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summER VAcatioNs in The ghOstLand 12

「声が漏れてるんだな」

「漏れてるんじゃない。漏らしてるんだよ」

「トイレ行けや」

「えっと、そうおっしゃってくださるのは素直に嬉しいです。ありがとうございます」


 困ったような表情で、でも嬉しい気持ちがにじみ出る笑顔のなんとかわいらしいことか。

 どうしたら彼女のように母性的でかわいらしいナイスレディになれるのか。親の顔が見てみたい。土下座して弟子入りしたい。

 あたしが男なら秒で惚れてる。


「貴女の笑顔に惚れました。付き合ってくださいっ!」


 惚れた男がここにいた。ハイラックス人のカルロス。サンジェルマンに似た尻軽男。

 しかし、グリムさんはそんなに安い女じゃない。そもそも、


「気持ちは嬉しいのですが、私には胸に秘めた男性がいますので」


 ということなのだ。惚れて腫れた男はがっくりと肩を落とすも、『貴女の幸せを願ってる』と言い残して爽やかに退場。

 去り際が美しいのは高評価ですな。誰でも口説く性格を差し引いてプラマイゼロなのが珠に瑕。


 彼氏。彼氏かー。あたしも意中の相手に告ろうと、腹を決めてきたというのに。


「で、ペーシェの心の準備は大丈夫なんだな?」

「心の準備だけはね。でも、肝心の相手がアレじゃどうしようもない」


 肝心の相手というのは片思いのアーディさん。サマーバケーションの熱気を利用して胸の内を告白しようと準備してきた。というのに、告白相手の腕の中には別の女性。魔導工学技士のユーリィさんがいる。

 しかも魔導工学の話しで盛り上がりっぱなし。つけいる隙がない。追い落とすこともできない。さらに言うなら、ユーリィさんは他の女がアーディさんと接触しないように周囲に気を配ってる。

 鉄壁の女。メスを閉じ込めて離さないタカアシガニが如き堅牢っぷり。


 しかもしかも、2人の背中を見て嫉妬に駆られてるらしい義妹の姿まである。

 いよいよもって取り付く島もない。女としてベレッタさんに勝てる要素がまるで見つからない。そのうえ、彼らは同じ修道院で育った義兄妹。特別な感情があってもおかしくないのだ。

 絶望で吐きそう。


「あら、ペーシェさん。どうしたんですか。顔色が優れないみたいだけど」

「おひさしぶりです、アラクネートさん。大丈夫です。少し疲れただけで。それよりとっても素敵な水着ですね。よく似合ってます」

「ありがとう。でも水着っていうのは着るのも作るのも初めてで、変じゃないかしら?」


 変どころか、セクシーすぎて悩殺する気満々の装いにしか見えませんけど?

 歴戦の戦士よろしく、その道では玄人ですっていうオーラしか出てませんけど?

 初めて水着を着る人が、総レースのモノキニ水着なんてよく選びましたね。目のやり場に困るんですけど。

 目のやり場に困るといえば隣の美女もそう。男を失血死させるためにやってきたとしか思えないんですけど!?


「2人の自己紹介がまだでしたね。ワンピースを着た彼女が舛 孕舞(まいあし ようむ)。三角ビキニの彼女はネネア・ヴィスタ。2人とも、私の工房で働いてくれてる服飾デザイナーなんです」

「は、はじめまして。舛孕舞です。不束者ですが、よろしくおねがいしますっ!」


 不束者の使いどころを間違えてません?


「わ、私も水着というものを着るのは初めてなんですが、変じゃないでしょうか。できるだけ露出の少ないものを選んだのですが」

「全然変じゃないよ。とっても似合ってる」

「あ、ありがとうございます。はわぁ、よかったー」


 よくねえよ!

 なにもよくねえんだよっ!

 水着は変じゃない。ヤバいのは貴女の胸のサイズですよ。ワンピースからこぼれそうじゃないですか。しきりに胸元の生地を直してるし。中身が小動物なだけで外見が誘い受けビッチじゃん。


 そんで隣はただのビッチじゃん!


「孕舞はもっと自信を持てばいいのよ。かわいいんだから。もう少し露出してもいいんじゃない? 貴女だって思春期でしょう?」


 ヤル気満々で来てるんですけどこの人ッ!?


「ね、ネネアさんは露出しすぎだと思いますっ! もう少しおしとやかにするべきだと思いますっ!」


 激しく同意。でも孕舞さんが言っても説得力がない。露出が少ないだけで、今にも露出しそうなんだから。


「だって涼しいじゃない。ただでさえ暑いんだから。身軽な格好じゃなきゃ、ね?」

「え、ええ、そうですね」


 せめて上からカーディガンなりなんなり羽織れえええええええええええッ!

 あんたのは三角ビキニじゃなくて、マイクロビキニって言うんだよッ!

 ぶっちゃけ、裸よりエロいな。

 異世界の、シャングリラには海水浴という風習がないらしく、ゆえに水着という概念が存在しない。

 参考にしたのはハティさんが持ち込んだという水着特集の雑誌。それから海魔族の女性が普段着にしてる布きれ。ただし、布をつけてるのは高貴な女性だけ。一般人はトップレス。つまり裸である。

 ファンタジーに登場するような貝殻のブラジャーなんて存在しない。現実とはこんなもんである。

 参考に持参した水着雑誌がたまたまセクシー水着特集だったというのも悪材料。ハティさんはそんなこと気にして買ってないだろうけど。

 これもまた、数奇な現実である。


 しかしあまりにもセクシーな現実を直視できないあたしは現実逃避したいと思います。

 困った時はヘラさんのところへ行こう。


「海賊島で見つけたお宝って発見者のものになるんですよね。それって今日も有効だったりするんですか?」

「もちろん。見つかれば、だけどね」


 よし。ヘラさんの言質がとれた。


「海賊の船長と恋人が結婚式を挙げようって時にロマンのないこと言うんじゃないんだな」


 ルーィヒはうるさいよ。あったら欲しいじゃん。金銀財宝。


「浪漫はあるでしょ。海賊の遺した財宝。どんなもんか見てみたいじゃん」

「で、見つけたらどうすんの?」

「どうもしないけど?」

「え?」


 大事なのはお金があることじゃない。お金を生み出すシステムを作ることなのだよ、ルーィヒくん?


「もしも地下洞窟に財宝があるなら、財宝見学ツアーを開催してもらってさ、売り上げの数%をロイヤリティで貰い続ける。一生涯」

「やっぱりロマンの欠片もねぇ!」

「浪漫だけじゃ飯は食えんのだよ!」

「その考え方は大事だけど、ロマンも大事にしてくれると嬉しいなー」


 ヘラさんを困らせるとバチが当たりそうだから、この話題はここまでにしておこう。

 気晴らしにスパルタコをおちょくりに行こうとも思ったが、奴の両腕に双子が絡みついてるから手出しができぬ。

 アイザンロックのリリアとルルア。文通を通じて、サマーバケーションを機に仲を深めたいと、スパルタコがハティさんに土下座して連れてきてもらった。

 彼女たちにはアイザンロックでおいしい料理を御馳走になった。ゆえに粗相はできぬ。タコ野郎はどうなっても構わぬ。が、恩を仇で返す趣味はない。

 アイザンロックへ赴いたなら、きっとまたお世話になるだろう。それに、双子の笑顔が眩しすぎてあたしの邪悪な心が焼け死ぬ自信がある。


 双子繋がりでキキちゃんとヤヤちゃんとも仲良しになったリリアとルルア。彼女たちのあたしへの評価を下げることは社会的な死に繋がるだろう。


 タコをスルーしてライラさんのところへ行こう。息子さんたちの世話をして、教練中の鬼教官ぶりはどこへやら。すっかり母親の顔をしてらっしゃる。


「おひさしぶりです、ライラさん。地獄の訓練から戻って参りました。息子さんたちが食べてるそれ、すみれのビーフシチューですか? 綺麗に食べてますね」

「ああ…………なんていうか…………ちょっと複雑な気持ちではあるが…………」

「ど、どういうことですか?」


 珍しくライラさんが涙目。その理由とは?


「すみれにレシピを教えてもらって、同じ要領でビーフシチューを作るのに、下の子はなぜか私が作ったビーフシチューとすみれが作ったビーフシチューを判別できる。なにより傷つくのは、母親のビーフシチューより、すみれのがおいしいってはっきり態度で伝えてくること」

「すごいよね。露骨に態度が違うからね」


 合いの手を入れる旦那さんも苦笑い。どうやってフォローしようか。


「将来は大物になりそうですね。ライラさんのお子さんって感じです」


 地味に辛いな、それ。しかもまだ続きがあるらしい。


「最初に覚えた言葉が『ビーフシチュー』だ」

「ん、んぐぅ…………」

「ちなみに2番目に覚えた言葉は『おかわり』」

「ぐふぅっ!」

「笑うなっ!」


 いやだって絶対笑わせにきてるでしょ、これ!

 旦那さんだって思い出し笑いで腹抱えちゃってるじゃないですか。笑うなっていうのが無理ですよ。


「同じレシピで同じ時間で同じように作ってるのになー。愛はいっぱい詰め込んでるのになー。なんでだろーなー」


 ライラさんが天を仰いで涙をこらえる。


「こんなにも落胆したライラさんは初めて見た。相当ショックだったんですね」

「そりゃな、ビーフシチューに負けたらな、さすがの私もショックだわ」


 ビーフシチューに勝負を挑まんでも…………。


 ライラさんの向こう側で1歳になるフィオンくんは、それはそれはおいしそうにビーフシチューを食べている。上手にすくってはねぷねぷちゅぽん。ちょびっとたりとも残さぬよう、とてつもない執念で食べ尽くす。

 最後には満面の笑み。体全身を揺らして喜びのダンスを踊った。かわいい。


 お兄ちゃんのケインくんもすみれのビーフシチューがお気に入り。ファイさんの焼いたミルクパンと一緒に食べて満面の笑み。


「兄弟揃ってビーフシチューが大好きなんですね。気持ちはわかります」

「週一ペースで作ってる。みんな大好きだからな。簡単だし。おいしいから」

「戦う主婦はたいへんですね」


 それもベルン第二騎士団長ともなればなおさら。今は龍脈が安定してるおかげで魔獣討伐の遠征がない。でもそれ以前はひっきりなしに海外を飛び回ってたらしい。

 サンジェルマンから母に電話がかかってくるたび、海外出張やら遠征やらと忙しくしてた。きっとライラさんも忙しくしてたのだろう。

 結婚して、二児の母となって、少しはゆっくりできるのかもしれない。

 となると、しわ寄せがサンジェルマンにいくのか。うん、それはべつにどうでもいいかな。

 死んでも死なないだろうし。


「なんか僕がもやもやすること、考えてない?」


 背後に父親(サンジェルマン)がいた。こんなところで親子の絆的ななにかを発揮しなくていいんですけど。


「考えてないよー。それよか、ランチのあとのことを聞きたいんだけど。洞窟の探索は寄宿生の教練も兼ねて探してくれるってことだけど、もしかして地質調査とかするの? 岩盤の崩落の危険とか、ガスの調査とか。そうなると今日中に船長さんを案内するのは無理ぽ?」


 マーガレットは船長さんとフィアンセを再会させてあげたいと思ってる。その気持ちは十分に理解できた。

 だけど、現実問題として、何百年も海底に眠ってるであろう洞窟になにがあるかわからない。もしかすると、龍脈からも隔離された魔力が滞り濁りたまって魔力版ガス溜まりトラップになってるなんて可能性もある。

 太古の化石が魔力の影響を受けてゾンビよろしく動きだすとか。


 崩落の危険。海賊が仕掛けた罠。迷路になってる可能性も否定できない。

 慎重な調査が必要だ。あたしだけなら力業で吹き飛ばすことが可能。だけど、ベレッタさんにマーガレットもいるとなると話は別。絶対にミスはできない。

 プロの意見やいかに。


「ボクがいれば地質や岩盤の調査はできるよ。そういう経験は軍人時代に手垢がつくほどやってきたからね」


 マジですげえなハイラックス国際友軍。普通の軍人は岩盤とか地質調査なんてできないだろ。改めて尊敬するわ。


「さすがっすわー。あとは魔力溜まり系の調査なんだけど」

「それも問題ない。探知系の魔法を使えばいいだけだからね。軍人時代に龍穴に続く洞窟の探索とか、硫酸エリアの調査なんかで培った毒やガス系の知識も持ち合わせてる。万事オッケーだ!」

「お、おおぅ……それならよかった……」


 ハイラックス国際友軍の人間がリアルスーパーマンと呼ばれる理由を再認識させられた。

 彼らの勤務地の大半が要救助地域か過酷な環境の調査、強力な魔獣の討伐。そりゃなんでもこなせるようにならなきゃ話しになんないわな。


 ハイラックス国際友軍で10年鍛えたベテランは、どこに行っても通用する普遍的な能力と体力とガッツを持ち合わせるという。それを逆手にとって、警察幹部候補生を出向させて鍛えさせる国もあるらしい。

 頼もしすぎるわ。国際友軍OB。


 とはいえ、さすがのサンジェルマンにもこなせない役割がある。

 ミカエルさんの郵便配達員としての属性。

 ベレッタさんのシスターとしての属性。

 そしてマーガレットの、幽霊と会話する能力。


 どれもサンジェルマンには備わってないもの。いや、普通なんだけどね、備わってないの。

 マーガレット曰く、『幽霊さんはその人の性質しか分からない。ベレッタさんが口で郵便屋だと言っても、彼らはそれを認識できない。【届ける】ことを仕事にしてる人じゃないと、船長さんを届けることができない』らしい。

 どうも人間と幽霊とでは勝手が違うようだ。

 理由はわからない。ヘラさんにも、マーガレットにも。磁石のN極がS極とくっつくように、【そういうもの】としか説明できないのと同じ。


 さて、地質調査の可否を確認したところで、ぼちぼち作戦会議といきますか。

 ということで、ベレッタさんとミカエルさん、アルマ、マーガレットを集めて対策本部を設立しよう。


「肝心のマーガレットちゃんはお休み中だね」


 ベレッタさんがみんなに飲み物を配ってくれる。あたしに、ミカエルさん、アルマ、サンジェルマン、母のレーレィ、ヘラさん、シェリーさん、シェリーさんの腕の中でぐっすりと眠るマーガレット。なんて幸せそうな寝顔なのだ。

 できることなら危険にさらしたくない。しかし幽霊と会話できるのは彼女だけ。なんというジレンマ。

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