シューティングスター・ティアドロップ 8
以下、主観【アルマ・クローディアン】
目が覚めて、見知らぬ天井を眺めて思い出す。そうだ。アルマはサマーバケーションとともに、ベルン寄宿生の合宿に参加してるんだった。と同時に、今朝の朝食はすみれさん特製の点心だったことを思い出した。
朝6時。支度をして共同リビングに繰り出さなくては!
1人で食べるのはもったいない。なので、同室のフィティとリリィ。エミリアを叩き起こすとしよう。
「ぶーーーーーーん…………ぶぶんぶーーーーーん…………」
耳元で蚊の羽音の真似をしてやる。人類はたいていこれで目覚める。目覚めがいいか悪いかはともかく、脊髄反射的に起きること間違いなし。
「ぐあっ! 蚊! ぶっ殺す!」
フィティの目覚めは最悪だった。蚊に肉親を殺された過去でもあるのか。人間以外で、最も人間を殺してるのは蚊だという。本能的に殺意が湧くのも仕方ない。
フィティがあんまり大声を出すものだから、気持ちよく寝てたリリィもエミリアも起きてしまった。一石三鳥である。
「おはよう、リリィ。エミリア。フィティ。朝飯食いに行こう。それと、今日の教練の集合時間が7時半だから急がないと。シェリーさんに殺される」
「「「ッッッ!」」」
一瞬で目が覚めた。こっちのほうが効果あったか。
昨晩はさっさと寝ろと喝を入れられた。これで寝坊などしようものなら、ライラさんより激しい落雷が落ちるのは目に見えてる。
シェリーさんには怒られたくない。いい子いい子してほしい。ので、アルマはいい子になるために時間を守るのです。
部屋を出ると同時にベレッタさんに鉢合わせた。軽く挨拶をしたあと、すぐに食堂に向かうように催促される。
「わたしはこれから、寝てるみんなを起こすから、寄り道せずに食堂に行ってね」
「はいっ! 了解しましたっ! すみれさんの朝食、楽しみだな!」
なんと朝から点心である。七星点心。楽しみにならないわけがない。
スキップしながらベレッタさんの横を通ると、心底安堵したようなため息をして背中を見せた。なにか困ったことでもあったのだろうか。でも安心したということは、解決したってことだよね。
でもなにを?
分からないのであとで聞いてみようと思います。
ペンションを離れ、共同リビングに入ると、キッチン・グレンツェッタのメンバーが楽しい会話とともに朝食を摂っていた。ヘラさんの影響で早寝早起きが板についてる彼らの朝は爽やかそのもの。
対して、寄宿生一同はというと…………。
「彼ら、まだ起きてこないけど大丈夫かな。随分遅くまで騒いでたみたいだけど」
朝食を堪能してるマーリンさんは心配そうな顔をしてシェリーさんの顔を流し目で見た。
「男女とも。これは嫌な予感するやつです」
エマさんも心配そうにため息をついてシェリーさんの顔をちら見。
気になったので騎士団長の顔を見ると、なんていうかもう、朝っぱらからどうしてそんなに不機嫌なのか、眉尻を吊り上げて唸るようなため息をついてた。
理由は明白。夜更かしして寝坊してる寄宿生一同の不甲斐なさに、である。
簡単に挨拶をすると、一瞬で晴れやかな笑顔をになった。いつもの機嫌のいいシェリーさんだ。なるほど。ベレッタさんの安堵のため息はこういうことか。
アルマたちが怒られなくて済んだ。そういう安堵のため息。
「おはよう、フィティ、エミリア、リリィ、アルマ。昨日はぐっすり眠れたか?」
晴れやかで清々しい挨拶の代表例。ぐっすり眠れた人にとっては。
「もちろんですっ! 今日も朝からかっ飛ばしていきますよーっ!」
「さすがアルマだ。そっちの3人はまだ少し眠そうだが、大丈夫か?」
夜更かしを楽しんだ人にとっては嫌味でしかない。3人同時に身が引き締まる。
「はいっ! もうばっちりであります!」
フィティは持ち前の調子のよさが炸裂。大仰に敬礼して問題ないアピール。逆に問題があるようにしか見えない。
「もちろん問題ありません。わたくしもみんなも、すっかり寝ふわぁ…………あっ」
本能的にあくびをしたエミリアの素っ頓狂な顔がツボる。端正な顔立ちに似合わず、天然なところが面白い。
「だ、大丈夫ですよ。もうすっかりおめめぱっちりですっ!」
「シェリーさんの覇気のおかげで」
「ちょっ、ちょっとアルマさんっ!」
ついついいらんことを言ってしまった。
焦るリリィに背中を押され、厨房へ入って朝食を手に取る。熱々の蒸籠をひとつ取り、お皿に揚げ点心をひとつ受けた。
さっそくシェリーさんの隣に座り、一緒にご飯を共にする。なぜか他の3人は気まずそうな顔した。無視しよう。
「すみれさん特製の七星点心。シェリーさんはもう食べられたんですよね。どれがおいしかったですか?」
蒸籠を空にして飲茶を楽しむシェリーさんに問う。難しい顔をして悩み、思い出を振り返った。
「そうだな。どれも絶品だった。一番というなら、ビスクとスパイスを織り交ぜた地中海風点心がうまかった。あんまりおいしいからおかわりさせてもらったよ。おかわりからは好きな点心を自由に選んでいいらしいぞ?」
「なんとっ! なくなる前に食べておかなくちゃ!」
「それもいいが、食べすぎには注意しろよ。今日は午前中のみの教練とはいえ、かなり厳しめの圧縮訓練だからな。とはいえ、メタフィッシュを使った教練だから、アルマは慣れててそんなに苦ではないだろうが」
慣れてるからという憶測からなのだろう。しかし、メタフィッシュは水属性優位の人ほど楽に操作できるマジックアイテム。そうでないなら、結構キツイんですよ、あれ。
「いや、そこまで楽でもないですよ。マジックアイテムって基本的に魔力の練度がものを言うものが多いんですけど、メタフィッシュは水操作する魔法なので、使い慣れてるアルマもキツイです。魔力の練度の高さでごり押ししてるだけですから。エミリアは水属性の魔力だから、メタフィッシュを使いこなすのが一番早かったよね?」
「角煮点心うまっ! え、なにか言いました?」
食事に夢中か!
わかるけど!
「メタフィッシュの操作を覚えるのが一番早かったよね、っていう話ししてたの」
「あ、ああ、そうだね。わたくしは水属性の魔力持ちだから、今回の夏季合宿では一番成績がいいかもしれない」
自慢気に鼻を鳴らすエミリアの頭上に落雷直撃。
「いや、メタフィッシュはあくまで、今後の運用方法を決めるために試験してるにすぎん。評価基準は最終日に行うトライアスロンだ」
「……………………」
鼻っ柱を折られたエミリアが失意の内に眠りに入りそうな顔をした。
メタフィッシュの話題が聞こえたのか、急転回して正面に座ったのはライラ一家。旦那さんと息子2人を連れてのご登場。
「いいよなー。みんなは海中散歩できてなー。というわけで、せめてうちの息子2人だけでも、海中の世界を見せてあげてほしい」
メタフィッシュの試験運転をしてる最中、ずっと悔しそうに見つめてイライラしてましたもんね。でも、小さなお子さんを連れてとなると、ちょっと難しいかも。
「ライラさんの気持ちはわかります。でも、メタフィッシュはあくまで海難救助用のアイテムです。海中散歩を楽しむとなると、そうですね、使い慣れてる陽介さんに操縦してもらって、アルマが酸素と耐圧の補助をすればいけると思います。でも」
「どうしても私は乗れないんだろ?」
「困難かと。ライラさんの魔力が強すぎてレジストしきれないことと、単純に海水と電気の相性が極悪なのです」
ライラさんは剣闘士として至高を求め、実現してしまった。
故に、あらゆる防御・防護魔法を突破できる。
故に、広範囲の空間に結界を張って複数人の身を守る系の防御・防護魔法と相性最悪。
魔力の操作でもって、ある程度はセーブできるものの、それも限度がある。
特に性質として相性の悪いものはどうしようもない。自然の摂理に抗うことは極めて困難なのだ。
「それは仕方ない。仕方ないが、せめて、息子と旦那を連れて、神秘の世界を、体験させて、あげてほしい…………っ!」
切実。そこににじみ出る母の愛。やってやらねば女がすたる!
「わっかりました! 陽介さんとアルマであれば万全の安全を保障できますので、イージス艦に乗ったつもりで安心してくださいっ!」
「ありがとう!」
「あの、陽介さんの都合は?」
聞くと全力でオーケーのサイン。さすが陽介さん。伊達に父親してません。
そうこうしてたら寝ぼけ眼のお寝坊さんたちが現れた。途端、シェリーさんの表情が険しくなり、深呼吸して平静を装った。装ってるように見えて、怒りオーラが全開だからまるで装えてない。
覇気を感じた面々はものすごく大きな声でおはようの挨拶。己に喝を入れて厨房へ逃げた。
脱兎のことを考えても仕方ない。今は目の前にある宝石たちに注目だ。
「うふふふふ♪ ひと口食べただけでほころんでしまうおいしさたるや、さすがすみれさんの料理。飲茶もほっこりあったかでうまうま♪」
いつ食べてもおいしいすみれさんの手料理は、毎日の食卓に欠かせない素敵アイテムのひとつ。どんな料理もおいしくて、ついつい食べすぎてしまいそうです。
「アルマっていっつもこんな極上料理食べてるのか。羨ましい。ピザっぽい餡とチーズの点心うまっ!」
例にもれず、フィティも笑顔になる。後夜祭に参加した彼女はすみれさんの料理のレベルを知ってた。だから夏季合宿の料理人を知るなり超楽しみで仕方なかったらしい。
「私もずっと楽しみでした。昨日のランチもディナーも最高で、今朝の点心も。今日のランチもディナーも楽しみです。私もクルトンとベーコンとチーズの入ったピッツァ風点心が好きです♪」
リリィもすっかり食べきって満足100%。2、3口で食べられる大きさとはいえ、数があると満腹感が強い。しっかり噛んで、飲茶と会話を楽しみながらしてると食事時間も長くなって食べ過ぎないのでいいですな。
おかわりするけどねっ!
「それじゃあなくなる前におかわりしよう。あと2個くらいはいける」
「エミリアのお目当ては?」
「角煮点心となんか、なんだかよくわからなかったけどおいしいやつ」
「なんだかわかんないとおかわりできないじゃん」
はっと気づいてももう遅い。全部食べ切ったあとではどれがなんだったか判別できようはずもない。
ので、すみれさんに救難信号を送ろう。
「なんかこう、じゅわっと味が染みてて、出し汁がおいしかったです」
「点心なんて全部そんなんでしょ……」
「なるほど、それはおそらく乾物餡の点心ですね。こちらにどうぞ」
「なんでわかるんですか!?」
エミリアの語彙力を読解するすみれさんの理解力に脱帽。
案内されて、元の餡を見せられてこれだと思い出したエミリアはさっそく具を包んで蒸し器に入れた。
彼女に倣ってアルマもフィティもリリィもつめつめ。蒸籠に入れて蒸し焼きだ。
「ってか、おかわりがセルフって聞いてたけど、具を入れるところからセルフなんだ」
蒸し器に入れて腕を組むフィティがつぶやいた。それはアルマも思った。
「生地の大きさと具の塩梅を自分で調節して、自分好みの大きさにできるのは楽しいですね」
社交的なリリィがフォローを入れる。きっとすみれさんのことだからそんなところだろうと思う。
「あら、みんなもおかわり?」
「マーリンさんもで、すか――――マーリンさんが蒸籠に入れたそれ、なんかおかしくなかったですか?」
「え、これ? せっかくだから、ほら」
ほら、と言って見せてくれたそれは超巨大な饅頭の器の中に入った7色の餡。
「全部盛りッ!」
フィティ、全力のつっこみ。
「なんという強欲の魔女。ミニサイズで作りたい」
エミリアの冒険心が燃え盛る。
「ちなみに、タイミングを見計らって餡の上に卵を落として半熟にするつもり」
「「「「ちょーおいしそうっ!」」」」
なんてものを見せるんだ。そんなの言われたら食べたくなっちゃうじゃないですか!
「というわけで、作ってみました。たくさん」
「なんだその欲張り全部セット。私に見せびらかしに来たってことは、食べていいの?」
「もちろんです!」
ライラさんの前に置いてあるお皿にパス。ライラさんがフォークで刺して食べようとする前に、フィオンくんががぶり。満面の笑みを見せた。
「まさかの強奪っ!」
呆然とする母。仕方ないのでもう1個渡し、フォークに刺すより先にケインくんが素手で奪取。ぱくぱく食べて満面の笑みが咲く。隣で旦那さんが大爆笑。
「息子さんたち、容赦ないっすね!」
「元気に育ってくれて嬉しいよっ!」
一周回ってライラさんも笑うしかない。
つられてアルマたちも笑ってしまった。なんて素敵な朝なのだろう。そこかしこに面白くて楽しい宝箱が隠れてる。
さぁ、今日も最高の1日にしよう!




