シューティングスター・ティアドロップ 11
以下、主観【ペーシェ・アダン】
知らなかった。迂闊だった。油断していた。
まさかすみれの誕生日が今日だったなんて。そもそも、なぜ今まで彼女の誕生日を聞かなかったのか。それはあたしが誕生日パーティーなんてきらきらした世界を拒絶してたから。
己の性格が裏目に出た。が、なにはともあれ、マーリンさんの占いのおかげですみれの笑顔を見ることができるのだから、過去の後悔は頭の隅にしまっておこう。
タイムリミットは3時間。すみれたちが買い出しから帰ってくるまでに飾りつけをすませ、ケーキを作り、世界一ハッピーな誕生日パーティーにするのだ!
共同リビングに居並ぶ面々の視線の先には2人の悪女。
アクエリア・ヴンサン。ベルン寄宿生一年生。マルコのクラスメートであり、クラス委員長。柔和な笑顔の裏に支配欲を隠した闇の女帝。
その片腕は理不尽と傍観が趣味の腹黒ペーシェ。嫌いなやつをとことん理不尽な目に遭わせ、傍観し、それとなく助けて恩を売る。生粋の暗黒。
自分で言うのもなんだけど、いい性格してるわぁ~。
「はい、それではみなみなさまにはすみれさんの誕生日会を催すにあたり、スイーツ班、飾りつけ班、イベント班に分かれていただきたいと思いますぅ~」
初耳なんだが。それ、貴女が勝手に決めたことだよね。あながち間違ったチョイスじゃないけどさ。
自分のやりたいことを押し通すタイプの人間。俗にワンマン経営者と呼ばれる類の生き物。
チームでなにかをする時は、みんなの意見を聞いてみんなで選択していかないとわだかまりができちゃうやーつ。
マーガレットたちに手を引かれ、すみれの誕生日プレゼントを作りに出かけたシェリーさんから釘を刺されてた。
『アクエリアはワンマンがすぎて暴走することがあるから、ペーシェが舵切りの調節をしてほしい。あまりにひどいようなら、舵を奪ってくれてかまわない』
彼女は魔法職であるものの、指揮能力と視野の広さに定評があり、また人の心の急所を突く策士としての顔も持っている。
そのおかげで、集団戦の戦績は全戦全勝。マルコが率いるチームを下すほど、軍師としての才能が高い。
マーガレットとキキちゃん、ヤヤちゃんをそそのかしてシェリーさんを退席させたのも彼女の仕業。
海岸で貝や石を拾って加工して、ブレスレットにしてプレゼントしてあげたら絶対喜ぶ。そう耳打ちしてプレゼント組を組織した。
なぜなら、アクエリアは人から否を突きつけられたり、自分の意見と違う提案をされるのが嫌いだから。たとえそれがベルン騎士団長だとしても。
たとえばマルコがこんなことを言いだそうものなら、
「内容は納得できるんだけど、もう少しみんなで相談してもいいんじゃない?」
途端、笑顔が張り付いて反論。
「それもそうなんだけどぉ~、今回はちょっと時間がないから、わたしのほうで決めさせてもらいましたぁ~。みなさんもこれでいいですかぁ~?」
文句言わずにわたしの指示に従えこの野郎。という感情が顔に出る。明らかに不機嫌になった。
あたしのユニークスキルを使うまでもなく、わかりやすく顔に書いてる。
でも面白いので止めには入らない。実際、時間がないのは事実。それなりに納得のいく材料でもって封殺するところは策士である。
こういう部分は親近感が湧く。
いいですかって言われて、はい以外の選択肢がない。ので、みなそれぞれにやってみたい班へ別れて行動開始。
「それではペーシェさん。我々は全体の調整をしながら、ゴールに向かって進行していきましょ~」
柔和な笑顔を取り戻したアクエリアが楽しそうに話しかける。
「そうだね。あたしは主に飾りつけを見て回るよ。それがあたしがサブリーダーに選んでもらった理由だから」
「はい~、ぜひともお願いいたしますぅ~」
というのも、キッチン・グレンツェッタで内装のデザインを担当したのがあたしだと知られてたから。くわえて、月刊グレンツェンの表紙のポスターを作ったのがあたしだと知ってたから。
センスを見込まれての起用である。そこは素直に嬉しい。
それとは別に、彼女には願望があった。
「それでは、わたしはスイーツ作りを中心に見て回りますぅ~」
これである。彼女はスイーツを作ることもそうだが、アトリエ・ド・ショコラ、ひいてはシルヴァさんのファンなのだ。
ベルン寄宿生になるか、パティシエの道を進むか、本気で悩んだらしい。
「スイーツ担当は私ね。みんなで気合い入れて頑張りましょう。とは言っても、作るのは材料が揃ってから、なので、ざっとレシピを紹介して流れの説明をするね。事前情報があるとないとじゃ本番の流れの滑らかさが違ってくるから」
「はいっ! ぜひともお願いしますっ!」
甘ったるいぶりっこしゃべりも忘れ、シルヴァさんにメロメロのアクエリア。かわいい後輩ができたみたいで楽しいシルヴァさん。スイーツ担当の面々を引き連れて、意気揚々と厨房へ赴く。
アクエリアを御すにはシルヴァさんを経由すればよさそうだ。
さて、飾りつけの担当はベレッタさんとアラクネートさん。2人ともセンスの塊のような人たちだから心配はないだろう。
飾りつけの方法はヤヤちゃんが開発した光のお絵描き。きらきら魔法を空間に固定して、世にも美しい幻想的な世界を演出するのだ。楽しみだぜっ!
「ペーシェさーん。飾りつけのたたき台ができたので見てくださいっ!」
元気よくアルマが袖を振ってる。たたき台ができたって、班員が決まってまだ数分しか経ってないんだけど。早すぎません?
とかくできたというなら見てみましょう。
画用紙には真っ黒に塗りたくられ、点々と瞬く星々が明滅してる。月、星座、流れ星。輝かしい夜の景色がてんこ盛り。
まさかの星空パーティー!
昼間に!
「たしかにすみれは星空が大好きだよね。すごくいいアイデアだと思う。だけど、ねぇ、ガレット?」
ここまできたら振り切るが超吉。いっそのこと、夜の素敵をてんこ盛りにしたいよね?
ウィンクして、はっと気づいたガレットは満月のように明るい笑顔で天を仰いだ。
「オーロラ! 光のカーテンをしつらえましょうっ!」
「「「「「おぉ~っ!」」」」」
ほぼ全員がいいねの嵐。オーロラをしつらえて、満点の星を眺めてバースデーパーティー。なんでもアリのきらきらワールド。
ただ1人、頭の上に疑問符を咲かせる人がいた。アラクネートさんだ。
「申し訳ございません。おーろら、というものを知らなくて、それはどういったものなのでしょう。空に光のカーテン、というのは?」
「言葉のまま、空に光のカーテンが、って、見たことないと言葉で言っても、これはさすがにわかんないですよね。なんと、気象学を収めてるユノさんがいらっしゃるではありませんか!」
大げさに紹介して、待ってましたとユノさんも乗り気。
「そうくると思ってた。いいでしょう。宮廷魔導士の力、お見せいたしましょう♪」
彼女もすみれには間接的にお世話になってる1人。食事を作るベレッタさんはすみれに薬膳料理を教わり、尊敬する師匠の健康管理に役立ててる。
ユノさんもすみれ考案の薬膳料理を気に入り、毎日のように体に取り入れていた。
両腕を天上に突き上げると、おしゃれなペンションの天井は満点の星空に書き換えられる。
ぱん、と手を叩くと、小さな光が阿僧祇とばかりに輝き始めた。暗黒の中に星の歌が響き渡る。
腕を広げ、銀河を掴むように回すと、ゆらゆらと揺れる光の幕が降ろされた。幕は広がり、天上の世界を覆うように、天地の世界を照らすように、幻想的な光が舞い降りる。
真っ暗な夜は怖いものだ。だけど、光を讃える夜もある。
「なんて、なんて美しい景色なのでしょう! 見惚れてしまいますわっ!」
アラクネートさんは初めての体験に酔いしれる。うっとりとするのは彼女だけでない。ほとんどの人は満点の星空はもとより、オーロラを見るのは初めて。
たとえそれが作り物だとしても、心に宿る輝きは本物なのだ。
「こんなに美しい夜は初めてです。これならきっとすみれさんも大喜びですよっ!」
ガレットの言う通り、すみれなら間違いなく大喜び。バースデーパーティーをしてくれるってだけで大喜びなんだから、星空に流れ星にオーロラなんてされたらロマンチックすぎてぶっ倒れるかもしれない。
「それじゃ、内装はこれで決まり。あとはなにか付け足すところとかあるかな?」
ユノさんが見渡すと、アルマが手を挙げた。
「せっかくなので、天上だけじゃなくて壁も床も星空にしたらいいと思いますっ!」
なんてことを思いつくんだ。
「壁はともかく、床まで星空にしたら遠近感が消えて歩けなくなると思うんだけど」
それはさすがにやりすぎだ。提案して、またもアルマが挙手。
「それじゃあ、無重力にしちゃいましょうっ!」
この子の感性がぶっ飛んでるのは知ってた。が、ここまでとは。
どうやって諭そう。頭を抱えてレスラーブリッジ。なにも思いつかない。
「部屋を無重力にするのはまずいよ。うっかり高いところから落ちたら危ないもん」
ベレッタさんが止めに入った。
「やるなら安全装置も一緒に併用しなきゃ。それと、念には念を入れて、部屋だけじゃなくて、島全域を無重力にしたほうが安全だよ。大は小を兼ねる、ってね」
と思ったら、結局アルマの提案全肯定。どころか、もっとたいへんなことをしようとする。
ベルンに行って成長したってシェリーさんに聞いてた。けど、なんか、方向性を間違えてませんか?
最終的に星空賛歌は天井部分のみということで納得してくれた。足元の遠近感がなくなったら超危ない。大人だけならともかく、小さい子もいるからね。びっくりしちゃうからね。




