summER VAcatioNs in The ghOstLand 11
以下、主観【ペーシェ・アダン】
初めてだ。初めて飲み物を吹いた。
コミックやカートゥーンの世界でよくある、飲み物を飲んでたらとんでも発言が聞こえて、驚きのあまり口に含んだ液体を吐き出してしまうアレ。
まさかそんな茶番じみたことを、このあたしがしてしまうとは想像だにしてなかった。
「汚いッ! ちょっと、ペーシェ。飲み物を吹き出すなんてなに考えてんの!?」
ローザがうるさい。オーバーアクションなのも癪に障る。
「すみれのことを考えとんじゃいっ!」
「それはいいけど、飲み物を吹きかけたチキンステーキはあんたが食べなさいよ」
「わ、わかってるよ」
赤ワインの沁みついたチキンを手前に寄せて延長線上の悲劇を見守る。
すみれが、すみれがあまりにも積極的になりすぎてる。全身全霊全力全開ド直球美少女だということはわかってた。だけど、まさか、好きな人相手に、そんな積極的なアプローチするだなんて誰が思う。誰が思うよちくしょう!
あたしの、あたしのすみれが誰かのものになってしまう。彼女の幸せを考えれば応援せざるをえない。えないがしかし、ずっとあたしのものでいて欲しかった。
彼女の胸元で輝くスターガーネットが如く、あたしだけの一番星でいてほしかった。
でもすみれの幸せを願うなら。
でもあたしのものでいてほしい。
でもやっぱりすみれの将来を想うなら。
でもずっとあたしの腕の中にいてほしい。
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア爆死シソウダッ!
「ペーシェがよからぬことを考えてるんだな」
「すみれの幸せを願っとるんじゃいっ!」
「とりあえず、頭ブリッジするのやめたら?」
「これが頭ブリッジせずにいられるか! ストレスを自傷行為で中和してもしきれんわ!」
「末期患者め」
「ロ、ローザ。それはさすがに言いすぎなんじゃ」
止めに入るアダムに、あえて言おう。
「末期患者ってところは自覚してるから大丈夫」
「なにも大丈夫じゃないと思うんだけど?」
アダムって本当に常識人だな。しかしあまり常識に囚われすぎてると、海千山千の世界じゃ生きてけないぞ?
「海千山千の世界で生きるつもりなんて毛頭ないんだけど…………」
「アダム、ペーシェの話しを聞いちゃダメ。ゲスが感染るわ」
「ロ、ローザ…………」
あたしのことも、罵倒するローザのこともどうでもいい。
今はすみれの行く末が、顛末が大事なの。邪魔しないでくれますか!?
聞き耳を立てようにもこの位置からは聞こえにくい。もっと近くに、いっそ会話の中に入り込もう。そうしよう。
「ペーシェお姉さま、お久しぶりでございます。修行はいかがでしたか?」
なぬっ!
「ペーシェの姉さん。お久しぶりです。メリアローザの旅行からずっと戻ってなかったんすよね。お話し聞かせてもらってもいいっすか?」
がっ!?
「ペーシェお姉さま、こちらにお座りください。飲み物が必要であれば、注いでまいりますので、なんなりとお申し付けください」
そんなっ!
「ニャニャもメリアローザの話しを聞きたいです。フィアナたちとは別行動だったんですよね。どんなところだったか聞いてもいいです?」
「私も聞きたいです。ぜひともお土産話をば!」
なん、だと…………ッ!?
これはまさか、こんなところで如実に邪魔が入るなんて、まさかこれは、あたしの固有魔法がそうさせるのか!?
特訓の間に知った事実のひとつ。あたしのユニークスキルが複数あるということ。
その中に幸福への道標と名付けられたものがある。無意識に己の幸福へたどり着くための選択をするというサイレントにチートすぎるユニークスキル。
それは己の選択の余波として、周囲の環境にも影響を与える可能性があるとかなんとか。
よもや、今ここであたしがすみれに干渉しないことが己の幸福に繋がるというのか。
もしもそうなのだとしたら、ここは臥薪嘗胆して、甘んじて受け入れるしかない。なぜなら、あたしの幸福はすみれの幸福。
彼女が幸せになるのなら、あたしは喜んで汚泥をすすろう。
「あ、待って待ってぇ~。よかったらその話しぃ、わたしにも聞かせてもらっていいですかぁ~?(3人の弱みが握れるかも♪)」
なんか悪意のある言葉が聞こえてきたな。語尾がゆるく伸びる少女はアクエリア・ヴンサン。なんと、マルコたちのクラスの委員長をしてるという。
マルコが委員長じゃなかったんだ。次期騎士団長候補とか言うから、てっきりマルコが委員長なんだと思ってた。
「あぁ~、よく言われますぅ~。クラス担任からぁ、クソ野郎は上と下から板挟みになる経験をしたほうがよいと助言されたんですぅ~。それでぇ、邪魔者以外で最も適正のあるわたしが選ばれましたぁ~♪」
「そうなんだ。あいつ、ちょっと抜けてるところがあるから、傷口に塩塗りまくってあげてね」
「わっかりましたぁ~♪(言い訳ゲット!)」
嗚呼、この子、本物だわ。本物の腹黒だわ。
「ペーシェお前、姉として弟をかわいがってやるとかないんだな?」
ルーィヒがなにやらうるさいことを言いだした。無視しとこう。
「――――あたしの話しもいいんだけど、フィアナとルーィヒのペンダントのこと聞かせてよ。選ぶのにだいぶ揉めたんじゃない?」
話題逸らし逸らし。この内容ならメリアローザと関係あるし、フィアナは乗ってくるだろう。
「実は少しだけ揉めてしまいました。恥ずかしながら」
「揉めないほうが無理ってもんだよ。ユカもいたしな」
「結局、くじで順番を決めたんだな。じゃないと、一生迷いそうだったし」
一生迷子になりそうになったペンダントとは金水晶のペンダント。どんぐりの形に造形されたそれは見ただけで感嘆のため息がでてしまう超一級品。
デザインを担当した華恋が、3つとも違う形に掘り出したものだからさぁたいへん。どれもかわいいと人の心を奪い、取捨選択を迫るのだからひどい話しだ。
「フィアナのは双子どんぐりなんだよね。それにしてもうまいことできてるよな」
そう言いながら、リィリィちゃんからもらった宝物の角飾りをキラキラさせるエディネイはご満悦。大切な少女との楽しい思い出を反芻して笑顔でいる。
「ルーィヒさんのものはシンプルな面長のどんぐりさんです。ユカさんが選んだものは太っちょ顔の大きめのペンダントでした。どれも表情豊かで、華恋さんのセンスには心から感動させられます」
「その華恋って人に会って、きちんとお礼がしたいんだな。グレンツェンに来る予定とかあるかな?」
あたしとしても華恋にはお礼がしたい。すみれが選んでくれた紫金石のピアスがめっちゃ気に入ってる。純粋に友人として、良き隣人として、華恋とは末永くお付き合いしたい。
「宝石魔法の研究を助けてくださってるので、近々、彼女の魔法を詳しく調べさせていただきたいと思っております」
「華恋さんのユニークスキルですね。アレ自体は真似できませんかもですが、方法論は参考になるかもしれません。それとみなさん、おしゃべりもいいですが、しっかり食べてしっかり精をつけてくださいね。午後から海中探索です」
「「「「「えっ、なんの話し?」」」」」
突如現れたアルマが不穏な言葉を携えてやってきた。アツアツのモツ串を皿いっぱいに乗せ、甘辛タレを塗った素敵な香りのするモツを我々に差し出してくる。
喜んで食べるの前提で。
でもマジでおいしそう。
「海中探索? メタフィッシュで行くのか。俺全然ダメだったんだけど」
「エディネイは魔力の色が偏りすぎてて無理でしょ。仕方ないって」
エディネイはドラゴノイドだからな。魔力の色が一色に偏る彼女には無理な話しだろう。
「それでぇ、なにを探しに行くのぉ~?」
そろそろアクエリアのぶりっ子語が鼻についてきた。
「サンジェルマンさんの話しだと、地盤沈下した地下部分に洞窟の入り口があるかもなんだって。その先に海賊が遺した秘密の空間があって、船長のフィアンセはそこに隠されてるとか」
「まさかの生き埋め案件」
「誰にも地盤沈下が起きるなんて予想できないんだな」
気の毒に。としか言いようがない。
終わったことはどうしようもないので、過去に思いを寄せるのはこのくらいにしておこう。アルマの登場で解散となった塊から解き放たれしあたしはついに、すみれのところに、ってあれええええええええ!?
「なんでお母さんがここにいるの!? それにグリムさんも!」
すみれの一団に混じって、なぜか、グレンツェンにいるはずの母親と親友がちゃっかりと水着を着てすみれといちゃいちゃしてる。あたしも混ぜろ!
「なんでって、ハティちゃんに連れてきてもらったのよ。たまたまワールドストアで買い物してたらハティちゃんと会って、そこからとんとん拍子」
「というのも、元々はサンジェルマンさん経由で招待されてたんです。家族を連れてのバカンスは常識ですし。それにライラさんも、家族と一緒に来られてますから問題ない、と。そんなことより」
珍しくグリムさんがぷち怒らしい。はて、いったいなにに怒ってるのか。姉妹のフィーアさんにバカンスの招待を受けてなかったからかな。
「すみれさんがひどいんです。こんなにおいしい料理を知ってたのに、なにも教えてくれなかったんですよ?」
ぷち怒どころか、ゆる怒だった。内心は嬉しそうじゃないですか。
「そうよ~♪ パーリーの総菜コーナーで一緒に働いてるのに、教えてくれないなんて水臭い。ほら言っちゃいなさい。おいしいレシピがあるなら全部教えてちょうだいな♪」
ほんとこの3人、仲いいなぁ~。
「ひゃわわ~♪ だってだって、レーレィさんの料理もグリムさんの料理も本当においしくて素敵だから、自分の腕がかすんで見えちゃうんですよ~っ。だからなかなか言い出せなくて~」
「もぉ~う、ほんとうに謙虚なんだから~♪」
ナチュラルに人を喜ばす心根の優しさを鍛錬する方法ってあるのかな。すみれを育てた人が島にいるんだっけ。あたしもこんな幸せの世界の住人になりたいから、いつか弟子入りしに行きたい。
「塩麹を作るって言ってたっけ。せっかくだしあたしも教えてほしい」
「えっ! それならもう終わっちゃった」
「はやっ! 教えるって言ってそんなに時間経ってないはずだけど!」
それもそのはず。麹に塩と水を混ぜて常温で保管。1日置きにスプーンで混ぜて発酵を促す。これを2~3週間続けるだけで、はいおいしい。
ぶっちゃけ、実物を使って実演しなくてもなんとなくで理解できるほど、簡単調理で完成するお手軽万能調味料。毎日手入れが必要ってところはちょいめんどいかも。反面、それ以外に労力がなく、かつ、これほどおいしいチキンステーキができるんだったらやる価値はある。
「じゃあ出来上がったころ合いを見計らって家に帰るから、そん時はよろしく」
「自分で作りなさいよ」
正論すぎて言い返せない。
「まぁまぁそうおっしゃらず。よろしければお互いが作ったもので色々と試して食べてみましょう。きっと楽しいですよ?」
「さすがグリムさん。分かってらっしゃる!」
しれっと作る流れにもっていくところはグレンツェンの人って感じ。
そして楽しみを2倍にしようってんだから、やってみようかなって思っちゃう。こういうところもグレンツェンの人って感じ!
だからグリムさんが好きなんです。本当の姉だったらいいのになって思うことが1日置きにある。
はぁ~あ、グリムさん、あたしの姉になってくんねーかなー。




