあげよう。水中での戦闘というものをっ!」
「もしかして、海水を沸騰させるのか!?」
「そんなことしたらアルマたちも茹でダコじゃん。まぁ見てなって――――ふっ、ふひひっ! 久しぶりにこの魔法を使う時がきたなぁ~~~~♪」
「お、お前……めちゃくちゃヤバい顔してんぞ…………ッ!」
ヤバい顔だって?
そりゃ火力大好きアルマちゃんからしたら、今からやろうとしてることを思うと興奮冷めやらぬというものよ!
フレイム・イン・シャボー。風の膜の中に超高温の火の玉入れた魔法。風の膜が弾けるとともに、圧縮された超高温の炎が水分と触れる。すると、水分は水蒸気と化し、体積を1700倍にする。
水分の蒸発と膨張により、巨大な水蒸気爆発を起こすのだッ!
これを使ってシーサーペントをぶっ殺したものだ。バラバラになって採取できる部位がほとんどなくて、仲間に泣かれた記憶が懐かしく思える。
それからというもの、風刃の練度を上げて首ちょんぱするようになったんだっけ。
しかし!
今倒すべきは魔獣!
木っ端微塵粉にして問題なし!
「木っ端微塵にするのはともかく、周囲に被害を出すのだけは無しな」
「大丈夫。周囲は広い広い海だから。海底火山が噴火したんじゃないかって騒ぎになるだろうけど」
「……………………」
沈黙を可と受け取ります。
それでは、ふふっ、ふふふっ、さっそくふひっ、さっは、ははははははっ!
「笑ってないで早くやれよ!」
「わかったわかった。はい。フレイム・イン・シャボー」
「軽いなっ!」
背後へ放り投げ、魔獣がしゃぼん玉に接触すると同時にドオオオォォォォォォンッ!
圧倒ッ!
爆散ッ!
大☆爆☆発ッッッ!
「お前、マーリンさんの火薬草についてなにも言えんぞ…………?」
ドン引きのエディネイを置き去りにして、高笑いが止まらないアルマ。手応えを感じたアルマは意気揚々と探索に戻る。と、ちょうどフィティから念話が飛んできた。
『アルマ逃げろーーーーッ!』
なぬっ!?
振り返ると映画に出てきたシャークが大きな口を開けて迫ってた。
迫りくる死を眼前にしてアルマは郷愁に駆られる。冒険者をしてた時はよくこんな状況に出くわしたもんだ。
硬直して動けないエディネイとは違い、経験のあるアルマはメタフィッシュを操作して身を捻った。
水蒸気爆発の効果がないわけではない。半身は砕かれ、内臓をぽろりしてる姿はゾンビ化したシャークそのもの。ペーシェさんに見せたらテンション爆上げしそうなビジュアルである。
というのは置いといて、半身が欠けてまだ動けるとは驚きである。魔獣とは、濁った魔力をその身に宿してしまい、理性を失った害獣の総称。
自然の理のひとつとはいえ、これはあまりに無惨である。無惨な姿にしたのはアルマなのだけど。
『こちらフィティ! アルマ生きてる!?』
おっと、生存連絡するの忘れてた。
「こちらアルマ。エディネイと共に無事。フィティがここにいるってことは、他のみんなにも情報共有してくれたってことでオーケー?」
『一番早く動けるエミリアたちがキバーランドに行ったよ。マルコがマリンポリスに連絡を入れてくれた。彼らが到着するまでは、あたしたちとアルマ以外が一般エリアの防衛に就いてる。だから会敵してるのはあたしたちとアルマたちってこと。とかく討伐部隊が到着するまで一般エリアには入れず、できれば足止めして欲しいって。遠洋に出られると索敵が困難になるから』
「足止めなんてぬるいこと言ってる場合じゃねえぜ! 確実なのは、ここで仕留めちまうことだろうよ!」
『できればいいけど、少なくともあたしたちは水中での攻撃訓練はしてないし、なにができるかわかんない。とにかく回避と囮に専念するつもりなんだけど……』
「つまり、アルマが攻撃に回るから、フィティたちは囮してくれるってことね。完全に理解した」
『なんて都合のいい解釈。さっきの爆発を何回かお見舞いしてやれば完全に停止できる?』
「できる。木っ端微塵になるまで爆発させ続ける!」
『アルマって結構暴力的だよね』
「――――魔法の特性上、魔獣の前にアルマたちがいないといけないから、フィティたちは少し距離を置いて並走して。遠洋に出ないように西側にいて欲しい。ユーコピー?」
『ア、アイコピー……』
ふむ。本番の魔獣戦が初めてのフィティも緊張してるようだっ。
都合の悪い話題を無視して魔獣の鼻先につく。背骨と頭部が無事なせいか、ちゃんと泳いで追ってきてらっしゃる。
ぐぬぅ。魔獣とはこれほどまでにしぶといのか。魔法耐性が高いのか。わからんが、とにかくぶっ殺してやりたい。
アルマの魔法で葬ってくれるわっ!
「早速、第二弾発射!」
「それ心臓に悪いから他にないのか、って言ってももう遅いか」
もいっちょ水蒸気爆発により巨大な水柱が天に向かって突き上げた。
エコーロケーションで確認するまでもなく、体は真っ二つに分かれ、宙に打ち上げられた五臓六腑はバラバラのバラ。
そしてそれを海面ジャンプして食らい尽くす、メガロドンの影があった。
「「なんだあれッ!?」」
今ぶっ殺した鮫の10倍はでかい。
なんだこれ。魔獣ってこんな変質を遂げちゃうんですか。
そういえば、サンジェルマンさんが若い頃に戦ったタコ型の魔獣は山のように大きいんだったっけ。
なるほど。そう思うとこいつは小型か。
「どう考えても大型魔獣だよ」
エディネイからネガティブな発言。アルマはポジティブが好きなのでいい方向へ捉えようと思います。
「こいつを倒すことができれば、エディネイとフィティとカルティカの評価が上がるんじゃない?」
「お、お前……で、これからどうする?」
うぅむ。考えて、余剰魔力を確認しよう。調子に乗ってフレイム・イン・シャボーに魔力を込めすぎた。
メタフィッシュの運用にも魔力を割くとなると、これ以上の攻撃魔法はご法度。全速力で逃げるため、推進力に風魔法を使わなければならないからだ。
「よしっ! 全力離脱だっ!」
「俺もそれがいいと思う。離脱できるかどうかはともかく」
「離脱できなきゃ、鮫の腹の中で暴れまくる」
「アルマの発想が狂気的すぎて怖いわ」
「――――フィティにも連絡しとこう」
フィティに連絡すると、速攻で了解がとれた。彼女たちのストレス耐性は限界を迎えてたらしい。
リゾートエリアにメガロドンを引き込むことはできない。となるとキバーランド方面へ行かなくてはならない。
キバーランドにはすみれさんたち一般人が何人か残ってる。
だが、すみれさんと同時にシェリーさんとライラさんもいる。世界最高峰の防御力と攻撃力が揃ってるのだ。
サンジェルマンさんも、陽介さんもいる。向かうならキバーランド。最後には捌いて鮫肉でサンドイッチだぜっ!
「そうと決まれば善は急げ。ランチのサンドイッチの具材をお届けだぜっ!」
「お前ほんと頭どうかしてんじゃねえのッ!?」
頭がどうにかなりそうなのは間違いない。今まで出したことのない全速力。時速130キロで超疾走。これでもメガロドンを振り切れないってんだから、魔獣の身体能力たるや驚愕に値する。
しかし悪いことばかりではない。アルマがメガロドンを引き付けてるおかげでフィティたちは余裕で逃げられる。
楽しい地獄への道連れ切符を押し付けられたエディネイはたまったものではない。
「俺の魔力もガンガン持って行っていいから全速力で逃げてくれッ!」
「もちろんっ! しかし島に着いてからどうしようか。フィティたちが現況を報せてくれるだろうけど、ライラさんの攻撃力だとアルマたちが巻き添えになっちゃうんだよねー」
迫る迫るメガロドン。
大口開けてぱっくんぱっくん。
本能のまま食い殺そうと全力疾走。
「時間がなさすぎる。このままだと作戦を立てる前にキバーランドに着いちゃうな」
アルマのぼやきにエディネイが安心を与えようと耳元で叫ぶ。
「サンジェルマンさんたちのことだから、なにか妙策を立ててくれてるだろ。でなきゃキバーランドに突っ込んで森の奥に逃げるぞ!」
鮫だから、陸に揚がれば身動きが取れなくなる。常識的な見解だ。
だが、ペーシェさんに観せてもらった鮫映画にそんな常識はなかった。身をくねらせ、蛇のように地を這い、どこまでも獲物を追いかける。
魔獣となったメガロドンは、きっとそれと同じ類のもの。人間の常識の外。フィクションの世界の存在と同じ。
人知の及ばぬ自然の業。これが魔獣。
人の悪感情が生み出した理性なき獣。
人が最も忌み嫌う、人類の最大の敵。
人が生み出しておきながら――――。
なんて悲しい獣。
なんて哀れな人間。
なんて昏き自然の業。
誰のためにもならない。誰の――――――――いや、いる。いや、ある!
ただひとつ、得をするモノが!
魔獣が生まれて喜ぶモノが!




