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虎穴に入りて、子虎とじゃれ合う

今回もペーシェ回です。

準備中のちょっとしたハプニングを描いた回です。

本当にちょっとした、見方によればハプニングと認識できないような出来事です。




以下、主観【ペーシェ・アダン】

 時間が経過するにつれてキッチンのメンバーが集まってきたので、予想した以上に作業が早く終わりそうだ。

 愚弟と美少女たちも餌付けをすると快く手伝ってくれた。一番時間がかかると思った発砲スチロールの切り抜きと設置も終わり、ちょうど休憩を挟んでいると、野性のアルマちゃんが現れる。


 工房に発注したマジックアイテムが前倒しで出来上がり、近くを寄ったということで顔を見せてくれたのだ。

 さらに彼女はベレッタさんに自分の企画を手伝ってもらっているから、できることがあればお手伝いをしたいと申し出る。

 なんと健気な子か。キラキラと輝く金髪ツインテールにふりふりフリルのたくさんついたミニスカ和服。レースのストッキングがキュート&ガーリー。上下はピンクを基調とした柄物でおしゃれな和モダン。

 屈託のない笑顔があたしの荒んだ心を癒してくれる。

 すみれにアルマちゃん。

 なんという最強タッグか。

 ベッドで挟まれて寝たい。


 吸い寄せられるように金髪ツインテールっ娘にハグしようとしたのに、ある者がそれは阻みよる。

 なぜ貴様が、貴様があたしの前にいるッ!


「やぁ、初めまして。俺はマルコ・アダン。よろしくね」

「よろしくお願いします。アダン、ということはペーシェさんのご姉弟ですか?」

「ペーシェは俺の姉さんだよ。俺は1つ下の弟なんだ」

「そうなんですか。それじゃあアルマと同い年なんですね」

「そうなの? 素敵な偶然だね。手に持ってるそれは?」


 社交的な愚弟が自然な流れで会話を弾ませる。

 父親と同じで女の子好き。父とは違っていきなりナンパはしない。ベルン式に則り、少しずつ会話から感情を同調させていくスタイル。

 感心するほどの話術。しかしここに至ってはストレートにナンパして平手打ちを食らって欲しかった。


 まさかとは思うが、アルマちゃんが愚弟の毒牙にかからないだろうか。

 よく考えたらアルマちゃんは愚弟好みのつるぺたボディ。彼女の場合は両腕が無いので胸を支える筋肉が弱い。ゆえに大きくなりづらいという理由もある。とにかく心配だ。

 愚弟があたしに要求するように、とんでもない言葉を彼女に放って気分を害するのではないかと気が気でない。ここまで心配するあたしは過剰だろうか。

 いえ、正直言って、アルマちゃんやすみれを愚弟にとられたくないだけです。


 だとしても、万が一のことを考えてさりげなく分断作戦を実行しようではないか。

 幸いあたしは現場監督的な位置にいるから手が空いてる。愚弟の会話に割って入るのもたやすい。

 さぁどう出る。どこから攻める?


「マルコさんはどんな魔法が好きなんですか?」

「好き、というより、俺は魔法剣士だから肉体強化系を中心に補助魔法と、中級魔法までならある程度使えるかな」

「なるほど。素晴らしい才能ですね。それから、あちらの金髪ストレートの方と水色の髪の方が本職の魔法使いでしょうか。あっちの茶髪の方は…………治癒魔法、が得意なのでしょうか」

「見ただけで分かるの? 凄いな。その通りだよ。彼女たちはベルン王国の養成学校で宮廷魔導士を目指してるんだ。フィアナ、ニャニャ、リリィ、ちょっといい?」


 なんということか。自ら死地に飛び行ってしまったではないか。

 こうなってしまっては仕方がない。弟のいる場所へはあまり近寄りたくはないが、虎穴に入らずんばアルマちゃんを見守るか奪取して逃げよう。

 自然な形で会話に加わると、アルマちゃんらしい内容というか、魔法の話しで盛り上がった。あまりに専門的な話しのため、ただ花を愛でるだけなのかは分からないが、愚弟は一歩引いたところで彼女たちの華を眺める。

 好意を向けてるというのは思い違いだろうか。それならばいいのだが。


「お姉様は何か得意な魔法がございまして?」

「トクイ…………得意な魔法? いや、あたしはあんまし魔法って得意じゃなくて。義務講義で履修した護身術くらいしか扱えないかな」


 あっぶな。突然、火の粉が降りかかってきたんですけど。

 しかもトクイな魔法の話しとかやめてよね。【得意】を【特異】と聞き間違えて、危うく口を滑らせるところだったじゃん。まぁ、嘘は吐いてないからいいよね。

 実際、護身用の補助魔法はひと通りこなせるし。

 攻撃魔法系統は全然勉強してないから使えないし。

 あたしは蚊帳の外で夕涼みと思ったのに、何も知らないアルマちゃんが不意にぐいぐい引っ張ってきた。


「えぇ~? 見たところ、ペーシェさんって結構な魔力の保有量ですよね。練度も相当なものみたいですし、これはなんというか、一般的な魔法じゃなくて、かなり特別な魔法のための魔力のような感じがします」


 会話の流れとあたしへの興味をフェードアウトさせるように持って行こうとしたのに、アルマちゃんからとんでもない投げ槍が飛んできた。

 ルーィヒにすら内緒のあたしの特異な魔法。

 具体的には分からないようだが、見ただけでその片鱗を嗅ぎつける彼女の眼力はいったいどうなってるのだろう。


 素敵な魔法なら鼻を鳴らして自慢したいところ。だが、自分でも驚く程にクソみたいな魔法が発現してしまうので口外したくない。

 幼い頃は普通のことだと思った。成長し、周囲を観察するにつれて、おそらく自分の腐った心の内側から溢れ出た魔法なんだろうと悟る。

 だからここぞという場面でしか使わないと決心した。できうるならば一生使うことのないように願ってる。


 それなのに。それなのに、この魔法大好き和モダン金髪ツインテっ娘ったら、あたしの魔法を見てみたいと迫り来る。

 ぬかった。

 虎穴に入って行ったのはあたしだった!


 押し寄せるようにあたしをお姉様と慕う子たちも目を輝かせて懇願する。

 調子に乗って弟も見てみたいと言い始める始末。

 ちくしょう逃げたい。誰か助けて。

 助けて欲しい時に限って救世主っていうのは現れない。それどころか敵が増えるものなの。キッチンのメンバーも何だ何だと集まって、あたしの周りを囲み始める。


 どんだけせがまれても使わないから。

 そこをなんとか、少しだけ。

 絶対嫌です、お断り。

 そう言わずにちょっとだけ。


 スパルタコ以外は純粋に興味本意だろうけど、あたしのアレを使ったら、せっかく作った展示品までメチャクチャになっちゃう。

 しかしこの状況を切り抜けるためなら使っちゃったほうがよいのでは。

 いやいや冷静になれペーシェ・アダン。

 短絡的な考えは後々、ろくでもないことになるなんてことは歴史が証明してるではないか。

 どうしようどうしよう。目の前がぐるんぐるん回ってもうダメだと思った刹那。あたしのかわいいフェアリーちゃんの声が館内中に響き渡った。


「ダメーッ! 人が嫌がってるのにぐいぐい行っちゃダメですッ! ペーシェさんをいじめないで下さいッ!」


 小さな女の子の恫喝でようやく正気に戻った彼らは、反省を表して謝罪の言葉を連ねる。

 特に深々と頭を垂れたのがアルマちゃん。泣くほど謝られる覚えもないのだが、それは彼女の良心がいかに純粋かを物語っていた。

 アルマちゃんに続いて3人官女も前へ出る。

 もう大丈夫、気にしないでと諭すものの、それでは自分たちの気が済まないということで、キッチンのお手伝いをしてくれる運びと相成りました。


 実は彼女たちにも都合がある。

 グレンツェンでフラワーフェスティバルの準備とお祭り当日の3日間、騎士団もベルン王国の警備で忙しい。

 2つの都市を結ぶ道路の交通整備。

 フラワーフェスティバルに訪れる国王様の警護。

 などなど、仕事が忙しくて学校の先生も駆り出された。

 その間、学生は少し長いお休みということらしい。


 暇を持て余した6人は、マルコの実家のあるグレンツェンに遊びに来てるというわけ。

 そういうこともあって、罪滅ぼしと、時間を有効に使いたいという意図。愚弟の姉であるあたしのポイント稼ぎもできるという下心もあっての提案。

 手伝ってもらえるなら断る理由もないと二つ返事で承諾。

 エマもみんなも大歓迎というのだから文句のひとつもありはしない。


 あたしもあたしですみれに感謝。

 どさくさに紛れて、ぎゅっとハグして癒し成分をチャージ。

 泣きべそをかくアルマちゃんにもハグ。

 大丈夫のおまじないをかけて涙を拭う。


 と、後ろからスパルタコの不遜な発言が聞こえた。


『ちぇー。せっかくペーシェをいじれると思ったのになー』


 ぶっ殺してやりたい。普段からタコ野郎をけなしまくってるあたしに対する報復なのだろう。1対1ならいい。でも今はこの状況を作ってしまったアルマちゃんがいる。そういうことは猛省してるアルマちゃんの前で言うなよな。

 ピコンと閃いて口角が吊り上がる。

 アルマちゃんは口が堅そうだから大丈夫だろう。


「そうだ、アルマちゃんにだけ特別に、ちょーっとだけ見せてあげる。スパルタコのほうを見てて」


 小声で耳打ちして、あたしの特異な魔法をタコ野郎にかけてやる。するとアルマちゃんはあたしの魔法が見られるとなって、ケロリと表情を転がして満面の笑みを見せた。


理不尽(コメディック・)世界(ホラー・ワールド)


 それはあたしが生まれながらに扱える魔法。

 腹黒い心の底から湧き上がる、クソッタレな本性。


 スパルタコが腰回りの装いを整えようと、ズボンの淵を持ち上げたが最後、前の留め金は弾け飛び、チャックが裂け、そのまま左右に両断される。

 本人には何が起こったか理解するのに数秒かかるおかしな現象。

 傍目から見れば、自力でズボンを引き裂いてボクサーパンツを露わにしただけに見えた。

 誰も何がどうしてこうなったかは分からない。あたしだけが知ってるという優越感。

 いけすかない奴が理不尽に辱めを受ける。

 しかし奴はそれが理不尽であるとすら認識しない。


 叫び声をあげて目を覆う美少女たち。

 呆気にとられるタコ野郎。

 爆笑するダーイン。

 とりあえず、あるもので隠せと戸惑うエマ。

 何が起こったのかを間近で感じて恐怖を呼び起こすアルマちゃん。


 そしてあたしはケラケラケラケラ。


 おっといけない。つい素が出てしまった。

 こういう場面を見るといつも変な笑い声が出てしまう。

 自分でもどこから発声してるのだろうと疑問に思う。ナチュラルに口からケラケラと出てしまうのだ。

 ただ面白いというだけではない。理不尽を突き付けられてる様子がどうしようなく楽しくて笑ってしまうのだ。

 本当に、自分でも目を覆いたくなるほどクソな性格。


 そう思いながらも、腹黒ペーシェは今日も嗤う。




~おまけ小話『傷』~


ダーイン「まさかお前にそこまでの筋肉があったとはな。驚きなんだぜえ」


スパルタコ「いや違うって。そんなんじゃないって」


エマ「ズボンが老朽化してた、とかですか?」


スパルタコ「いやそんなはずは。コメディ映画さながらに裂けやがった。ありえんだろ、普通」


ウォルフ「天罰」


スパルタコ「そう言われると返す言葉がねえ」


ハイジ「縫製が悪かったのかな。でもそんな雰囲気じゃないよね。鋭利な刃物で両断したって感じの切り口だし」


すみれ「もしや、妖怪【かまいたち】の仕業では?」


ダーイン「鎌? 鼬?」


すみれ「人の手や足を切って颯爽と吹きすさぶ妖怪です」


リリィ「通り魔ッ!?」


マルコ「倭国に古くからいる怪異のことだよ。ブラックドッグみたいな」


すみれ「そ、そこまで怖い妖怪ではないです。諸説ありますが、聞いた話しでは、かまいたちは3兄弟。長男が人を転ばせて、次男が切り付けて、三男が傷口に薬を塗って去ります」


ダーイン「転ばせるのと切りつけるのはわかるけど、なんで最後のやつは薬を塗ってくんだ?」


すみれ「わかりません。そこがまた謎です」


ウォルフ「理解できないことこそ恐怖だな」


すみれ「あと、斬られたところは血が出ないらしいです。痛みもないそうです」


ウォルフ「いよいよもって意味が分からん」


リリィ「傷口が浅すぎて出血しないのでは?」


ダーイン「それほとんど無傷じゃね?」


スパルタコ「ズボンを真っ二つにされて恥ずかしい思いをするくらいなら、ほぼほぼ無傷の切り傷のほうが1000倍マシ」


すみれ/ウォルフ/ダーイン/エマ/ハイジ「「「「「心の傷」」」」」


リリィ「かまいたち。恐ろしい怪異ですっ!」

一見すると単純なようなのに、考えてみると複雑で使いようによっては恐ろしい結果をもたらすものっていうのはよくあります。

ペーシェの魔法もその一つ。今回はかなりセーブした使い方をしていますが、本気を出すと大変なことになっちゃうんですよ。それを書くのはかなり先になりそうですが。ユニークな魔法を考えるのは楽しいですね。

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