シューティングスター・ティアドロップ 5
「マーリンさーん! 楽しんでますかー?」
「もちろん! 最高のサマーバケーションだわ!」
アルマちゃんにグラスを傾け、ちりんと鳴らして乾杯。両手に料理を携えて、おいしそうとシンクロすれば楽しい時間待ったなし。いやぁーほんとに最高だわー。
おいしいご飯。おいしいお酒。楽しい友人。素敵な景色。異世界とかどうでもよくなるなー。
それはハティちゃんが龍脈に流してる魔法の影響かもしれない。だけど、今確かに感じてる幸せは本物。それだけあればいいじゃないか。
卓を共にするのはアルマちゃん、フィアナちゃん、ヘラさん、シェリー。もしや宝石魔法の件かな。アルマちゃんたちのことだ。私が渡した研究ノートを活用してくれてるに違いない。
昔々、友人とともに書き上げた努力の結晶。よもや今更になって活躍する日が来るとは。いろいろと興味を持ってやってみるものですな。
「その後、宝石魔法は進展あった? さすがにまだ研究中?」
すると言葉を放つと同時にライブラから水晶を取り出したアルマちゃん。もしかして、こんな短期間でなにかしらの研究成果がでたの!?
「おかげさまで、既存の技術とマーリンさんの研究ノートの内容を組み合わせてできました! かなり簡単な魔法ですが、ログボードというマジックアイテムを宝石魔法に転用したログクリスタルです。この中には人が見た経験を映像として記録してます。見た人視点で過去を疑似体験できる記録媒体です」
「それはすごい! 見聞きしたり、映像で見るんじゃなくて、自分が体験してるかのような臨場感が味わえるんだ。それ、見てみてもいい?」
「もちろんです! ちなみに中身は見てのお楽しみです」
それは楽しみだ。と同時に、心の中で予想を立ててみる。
喫緊の話題であるなら海中散歩。今日の昼頃、メタフィッシュなるマジックアイテムを使って海底を潜水したそうな。
神秘の海。日常では体験できない幻想世界。遊びで海底なんて行ったことないから、私もすっごく気になる!
それでは答え合わせといきましょう。
ログクリスタルに魔力を流すと脳内に映像が投影された。頑強な顎。長大な翼。巨大な体躯。大きな口からは業火の息吹。
見紛うことなきドラゴン。恐竜ではない。こいつはドラゴンだ。
映像が終わり、視界の先には私の反応を心待ちにしてる姿が4つ。
さぁ考えよう。正しい答えというものを。
この世界にドラゴンはいない。それはエイボンから話しを聞いてるから間違いない。
ということは、これは異世界の、アルマちゃんかハティちゃんのいる世界の出来事。そしてログクリスタルを渡した時の4人の反応から察するに、彼女たちはドラゴンのことを知ってる。
ということは、異世界を知らないはずのヘラさんとフィアナちゃん、シェリーはどこかで異世界を渡ったということになる。
それはいい。異世界を渡り、体験したのは過去のこと。問題なのは、私がどう返答するべきか。
なによりこれ、私が異世界人だと知って見せに来てる。つまり少なくとも、目の前にいる4人は私が異世界人だと分かってる。
そうまで気づかれてるなら、シラを切る必要はないな。
「で、私にしてほしいことがあれば、できる限り協力するけど?」
ここは推していくが吉。テーブルに両肘をついて前傾姿勢。これから起こる未来を想像すると笑顔になる。
「さっすがマーリンさん! 話しが早くて助かりますっ!」
アルマちゃんがこんな回りくどいやり方で素性を探ってきたということは、サマーバケーションに異世界人が混じってることを知らない人がいるということ。
でもって、そんな人がいる中で話題を振るというのはみんながみんな、簡単に肘をついて話せるほど暇じゃないから。
横槍は入らない。ヘラさんとシェリーさんが意味ありげな笑みを浮かべて対談してるから。内々の話しをしてるのかなって、外野は遠巻きに噂するだけ。
「とはいえ、具体的な話しはかしこまった場でやるとして、それにしてもまさか、身近にこんなにいるとは思わなかった。マーリンはアルマと違う国の出身なんだよな」
シェリーの手元でもふもふが2匹。プリマとゆきぽんが気持ちよさそうになでなでされてる。いいな。それ、私もやりたい。
「ですです。スカーレット王国って名前は聞いたことないので。でもさっきいただいた赤ワインはちょーおいしかったです!」
「あらあら。その歳でワインの味が分かるだなんて大人っぽくなっちゃって。それと、さっきもらった大吟醸。飲みやすくってちょおーーーーおいしかった!」
「暁さんに頼んで今年できた中で一番いいものを選んでもらいました。気に入っていただけてなによりです♪」
あれは本当にいい物だ。露天風呂で温泉卵と一緒にきゅっといきたい!
「それでね、マーリンさんさえよければ、メリアローザとグレンツェンの交流を深める手助けをしてくれないかなーって思ってるの。双方を行き来してる貴女なら、伝手とかノウハウとか人脈とか、いろいろあるんじゃないかなーって思って」
「ヘラさん、ベルンも忘れないでくださいね?」
シェリーがすかさず補足を入れた。護国の騎士がそう言うということは、メリアローザは素晴らしい場所なのだろう。
メリアローザとグレンツェンの交流。話しを聞く限り、メリアローザとグレンツェンは異世界の関係にあるはず。それをして交流。ということは、もしかして!
「そんな未来がるのなら、全力でお手伝いするわ!」
夢にまで見た異世界間交流!
興奮しすぎて立ち上がってしまった。座り直し、カクテルをひと口飲んで落ち着こう。
「もしかして、今回のこのメタフィッシュもその布石?」
答えは是。少しずつ少しずつ技術と物品を流しこみ、異世界間交流の足掛かりを作ってるのだ。
「なかなかずるいやり方ですな」
そう言うと、おかしなものを見たようにクスッと笑ってフィアナが鋭い槍を落としてきた。
「そうはおっしゃいますが、マーリンさんから受け取った研究ノートだって、そうじゃありませんか? マーリンさんの技術、なのですから」
「言われてみればそうだったわ。ごめん。自分のことを棚に上げてた」
いかんいかん。思いっきり関与してるの忘れてた。異世界間交流という規模でないにしても、異世界で蓄えた技術で親交を深めてるという点では、やってることは彼女たちと同じ次元だ。
同じ穴のムジナというやつ。みんなで楽しくおしくらまんじゅうしちゃいましょう。
「もしかして、異世界のお話しされてるんですか? よかったら私にも聞かせてください!」
おっとーーーー突然横から爆弾投下ーーーーッ!
操縦者は小鳥遊すみれ。どうやら彼女も異世界に渡航経験があるようだ。それにすみれちゃんは一般人。政治的なあれこれに関心はない。
関心がないのでそういうの気にせずにぶっこんでくるやつ!
「すみれちゃん、ちょっとこっちに来てちょーだいな♪」
肩をがっしりと掴まれてヘラさんに連行されてしまった。
「大丈夫なの? 今のやつ」
冷や汗たらり。対面するアルマちゃんはどこ吹く風。
「大丈夫です。ハティさんが龍脈に流してる魔法のおかげで、細かいことは気にしなくなってるんで」
「おいちょっとアルマこっち来ーーーーい!」
続いてアルマがシェリーに連れ去られた。その隙に手のひらの中にプリマとゆきぽんを収めてもふもふ。なんという愛らしさか。
にしても、龍脈にハティちゃんの魔法が流れてるのはわかってた。わかってたけど、具体的にどんな魔法なのかは理解できないでいた。
なんかこう、すごい微妙というか、ざっくばらんというか、曖昧な表現でしか言い表せないような変な魔法だなーっと思ってた。
主観では、『細かいことが気にならなくなる魔法』って印象。そんな抽象的な魔法に出会ったことがないもんだから、規模が大きすぎて全体像が掴めないだけだと思ってた。
本当に細かいことが気にならなくなる魔法だったとは。1000年このかた、多種多様な魔法を見てきた。だけど彼女のようなぽわわんとした魔法には初めて出会う。
面白い。彼女がどんな魔法を作ってるのかもっと知りたい。
「それでしたらこのあと、リリィが全員にオートファジーの魔法を唱えるので、それを見てみてはいかがでしょう?」
「オートファジー? っていうと、16時間ダイエットで使われる自浄作用のこと?」
「名前はそうなのですが、具体的には人体のホメオスタシスを促進する魔法だそうです。とても繊細で、微妙な効果を持つオールドマジックだそうです」
「オールドマジック!」
なんとまた素敵な骨董品!
久しぶりに聞いたわ、その単語!
フィアナもオールドマジックに興味深々。たしかベルンの看護教諭にオールドマジックを研究してる人がいるんだっけ。
「ご存じのとおり、メレノア女史がそうです。リリィも関心があって、世界で最も美しい魔法だと評しておりました」
「世界で最も美しい魔法! それはぜひとも見てみたい」
古代魔法。魔法が魔法たる由縁の魔法。
私から言わせばオールドマジックこそ本物の魔法。現代の魔法は邪道ととれるかもしれない。
リリィを呼んで行使してもらったそれは正真正銘のオールドマジック。
エリカの花を編んだ花冠。横道十二宮を配した12個の魔法陣。円環の虹を交差させて繋げた道筋は安寧へ続く。
美しく、慈愛に満ちたオールドマジック。懐かしく、心温まる原初の魔法。
「素敵な魔法だわ。本当に、本当に美しくて、慈愛に満ちた愛の魔法ね」
「そうなんです! エリカの花言葉を花冠の性質でもって逆転させる発想も素敵で、なによりそれが相手を想った真心なんだと思うと、もうほんと胸が熱くなって。ただ優しいだけじゃなくて、母親のように優しくも、正しい厳しさがあるところに心を打たれたんですっ! あっ、すみません。私ばっかりしゃべってしまって」
「ううん。そんなことない。本当に魔法のことが大好きなのね」
「はいっ!」
いい笑顔をする。眩しくて、晴れやかで、未来に希望を持った笑顔だ。
私は彼女のような笑顔を、未来を、人類を守るために生まれたのかもしれない。
ひとつ、笑顔を返してあげると、クラスメートに呼ばれて手を振った。
入れ替わりに帰ってきたシェリー、アルマちゃん、ヘラさん、すみれちゃん。お口をもぐもぐさせて帰ってきた。
なんか食べてる?
「「「キャラメルナッツスコーン、うまうま~♪」」」
「ちょっとそれ私も食べたいんだけどっ!」
「安心してくれ。マーリンの分と、それからフレッシュピーチウォーターだ」
「サンクスッ!」
うっっっまぁ~~~~~~いっ!
おいしいお菓子のある世界を守るために、私は戦い続けるのだっ!
ゲニーセンビーアのクラフトビールと一緒に食べたステーキ。
サテソースとカンジャンで食べるシーフード。
具沢山のカリフォルニア・ピザ。
ジューシーでエクセレントなハーブヴルスト。
爽やかで飲みやすい大吟醸。
スカーレット王国で熟成された濃厚な赤ワイン。
同じく、芳醇な香りと優しい味わいの赤ワイン。
グレンツェンで鉄板の食前酒は白ワイン。
リリアとルルアがアイザンロックから持参した雪りんごを使った氷酒も絶品。
「お、お酒のことばっかりですね」
「そういうエマちゃんも、料理よりお酒じゃない?」
グラスを3個持ってやってきたと思ったら、全部お酒を入れてた。そして全部自分用だった。
「それより、サマーバケーションにマーリンさんが間に合ってよかったです。お忙しいということで、半ば諦めてました」
「間に合わせるために超頑張って、仕事前倒しして、可能な限り仕事を押し付けてきたからね!」
「お、押し付け…………とにかく会えてよかったです。今回のサマーバケーションは最後までご一緒できるのですか?」
「もちろん! 最終日まで堪能するからね♪」
ウィンクして、ありがとうの笑顔を返してくれてよかった。
あくまで私は部外者。キッチン・グレンツェッタのメンバーでも、空中散歩の正規メンバーでもない。でも邪魔者じゃないよねーって希望的観測を持って来てた。
まぁ社交性の高いエマちゃんが、相手を不快にさせることを顔に出すはずもないんだけど。




