魔獣来たりて、ぶっ殺す 2
ここでアルマは思いついた。シェリーさんにももっとおしゃれをしてほしい。
少なくとも、アルマが見てきたシェリーさんの普段着はシンプルそのもの。それもまたおしゃれと言えばおしゃれ。だが、もっとこう、きらきら女子がするような、彼氏に気に入られるために努力する女子のような、そんなおしゃれに身を包んだシェリーさんを見てみたい!
というわけで、少し誘導尋問をしてみよう。
「シェリーさんはいつもシンプルなお洋服ですよね。今日のもそうなんですか?」
「ああ、動きやすい服を選んできたつもりだ」
「つまり、『私服である』と」
「ん? そうだが。なにを考えてる?」
アラクネートさんに目配せ。ピンときた彼女はぽむんと手を閉じて満面の笑み。
「つまり、シェリーさんの言うところの、『おしゃれをするべき服である』と」
「おい。なんだこの流れは」
シェリーさんは狩人に睨まれた小動物の気持ちを理解した。
「「つまり、シェリーさんは『おしゃれがしたい』と!」」
「なんでそうなる!?」
そうとしか聞こえない。否、そういうふうに思いたい。
聞き耳を立ててたマーガレットが速攻登場。瞳をきらきらと輝かせて前のめり。
「シェリーお姉さまのおしゃれをお手伝いしたいですっ!」
「くっ…………!」
子供の純粋な眼差しに弱いシェリーさんに、これを否定する精神力はない。必然的に答えは是。
「う、うぅん…………まぁ、時間ができた時にでも」
「時は今!」
「場所はここ!」
アルマとアラクネートさんの心がひとつになった。
「今ここでって、私はこれから教練があるから、3人の願いに付き合ってやることはできんぞ?」
そこはなにも問題ない。なぜなら、アラクネートさんが職人だから、
「問題ありません。シェリーさんのスリーサイズは上から
「おいちょっと待てなに言いだそうとしてるんだ!?」
見ただけで体格を把握することができるのだ。
それを認識したマーガレットはアラクネートさんに確認する。
「つまり、体形が分かってるから、今日ここでオリジナルのおしゃれお洋服をシェリーお姉さまに作ってあげられるってこと?」
「そういうことです。生地も道具も全部ありますから、みんなでうんとかわいいお洋服をしつらえましょう!」
「よっしゃああああああああああああッ!」
叫んだのはマーガレット。きっと人生で一番大きな声が出たと思われる。攻撃魔法が使えたなら、軽く天井をぶち抜いたに違いない。
嬉しさ半分。照れ半分のシェリーさんはまんざらでもない様子。
「い、いやぁ、マーガレットたちがそうまで言ってくれるなら、頑張っておしゃれしてみるのもいいかもしれないな」
嬉しさが隠れてない照れをするシェリーさんの前に、蛇足とばかりに猫の神様が蜂のひと刺しをお見舞いしにきた。
「シェリーはもう少し身なりというものに気を付けなくてはなるまい。ダサくはないが、つまらん服ばかり選びよる。そんなのでは比翼連理の相手は見つからんぞ」
「おおおおおぉぉおおぉぉぉおおおお前はほんといつのまに俗世に達者になったんだ!?」
♪ ♪ ♪
残念ながら、シェリーさんは教練の準備のために席を外した。マーガレットとアラクネートさん、手を引かれたハイジさんとキキちゃんたちは楽しそうにおしゃれ洋服のデザイン画を起こしまくる。
空いた席に寄宿生一同。彼らにくわえ、厨房が落ち着いて朝ごはんを食べるためにやって来たマーリンさんとベレッタさんと相席です。
最初に口を開いたのはジュ・シェンリュ。卵炒飯に感動して鼻息が荒い。
「これ、マーリンさんとすみれさんが作ったんですか!? 超一級のプロのお仕事です。感服いたしました」
「まぁ私は料理教諭だから、このくらいはね」
「いや、ただの料理教諭でもここまでのクオリティは困難かと!」
感動を露わにするシェンリュの地雷を踏むマルコ。
「卵炒飯ってそんなに難しいものなの?」
「お前に飯を食う資格無し!」
「えぇー…………」
ド直球にひどい。
マーリンさんはひどい物言いをするシェンリュを制してマルコを庇う。
「卵炒飯って、材料がお米と卵だけなのよ。お米の炊き具合も大事だし、卵は火が通りやすいから、焦げつかせずダマにさせず、お米の一粒一粒に卵を均一に纏わせて、ふわっふわの食感に仕上げる必要があるの。少しでも火が通り過ぎると香りが台無しになる。卵をお米に均一に纏わせられないと食感にムラができる。食材はシンプル。だけど、技術力がものを言う料理なの。って言って分かるかな?」
「なるほど。言われてみればたしかに。目玉焼きを作る時も、ちょっと目を離しただけで焦げますもんね」
たとえ話なのに、シェンリュはマジ顔になって地雷を発火させる。
「は? 料理中に目を離すとかなにやってんの? 食材に対する敬意がなさすぎるでしょ。殺すぞ?」
「ご、ごめんっ!」
シェンリュの地雷のボタンの場所が浅い。風が吹いただけで爆発する。
再びマーリンさんがシェンリュをなだめて制し、話題を卵炒飯からスープに変えた。
「こっちのスープもすんごいおいしいでしょ。これ、すみれちゃんが鶏の出汁と野菜のスープをミックスさせて作った特製スープなの。昨日はピッツァ祭りで重めの内容だったから、朝食はしっかり栄養が摂れてあっさりしたものにしたいって」
ここでシェンリュの料理愛が炸裂。
「これ、鶏がら出汁ですよね。ってことは、低温で長時間かけてじっくりゆっくり出汁を取り出してるはず。いったいいつから仕込んでたんですか!?」
「昨日の朝からずっと火入れしてたらしいよ。小精霊に頼んで火の番をしてもらってたみたい。おいしいものに対する飽くなき探求心と情熱には脱帽だわ」
「おいしい料理もそうですけど、あたしたちの体調まで気遣ってくれる真心に深謝!」
「ほんとそれ」
アルマはシェンリュの言葉に合いの手を入れた。毎日おいしくて栄養満点の料理を作ってくれる。これほど嬉しいことがあるだろうか。
ふっくら卵炒飯をぱくり。うまい。
あつあつスープをすすす。うまい。
さくさくコロッケをオーロラソースに絡めてもしゃっ。うまいっ!
「コロッケがおいしいって。よかったね、ベレッタ」
アルマのほころぶ姿を見て、マーリンさんはベレッタさんに微笑んだ。
「なんと! コロッケはベレッタさんが作ってくれたんですか? ありがとうございます!」
「そ、そんな。わたしは丸めて揚げただけで、具はスープに使ってた野菜だし、マーリンさんやすみれみたいに手の込んだことはしてないから」
「それでも! アルマたちのために真心込めて作ってくれたんですよね。ありがとうございます!」
「え、えぇと、どういたしまして……」
照れながらも嬉しさを表現しちゃうベレッタさん、So Cuteです!
そんなこんなしてたらすみれさんご降臨。一緒に厨房に入ってた面々もご来臨。
「みなさん、今日の朝食はいかがですか? あっさりめを意識してみたんですが」
「「「「「ちょーおいしいですっ!」」」」」
「すみれ、やっぱりうちのハウスキーパーに来てくれ!」
満場一致の大喝采。
ライラさんはしれっと勧誘。
一緒にパーリーで働くレーレィさんとグリムさんが全力で阻止。
「聞いてはいけません。耳を塞いで、あっちの席に移りましょう! あっちむいてほいっ、です!」
「ちょっとライラさん。うちのすみれちゃんを勧誘するのやめてくれる!?」
「うちのじゃないでしょう!?」
そこへすかさずマーリンさんが悪ノリ。いや、彼女はガチか。
「よかったら私の助手になってよ。世界中を旅して、いろんな料理を食べて学んで作れるよ♪」
「「マーリンさんは黙っててくださいっ!」」
必死の形相でぷんすこ怒り狂うレーレィさんとグリムさんの背後にいるすみれさんはまんざらでもない様子。
「世界中の料理を食べて学んで作れる。なんという魅力的な世界!」
すみれさんの気持ちはすごくよく分かる。世界を広げるということは、人生をより豊かにするということ。
しかし!
アルマにも!
すみれさんが必要なわけでっ!
「ちょーーーーっ! 世界旅行に出るのは待ってくださいッ! アルマには、アルマたちにはすみれさんが必要なんですッ!」
アルマ、必死の懇願。
「だ、大丈夫だよっ! アルマちゃんたちを悲しませたりはしないから」
安堵のため息をつくアルマの耳に、マーリンさんの小悪魔な囁きが!
「アルマちゃんも一緒にどう? 世界旅行。いろんな景色が見られるし、その土地でしか売ってないようなマジックアイテムだとか、土着の魔法が体験できるよ?」
「ぐっ、ぐぬぅっ!」
心揺れるアルマ。
「待って待って! アルマちゃんまで誘惑しないで!」
「そうですよ! アルマさんまで抱きかかえようだなんて虫が良すぎます!」
「2人も一緒にどう? 世界旅行。旅は大勢のほうが楽しいでしょ?」
「「ぐっ、ぐぬぅっ!」」
心揺さぶられるレーレィさんとグリムさん。
「ちょっと聞き捨てならない言葉が聞こえてるんですけどッ!?」
女神の名とは裏腹に、悪鬼羅刹のようなオーラを背負ったヘラさんが現れた。
「もちろん。来る者拒まずなので♪」
「ぐっ、ぐぬぅっ!」
ヘラさんも世界を食べ尽くしたい人間。誘われれば断る理由がない。
すみれさんは落としどころの見あたらない問答にわたわたした。とかく喧嘩はいけない。力業でもってしても、挙げた拳をふわりと下げさせようと4人の間に割って入る。
「ま、まぁまぁ、みなさん落ち着いて。世界旅行の話しはまた今度にしましょう。また今度にしましょうっ!」
すみれさん、世界旅行に行く気満々。




