シューティングスター・ティアドロップ 12
さて、次はスイーツ班。こちらは材料が届くまでレシピのあらましを考察するだけ。なので、それほど難航はしてないでしょう。
「超でかいケーキを作るんだっ! ウェディングケーキを連想させるような、部屋に収まりきらないほどのでっかいやつ!」
ライラさんが吠えてた。
「単体より数ですっ! たっくさんの種類のケーキを並べてみんなでいろんな味を楽しみたいと思います! 部屋中をケーキまみれにしたい!」
シルヴァさんも吠えてる。
ケーキの方向性で2つに割れてた。
巨大なケーキを作りたい派。種類を並べていろんな味を食べたい派。これ絶対にめんどくせえやつ。
てか、取りまとめ役のはずのアクエリアが仲裁に入ってないってどういうことなの?
「わたしはシルヴァさんのファンなんです。なので、わたしは彼女の味方ですっ!」
本音だ。ぶりっ子語尾も忘れて本音で語ってる。悪意はない。その点については安心。だけど、仲裁に入るか、どちらかが倒れるかしないと闘争は終わらない。
ライラさんは当然、簡単に折れるような人じゃない。シルヴァさんはスイーツのことになると我が出てくる。たとえ相手が雷霆の姫巫女だろうと、スイーツに関して譲ることはないだろう。
「バースデーパーティーなんだから、でっかいケーキでお祝いしてやりたい!」
言い分はわかる。でっかいだけでインパクト抜群。迫力もさることながら、どれだけ相手のことを思ってるかが一目瞭然のシンプル・イズ・ザ・ベスト。
「たくさんの種類を用意して、いろんな味を楽しみたいに決まってる!」
それもよくわかる。仮初にもあたしだってスイーツ大好き女子。女の子は欲張りなのだ。いろんな味をたくさん楽しみたい衝動は理解できた。
二大派閥の衝突。これを終わらせないと次に進めない。だからと言って、
『でっかいケーキを作って、各部分に違う種類のデコレーションをすれば両方の願望が叶えられますよ』
なんて中途半端な折衷案でも出そうものなら、あたしの頬はグーの拳でサンドイッチ。それは嫌だ。ライラさんにもシルヴァさんにも殴られたくはない。物理的にも精神的にも死ぬ自信がある。
こうなったらもう、戦うしかないっ!
「3本勝負。対戦相手はくじ引きでランダムに決めます。ただし、サンジェルマンとライラさんは規格外なので、公平にするために特別ルールで戦ってもらいます。よろしいですね?」
「異論はない」
「分かったわ」
ライラさんもシルヴァさんも諒解。それでは、さっそく1戦目の組み合わせを発表します。
「サンジェルマンVSクリストファーさん」
いきなりの既婚者対決。
「相手がバティックの英雄とは、クリスさんも気の毒に」
そんな声が聞こえてきた。同感である。世界的に有名な戦士を相手に、いくら茶番じみた勝負とはいえ酷である。なので、ハンデは相当なものを用意しなくてはならない。
「勝負のお題は“にらめっこ”。先に笑ったほうが負けです」
一同驚愕の顔を揃える。驚きが静まって冷静になると、理解を示す言葉が漏れ聞こえてきた。
「体力、知力、魔力でサンジェルマンさんに敵うわけないもんね。珍妙な内容に聞こえるけど、こういうお題じゃないとフェアにならないかも」
味方チームのシルヴァさんが納得してくれた。相手チームはどうだろうか。
「……………………」
ライラさんは苦虫を噛み潰したような顔をしてる。微妙に納得いってない。けど、代案が思いつかない。体力とか魔力で戦う種目じゃないから、まぁなんとかなるかと思ってるのだろう。
安心してください。サンジェルマンにはハンデを入れますんで。
「くわえて、父さんの敗北条件をひとつ追加します」
「敗北条件の追加?」
「にらめっこの最中、ちらりとでも女性を見たら負け」
「「「「「ッ!?」」」」」
時間が凍った。
最初に氷が解けたのはサンジェルマン。
「いや、普通に笑ったら負けで」
「自信ないの?」
「……………………」
沈黙。背後で母さんがクズを見る目でブロッキングポーズしてる。
氷解剤を投与しておこう。
「このくらいして、お互いフェアな勝負ができるってもんでしょ」
「いや~~~~、多分サンジェルマンさんが秒で負けると思うけど」
怪訝な顔を見せたのはフィーアさん。反対に超ご機嫌なのはライラさん。
「よし、その条件でやろう! これは勝ったも同然だな!」
女の子好きなサンジェルマンにとっては緊張しかない。女子のお尻を追うために息してるような存在だからな。
逆に言えば、にらめっことて彼の負け要素はこれくらいのもの。単純な集中力勝負ですら、サンジェルマンはきっと誰にも負けないだろう。
サンジェルマンの性格をよく知ってるライラさんは勝った気でいる。でもこれ、個人的にはクリストファーさんも相当頑張らないと負けるやつ。
「いやぁどうでしょう。だって客観的に見て、イケオジでバティックの英雄で、剣聖と名高いサンジェルマンが変顔するんですよ? その時点で笑っちゃいますけど」
言うと、想像した何人かが秒で噴き出した。途端、余裕顔だったライラさんの表情がくもる。眉間にしわを寄せ、旦那さんに詰め寄った。
「ぜっっっっっっっっっったいに笑うなよッ!」
顔怖ッ!
お子さんが見てますよっ!
クリストファーさんの世代はサンジェルマンの全盛期。彼も英雄の活躍に胸躍らせ、憧れを抱いた1人。
そんな感情を持つクリストファーさんが、まさか英雄と変顔対決。こんな日が訪れるだなんて夢にも思わなかっただろう。最も気の毒なのは彼なのです。
両者構えて始める、前にライラさんの大号令。
「女子全員、クリスの両隣に背を向けて並べッ! ナティとネネアは中腰になって尻を突き出せッ!」
ライラさん、勝つためならなんでもやる。たとえ部下だろうと友人だろうとなんでも使う。
見られるの前提で整列しなくちゃいけないフィーアさんとエミリアは凄く嫌そう。
見られるのが好きなナティさんとネネアさんはノリノリでお尻を振る。
「始めッ!」
「ちょっとこれ妨害なんじゃないのッ!?」
シルヴァさんは御立腹。
「直接的な妨害じゃないのでセーフです。女子が並んでるだけなんで」
「「はぁ~~~~ッ!?」」
シルヴァさんとアクエリアから不満爆発。しかし、ダメと言ってないならダメじゃないことはやってもいいんですよ。前提にモラルとかマナーはありますけど。
すかさず飛び出したのはレーレィ。旦那の好きそうなナティさんとネネアさんの尻を体で隠して喝を入れる。
「クリスさんの顔に集中してっ! 勝ってスイーツをたくさん作るのっ! 私もいろんなケーキを食べたいっ!」
せめてすみれちゃんのために、って言ってもらえます?
母さんが叫び、決着がついた。サンジェルマンが母さんのお尻をガン見したからだ。
「勝者、クリストファーさん!」
難なくの勝利である。
「結果オーライ!」
ライラさん大勝利。
「もぉ~バカバカ! 集中力! でも見たのが私だから許す!」
なんだかんだで仲のいい夫婦。あんまりいちゃいちゃされると娘のほうが恥ずかしくなるからやめてほしい。
「くぅ~~~~っ! 次よ次! 次は絶対に勝つわ!」
「次勝てば終わりだ! 絶対に負けん!」
シルヴァさんもライラさんも白熱の様相を呈している。
よし。なんとかバレてないっぽいな。実はあたしは今、イカサマ紛いのことをしてるのだ。
ピグリディアさんが使った縁結びの魔法。これを応用して、限りなくフェアな戦いになるように細工してる。ある程度の差異はあれど、概ね互角の戦いになるように、だ。
慈善ではない。確率による不公平なゲームが嫌いだからだ。
なぜならあたし自身、確率とか運ゲーと呼ばれるものに恐ろしく縁が無い。公私混同である。
でもまぁバレたとして、どちらかに肩入れするわけじゃないから怒られないでしょう。




