summER VAcatioNs in The ghOstLand 10
わたわたする私の顔を楽しそうにペーシェさんがのぞきこんだ。
「どったの、すみれ。ベレッタさんがどうかした?」
「え、いや、なんでもないです。なんでもないですっ!」
「なんかあったようにしか思えない反応。っと、すみれの王子様がやってきたよ」
私の王子様。王子様だなんてそんな大げさなそんなもう王子様だなんてそんなそんなっ!
顔を真っ赤にして、堂々とはっきりと向き合おう。なよなよしてたら嫌われるかもしれない。堂々と胸を張って、素直な気持ちをぶつけよう。
「イラさんっ!」
「ひさしぶり。手紙の返事が遅くてごめんね。それにフラワーフェスティバルにも行けなくてごめん。やることがあってどうしても離れられなかったんだ」
「そ、そんないいんです。急の招待でしたし、お仕事もあるでしょうから仕方ありません。そんなことより、今日は来てくださってありがとうございます」
再会するのは今日が初めて。だけど文通をしてたからか、久しぶりに会った気がしない。優しそうな声色。柔和な笑顔。握手して感じる大きな手のぬくもり。
胸がどきどきして心臓の音がすごい。潮騒の音色をかき消すドラムビートのミュージックがパッションサマーバケーションッ!
ドギマギしてると、傍らに並ぶピグリディアさんから握手を求められた。
「ひさしぶりだね、すみれちゃん。今日は呼んでくれてありがとう。ピィたちからはライ麦パンとミルクパン。それからオールシーズンシュトーレンを持ってきたよ」
「シュトーレン!」
どこからともなくヤヤちゃんが現れた。甘いもの大好きなヤヤちゃんの地獄耳たるや。冷蔵庫に冷やして置いてると聞いて砂浜ダッシュ。みんなのぶんも切り分けてくれるそうです。さすがヤヤちゃん。気配り上手。
シュトーレン。ドライフルーツ、ナッツ、バターと砂糖をふんだんに使ったクリスマス定番のパン。通常のパンと違い、焼きたてを食べるのではなく、少し寝かせて味をなじませるのが特徴。
しかし、オールシーズンシュトーレンとな?
それは初めて聞く単語の組み合わせ。
「オールシーズン、というと?」
質問をキャッチしたのはピィさんの隣にいる赤毛のお姉さん。茶褐色の角と健康的な褐色の肌が夏の日差しに映える。
「オールシーズンっていうのはその名の通り、通年を通して採取できる果物やナッツをふんだんに使ったシュトーレンのことさ。イチゴ、マカダミアナッツ、クァンドン、ソルトブッシュの実、グレープフルーツ、アカシアの実、イチジクなどなど、1年の自然の恵みを全部詰め込んだ、自慢のシュトーレンなんだ」
楽しそうに語る彼女の笑顔がまぶしい。太陽よりも強く、月の光よりも優しく、食べる人のことを思って、おいしいと言ってくれる人の笑顔を待ち望んでる顔に見えた。
補足するように、シュトーレンのお姉さんの友人が笑顔で語る。
「うふふ。ほんとうにおいしいって評判なのよ。だから貴女も、必ず食べてあげてね。あ、自己紹介がまだだったよね。私はオルタナティブ。ナティって呼んでね」
「あたしはファイト。ファイって呼んでくれ。で、こっちの男が、って、あいつはどこ行った?」
「私は小鳥遊すみれって言います。すみれって呼んでください。それで、隣にいらっしゃった男性はおっきなシャコ貝を見て、それから海に走り出しましたよ?」
「野郎ッ!」
そんなに海が待ち遠しかったのだろうか。でも、貝を見て走りだしたってことは、もしかして素潜りに出かけたのだろうか。いや、そんなまさかね。
でもちょっぴり、新鮮な海産物が手に入るかもと思って期待してます。
「ファイはパン屋さんなんだ。シュトーレンとミルクパンは彼女が作ったんだよ。ぜひ食べてあげてほしい」
「もちろんですっ!」
おっといけない。ついつい大きな声が出てしまった。
するとピグリディアさんは大きく笑って笑顔を向ける。
「元気なことはいいことだ。それで、今日のバーベキューの料理の仕切りはすみれちゃんだそうだね。ということは、この塩麹で漬けたチキンステーキを作ったのもすみれちゃん?」
「ですです。寄宿生の人たちは午前中の訓練で汗をかいてるはずですから、水分と一緒に塩分とミネラルを補給してもらおうと思って、塩麹で漬けたチキンステーキを用意しました。サラダはレモンで味付けして、ビタミンCで疲労回復と食欲増進です」
「そこまで考えてるの? すごいな。それにしても本当においしいよ。よかったら作り方を教えてもらえないかな。イラに」
「俺に?」
「もちろんですっ!」
「あ、それよかったらあたしたちにも教えて!」
背後から聞き覚えのある声がする。フィーアさんとマルタさん、それにベレッタさんだ。寄宿生の合宿の手伝いとして来訪してる3人はバーベキューの手伝いをしてくれた。
通例であれば集まった有志がお手伝いさんとしてバーベキューを仕切る。が、例年、あまりにも酷い料理レベルの低さを問題視したライラさんが料理好きな私に白羽の矢を立てた。
というわけで、本来ならこの場をリードする3人が私のサポートをしてくれたのです。
「もちろんですっ! でもごめんなさい。材料がないのでレクチャーできません」
「そっか残念。分かった。イラ、材料集めて来い」
「相変わらずの無茶ぶり」
この流れ、出会った時と変わらない。
「さすがに孤島ですし、一応、船で本国との行き来はできますけど。まぁでも、このあと買い出しには行くので、材料があれば買いには行けます」
「麹はベルンのワールドストアにしか置いてなかったです」
「あぁ~……、それは距離的に難しいですね」
「大丈夫。行ってくる」
背後から巨大な影。巨大な麦わら帽子を被ったハイキートーンの水着を纏ったハティさんが登場。任せてと言わんばかりのやる気満々の表情を浮かべ、アラクネートさんが作ったかわいい水着に身を包み、両手にチキンステーキを握りしめてかぶりつく。
よっぽど気に入ってくれたみたいだ。10本の指の間に8枚のチキンを挟み、それぞれ違うチキンソースを塗って食べてる。
唖然としてないのは私だけ。
「あーちゃんの親友ってのは聞いてたけど、彼女と同じで規格外なのね」
ナティさんがちょっと引いてる。
「1人でチキン、食べすぎだろ」
ファイさんはあきれ顔。
「大丈夫です。たっぷり用意してますからっ!」
「そういう問題なの?」
「大丈夫です。みんなが満足したあたりから、ハティさんが食べ始めてますから」
「それってつまり、手綱を握ってないとたいへんなことになっちゃうのが分かってるやつじゃない」
そうです。と、はっきり断言するとハティさんがメンタルブレイクしてしまうかもなので話題を逸らそう。
「イラさんっ! あとで私とお散歩しませんかっ!」
「うん、いいよ」
快諾っ!
これは、これは脈ありなんじゃないでしょうかっ!
「すっげぇな。物怖じもなくストレートに言葉をぶつけていくなんて。羨ましい」
「すみれちゃんって胆力ありますよね。ワンダフルです♪」
感心するフィーアさんとマルタさんの隣でベレッタさんが心配そうに見つめていた。
そうだ。海賊島には海賊さんの幽霊が出るんだった。
「海賊の幽霊の件が終わってないから、できればみんなにはペンション近くの、バーベキュー会場に固まっててもらえると助かるかな。それと、できる限り1人での行動はよくないかも。なにかあった時に困るから」
「ぐっ、ぐぬぬっ! じゃあじゃあ、晩御飯の仕込みの手伝いをしていただいてもよろしいでしょうかっ!」
散歩の代わりにお料理。私の得意分野でアピールだ!
「うん、いいよ。料理は俺もよく作らされるから、勉強させてもらえると嬉しいよ」
「作らされる、は余計だ」
ピィさんの足蹴りが炸裂。イラさんは膝をついた。心配するも、それほど強い蹴りではなかったらしい。でも避けると余計に怒るから受けるしかないらしい。世の中とは世知辛さの連続である。
勢いのままにイラさんと関われる時間が作れた。勢いのまま、というか、勢いに乗ってイケイケドンドンしていかないと、立ち止まってしまうと心も止まって何も言い出せなくなりそうになる。
彼は社会人。自由に使える時間が多いとは限らない。しかも外国からの来訪となればなおさらである。であれば今日ここで、心の距離を縮めて、関係を深めるのだ。
勢いのままに。勢いの波に乗ってガンガン行こうぜッ!
しからばしばし深呼吸。落ち着け私、クールダウン。
今のところ、ガツガツしてても嫌なそぶりは見えない。イラさんは積極的な女性が好みなのだろうか。それとも我慢させてる?
どうなんだろう。どうなのか分からない時は聞くのがてっとり早いと思うのです。
「イラさんって、積極的な女の子って好きですか?」




