シューティングスター・ティアドロップ 9
雲ひとつない青空のもと、アルマたちは楽しい楽しいメタフィッシュを用いた訓練にいそしんでた。
「超キツイしなにひとつ楽しくないッ!」
弱音を吐いたのはエミリア。水属性の魔力を持つ彼女は海中を潜水するメタフィッシュと相性抜群。だからこそ、シェリーさんは追加課題をふっかけた。
『水の像を作って固定するのは完璧だ。次は潜水に必要な耐圧、空気制御、空間把握、全方位感知、透視の魔法を同時併用して、水深5メートル地点を回遊してみよう』
と、鬼教官から指示された。
「慣れればなんてことないよ。息するのと同じくらい、普通にできるようになるって」
アルマ視点では。
「空気制御はマジックアイテムが代替してくれるとして、他は自力でなんとかしなくちゃじゃん!」
「全部コモンマジックじゃん」
「全部初体験の魔法なのっ!」
まぁ普段使いしないもんね。と煽るとグーで殴られそうなので言わないでおこう。
「エミリアは魔法剣士志望だもんね。でもさ、空間把握と全方位感知、透視の魔法は近接職でも役に立つ魔法じゃん。いつか覚えるなら、今覚えるだよ。頑張れっ!」
「~~~~~~~~っ!」
苦虫を噛み潰したような顔をして天を仰ぐ。そりゃまぁ初見の魔法を同時制御なんて困難極まるに決まってる。
しかも水の中。空気中よりもはるかに龍脈の魔力が溢れる世界。泣き言を言いたくなる気持ちはわかる。わかるがしかし。シェリーさんの前でそんなことをしたならば、泣き言言ってる暇があったら鍛錬しろと怒られるに決まってる。
横を見るとシェリーさんが仁王立ち。
「どうしたお前ら。特に魔法専科のやつら。剣士職のエミリアが最低限、メタフィッシュを使えるようになったのに、魔力操作に長けたお前らができないでどうする!?」
「いや、でも、僕は火属性優位で、水は一番苦手」
「泣き言言ってる暇があったら、アルマを見習って魔力の練度でごり押ししてみろッ!」
この調子である。あまりにも、スパルタンヌが過ぎる。
これ、なんかライラさんの教練より厳しくない?
「なんかみんなさ、ライラさんのこと鬼教官って言ってるよね。でもシェリーさんのほうがよっぽど厳しそうなんだけど。みんなが寝坊したから虫の居所が悪いだけ?」
問うと、意気消沈してたエミリアは目をかっ開き、アルマの両肩を掴んで凝視。なにかを言おうとして、順番を間違えてはいけないと深呼吸。シェリーさんに向き直って己を死地へと向かわせた。
「シェリー先生。恥ずかしながら併用して使用する魔法の修練が未熟なので、ひとつずつ確実に習得するため、人が少なく集中できる場所へ移動してもよろしいでしょうか?」
シェリーさんはエミリアの提案に逡巡。海岸を見渡して状況を分析した。
メタフィッシュの訓練と同時に、これで遊んでる人たちも混じってる。海中散歩をするにも、海中ジェットコースターで遊ぶにしても、ある程度の水深が必要。となると、マジックアイテムを使う場所は限られてる。
ベルンとキバーランドを結ぶ直線上の海底は浅く、引き潮になると歩いて渡れるほどだ。
2点を結ぶ延長線上の北東部はキバーツリーのある崖。絶壁の先は急激に深く暗い暗黒の海域。
残る南東部と北西部はメタフィッシュでレジャーを楽しむにはうってつけの場所。しかし、太陽の位置関係を鑑みるなら、日差しの降り注ぐ南東部一択。
ペンションもここに設置してある。ので、全員がここに集結してる。メタフィッシュ、水上ボート、パラグライダー、スイカ割り、ビーチバレー。エトセトラエトセトラ。
賑やかで騒がしく、どうしようもなく楽しいサマーバケーションパーリー。
気が散って集中できない。それっぽい理由を述べ、そういうことならと納得したシェリーさんは静かな場所を探して自主練してよし、と伝え、最後にこう言った。
「自主練の成果がなかったら、後日補講な」
死地へ赴くエミリアの顔は必至の形相。どう転んでも地獄行き。
場所を改めて賑やかな地を振り返り、エミリアが小さくつぶやいた。
「よし、ここならシェリー先生の地獄耳も届くまい」
嫌な予感しかしねえ。
嫌な予感っていうのは、どういうわけかよく当たる。人間の持つ危機察知能力が物を言うのかもしれませんね。
「寄宿生の間で語り継がれてることを伝えよう。まず結論から。シェリーさんの教練は地獄だ!」
「そんな気はした。で、そのあとは?」
「ライラさんの教練もそこそこ厳しい。けど、まだ容赦がある。人間味がある」
「そう言うと、シェリーさんに人間味がないみたいじゃん」
「ないんだよ、微塵もッ!」
覇気の籠った言霊とともに、アルマのほっぺを両側から、もにっと抑えて必死の形相。
「現状を伝えます。我々はライラさんのことを鬼教官と呼んでます。それはひとえに、我々の生存戦力なのです。ライラさんの教練が地獄だとシェリーさんに思わせることで、ライラさんの教練レベルを基準にしてくれます。ライラさんの指導を越えるとさすがにマズいと思ってくれるからです」
「容赦あるじゃん」
「常識があるだけ」
なにが違うんだ?
「とかく、ライラさんのゆるい教練を基準にしてもらうため、シェリーさんに自分の教練が地獄煉獄暗黒魔境の所業と気づかせてはならないのです」
「整理すると、ライラさんのレベルを超えると、寄宿生の体力がもたないから、シェリーさんは自分が行う教練のレベルをライラさんレベルに合わせてる、と。で、ライラさんの教練が実はぬるいものだと知ったらば、シェリーさんの地獄の教練が青天井、ではなく、底なし沼になりかねない、ということ?」
「そういうことっ!」
理論は理解できる。けど、それってちょっともったいなくない?
「シェリーさんは思ったより体育会系だけど、基礎はしっかりしてるし理論も方向性も間違ってない。個人の習熟度に合わせてきめ細かい指導をしてくれる。各自の長所を活かし、短所を殺す訓練メニューを作ってる。だったらもっとごりごりにしごいてもらったほうがよくない?」
「アルマの言ってることは、理解できる。できる、けど…………!」
苦虫エキスを鼻からつっこまれたように顔を歪め、涙をにじませて嘆願。
「それだと命がいくつあっても足りないからっ!」
それほどまでか、シェリーさんの地獄教練。
「逆に気になる」
「気にしないで!」
「頼んだら個別レッスンとかしてくれるだろうか」
「死にたいのかッ!?」
「そもそも、シェリーさんの地獄教練って体験したことあるの? 聞く限りだと、先輩からの伝承に聞こえるけど」
実体験をしての言葉じゃないといまいち納得いかない。そう思っての発言だ。
すると、エミリアは天を仰ぎ、ついには涙を流して辛い過去を語ってくれた。
「寄宿生一年生には入学時に適正訓練がある。その構成は全てシェリーさんが担当する。アレは、もう、初見でやるもんじゃない…………っ!」
「中身はわからんが経験済みだったか」
エミリアはアルマの小さな両肩を掴んで涙を砂浜に落とす。
「ちなみに、夏季合宿は基本的にサンジェルマン先生が受け持ってる。だけど、彼は多忙で世界中に出張してる。もしも欠席した場合、代役としてシェリー先生が担当する。サンジェルマン先生の教練は厳しくもレクリエーションを交えたものらしい。遊びながらも、しっかりとレベルアップできると評判だ」
「その物言いだと、シェリーさんが地獄の使者と言いたそうだな」
「シェリー先生の教練に遊び要素など一切ないらしい。昨年のスケジュールを見せてもらった。1ページめくって見る気が失せた。厚さが3センチもあった」
「逆に気になる。部外秘だから見れないだろうけど」
ぐぬぬ。そこまで言われると気になるじゃないか。あとで他の人にも聞いてみよう。
事情は分かった。地雷を踏んでみたい気持ちを抑え、まずはエミリアに新しい魔法を習得してもらおう。
でないと、彼女はもちろんのこと、教える立場のアルマまでたいへんな目に遭いそうだからな。
昼食時、食堂に集まった寄宿生の前でシェリーさんから地獄の吐息がまき散らされた。
「全員、午後も追加で教練」
絶望ッ!
「えっ! 午後も教練なんですかッ!?」
シェリーさんは脊髄反射的に眼輪筋がピクついた。寄宿生の中に反旗を翻す者がいる。そうであるなら、鬼教官の落雷が落ちるだろうことは明白。
見渡して、しかし誰も口を開いてない。彼らの視線はシェリーさんの背後にあった。
言葉にしたのは寄宿生ではない。昼食を運んでたすみれさんだ。
「どうした、すみれ。もしかして、午後は寄宿生のみんなと遊ぶ約束をしてたか?」
すみれさんはシェリーさんの鋭い眼光にあたふたする。善良な一般市民には圧が強すぎた。
「え、ええと、実は今日は私の誕生日でして、みなさんが私の誕生日をお祝いしてくださるという話しを、昨日、寝る前にしてまして」
「なにっ! 今日はすみれの誕生日なのか。おめでとうっ!」
雲が晴れたように素敵な笑顔を見せるシェリー騎士団長。貴女はそっちのほうが素敵です。
苦笑いをしながらお礼をするすみれさんを見て、鬼教官の決意が揺らぐ。
「しかし、そうか、すみれの誕生日パーティーか。すみれにはなにかと世話になってるからな。今回の夏季合宿におけるメニューも全て彼女に依頼してる。プリマのご飯のレシピも貰った。なにより」
言葉を濁した先には涙目のすみれさん。楽しみにしてた、それも自分の誕生日パーティーを取り上げられようものなら、丸一年は彼女の心の中に暗い影を落とすことになるだろう。
職務と情を天秤にかけ、秒で情に傾いた。
「そういうことなら仕方ない。全員、全力で取り組むように!」
歓喜ッ!
寄宿生一同、一瞬で体力と気力が回復した!




