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シューティングスター・ティアドロップ 15

 結局、シルヴァチームは厚みの少ないケーキをたくさん作り、ライラさんはウェディングケーキのように大きなケーキを作ろうと頑張る。

 でもきっとライラさんのほうは失敗する。ウェディングケーキって、ケーキの中に芯が入ってて、作り物の柱を立てて複数のケーキを積み上げていくもの。なのに、ライラさんは巨大なパウンドケーキを作ってそのまま乗せた。十中八九、自重で潰れる。


 かといってこの人になにを言っても聞き入れてもらえない。失敗して初めて反省するタイプ。


 スイーツチームは問題ないでしょう。問題はイベントチーム。彼らは最初、パーティーと言えばパイ投げだろうということで決定。

 だが、シルヴァさんの耳に入って却下された。


『パイ投げはいいけど、パイ投げ用のスプレーって持ってきてるの?』

『パイ投げ用のスプレーは持ってきてないので、スイーツチームに生クリームを作ってもらおうと思ってます』

『生クリームでパイ投げするってこと?』

『そういうことです』

『最初に提案したのは誰? 生クリームを投げる前に、そいつの口に生クリーム詰めてあげるわ♪ うふふーーーー♪』

『シルヴァさん、目が笑ってないっす…………』


 そんなこんなで却下された、というか、撤回した。食べ物で遊ぶことは許されないのだ。


 買い出しから帰ってきたすみれはというと、イラさんたちと一緒に明日の朝食の仕込みをしてる。

 マーリンさんにメインを、付け合わせのスープをすみれが担当。寸胴鍋の中をゆっくりゆっくりかきまわし、味見をしながら味を確認した。

 具体的になにを作ってるのかは知らない。ので、確認がてら遊びに行こう。


 厨房にはすみれ、イラさん、ピグリディアさん、ベレッタさんとマーリンさんが入ってる。マーリンさんは楽しそう。ベレッタさんは難しい顔をして包丁を握手ってた。


「スープ料理ってことだけど、なんのスープを作ってるんですか?」


 マーリンさんに問うと、満面の笑みで未来への期待を表す。


「明日は卵炒飯と、すみれちゃん特製の鶏がらスープよ。こっちはスープ用の鶏足とトサカの処理をしてるの」


 聞き慣れない単語を聞いて沈黙。不意に2人の手元を見て事実確認をしてしまった。

 鶏のトサカと鶏の足だったらしき形の、それっぽいものがまな板の上にある。


「――――――――え、これ、食べるんですか?」


 顔がこわばる。ゲテモノにしか見えないからだ。


「そうよ? コラーゲンたっぷりでおいしいんだから」

「ま、まじか…………」


 まさかそんなものを食べる日がこようとは。どうりでベレッタさんが泣きそうな顔をして包丁を握ってるわけだ。ご愁傷様です。

 が、ベレッタさんのメンタルがダウンしてる理由はそれだけじゃない。なんと、彼女は今しがた屠殺を体験させられたのだ。

 自ら奪った命を大切にする。それはともて大切なこと。キッチン・グレンツェッタで学んだ大切なこと。

 だけど、いざ自分で断頭するとなると、良心が、情が、拒否反応を起こしてストレスマックス。心の中で、『おいしく食べてあげるから、赦してください』と唱えて調理してた。南無三。


 さて、ところ変わってすみれはどうなんだろう。

 ラブラブいちゃいちゃしやがってこの野郎。付き合わないならあたしと代われ。


「すみれの調理は順調?」


 すると、マーリンさんと同じ顔をして満面の笑みのすみれマジフェアリー!


「はいっ! いい塩梅に仕上がってます。あとはこれをこのまま、明日の朝まで煮込み続けるだけ」

「調子いいみたいでよかった。明日の朝食が楽しみだ。で、聞き間違えたのか分からないんだけど、明日の朝まで煮込むって言った?」

「うん。明日の朝までじっくり煮込んで極上スープに仕上げます」


 ガッツのポーズでやる気アピール。それはいい。でも、え、徹夜で火の番をする気なの?


「火の番はハティさんが小精霊を使役するから大丈夫だって。鍋も底が焦げ付かないように、一定速度で循環させてもらうんだって」


 すみれの背後からひょこっと出てきたイラさんが解説。お前には聞いてねえんだよ。

 だけどここは取り繕うが半吉。


「すみれが徹夜しないで済むのはよかったです。ところで、小精霊ってなんですか? 精霊界から精霊を呼び出すってこと?」


 イラさんに問うも具体的なことはわからないとのこと。ここはハティさんとフィアナさんに直接聞いてみよう。もしもあたしも使役できるなら、便利な生活が送れるかもしれない。


 2人を呼んで小精霊について聞くと、真っ先にフィアナさんが目を見開いた。


「小精霊を使役ッ!? ハティさんはそんなことができるんですかッ!?」


 どうやらフィアナさん視点ではありえないことのひとつらしい。あたしは驚かない。だってハティさんだから。

 大事なのは使い方を教えてもらうことなのだ。


「できる。小精霊はそのへんにいっぱいいる」

「「そのへんにいっぱいいるッ!?」」


 おそらく三次元に生きてるあたしたちには認識できないやーつなのだろう。であればそれをどのように認識すればよいのか。認識さえできれば、あたしのユニークスキル・押し付けの握手(ハンドクラッシュ)で干渉できる。


「扉を作ればいい。私たちの世界と、小精霊がいる世界を繋ぐ扉」


 ハティさんは空を指でなぞって円を描く。すると、円が一瞬光って消えた。よく見えなかったけど、間違いなく魔法陣を生み出した。消えたのは、扉として機能する魔法陣が小精霊のいる次元へ移動したから。

 次元が切り替わったから、途中で消えてなくなったように見えたのだ。


「それ、あたしにも教えて!」


 懇願すると、イエスとノーの2つの返事が返ってくる。


「扉の作り方は教えられる。だけど、扉の形はその人の魂の形から生まれる。私の扉を使っても、ペーシェにも、フィアナにも開けられない」

「個人個人のプライベートな世界ということですわね。でも、作り方さえわかれば、あとは己の心の内に問いかけることで小精霊と邂逅できる。ちなみに、小精霊と精霊界からくる精霊は同じ存在なのですか?」


 言いかえると、小精霊はフィアナさんが宝石を触媒として召喚する精霊と同じ場所にいる存在なのか、ということ。

 ハティさんの答えは、『わからない』だ。


「精霊界ってところに行ったことがないからわからない。フィアナの精霊を見せてくれれば分かるかもしれない。小精霊に見せて、聞いてみる」


 可能性を提示されて、しかしフィアナさんの答えはノー。


「申し訳ございません。コキュートスは氷の精霊です。このように暑い場所がとても苦手なのです」

「そっか。わかった。また今度」

「ええ、また今度、よろしくおねがいいたしますわ」


 とかく今日はハティさんが使ってる“扉”というものを見せてもらうに留める。方法論という道具があれば、灯りを燈して扉に至れるかもしれない。

 手を握り、魔法陣の構成を教えてもらった瞬間、ハティさんの綺麗な魔力が体に入り込んできた。

 なんて純粋であったかい魔力なんだ。こんなものが龍脈に流れてるとしたら、そりゃ魔獣だって発生しなくなるわ。


 ほんわかな気持ちになり、改めて魔法陣の構成を解析、する、が!


「なんて精緻で複雑な魔法陣。これ、もしかして太古の魔法(オールドマジック)? 姿形は分かるんだけど、なにがなんだか分からない。認識はできても理解が及ばない、って表現すればいいのかな」


 フィアナさんもあたしと同じ感想。額に冷や汗を流し、霊峰を見上げる修験者のような顔をした。


「なんと言いますか、生まれ持ったスペックが違うと言いますか。先天的なもので己を卑下するのはよくないと分かっているのですが、これはもう、次元が違いすぎますわ」


 向上心の強い宮廷魔導士を目指す魔女すら諦観モード。事実に打ちのめされ、それを吟味し、他者との差を受け入れてしまったがゆえ、がっくりと肩を落としてしまう。

 からの、


「しかし、魔法は後天的な素質でどこまでも伸ばせます。それに小精霊と精霊界が同じ場所、もしくは同じ時間軸なのだとしたら、召喚の魔法陣以外にも扉を使って移動することができるかもしれません。その可能性が現れただけでも僥倖です。というか、ハティさんってほんとにどんな人なんですか? どんな人、と言いますか、何者? と表現するのは失礼かもしれないのですが、魔法の深淵を知り尽くしてるとしか思えません」

「フィアナさんの疑問はごもっとも。だけど、それを本人に言ったところで」

「ハティ様はハティ様、ですよ? 我々の、大切な、尊敬すべき友人です♪」


 振り返ると、心からハティさんを尊敬するアラクネートさんの笑顔があった。

 実際、ハティさんに、『ハティさんって何者なんですか?』と聞いたことがある。すると、彼女は首をかしげて、『私は私。ハティ・ダイヤモンドムーン』とだけ言って小さく微笑んだ。

 それ以上でも、それ以下でもない。彼女は彼女なのだ。魔法を愛する、どこにでもいる普通の女の子。


 まぁこんな破天荒はエンジンを搭載した人間がそう何人もいてもらっちゃ困るんだけど。


 次にイベントチームの様子を見てみよう。

 みんな頭を抱えて悩んでる。そりゃそうだ。なんせ50人以上からなるメンバーが一緒に遊ぶなんてほぼ不可能。渾身のアイデアは恐怖で押し潰されてしまった。


「もういっそ、イベントとかしなくていいんじゃない? バースデーパーティーを開いて、スイーツ食べて、それで飲んで騒いですれば」


 誰かがぽつりと言った。そしてすぐにあたしが誰かにつっこんだ。


「すみれから楽しみを奪うことは許さん」


 暗黒のオーラを噴出させて威圧する。すみれが楽しみにしてるんだ。上げて落とすなんて死んでも許さん。


「なんでもいいんですよ。なんでも。すみれにとっては、なにかしてくれるだけで嬉しいことなんですから」


 そういうと、寄宿生の誰かがぽつりとつぶやいた。


「それじゃダメなんすよ。シェリーさんから、『楽しませられなかったら補講』って釘刺されてるんすから。ペーシェさんはシェリーさんの用意する地獄を知らないからそんなこと言えるんすよ」


 補講のことを地獄って言っちゃってるんですけど。


「姉さんもなにかアイデア出してよ。すみれさんのこと、一番よく知ってるでしょ?」


 愚弟も疲れた顔してシェリーさんの補講を怖がってる。これは相当厳しい代物のようだ。

 彼らが地獄へ行こうが煉獄へ行こうがどうでもいい。

 どうでもよくないのは、すみれががっかりすること。なのであたしもシナプスを繋げて脳領域を活用しようと思います。


「大人数で遊ぶ必要なんてないんじゃない? せっかく海底洞窟が見つかったんだし、メタフィッシュの訓練も終わったんだし、海中散歩とか、海底探検とかすりゃいいじゃん。てか、あたしも海中散歩には興味ある。空とか山はともかく、海底になんかおいそれと行けないからね」


 言うと、全員はうつむいた顔を上げて、


「「「「「それだっ!」」」」」


 って叫んだ。むしろなぜ思いつかなかった?

 せっかく縁結びの魔法ですみれとイラさんがくっついたんだぞ?

 だったら2人っきりになれるイベントを用意してやれよ、ちくしょう。

 あたし以外の人類と2人っきりにさせたくないけどなちくしょう!

 あああああああああああああああちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!


「ペーシェがまた頭ブリッジで叫んでるんだが、なにがあった?」


 目の前には逆さになったシェリーさんがいた。いや、頭ブリッジしてるから逆さに見えてるだけだった。


「シェリーさん! マーガレットたちと一緒に作ったプレゼントはどうなりました?」


 個人的に出来栄えが気になる。シェリーさんの質問を無視して、マーガレットたちが作ったプレゼントの話しを切り出した。


「プレゼント自体は完成したよ。すごくよくできてた。きっとすみれも気に入るだろう。でもまだ内緒な」

「もちろんですとも♪」


 プレゼントはサプライズ。マーガレットやキキちゃんたちからなら喜んで受け取るに違いない。

 それはそうと、と踵を返したシェリーさん。彼女もイベントの内容が気になって足を運んだようだ。


「イベントは海中散歩にします。スイーツを食べたら縁結びの魔法で選ばれた組で海中に繰り出そうと思いますっ!」


 無駄に緊張したフィティが元気よく拳を天に突きあげる。


「海中散歩か。それはいいアイデアだな。ただ、ライラさんだけは」


 ちら見すると、ライラさんが目をかっぴらいてこっちを見てた。どうやら聞こえてたらしい。

 魔力の性質のせいで海に入れないライラさんには酷な話し。旦那さんと息子さん2人を見送るよりほかにない。できることは、旦那さんに動画を撮ってもらうことだけ。

 仕方ないとはいえ、これは虚しい。

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