シューティングスター・ティアドロップ 3
以下、主観【マーリン・ララルット・ラルラ】
あくびをしてる太陽ひとつ。
さざなみは身を潜め、星々のコンサートの幕開けを待つ。
夜に浮かぶ月の光はミステリアスな時間を報せる静寂のファンファーレ。
地平に踊り狂うは友の足音。砂に消える足踏みとは裏腹に、喜びを歌う合唱は収まる気配がない。それはまさにセッション。いや、オーケストラ。いやいや、どっちかっていうとロック。パンクでパッションを騒ぎまくるデスロック!
「Woooooooooooo! Hoooooooooooo! 焼肉焼肉! Tボーンステーキyeahhhhhhhhhhh!」
「今日のディナーのために今日まで頑張ってこれたあーーーーッ!」
「長かった。ほんとうに長い訓練だった…………ッ!」
「肉酒肉酒肉酒肉肉酒肉酒肉酒肉肉酒肉酒肉酒肉肉酒肉酒肉酒肉肉肉肉肉肉!」
いったいなにがあった。サマーバケーションで羽目を外すにしても、あまりに狂気的な反応。
寄宿生一同、めちゃくちゃに踊り狂いまくる。
「これ、いったいなにがあったの?」
「使い慣れないマジックアイテムを使いこなせるようになるため、スパルタンヌな教練を受けてこのありさまです。シェリーさんのやり方が意外にも、根性論と理不尽の盛り合わせでした」
「ああ…………エイボンの、神父の教育基準をそのまま転用しちゃったんだ」
あのジジイ、ほんとうに容赦ってもんを知らないからな。
「マーリンさんは御存じなんですか? 神父様のこと!」
アルマちゃんがわくわくした目で見てる。魔法が大好きなアルマちゃん。となると、シェリーを育てた神父に興味が湧くのも理解できる。
が、人は誰にも欠陥があるもので。
知らなくてもいいことがあるもので。
「教育熱心なのは間違いないよ。ただまぁ、感性が古いっていうか、現代人とは違うっていうか、世代がね、違うから」
まさか3000年違いの世代とは思うまい。なにを隠そうエイボン。今年で3300歳の超高齢。本人は現代の感性に順応してると言うけれど、それでもまぁやっぱりというかなんとうか、化石化した価値観が発掘されることがままある。
ひとまず嘘は言ってない的なやーつで誤魔化そう。
アルマちゃんがすっかり納得したところで、本日のディナーを見渡してみるとしますか。
備長炭で焼くTボーン、Lボーン、サーロインステーキ。
ハーブたっぷりのヴルスト。
異常とも思える量のソースの群れ。
手作り窯で作るカリフォルニア・ピザ。
新鮮な魚貝を使ったマリネとサラダ。
エビ、貝、魚の塩焼き、エトセトラエトセトラ。海の幸を丸焼きにした海鮮焼きは、内陸のスカーレット王国で味わうのは難しい。
そして気になるのは、浜の砂場で焚き木して丸焼きにしてる超巨大シャコ貝。
なぜ北の海に南海の貝があるのか。わざわざ空輸したのか。理由はわからない。わからないが、貝柱と外套膜の刺身、バターソテー、炙り肝、レバーペースト。シャコ貝丸ごと食べ尽くしコースを作ってる。
が、しかし!
「これは海賊事変を解決に導いた4人分なので、申し訳ないですが」
「海賊事変?」
すみれちゃんの話しによると、海賊島と呼ばれるここ、キバーランドにあった悲恋を解決に導いたとのこと。
私のいない間にそんな面白いことがあったとは!
ディナーに間に合ったと思って喜んでた数分前の自分がバカみたい。
「終わったことは仕方ない。でもどうしても、私もシャコ貝のお刺身を食べてみたい。ので、誰か少し分けてもらえないでしょうか!」
卓を囲むマーガレットちゃん、ベレッタちゃん、ペーシェちゃん、ミカエルに頭を下げる。恥も外聞もなくおねだり。無論、タダというわけではない。
「今日ってTボーンステーキでしょ? 持参した赤ワインを使ってフランベします」
「「フランベ!」」
声の主は正面に座る4人じゃない。背後から2色の声が聞こえた。
振り向くとすみれちゃんとエマちゃんが瞳を輝かせて前のめり。フランベしたいと顔に書いてある。
「もちろんいいよ。クリムゾンとロゼを5本ずつ持ってきたからね。私からの手土産。どうぞ受け取って♪」
「「ありがとうございますっ!」」
気に入ってもらえてよかった。さて、それでは彼女たちの返答やいかに。
「もちろんいいですよ。マーリンさんにはいろいろお世話になりましたから。というか、ステーキもピザもサラダもヴルストもって食べてたら、少しずつ食べてないとお腹いっぱいになって全部楽しめない自信があります」
いろいろ楽しめて嬉しいけど、物量がすごくてまいっちゃうやつね。人数が50人近くいるから、数も種類もたくさんになる。全種類食べてみたいと思うのは女の性。ペーシェの気持ちはよくわかる。
「ミカもおすそわけしますよ。たくさんあって食べきれる気がしません。嬉しい悲鳴ですね♪」
ミカエルは快諾。いろんな種類を食べるというより、いろんなご飯と一緒にいろんな人とおしゃべりがしたい彼女にとっては好都合。
「わたしの分はお姉ちゃんと一緒に食べる。すみれさんのお料理はお姉ちゃんも大好きだから」
マーガレットちゃんにはやんわり断られた。仕方ない。お姉ちゃんが大好きなんだもん。
「わ、わたしは、その、マーリンさんにはとてもお世話になってるのですが、あの、これだけは、これだけはっ!」
「あ、大丈夫大丈夫。ベレッタちゃんが貝が好きなの知ってるから。それよりさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「あ、それは後回しでお願いします」
察してたか。なぜアーディくんの隣にペーシェちゃんの影がないのか。なぜ見知らぬ女性が腕に絡みついてるのか。
どういうこと!?
あんたの片思いの相手ってペーシェちゃんじゃなかったっけ!?
恋心とは、秋の空のように変わりやすい。今は夏真っ盛りだけど。
それともなんですか。夏の熱のせいで熱暴走でも起こしたの?
こんなにもやもやするのはいつぶりだろう。恋の相談を受けて、さんざっぱらペーシェちゃんの気を引こうと努力してたのに、見ないうちに別の女の横にいる。
努力が報われないというのは、どんな時代でももやもやするものです。
「どうしたんですか? なんかもやもやしてます?」
ペーシェちゃんにそれを言われると吹き出してしまいそうになるから、今は貴女のその勘の良さを発揮しないで!
「う、ううん。なんでもない。それより急に来ちゃってごめんね。どうしても片付けないといけない仕事があって。しかも不定期に起こるから、時間調整もできなくて」
「とんでもない! 仕事が忙しいの分かってますから。それより、来てくださってありがとうございます。みんなマーリンさんに会いたくて待ってたんですよ。特にアルマなんて、魔法の話しがしたくてしたくて仕方ないって、ずっと言ってますよ」
それはなんか知ってた。
「そう言ってくれると嬉しいわ。それじゃ、そろそろいただくとしましょう。これ、食べ方とかあるの?」
待ってましたとすみれちゃん。任せてくださいと躍り出る。
「刺身は自家製のたまり醤油をちょんとつけて。バターソテーはそのまま食べてもいいし、肝と一緒に食べてもいいです。基本的にどんな食べ方をしてもおいしいようにしてあります。どうぞご賞味あれ♪」
「では改めまして、いただきます♪」
ぱくり。もぐもぐ。ん~~~~~~~~♪
噛めば噛むほど旨味が口の中いっぱいに広がっていく。磯の風味と貝独特の力強い甘みがデリシャス!
「んんんんんんまああああいっ! 甘めのたまり醤油と相性抜群。香ばしいバターソテーとも合う! コリコリの外套膜もいける! 極めつけは肝。炙りと裏ごししたペーストの2種類の演出がにくい。どう組み合わせもおいしい。さすがすみれちゃん。どうあってもおいしい♪」
自然と両手がサムズアップ!
「お粗末様です。マーガレットちゃんたちはどうかな?」
「おいしいっ! バターのやつがうまうま。肝っていうのは、なんていうか、おいしいけど、食べすぎるとお腹いっぱいになっちゃう気がする」
「全部おいしいです! マーガレットもよく頑張ったね。サマーバケーションの間はいっぱい甘えていいからね♪」
「やった~♪」
マーガレットちゃんもライラックちゃんも大喜び。頑張った子にはご褒美を。それが世の常、人の常。
「シャコ貝なんて初めてだけど、めっちゃおいしいわ。怖かったけど、頑張ってよかった~!」
ペーシェちゃんは命からがら生還して、おいしい日常に打ち震えてる。いったいなにがあったのか。
「すみれちゃんから、マーガレットちゃんが幽霊たちと一緒に幽霊船長とフィアンセの結婚式を挙げて成仏させたってのは聞いたんだけど、3人は具体的になにしたの? 聞かせてもらっていい?」
「ミカは幽霊船長さんに取り憑かれて、お花でデコって、フィアンセのところまで連れてってあげました。シャコ貝ってこんなにおいしいんですね。初めて食べました!」
なんか不穏な言葉が聞こえたんだけど?
取り憑かれて、そしてなぜデコる。なにをデコったの?
「幽霊船長さんの頭蓋骨です。かわいいお花できらきら女子にしちゃいました」
「な、なんて恐ろしいことを」
見かけによらず、感性がぶっ飛んでんなぁ。天使と人間だと死者に対する観念が違うのかな。いや、だとしてもお花でデコレーションはしないよね。
ペーシェちゃんはどうだろう。
「あたしはずっと護衛役でした。幽霊たちは剣戟をしてたもんで、襲われたら守ってくれ、と」
「ペーシェちゃん、見ない間になにかあった? 随分と、その、魔力量と練度が別人なんだけど?」
「いや、まぁ、それについてちょっと、あとでマーリンさんにお願いしたき義がございます」
「なんかちょっと嫌な予感しかしないわ。でも私にできることなら、なんでもするつもりだから頼ってね」
なぜだろう。寄宿生でもない一般人のペーシェちゃんがとんでもなくレベルアップしてる。久しぶりに見た時、騎士団に入団でもしたのかと思った。
それにしても珍しい。闇魔法の使い手だったとは。あふれ出る魔力から感じる純粋な闇の波動。あまりに純粋すぎて、逆に性格が綺麗なタイプだな、これ。
魔力の色が夜闇のよう。親近感が湧く。
「ははひはへっほんひひのほひほほはへはひは」
「え、なんて?」




