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summER VAcatioNs in The ghOstLand 6

 意気込んで戻り、サンジェルマンさんに孤島の地図を出してもらって行き詰まった。

 海賊島キバーランドに、洞窟はない。

 探索されてないだけではないか。そう思ったものの、キバーランドにはお宝探索ツアーというものが催されており、島はくまなく捜索され、非常に精密な地図が出回ってる。

 ゆえに洞窟が存在してないことは確定事項だったのだ。


「詰んだんだけど」


 ペーシェさんもどんより。紅茶クッキーだけでは元気が出ない。桃のタルトの用意がない。


「崖の女性が嘘を言ってたのでしょうか。それとも彼女の覚え違い?」


 慣れたのか、頭蓋骨の頭をなでなでするまでになったミカエルさん。さすが天使というべきか、人間にはできないことを平然とやってのける。


「わたしはみんなが無事ならそれで。でもどうしよう。洞窟がないのに洞窟を探すなんて、そんなの無理だよ」


 過去にあったロマンチックな恋物語を成就させられると思ってわくわくしてたベレッタさん。がっくりと肩を落としてため息がひとつふたつ、みっつよっつとこぼれた。


「でも、この島のどこかにはいるんだよね。恋人さん。絶対に見つけてあげたいっ!」

「それはあたしたちも同じ気持ち。でも道標もなしに動き回るのは危険だよ。なにかヒントでもあればいいんだけど」


 ペーシェさんのおっしゃる通り。座標がないと遭難するって、いつかなにかの講義で言ってた気がする。

 恋人探しと同時に紛失したお手紙探しもしてるミカエルさん。捜索班に確認するも、残り2通の手紙は行方不明。ミカエルレーダーでは海賊島のどこかにあるという。

 お手紙も、恋人も、探し物は見つからない。

 悶々する。行き詰って意気消沈。みんなのテンションが下がってく。

 早く見つけてあげたい。我々は今日初めてここにきて、彼らのことを知った。つい1時間前のこと。

 でも彼らは、幾百年の時を過ごし、待ちわびて、恋焦がれてる。

 死後にも再会を願って、ようやく光明が見えたのだ。やってやらねば女が廃る。


「船長さんは恋人さんと会いたがってる。幾百年も、恋焦がれて (マーガレット)」

「諦めて知らんぷりなんかできないよね。ロマンスを目の前にして結末を見ないなんてありえません (ミカエル)」

「わたしも同じ気持ちです。なにがあっても、2人を再会させてあげたい! (ベレッタ)」

「(個人的にはこのまま放置して恋仲の間に漂う虚無感を傍観するのがオツなんだけど、水を差したら社会的に殺されかねないからやめておこう)あたしも。なんとかして見つけてあげたい。まずは情報を整理してみようか (ペーシェ)」


 気のせいだろうか。なんだかペーシェさんだけよからぬことを考えていたような。気のせいだよね。


 情報を整理するために紙に書き出してみよう。

 海賊と身分違いの恋の話しはどんなだったっけ?

 キバーランドは海賊の幽霊が出る島。キバーツリーの崖の女性は恋人ではなかった。なら本当の恋人はどこに?

 キバーツリーとナマクアランド・デイジーは南半球の一部の地域でしか生息しないはずの種類。なぜ北半球のこんな場所にあるの?

 島は探索され尽くし、洞窟はない。でもキバーツリーの崖の女性は『洞窟』と囁いた。ならその洞窟はどこ?


 書き出して、まず最初に指を立てたのはペーシェさん。


「まずひとつ目、海賊と身分違いの恋の物語。これは結構な種類の創作物が後世に出てる。でも脚色されてるだろうから、原文の情報が欲しい。ということでヘラさんに泣きついてみようと思います」

「なんかものすごい超展開が繰り広げられてるんだけど。そして私に泣きつかれてもどうしようもないわ。私も原文の情報は持ってないから。ごめんね」

「ぐ、ぐぬぬ……ヘラさんならなんでも知ってるものかと」


 グレンツェンあるある。ヘラさんならなんでも知ってるんじゃないか説。

 学術都市の市長であるヘラさんなら知らないことはない。特に子供たちはそう信じていた。そういう固定観念がある。わたしもそう思ってた。

 でも、と、ヘラさんは言葉を翻して笑顔を向ける。


「私の知り合いに出版社の人がいるから、取材をさせてもらえるなら資料の提供をしてくれるかもしれないわね」

「出版社の知り合い!」

「ちなみにミーナちゃんのお母さん。娘さんからもヘルプを出してもらえれば、絶対来ると思うわ。グレンツェンの月刊誌の一部で海賊島の特集を組んでるし」

「お願いしますっ!」


 なんという僥倖。さすがヘラさん。人脈は金脈である。

 電話相手の話しによると、私掠船を操る海賊は貴族。恋人は奴隷。身分違いの恋をし、彼女の心を慰めるため、海賊島の一部に彼女の故郷の景色を再現したという。だからキバーツリーとナマクアランド・デイジーが咲いてるのだ!

 幾百年の時を紡いで!

 なんというロマンス!


「恋人探しの手がかりにはならなさそうだけど、やる気が出てきたっ!」


 みんなロマンス大好き!


「恋人のために故郷の景色を再現しようとするだなんて、それも飛行機もない大航海時代に。なんて素敵なお話し! ミカも俄然、やる気が出てきましたっ!」

「(やばい、吐き気が…………我慢だペーシェ・アダン。ここで吐いたら顰蹙(ひんしゅく)爆買い!)ぐぬぅ……ストーリーから恋人探しをするのはさすがに無理があったか。ちなみに、知られてない洞窟とかないんですよね? 島の持ち主が宝を見つけてて、それを隠して観光資源にしてるとか」


 ペーシェさんってめっちゃ疑ってかかるところあるよなぁ。海千山千の悪鬼羅刹が跳梁跋扈する世界で、彼女のように石橋を叩くことも大事なのか。勉強になります。

 疑惑をかけて、ヘラさんの答えはノー。


「それはないみたい。実は島の持ち主って、島を売りに出してるのよ。幽霊が出るし、怖いし、持ってるだけで税金がかかるし。だから税金分を賄うために観光名所にしたり、ビーチを整備したり、海賊幽霊ツアーを催したり、すんごい頑張ってるんだって」

「たしかに、幽霊の出る施設は手元に置いておきたくないですよね」


 ぐぬぅ、本当に洞窟はないのか。もしや海賊島以外の島にある洞窟なのでは?

 だとしたらもうどうしようもない。でも海賊の船長さんがこの島にたどり着いたのだ。必ずここにいるはずなのだ!


 こうなっては仕方ない。どうやらアレをやるしかないようだ。みんなはすごく嫌がるだろうけど。


「仕方ない。最終手段を使うしかありません」


 そう言うと、ペーシェさんが驚いた。


「最終手段を使うにしては早すぎない?」


 ミカエルさんも驚いた。


「むしろ手段があることに驚きを隠せない」


 ヘラさんも驚いて、わくわくから疑問が生まれる。


「それで、その最終手段ってなに?」


 ごくり。固唾を飲んで見守るわたしの言葉を聞いて、予想通り、みんなは顔を真っ青にした。


「幽霊さんたちに、直接話しを聞こうっ!」

 

 ♪ ♪ ♪


 手が震えてる。わたしの手ではない。両手に掴んだ彼女たちの手が小刻みに揺れていた。手汗もすごい。足取りも重い。そんなに緊張することなんてないのに。


 昼間なのに薄暮時のように薄暗い森の中を歩む。踏みしだく土は柔らかく、土は黒く腐葉土が多い。お日様の光は少なく、風通しも悪い。

 そこかしこから金属と金属が打ち合う甲高い音が聞こえる。ただし足音は聞こえない。なぜなら彼らは、


「幽霊いまくりなんですけど~~~~ッ!」


 見えてるっていいことばっかりじゃないですよね。特にペーシェさんみたいに、最初から見えてなかった人からしたら。

 ぎゅっと手を握って安心させてあげよう。わたしの手は小さいけれど、少しだけでも違うかもしれないから。


「大丈夫。こっちから話しかけなければ。ベレッタお姉ちゃんが祝詞を唱えてくれてる。安心安心♪」

「主よ、我らを導き守り給え。御姿は見えずとも心は隣にあり、信仰は心にあり、信心と献身と敬虔と行いの先に――――――――」


 ベレッタさんの声が裏返り気味だ。表情も引きつってる。だからしっかりと手を握ろう。安心してほしいと手を握ろう。

 万一のことがあってもペーシェさんがいれば大丈夫。彼女は認識できるものに干渉できる、って、彼女に憑いてる精霊さんが言ってる。ぶっちゃけ、見た目だけなら幽霊の海賊より、ペーシェさんの精霊さんのほうが怖い。

 真っ黒な不定形の塊。黒の中を動き回る真っ赤な丸が2つ。目のようであり、口のようであり、地獄の入り口のようでもある。赤い丸の中では、小さなペーシェさんみたいなモノが口を弧にして笑ってる。

 不気味だ。後夜祭まではこんなに大きくてはっきりとした形じゃなかったのに。


 だけど不思議と悪いもののようではない。邪悪を破滅させる闇。そんな印象。

 敵に回すと破滅する。味方になれば心強い。そんな雰囲気。


「地獄のような特訓が終わったのに、地獄みたいな場所に来ることになるとは」


 どうやら地獄に特訓をしに行ってたらしい。どうりで精霊さんがでっかくなってたわけだ。心強いですっ!


 剣戟の合間を潜り抜け、歩き疲れること30分ほど。わたしの体力がぐったりしてきたからちょっと休憩したいです。

 開けた場所にでた。石畳が敷いてある祭壇。慰霊碑。幽霊の海賊さんたちを鎮魂するために建てられた場所。まったく鎮魂できてないけど。


「はふーっ! ヘラさんのはちみつレモン、おいしー♪」

「祝詞を唱え続けてたら喉が渇いちゃった。はふーっ、おいしい♪」

「歩いてただけだけど気疲れしたわ。それにしても、誰に話しをしても知らんぷり。いったい誰に相談すればいいわけ?」


 ペーシェさんの言葉に答えたのは、いるはずのない4人目の誰か。


「あいつらはダメだ。剣を振り回してる間はそれしかできん。聞くなら夜しかないが、酔っぱらって話しにならん。なにを聞きたいか知らないが、諦めるんだな」


 酒焼けした野太い声。声の方向へ振り向くと、映画で見るような、いかにも海賊って感じの男性が座ってた。一緒に。

 底の割れたウィスキーの瓶を煽り、何度も何度も飲み干しては空であることの現実を見て嘆く。顔が土気色なのは絶望してるからではない。

 気合いの入ったコスプレイヤーではない。彼の日に消えた命の灯。その残り香。


 現実を理解したベレッタさんは全力で祝詞を唱える。が、彼の胸元に輝くペンダントは十字架(セント・クロス)。神の守護を受けていた。幽霊なのにっ!

 なので昇天しないっ!

 しかし十字架を持ってるということは、悪い幽霊さんではない!


 ペーシェさんも臨戦態勢。脊髄反射的に拳を彼の脳天に叩きつけようとした。が、彼は余裕の笑みをこぼしながら、懐に仕舞ったあるものをかざして防御する。

 それはまさか。ミカエルさんの大切な手紙。そんなものを盾に使うなんて、やっぱり貴方は悪い幽霊さん?


「悪いな。こういうやり方は趣味じゃねえんだが、使えるものは使わせてもらうぜ。これはお嬢ちゃんたちに必要なものだろう?」


 質問の答えはペーシェさんの奪取。奪い取れば盾に使われることもない。が、素晴らしい身のこなしでこれをかわす。


「おいおいおいおいおいおいおいおい。口より手が先に出るなんて、お嬢ちゃん、海賊の素質があるぜ」

「そりゃどうも。賛美の言葉より、手紙を渡してほしいね」

「そいつぁできない相談だ。なぜなら取引をするからだ。お前たちは断れない」

「「「取引?」」」


 幽霊さんの取引。いったい何を要求するというのか。さいあくの場合、黄泉への道連れ。

 悪い予感がしてあとずさる。ベレッタさんとペーシェさんに護られて、なにかあったらダッシュで逃げろと囁いた。


「おいおおいおいおいおおいおい。安心しな。危害を加えようってわけじゃねえ。連れならそこら中にいるんだからな。むしろ定員オーバーだ」

「取引って言ったっけ? あんたは手紙を、で、あたしたちに何を要求するわけ?」

「簡単な話しだ。船長と黒曜石のお嬢ちゃんの結婚式を挙げてほしい。あんた、あんただよ。長い髪のお嬢ちゃん。あんたは祝福を与えられる。ステンドグラスを背に負う神父のように」

「「「結婚式ッ!?」」」


 驚きのあまり固まってしまった3人。

 結婚式。それは男女が幸せになる最上の時、場所、世界。

 死してなお、幸福を求め彷徨う彼を彼女を、我々の手で導くことができる。

 これほど、これほどやりがいのあることがあろうか。ここで断るなどできようはずがない。断る必要もない。


 断りたくないっ!

 むしろやりたいっ!


「その願い、必ず果たしてみせますっ! ね、ベレッタさん、ペーシェさんっ!」

「もちろんだよっ! 悲恋で終わらせたりなんかできない。わたしたちが叶えてあげようっ!」


 ベレッタさんはやる気満々。さっきまで必死に祝詞をあげてた時とはまるで別人。

 反対に、なんかペーシェさんの気分が優れない。この状況で優れる人なんていないだろうけど。


「(うげえええええッ! ありえないんですけどありえないんですけど! 死んでも結婚式を挙げたいとか、さっさと成仏しちゃえばいいじゃん。う、うぅ、さすがに気分が悪くなってきた。一度バーベキュー会場に戻りたい)そ、それはいいけどさ。恋人がいるっていう洞窟がないんだよ? いったいどうすればいいわけ? あんた、洞窟の場所知ってんの?」


 そうだった。洞窟の場所が分からなくて探し回ってたんだった。そう考えれば、会話できる幽霊さんと出会えたのは運がいいかもしれない。

 彼がその場所を知ってるなら、問題はクリアされたようなものだ。


「洞窟はある。この島のどこかにな」

「…………それだけ?」

「あぁ、お頭は黒曜石のお嬢ちゃん以外に秘密の洞窟を教えなかった。だから詳しい場所は知らん。少なくとも、お頭は慎重なやつだったから、簡単には見つからないように入り口を隠してたはずだ」

「ま、まじかー…………」


 それだけ伝えると、彼は石畳に体を預けて眠ってしまった。眠ると同時に消えてしまう。ミカエルさんの手紙とともに。

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