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シューティングスター・ティアドロップ 19

 ふつふつと音を立てて焼かれるピッツァ。彼女たちの心の内を象徴するように、焼き目がついてあつあつのどろどろ。

 いっそこのまま焼けこげろ。

 そんなことを考えた。


「義兄ちゃん、ピッツァの前に飲み物をどうぞ」

「ん、おう。ありがとう」


 ベレッタは笑顔で嘔吐魔法入りワインを差し出す。

 純真無垢だった彼女はどこへやら。ポンコツ宮廷魔導士ユノ・ガレオロストの元で働き、清濁併せ呑むことを学んだのだ。


 そうとも知らない義兄は満面の笑みで受け取り、窯の中でふつふつと音を立てるピッツァが己の分身とも知らず、ベレッタの怒り(ワイン)を口元へ運ぶ。

 横目でマーリンも見る。


「そのまま飲め」


 マーリンとベレッタは小さくつぶやいてほくそ笑んだ。

 わずかな違和感を見逃さなかったのはユーリィ・サッドマッド。

 まさか。いやありうる。人間が想像可能なものは実現可能である。偉人の言葉が本当なら、ベレッタとマーリンは、ワインに惚れ薬を仕込んでる可能性がある!


「そのワインすごくおいしそう。私にもひと口ちょうだい?」

「ん、いいぞ」


 爆弾(ワイン)がユーリィの手に渡った。

 やばい。彼女が彼氏の前でリバースしてしまう。マーリンもベレッタもそこまでは望んでない。なんの相談もなく自由奔放に2人の助言を無視した輩に一矢報いればそれでいい。

 それだけだった。


 ユーリィは夜の魔女と堕天使の青ざめた顔を見てにやり顔。

 彼女たちの目論見を潰した。あとはこれをどうにかして捨てるだけ。簡単だ。手が滑ったと言って砂浜に飲ませればいい。

 惚れ薬を飲ませようなんてそうはいかない。勝った。勝利を確信し、グラスを手放した。


 静かに落ちていくそれを見て、マーリンとベレッタは諦める。なにも知らないユーリィが爆弾を発火させなくてよかった。そう思おう。


「おっとっと。はい、もう少しで落ちてしまうところでしたね。どうぞ」


 なん…………だと…………ッ!?


 まさかの身体能力でナイスキャッチしたのはガレット・ヘイズマン。なにも知らない彼女は爆弾をユーリィに手渡す。


「あ、ありとがと。手が滑っちゃった」

「いいえ。どういたしまして」


 顔を引きつらせてるのはユーリィだけではない。マーリンとベレッタもドン引き。こんなことがあるのか。


 ユーリィは考える。これをまた落とそうものなら違和感満載。背後で睨む夜の魔女と堕天使に、なにを言われるか分からない。


 マーリンは焦る。無罪のユーリィに嘔吐魔法入りワインを飲ませるわけにはいかない。なんとかして取り上げなくては。


 ベレッタは心の中で神様に懺悔する。一時の感情で、今までずっとお世話になった義兄に不信心なことした。いつか、いやすぐにでも罰が下る。

 もういっそ嘔吐魔法入りワインを自分で飲んでしまおうか。


 ヤヤは観察する。自分はどう立ち回ればいいのか。アーディの裏切りで傷ついたマーリンとベレッタが意趣返しに走った。

 勘違いとはいえ、ユーリィはアーディへの謀略を阻止した。しかし、ガレットが覆水するはずの盆を戻してしまう。神の悪戯か、悪魔の謀略か、運命を感じずにはいられない。


 能天気男は嘔吐魔法入りワインを飲むべきなのか。

 それとも運命は、彼を赦すというのか。天秤はどっちに傾くんだ!?


 ガレットは考える。どのタイミングでアーディとユーリィに恋バナを仕掛けようか。マストなのはピッツァを食べる時。食べながら、彼らの恋バナを聞いてきゃっきゃうふふしたい。

 この場でアーディの恋バナが爆弾であるとも知らず、少女の脳内にはお花畑が咲き誇る。火薬草の花畑とも知らず。


 それぞれの思惑が交錯するピッツァ作り。修羅場に1枚の運命が渡された。


「はい、ピッツァが焼けたよ。あとで味の感想、教えてね」


 アポロンからあつあつピッツァが渡される。ピザボードに乗ってテーブルの皿の上に滑りおちた。

 同時に、ユーリィに渡したグラスをアーディが受け取る。ひと口飲んだと思い込んだ彼は自らの手に爆弾を抱えた。

 本物のピッツァ職人に焼いてもらったピッツァ。空気感も相まって、普通ならおいしそうと歓声が上がってもおかしくない。

 が、マーリンも、ベレッタも、ユーリィもヤヤもルーィヒもペーシェもそれどころではない。


 マーリンとベレッタ、ユーリィはワインをどう処理するかで頭がいっぱい。

 ペーシェは気まず過ぎてメンタルブレイク。

 ルーィヒはペーシェを見て、何事もなくこの時間が終わることを祈るばかり。

 ヤヤに至っては、状況を知りながらもなにもしない。なにもできない悔しさに身を焼く始末。


「それじゃ、六等分にするか。桃と桜のピッツァなんておしゃれだな」


 能天気なアーディの物言いが3人のヘイトを上げる。


「ところで、アーディさんとユーリィさんってどこで知り合ったんですか?」


 ここぞとばかりにガレットが恋バナ爆弾を投下。

 現実逃避したいペーシェの顔色が真っ黒になっていく。

 これはまずい。見かねたルーィヒがガレットの両肩を掴んで諭しにかかった。


「ガレット、恋バナがしたい気持ちは分かるんだけど、なんていうか、その、いろんなピッツァ作って食べよう。ほら、今回のピッツァってアンケート用紙を書かないといけないじゃん? それにデザートも…………あるかどうか、多分ある。だから、ちょい巻きでお願い!」

「え、あ、はい…………」


 ルーィヒは語尾も忘れるほどに焦りまくる。アーディに片思いしたペーシェの前で、アーディとユーリィの恋バナなんてオーバーキルも甚だしい。

 鉄のメンタルを持ち合わせるペーシェですら、これに耐えることは不可能。暗黒面へ落ちるは必至。


 救いは。救いはどこかにないのか。


「ぴっつぁのあじが……しねえ…………」


 ペーシェが半死半生。


「お前、もうそれ食って寝ろ」


 そのままペーシェが退場してくれるなら、それを機にマーリンもベレッタもこの場を去るつもりでいる。


「いや、せっかくのサマーバケーション。中座したくはない」


 してくれ。

 マーリンとベレッタは切実に願った。ペーシェが中座するなら、自分たちも介抱と称して離脱できるから。


「無理しちゃダメよ。明日が最終日だけど、家に帰るまでがサマーバケーションなんだから」


 いいから早く休んでくれ。心配を装うマーリンの仮面の裏に切実な願いが隠れてる。


「ど、どうするんですか、マーリンさん。ひとまずユーリィさんがワインを飲まなかったのはいいんですが、アレがまた義兄のところに行ってしまいました。正直、もうワイングラスを破壊したいです」


 懺悔に悶えるベレッタの耳打ちに、夜の魔女は素面で答えた。


「え、私はこのまま飲んで吐いてしまえと思ってるけど?」


 マーリンは本気。後悔もなにも持ち合わせてない。夜の魔女はポンコツ魔導工学技士にゲロさせて、アーディが退場するならその後も堂々とピッツァ作りを楽しむつもりでいる。

 ベレッタとしては、もうこのへんで切り上げたい。なんとかして、義兄からワインを奪い取り、母なる大地に飲み干してほしいと願った。


 ヤヤはピッツァをもちもちと食べながら安堵のため息をもらす。ベレッタさんが改心してくれた。それだけで心が軽くなる思いになる。

 だが、肝心なのはワインをどう処理するかということ。未成年の自分では、触ろうとした時点で怒られる。怒られるのは嫌だ。怒られないように、自然な流れで処理するにはどうすればいいのか。

 そればかりを考え、堂々巡りの無限思考回廊に迷い込んだ。


 ベレッタは一心不乱にピッツァを堪能してるように見えるヤヤを見て焦りがこみ上げた。


「わたしもヤヤちゃんみたいに、おいしくピッツァをほおばりたい」


 そのために、夜の魔女に計画の中止を提言。必死の形相のベレッタがマーリンに懇願。


「今度お詫びはしますので、義兄からワインを取り上げてください。ぬるくなったから取り替えるとか、そんな適当な理由でいいので」


 マーリンはどこ吹く風とピッツァをほおばる。


「こんな時ぐらいいいんじゃない? 少しは痛い目を見たって」

「そ、それは、そうかもしれませんが。だけど、やっぱり方法が問題と言いますか、一時の感情に身を任せすぎと言いますか」

「魔法でぶっ飛ばされないだけマシと思ってもらおう」

「……………………」


 ダメだ。スイッチの入った大人を止めることはできない。こんな大人になってはいけない。ベレッタはそう思った。


 ユーリィも気が気でない。夜の魔女と堕天使の次の一手はなんなのか。なにが来ても返り討ちにしてみせる。好きになった彼氏を守ってみせる。

 彼女としての使命感をたぎらせて、無駄な努力に全力を注いだ。


 ペーシェは無心になってピッツァを頬張る。アーディとユーリィの楽しそうな笑顔見て、もしも彼の隣に自分がいたなら。虚無感が襲ってくるのが分かっていても、理想を妄想する。

 こんな未来が自分にもあったのか。なぜ自分にそんな未来がなかったのか。

 大好きなピーチのカクテルを飲みながら、ペーシェは海よりも深い溜息をついた。


「嗚呼、諸行無常」


 遠い目をしたペーシェから、ため息と一緒に真理が飛び出す。


「なに言ってるんだな?」

「世の中に移り変わらないものはない、という意味です」


 ルーィヒの疑問にヤヤが的確な答えを示した。


「なるほど。つまりこれからペーシェも変わっていかないといけないってことか」

「ブーメランすんのやめてくれ」


 カクテルをちびちびと飲みながら、ペーシェは大きく息を吸い、全身の酸素を吐き出して空に浮かぶ雲を引き裂くようなため息をする。


「ペーシェさん、大丈夫ですか? 気分が優れないようなら休まれては? 昼間は大活躍でしたから」


 ヤヤは心配すると同時に、この空間から逃げる選択をした。マーリンと同じく、ペーシェを介抱する名目で一時離脱。環境を整えて再出発しようと考える。


「ありがとう、ヤヤちゃん。もう、大丈夫だから…………」


 一筋の涙が頬を伝う。どう見ても大丈夫ではない。心の読めるヤヤに嘘は通用しない。

 だけどその嘘は自分のためを思ってのもの。優しくて強い嘘。彼女の言葉を肯定する以外に方法がない。


 メンタルブレイクしてもなお、ペーシェはピッツァを諦めない。ならば、少しでも元気がでるようにしてやろう。血を分けた姉妹(ルーィヒ)は諦め、すみれを召喚した。


「ペーシェさん、なんだか元気がないみたいだけど大丈夫?」

「ううん。いまいきなり超元気でてきたっ!」


 空元気でも復活は復活。大好きなすみれの登場でちょびっと元気が出る。隣にイラを連れていようとも、彼女の眼差しがペーシェに注がれてる限り、それだけはペーシェのものだから。


「よしっ! 切り替えていこう!」

「切り替える?」


 やっぱりなにかあったのか。悟られるもすみれに心配させまいと、ペーシェは押しの強さで押しのける。


「次はどんなピッツァにしようかな。せっかくすみれが来たんだし、海産物盛り盛りのピッツァとかどうかな?」

「それなんだけど、試してみたいことがあるの。いいかな?」

「もちろん! で、なにを試してみたいの?」


 そうしてすみれが集めた食材はトマトソース、スライストマト、バジルの葉、モッツァレラチーズ、オクラ、輪切りのパプリカ。


「すみれって本当にパプリカが好きだよね。ホムパで定番」


 ベレッタが嬉しそうに微笑む。彼女もパプリカが大好き。カラフルで、熱を入れると甘くなる。


「鮮やかで味もいいから。パプリカの肉詰めも、野菜炒めにも、なんにでも合う!」

「マリネもよく作ります。鮮やかでおいしくて、食卓にあるだけで華やかになります」


 すみれもヤヤも、みんな大好きなパプリカ。赤と黄色の野菜は見た目にも鮮やか。すみれシェアハウスズの常連食材のひとつ。


「分かるー。マリネもさ、調味料とか調理方法をちょっと変えただけで全然違った味わいになるんだよね。毎回違うパプリカのマリネが出てきて驚かされるんだな」

「作るの簡単だからうちでもよく作ってるよ。塩昆布と胡椒とオリーブオイル、キノコを和えたやつがお気に入りで、あたしもよく作って食べてる」

「作ってくれるのはいいけど、他の料理もマスターしてほしいんだなー」


 料理できるけどしないペーシェすらも料理させるすみれの料理。マーリンはさすがとうなずいて唸りをあげた。


「パプリカのマリネだけでバリエーションをもたせるなんて、よっぽど評判いいのね。今回のピッツァはマルゲリータにアクセントを入れる感じ? カラフルなパプリカ、輪切りにすると星型になる緑のオクラとバジルの葉、真っ赤なスライストマト。白のモッツァレラ。色鮮やかなおいしいピッツァになりそうね」


 マーリンは急げ急げと言わんばかりに手を動かす。


「ですね。オクラもパプリカもチーズと相性いいですから、きっと絶品のピッツァになりますよ。そういえば、マルゲリータはトマトソースを使うけど、スライストマトって使わないよね。全然気にもしてなかった。すみれはこういうのに疑問持ってた?」


 ベレッタの質問にすみれはイエス。


「トマトソースがあるんだから、トマトスライスはいらないんじゃないかって言われて。でもでも、ジューシーなトマトがあったほうがよりジューシーなんじゃないかって思ったんです。焼きトマトっておいしいし。シンプルなマルゲリータも最高なんですが、お国柄なのか、もっと具材を入れたいです。食べ応え抜群のピッツァにしたいです!」


 食感を大事にする倭国人(すみれ)の感性が唸る。

 アーディは思い返して、すみれの料理の特徴を分析した。


「言われてみれば、ホムパで作ってくれるカリーにもシチューにもポトフにも、恐ろしいくらい具材を入れるよな。スープ料理はスープがメインっていう概念があるから、どちらかというと飲み物の印象がある。最初に見た時は分量を間違えたと思ったくらいだ」

「そうなんだ。私は具材たっぷりのほうがいいな。お腹いっぱい食べたい。すみれ、今度貴女の作る鍋料理が食べてみたい。シャングリラに行ったら食べさせて」

「もちろんですっ!」


 即答で二つ返事。誰かのためになれる。それがどうしようもなく嬉しくて、すみれはいつも頑張るのだ。


 ピッツァを作って窯に入れ、ふつふつ踊るチーズとトマト。こんがり焼けたら出来上がり。好きなジュースとカクテル並べ、乾杯したらひと口ぱくり。


「いける! オクラの種のぷちぷち食感が楽しい!」


 思わず笑顔が弾ける。おいしくって、マーリンはあっという間に1枚ぺろり。


「焼きトマトとチーズの相性も抜群です。ここから軽くにんにくオイルを振りかけるのもアリですね」


 ベレッタも幸せに頬を緩ませる。窯焼きピッツァどころか、外食なんて滅多にしない彼女にとって、ピッツァは憧れの存在。ここでしっかり堪能しようと意気込んでいた。


 みなそれぞれにおいしいピッツァに舌鼓。最後に水を飲んで一服した時、ベレッタは違和感を感じた。

 テーブルの上にグラスが10個。自分のものと、マーリン、アーディ、ユーリィ、ヤヤ、ガレット、ルーィヒ、ペーシェ、すみれ、イラ。

 全部、水。ミネラルウォーター。


 ……………………嘔吐魔法入りワインは?

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