summER VAcatioNs in The ghOstLand 16
バーベキュー会場に戻るとバターと小麦のいい香りが漂ってきた。
キッチンの幽霊怖い組と、すみれさんの未来の旦那さんと彼の友人たちが焼いた3時のおやつ。
真っ赤なイチジク。太陽のように輝く八朔を並べたタルト。きらきらと輝くさまはみんなの心を表してるようだ。
「みなさん、おかえりなさい。八朔とイチジクのタルトが焼きあがりました。小休憩にしませんか?」
みなさん、と言いながら、ライラ騎士団長を凝視して語り掛けるお姉ちゃん。思い出したかのように、彼女の後ろにいるみんなにも目配せをした。
「そうだな。メタフィッシュで魔力をほとんど使い果たしたし、少し休憩にするか」
歓声ののち、シェリーさんがひと添え。
「寄宿生は小休憩したら限界まで魔力を絞り出すぞ。全員がメタフィッシュを扱えるようになるまで休ませないからな」
意気消沈。目に見えてがっかりする。ベルン寄宿生ってたいへんなんだなあ。
唯一、どや顔でいるのはエミリアさん。彼女は水属性のマナを持ってるから、水を操作して形を成すメタフィッシュと相性抜群。訓練して2時間でマスターした。
「わたくしは既にマスターしたわ。ハコフグでもサメでもいける」
自慢げに胸を張ってると、シェリーお姉さまがエミリアさんの肩に手を置いて満面の笑みを見せた。
「エミリアはエディネイと組んで救助訓練だ。エディネイはメタフィッシュが全く扱えないからな。エミリアが救助役。エディネイが被災者役。ジンベイザメになって、衰弱したエディネイを口から取り込め。その際、一緒に取り込んだ海水を被災者に飲ませないように気をつけろ」
「あ、はい…………」
一切の容赦をしないシェリーお姉さま、素敵!
寄宿生さんたちの疲労を察したヘラさんがキルシュさんに提案。手持ちのお魚図鑑を取り出してみせた。
「メタフィッシュの話しは聞いたよー。それ、私もやってみたい。でもその前に、詳しい魚の構造を説明した図鑑があるから、これでイメージを掴もう。内部構造はデフォルメしてスケッチして具体的なイメージを掴もう。メタフィッシュって具体的なイメージが大事なんだよね?」
質問の先はムキムキの陽介おじさん。若いのか年配なのかよくわからない。アルマさんのマジックアイテムの師匠らしい。
「おっしゃる通りです。しっかりと形をイメージすれば、よりよく形を成すことができますねえ。みなさまは魚文化が少ないということで、図鑑や本物の魚に触れてイメージをつけるほうが効率がよいかもしれませんねえ」
「たしかに。闇雲に訓練をしても意味ないか。よし、小休憩をとったらしばらく座学といくか」
歓喜。少し休める。それだけで喜びが魂の叫びとなって溢れ出た。メタフィッシュってそんなにたいへんなんだろうか。
できればわたしも使えるようになって、海中散歩がしてみたかった。相性もあるんだろうけど、難しいと困っちゃうな。
「メタフィッシュって難しいの?」
アルマさんは難しい顔をした。やっぱり難しいのだろうか。
「なんでも初めてのものは難しいものだよ。でもよっぽど相性が悪くなかったら、だいたい半日くらいでマスターできるようになるよ。マーガレットも魔力の練度と量を鍛えれば、自分で運転できるようになるかもね」
そっか。さすがに今のままじゃ無理だよね。よし、魔力を鍛える訓練をしよう!
「でも今回は大丈夫。アルマが海中散歩に連れてってあげるから!」
「アルマさん、大好きっ!」
わくわくがまた増えた。毎日毎日、わくわくが増えっぱなしだ。困っちゃうくらい嬉しいな♪
さて、さっそくあまあまきらきらなタルトを食べるとしよう。キキちゃんとヤヤちゃんとガレットさん、ペーシェさん、ベレッタさん、ミカエルさんとタルトを囲む。イチジクの赤。八朔の黄色。バターをたっぷり使った生地の茶色と黄色のグラデーション。
なんて美しいスイーツなのか。夏にぴったりの色彩ではないか。
こんなの絶対おいしいに違いない。早く食べたいかぶりつきたいっ!
「ちょっ、ちょっと待って! これ、アラクネートさんに転写してもらうから!」
「転写?」
はて、転写とはいったい?
よだれをたらしながら疑問符を浮かべると、数十個のタルトを縦長に並べ、その上に真っ白な反物を被せるようにかざした。
ふわりと波打たせると、真っ白なキャンパスに色が浮かび上がる。
黄色と赤と、茶色と黄色のグラデーション。
夏色タルトのタペストリーができあがり。
これはすごいっ!
「さすがペーシェさんですね。とっても素敵な感性です。カラフルなタルトを並べてタペストリーにしてしまうなんて考えもしませんでした」
できあがったタペストリーを広げて感動に打ち震えるアラクネートさん。頬を紅潮させて笑顔満開。
これを見たほかの人も感嘆のため息。どこにでもありそうで、ここにしかない景色。一瞬で食べ尽くしてしまうそれは、一生残る思い出になった。
がっ!
わたしは、わたしたちは、花より団子!
はやく食べたいっ!
「ご、ごめんね。あんまり綺麗な出来栄えだったから、どうしても景色染めしてもらいたくて。それじゃ、すぐに飲み物とってくるから切り分けてて」
「それなんですが、たいへんなことになりました!」
ペーシェさんの行ってくるに待ったをかけたのはすみれさん。
たいへんなこととはいったいなんなのか。わたしはもう乾杯が待てない。でも理性は乾杯しなくちゃいけないって言ってる。
二律背反の板挟み。お腹がきゅうきゅう鳴り始めた。
鳴り始めちゃったよぅっ!
「たいへんなことってなんぞ? そろそろマーガレットが爆発寸前なんだけど」
ペーシェさんのおっしゃる通りです。このままではマナー違反をしてしまいそうです。
「いや、それが、乾杯ができないんです」
「え、なんでっ!?」
え、なんでっ!?
「水も、ピーチウォーターも、ビールもワインもカクテルも、全部全部、なくなってしまったんですっ!」
「「「「「んんん~~~~~~っ!? どういうことッ!?」」」」」
「なぜかこんなことになってます」
両手にはピーチウォーターが入ってたはずの瓶。わたしのお気に入り。昨日、スーパーに買いに行ったお気に入り。ペーシェさんも同じのを買ってた。
その両方が空になってる。いや厳密には中身はある。中身はあるがしかし。これはどういうことだ。こんなことはありえない。物理的にありえない。
だってこんなの、絶対におかしいもん!
それを見てダッシュしたのはヘラさん。好奇心の塊が瓶にくらいついた。
ありえないはずの現実を目の当たりにして、瞳をきらきらと輝かせる。
「瓶の中に金貨銀貨、宝石のはまった指輪、ペンダントから首飾りまでぎっしり詰まってる! しかもどれも、瓶の口よりずっと大きなものが!」
似たようなものにボトルシップというものがある。瓶の中に船の模型が入ってるやつ。
あれは小さなパーツを瓶の口からピンセットで入れ、少しずつ丁寧に組み立てていくからできるもの。
が、これはそんなものじゃない。瓶の中で錬成できるようなものが入ってない。金属や宝石が詰まってる。
テレポートの魔法で誰かが入れたのか。こんな手の込んだ謎のいたずらをする人はこの場にいない。
ほかの飲み物の瓶も、水の入ったペットボトルも、ビールの入った樽の中身も、全部全部、宝物でいっぱいだ。
なんてことだ。いったいどうなってるというのか。
考えられる理由はひとつ。
信じられない。だけど目の前の現実は受け止めなければならない。
「これもしかして、幽霊さんたちが祝賀会のために、お酒を全部持ち出した、とか?」
ベレッタさんの考察が有力。幽霊さんたちの結婚式を執り行ったのだ。その後はみんなで食べて飲んでの大騒ぎ。それが慣例。大切な文化のひとつ。
「地獄の沙汰も金次第、っていうけど、彼女たちにとってはお酒のほうが大事ってことなんじゃないか。地獄でもお酒は賄賂として使えそう」
「ない話しじゃないから怖いですね」
さすがのライラさんとシェリーお姉さまも呆然。マジかーって顔して天を仰ぐ。
発狂したのはエマさん。楽しみにしてたお酒が全部宝物に変わったことに絶望。エマさんも宝物よりお酒派。
「そんな…………今晩のバーベキューにゲニーセンビーアのクラフトビールを発注したのに。Tボーンステーキとクラフトビール…………」
「あっ、エマさん。それはまだ内緒で。ディナーのサプライズなのでっ!」
愕然とするエマさん。今にもエクトプラズムしそうだ。
でもほかの人たちはテンションが上がってる。Tボーンステーキのひと言で気分アゲアゲ。テンションマックスである。
しかし困った。ピーチウォーターどころか、水まで持ってかれてしまうとは。
「いやこれ、結構ヤバい状況だよね?」
サンジェルマンさんの危機管理能力が発動。
顔を合わせたレーレィさんがなにかに気付いた。
「飲み物がなくなったら、脱水症状で死ぬかも」
あ、普通にヤバい。
孤島から飲み水がなくなってしまった。マジで冗談抜きに窮地なやつ。
後先考えずに行動するところは、やっぱり海賊っぽい。
緊急事態につきテレポートを要請。
ユノさんがとりあえずの水を運んでくれたので乾杯できた。やっとあまあまスイーツにありつける。
あまあまなイチジクとおいしい苦みと酸味が特徴的な八朔がお口の中でマリアージュ。
生地にはイチジクとイチゴのジャム。輪切りの果物の表面には薄く伸ばしたカラメルが塗られてる。
絶品!
「さすがすみれさんですっ! とってもおいしいですっ!」
「どういたしまして。喜んでくれたみたいでよかった」
すみれさんの笑顔が弾けてる。彼女はいつだってそうだ。おいしいって言うと、満面の笑みでありがとうと微笑んでくれる。
料理でみんなを笑顔にできる。なんてかっこいい女性なんだ!
わたしもいつか、シェリーお姉さまやすみれさんみたいな、かっこいい女性になってみせるっ!
~おまけ小話『チキンステーキ』~
二コラ「随分とまた刺激的なサマーバケーションを過ごしてるんだね。君たちには驚かされてばっかりだ」
ヘラ「あらやだ、サマーバケーションに行ってる私の代わりに仕事してくれてる幼馴染の二コラじゃない。どうしたの、こんなところに?」
アルマ「フラワーフェスティバル以来ですね。たくさんのモツをありがとうございました!」
二コラ「いやこちらこそ。それより、すみれちゃんが買い付けにきた鶏なんだけど、その後どうなったかちょっと気になって」
ヘラ「チキンステーキ、おいしかったよ~♪ ソースも何十種類とあって、ちょ~おいしかった~♪」
二コラ「それはよかった。で、その後の鶏はどうしてる?」
ヘラ「その後の鶏?」
すみれ「説明しましょう。新鮮なお肉でバーベキューを楽しむため、鶏は生きたまま買い付けました。きちんと柵で囲い、ご飯をあげてますっ!」
二コラ「それなら安心」
ヘラ「自分で絞めるの!? さすがすみれちゃん。美食への飽くなき欲求が素敵!」
フィーア「それと知らず餌やりをして、少し愛着がわいてしまった」
マルタ「てっきりペンションで飼ってる子たちだと思いました」
ベレッタ「知りたくなかった驚愕の事実」
ライラ「人々が数多の命をいただいてるという現実を直視できる、いい機会だったな」
シェリー「ものは言いよう」
すみれ「明日も鶏さんたちのお世話、よろしくおねがいしますっ!」
フィーア/マルタ/ベレッタ「「「……………………」」」
幽霊船長と悲恋の恋をした黒曜石の花嫁は、多くの人々に祝福されて天へ召されました。
ウェディングブーケは友引の性質があるため、花嫁は生前に掛けていたロザリオをマーガレットに渡しましたね。彼女の感謝の証だったことでしょう。
マーガレットの夢はウェディングブーケのデザイナー。ウェディングブーケを通して、幸せのお手伝いをするのが夢なのです。きっと今日のこの日の思い出を胸に、ますます邁進することでしょう。
次回は、すみれが意中のイラに告白するものの、優柔不断なイラのせいで周囲の人間の感情が爆発する話しです。主にペーシェが狂います。




