シューティングスター・ティアドロップ 2
以下、主観【ペーシェ・アダン】
ルーィヒに手を引かれるまま海辺で遊んでた。最後に海で遊んだのはいつだったか。小さい頃に何回かあったような気がする。
すみれたちは明日の朝食の仕込みが終わったら合流する、と思ってた。
まさかそのまま男の手を引いてデートに出かけるとは思わなかった。急いで追ってみると先客がいる。
グリムさん、レーレィ、ガレット。それとナイスバディーの女性。誰だこの人。こんな人はサマーバケーションの参加者にはいなかった、はず。
「え、誰?」
小さく漏らすと、お口チャックのジェスチャーとともに手招きをされる。誰か知らんけど危険はなさそう。なので彼女と同様、木の陰からすみれたちの動向を見守ることにする。
さて、桜になかば無理やり教えられた『聞き耳』魔法を使うとするか。まさかこんなに早く使う機会が訪れようとは。一生使うところないと思ってたのに。
『イラさんは料理好きな女性って好きですか?』
おいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッッッ!
いきなりそんな踏み込んだ話ししてんのおおおおおおおッッッ!?
こんなんイエス以外の言葉が人類に存在してるわけねえだろおがッ!
『もちろん。俺も料理はよく……させられるから、料理が好きな女性には好感が持てるな。すみれちゃんは料理が上手だよね。お母さんから教わったの?』
『いいえ、実はお母さんもお父さんとも会ったことがなくて。でもでも、育ての親がいるんです。その人たちにいろんなことを教えてもらいました』
『そうなんだ。それじゃあ俺と似てるな。俺も両親とは会ったことがないんだ』
『えっ!? そうなんですか!?』
えっ!? そんな偶然あります?
いくら世の中が世知辛いとはいえ、生まれてこのかた両親に会ったことのない男女が出会う確率たるや、運命の赤い糸分の1なのでは?
「こ、これはもうゴールインまっしぐらなのではないでしょうかっ! わくわく♪」
「これはもうゴール目前ね。付き合ってくださいって言ったら即ゴールインなやつよ」
ガレットと見知らぬ女性はわっくわく。
眉間にしわを寄せるお母さんはすみれを我が子にしたい願望のため、否を突きつけて現実逃避を計った。
「ここからよ。ここから先の最後のひと言。『付き合ってください』がなかなか言えないものなのよっ!」
と、思っていると。
『イラさん、もし私でよければ、お付き合いしていただいてもいいですか? その、彼女彼氏の関係で』
言ったああああああああああああああああああああッッッ!
ドストレートに剛速球を投げていったああああああああッッッ!
なんという鋼のメンタル。肝の据わりっぷりが半端じゃない。
え、いやいやさすがにそれは早くない?
だって彼とは出会ってすぐに別れて、今日ここで再会するまでずっと文通だけでコミュニケーションしてたんでしょ?
もう少しお互いを知ってからでも遅くはないんじゃないでしょうか?
そうですよね、イラさん。
ここはステイなところですよね?
『ごめんね。俺自身、そういうのってよくわからなくて。とりあえず今までの関係を続けるってことでもいいかな?』
「死ねええええええええええええええええええええええええええええええええッッッ!なんですみれの告白を断ってんだ殺すぞ貴様アアアアアアアアアアアアッッッッッ!」
「ちょっとペーシェ、うるさい! すみれちゃんたちにバレちゃうじゃない!」
「これが叫ばずにいられるかッ! なんですみれの告白を断っとんじゃい! 殺すぞちくしょうッ!」
母親だろうがなんだろうが関係ない。喚き散らさずにはいられない!
「しかし現状維持ということはまだ見込みアリ!」
謎の美女の言う通り。まだ終わったわけじゃない。すみれの幸福が潰えたわけではない。そんなことは許されない!
嗚呼しかし!
このまますみれがあたしのものでなくなってしまうなんて!
だけど彼女の幸せが第一。
でも自分の幸せも優先したい。
ドウスレバイインダチクショウッ!
「どうしたの、ペーシェさん? ずいぶんと大きな声が聞こえたけど」
やべえ、バレた。
なぜだ。認識阻害の魔法と不可視化の魔法も使ってたはずなのに!
「あんだけ大声出してたら誰だって気づくわよ。ごめんなさいね。山菜を摘みに来てたら2人の後ろをついて歩いてたみたい」
お母さん、その言い訳はさすがに苦しい。
「そうなんですよ! オオバコとかスベリヒユとか、カラムシ、サルトリイバラが生ってます。春や秋に旬を迎える野草もたっくさん生えてて、この島は野草天国なんですよ!」
さすがすみれ。ツボの在り処が一般人のそれと違いすぎる。そして母よ、すみれのツボの押し所をよくわかってらっしゃる。
ところで、と切り返したすみれはあたしの手を握って囁いた。
「すんごい大きな声を出してたけど、もしかして怪我したの? 大丈夫?」
涙ぐみながら、上目遣いで心を寄せてくれるすみれちょおおおおーーーーかわいぃーーーーッッッ!
いかん!
理性がぶっ飛びそうになる!
「だ、大丈夫大丈夫。どこも怪我してないから。それよりごめんね。大声出してびっくりさせちゃって」
「そんなことないよ。それよりほら。むこうでナマクアランド・デイジーがいっぱい咲いてるの。みんなで見に行こう!」
2人だけの時間を邪魔してしまったにもかかわらず、屈託のない笑顔でなにごともなかったかのようにふるまってくれるすみれってばマジフェアリー。
罪悪感と幸福感に押し潰されて死にそうです。
白、オレンジ、紫、赤、黄色。ほんとうにカラフルなデイジーの花々が咲き誇るキバーツリーの足元は楽園を思わせる。
南の海を臨めば青い空、白い雲。きらきらと輝く水面の向こう、地平線の彼方には黒曜石の花嫁の故郷が心に浮かぶ。
彼女たちも我々と同じ景色を見ていたのだろう。愛を囁き、身を抱き寄せ合ったのだろう。
なんて、なんてロマンチックな景色か。
意中の人と手を繋いでいられたなら、あたしの心はダークブルーに染まらずに済んだかもしれない。
「あれ? みんなも来たんだ。やっほー♪」
「ユーリィさんとアーディさんもいらっしゃったんですね。すみません、お邪魔でしたか?」
「ううん、そんなことないよ。2人で散歩してただけ」
彼の腕の中には魔導工学技士のユーリィ・サッドマッドさん。シャングリラからやって来た、ハティさんのお友達。
最初に会った時から文通を始め、ついに恋仲となったそうな。最初に2人が出会った時は仕事の話しで盛り上がってるだけだと思った。
魔導工学技士が少ない中、気の合う2人が仕事を通じてひかれあうのは必定。しかし、まさかそんなところまで進んでたなんて想像の外。
己の敵感知スキルの脆弱さたるや。直観力の低さを呪いたい。
やーもー気まずいわー。
「ナマクアランド・デイジーは雨が降った翌日に一斉に咲き誇るんですよ。ちょうど昨日、雨が降ったおかげでいっぱい咲いたんです。本当に楽園みたいな景色ですね」
「本当に、とても綺麗なところだね」
すみれがイラさんに微笑み、彼もすみれに微笑み返す。
すみれはなんてかわいい笑顔をするのだろう。うっとりとして、大好きな人と手を握って同じ光を見ていられる。
嗚呼、なんて、なんて虚無感を感じる光景だろう。
アタシモシアワセニナリタイッ!
「ペーシェ、顔がヤバいからペンションに戻って休んでなさい」
「アアアアアアアアアアアアアタシノシアワセガテノナカカラコボレオチテイクッ!」
「この子、こんな顔してたっけ?」
あたしの、あたしの望んだ幸せが壊れていく。
すみれがあたしの元から離れて行ってしまう。
アーディさんがほかの女のものになってしまう。
「あれ? みんなもここに来てたんだ」
「あらら、先客有りか。まぁこれだけ素敵な場所なんだもん。仕方ないよね」
アダムとローザのバカップルが現れた!
なんかすげえ嫌な予感がしてくるんですけど。
「おっ、なんだなんだ。みんないるじゃん。あ、わかった。ピクニック? ピクニックでしょ?」
「「みなさまごきげんよう。わたしたちもピクニックに来たんです。よろしければ、みなさまも一緒にどうですか?」」
タコ野郎とアイザンロックの双子!
なんだここは。カップルのたまり場か。
こいつらはあたしを殺しに来てるのか?
「この島、爆発しねえかなあーーーーーーーー?」
「ダメだわ、この子。どうしようもない」




