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親の顔が見てみたい 3

 あたしの本性を知ってるのは幼馴染でシェアハウスをする従姉妹のルーィヒ。それから同じ腹黒、もとい同胞(はらから)のローザだけ。

 両親も愚弟も知らないペーシェ(女の子)の秘密なの。


「そういえばさ、弟君は昼過ぎ頃に来て一緒に外食するって言ってたと思うけど遅いねぇ。まさか事故ってないよね」

「アイツが事故って死ぬタマじゃないっての。まぁそろそろ来るんじゃない? 来なかったら先にキッチンに行って食べてればいいっしょ」

「ほんと、弟君には容赦ないんだな」

「容赦の必要なし! あーあぁ~、あたしは姉か妹が欲しかったなぁ。ルーィヒのお姉さんと愚弟を交換してよ」

「絶対に断固お断りなんだな。悪いけど弟君はいらない」

「ルーィヒも容赦ないじゃん」


 噂をすればなんとやら。愚弟の話しをしてると呼び鈴が鳴り、扉の向こう側にはあまり会いたくない顔があった。

 呼んでおいて居留守を使ってやろうかとも思ったが、さすがにそれは可哀相なので応答してやることにしよう。


 小さなレンズを覗くと、愚弟の表情に違和感がこびりついている。いつもならへらへらとして、姉のあたしを待ち構えるはず。そして扉が開いた瞬間にハグしようと身構えてるのが通常営業。

 しかし目の前の男は外行きのペルソナを被った狸顔。

 真人間になったのか、それとも相変わらず魔人間のままなのか。

 疑問は拭えないが用心しながら相対しよう。

 もしかしたらあたしの油断を誘ってるのかもしれない。

 そこまで疑うあたしも変態だろうか。

 いえ、自分の身を自分で守ろうとしてるだけです。


 ドアノブを押して現れたるは狸と美少女。それも5人。そういえば以前、『息子はベルンで楽しくやってる。特に仲良くなった女の子と楽しく生活してるようで羨ましい』と父親が漏らしてたというのを母親から聞いたことがある。

 そんなことを嫁に言うなよ。心に思ったとしても。


 それが噂の美女5人。の、自己紹介をしてもらう前に開けた扉を即閉めて、鍵も締めて、まずは部屋着を着替えなくてはならない。

 寝間着と部屋着を兼用しているホットパンツにスポーツブラのままで人前に出られるわけがない。

 ていうか女の子を連れてくるなんて聞いてない。途中で変更があったのだろうか。だったら連絡をよこせよこの野郎。パシリに使う気だったのに、これでは計画がパーではないか。

 わざわざ姉の半裸をご褒美にコキ使ってやろうと思ったのに大損だよ、まったく。


 身なりを整えたあたしはルーィヒに靴を履かせ、すぐに出発できるように準備させてから扉を開ける。

 万が一にもこの部屋に入ってこられたらたまったものではない。

 弟のガールフレンズに姉が幻滅されるのは構わない。そんなことより、あたしの趣味のコレクションが剥き出し状態で部屋に放り投げられてるのがまずい。

 それが何よりまずいのだ。


 場所を移してキッチン・グレンツェッタの本拠地へ。

 何せ冷蔵庫にはまだたんまりと鯨肉が備蓄されてる。これを消化しないことには次の牛肉が入らない。

 幸いなことに、マーリンさんが作り置きのロースト肉を沢山作ってくれてるから食べ飽きる心配もない。

 ステーキにマリネ。

 ロースト肉に野菜の付け合わせ。

 乗せるペーストの種類も豊富とくればいくらでも口に運べる。


 こんなに豪勢な料理を本番で出せればいいのだけれど、手間がかかりすぎて提供できないのが本当に惜しい。

 こんなにおいしい料理を味わってもらえないなんて残念。逆に言えば、おいしい味覚を独り占めしてるみたいで、ちょっと優越感を覚える自分がいたりして。


 ステーキの焼き直しを健気にも手伝ってくれる金髪ロングのお嬢様はフィアナ・エヴェリック。良いとこのお嬢様。宮廷魔導士寄宿生の4年生。あたしより2つも年上なのに、気兼ねなく呼び捨てで呼んで欲しい言う。

 そして彼女はあたしのことを“お姉様”と言う。

 随分とまたマルコ(愚弟)に惚れ込んでんなぁ。


 宮廷魔導士寄宿生とは。15歳(成人)に達した前途有望な人材が己の研鑽のために通うベルン王国直轄の教育機関・王国騎士魔導士養成学校の学生のことを言う。

 新人が1年生と呼ばれ、最長で8年間の在籍が許される。在籍途中だとしても、実力が認められれば騎士団や宮廷魔導士見習いに士官できる制度が有名。

 ユノさんもこの教育機関を経由して宮廷魔導士見習いになり、宮廷魔導士入りを果たした。

 超エリートの4年生。

 ステレオタイプのお嬢様。

 それがこんな愚弟の甘いマスクにかどわかされてしまうとは…………残念というか、可哀相というか。ま、ベルンでの弟の生活態度とか知らないし、本性について語る必要もないだろう。

 人は誰でもペルソナを被って生きている。

 必要だから被ってる。

 それはあたしも同じなんだから。


「お姉様はシェアハウスをされているということですけれど、いつもこのように自炊をされていらっしゃるのですか?」

「いやまぁ、基本的には自炊だけど、時々は外食もするよ。幼馴染が有名な大衆食堂でアルバイトをしてるから、よく顔を出しに行ったりね。あとはそう、友達の家でご飯食べたりとか。フィアナは自分で作って食べたりするの?」

「いえ、恥ずかしながら包丁も持ったこともなくて。こうやってお肉を焼くのも初めてなんです」

「へぇ~。そうなんだー」


 マジかよっ!

 今が初めてなんかいっ!

 ナチュラルに驚いたわ!

 料理の手伝いをするっていうから、家庭的なお嬢様かと思ったら、ほんまもんのお嬢様やんけ。包丁を持ったこともないって、今時そんなことあんのかよ。

 まぁでも、積極的にアピールしてくるところとか、やったこともないけどチャレンジする姿勢は好感が持てる。

 他の女の子もそれぞれ個性的でいい子ばっかり。こんないい子たちが、愚弟の毒牙にかかってるのかと思うと気が気でない。


 生の鯨肉のマリネ。

 ステーキ。

 薄切りのロースト肉。

 みじん切りにした野菜の食感が楽しいピラフ (冷凍)。

 解凍して、焼き直して、レンジでチンしただけの料理。

 元が豪華なだけあって、机の上は高級感を放っていた。


 何ひとつとして自分は手を入れてない。あたしの手元から出て来たものだから、みんなはあたしが手作りしたものだと勘違いして褒めてくれる。お姉様凄いです、と。


 違うよ。マーリンさんとシルヴァさんが凄いんだよ。あぁ~……料理ができる女子ってやっぱりモテるのかなぁ。

 すみれもハティさんも、ヤヤちゃんもアルマちゃんも料理ができるんだよなぁ。意外に男連中も料理ができる。

 バカだけどミーナも料理が上手なんだよなぁ。


 あたしにできることと言えば、切って焼く。切って煮込む。終わり。男メシかっ。

 もうちょっとその辺の努力をしようかな。幸い、周囲には料理ができる人がいっぱいいる。お母さんに教えてもらうのもいい。

 ちょっと頑張ってみるか。明日――――いや、お祭りが終わってから。あぁ、これはやらないやつだな。まぁいいか。


 料理の話しを切り出される前に、こちらから先手を打とう。


「それにしても、年齢が違うのに3人はどうやってマルコと知り合ったの? 合同訓練とか?」


 フィアナ、ニャニャ、アナスタシアは学年が別。横にも縦にも繋がりがあるというのは喜ばしい。

 言葉を投げて、最初に返ってきたのは年上のフィアナ。


「わたしくしは1年生を引率する学内イベントで知り合いました。それから騎士団と魔導士の合同演習や課外授業でもご一緒させていただいてます。養成学校の演習では、同期同士でパーティを組んで行う演習や授業もありますが、基本的には校内で最も相性のいいメンバーで行動することを勧められています。時には、不意にとはいえ命を懸ける場面もありますので」


 マジか。不意に恐ろしい単語が出てくるじゃん。

 お嬢様とはいえ寄宿生。一瞬、険しい表情が見えた。


「なるほど、理に適ってるわけだ。それに縦の関係ができると横にも広がりやすくて視野が広がるよね。あたしとルーィヒはフラワーフェスティバルの企画に参加してるわけだけど、人脈の大切さを思い知らされてるところだよ。他の4人もそんな感じで知り合ったの?」

「その通りでございます。拙者の場合は御膳試合でした。そのあとに演習で何度か手を取り合うようになり、今では殆どの実技でご一緒させていただいております」


 一人称が【拙者】て!

 この拙者ちゃん。名をアナスタシア・スレスキナ。騎士団寄宿生2年生。ルーィヒやあたしとは1つ年上。話しを聞くところによると、倭国の侍に憧れてるようで、一人称を努めて拙者と言っている。

 あと、不意にスマホの待ち受け画面を見てしまったがこの人、アニメとか漫画が大好きと思われた。特に男同士の恋愛が好きなやつ。

 あたしはそっち方面は特に感度が高くはないが、メディアミックス好きな女子はグレンツェンでは希少種なので是非に確保しておきたい。間違いなく好みは違うだろうけど。

 それにしても、高身長ですらりとしたスタイル。アナスタシアとは【復活】の意味を持ってるわけだが、まさに聖女のような神々しさというか、整った美しさは名前にぴったりの容姿と言えるだろう。


「俺とリリィは同期で寄宿生に入団したんっすよ。俺とマルコは騎士団。リリィは魔導士士官っす。それも医療術者」

「えと、改めまして、リリィ・ポレダです。ふつつか者ですが、よろしくお願いいたします」


 俺ちゃんこと、エディネイ・ガーヴァリオウは竜人(ドラゴノイド)。人と人の間に生まれながら、竜に似た特徴を持つ突然変異種。原因は解明されてない。世界各地で、時々こうした変異を持つ人間が生まれてくる。

 彼女の場合は耳の後ろにルビーのように紅く輝く2本の角が生えていた。無邪気な笑顔と癖のある赤毛のショートヘアが印象的な明るい少女。

 しかし、笑顔の過去には何があったのか、推して知るべくもないのだが、彼女の幼い頃には偏見も多く残っていただろう。

 心の底から笑えるようなったのはマルコのおかげだと知るのは、まだ少し先である。


 リリィ・ポレダと名乗る少女は男性受けしそうなハムスターのよう。茶色いミドルヘアをローポニーにしていて、小柄なせいか大人になろうと背伸びをしている少女といった印象。

 かわいらしさを残しながら、丁寧で大人びた口調は世の男子たちの心を奪うことであろう。

 同じ女の子としてはずるいのひと言しか出てこない。

 こじんまりとして奥ゆかしい。それでいて瞳の奥には強く燃える信念のようなものを感じる。

 しかし気のせいだろうか、その燃ゆる炎に黒炎が混じってるように見えるのは。


「お肉がうまうまです。付け合わせのタレにお野菜もうまうまです。あ、リリィってば、またお野菜ばっかり残してるです」

「うぅ、そこは指摘しないで下さいぃ」


 このハムスター、まさかの肉食系女子?


「いらぬなら、ニャニャが食べよう、その野菜」

「こらニャニャさん。リリィさんに甘くしてはいけませんよ」

「ニャニャ先輩だいすきぃーっ!」

「いぇ~い (照)」

「まったくもう。ニャニャさんったら」


 おっとりマイペースなニャニャ・ニェレイ。宮廷魔導士寄宿生2年生。いかにもマイペースと言った雰囲気。キッチンにたどり着くまでに興味が右に左に逸れては立ち止まり、進んでは興味があっちにこっちに飛び回った。

 この手の人は彼女の千鳥足な歩調に合わせて歩めるタイプの人か、面倒見がよく、手を繋いで引っ張っていける大きな器の人物でなければウマが合わない。

 その点においてマルコはニャニャの性格に合致してると言っていいだろう。

 それを思いながら、ハティさんと波長が同じと直感して、冷静に考えると彼女に合わせて動けてるあたしたちって意外に凄いのではないかと自画自賛する自分がいた。


 あぁ~、それにしても、リリィを除いたこの4人。何を食ったらそんなに胸が大きくなるわけ?

 前かがみになるだけで、それはもう憎たらしいことにたゆんたゆん動きやがって。目のやり場に困るっつーの。

 間違いなくG以上あるじゃんなんなのコレ。

 本当に同じ人間なのか。

 あたしもこれだけあったらモテるのかなぁ。

 帰ったら豊胸ブラを買うか。

 負けた気がして今まで手を出さなかった。もうなんかなりふり構ってる暇はないような気がしてきた。

 ついでに、あたしが巨乳になれば、つるぺた信者の愚弟の興味が死ぬかもしれないしな。一石二鳥ですわ。

 目が回るぅ~……目が回るぅ~…………。


「どうしましたか、お姉様。もしやご気分が悪うございますか?」

「え、あぁいやそうじゃなくて。ちょっと考え事をしてただけ。キッチンで予定してるレイアウトは、縮尺の上とかデザインの上では大丈夫に仕上げてるんだけど、まだ机上の空論にすぎないから大丈夫かなって。そろそろアイテムの搬入が来る頃なんだけどもなぁー、とも」


 噂をすればなんとやら。アイザンロックから帰還したすみれとハティさんがお土産を携えて帰ってこられた。

 昨日、キッチンの外に展開する追加のテーブルの問い合わせをしたところ、他で使っていて在庫がないということだった。

 これは困ったと頭を悩ませたのも束の間。それだったら鯨漁で獲った鯨の骨を使ってテーブルを作ればいいと、ぶっ飛んだ提案をしたのがハティさん。

 ゼロから作るとなると時間もかかる。それにお金の工面ができない。


 それなら材料だけ持ち込んでこっちで加工すればいいじゃない。


 幸いなことに、工房の殆どは作業を終えて最終チェック段階。あるいは仕事を終えてひと段落ついてる時期なのだ。

 さらに被せるようにヘラさん登場。修道院の子供たちにも商売をする楽しさを体験させてあげたいと、少額の商品の売り子ができないか相談されていたらしい。

 ローザが持ち帰ったスプーンやフォークの小さなお土産を見て、『これなら安く出せるし扱いやすい代物だから、子供たちが売り子で提供するにはピッタリかも』と思ったのだそう。

 ヘラさんの号令と口利きが後押しして、さっそく2人は鯨の骨と職人の手配をしてきたというわけだ。


 その証拠に、すみれが後生大事に抱えてるのは一角白鯨の角の先っちょ。

 あたしが頼んでおいた最後のパーツ。しっかりと加工されていて、動物的なザラザラ感は磨き上げられ、大理石のようにつるつるに、乳白色に輝いている。


「すっげぇ、それめっちゃ輝いてる。それがあれば展示のクオリティがさらに上がるよ。ありがとう、すみれ。ハティさん!」

「ううん。ペーシェさんがここまでしてくれたから、私たちは料理に集中できた。だからこっちにも手を回せた。それにお部屋の見取り図なんだけど、すっごく、なんていうか、わくわくするデザインで、想像しただけでドキドキしちゃった。楽しい思い出が蘇ってときめいちゃった!」

「やぁ~ん、もぅ! すみれってば嬉しいこと言ってくれちゃって、超大好き!」


 マジ小妖精(フェアリー)

 すみれってばマジ小妖精(フェアリー)

 いやぁもう、あたしの荒んだ心を癒してくれる救世主ですわぁ。


 彼女を見てると目の前にいる悩みの種なんか、もうどうでもよくなるくらい愛らしい。

 お持ち帰りして一緒に寝たい。横にいてくれるだけでいい。

 いったいどう育ったらこんなに純粋無垢に育つのか。

 親御さんのお顔を拝見しとうございます。

ペーシェの弟君が登場しました。

とんでもない処世術ですね。両手に花束が五つもあるとはけしからん。


それはさておき店内装飾を頑張っているペーシェ。

お料理を出すと言っても雰囲気作りは大事ですね。ラーメン屋に行ったのに居酒屋風の店内だったらびっくりして、ちょっとやめようかとか、ラーメンを食ってるのにラーメンを食ってる気がしないとか思われたら大変です。そこまで極端なことにはならないでしょうが、インテリアはとっても大事ですね。

ついでにヘラから無茶振りが飛んできてやることが終わったらまた増えるとかほんともう大変です。


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