背が伸びた 7
おいしく焼けました♪
オーブンから取り出したそれはふつふつと楽しい音を立て、かぐわしい香りを放って我々のお腹を誘惑してくるではありませんか。
「なんという巨大なチーズパイ!」
振り向くと、いつの間にか現れていたチーズの魔女。早く食べようと地団太を踏んで催促してくる。
その角にはチーズセンサーが取り付けてあるんですか?
「パイじゃなくてピザです。一応」
「エリストリアお姉ちゃんは切り分けてくれればいいから準備しててっ!」
「あっ、あぁぁっ! せめて私にチーズパイを運ばせてっ!」
「――――うちのねーちゃんが、ほんとすんませんっ!」
「いや別に。もう慣れっこだから」
エリストリアさんはシシリアちゃんに背中を押されて屋外へ押し出された。
つられて後を追う我々の手元をみんなが凝視して集まる。
なにを作ったのだろう。今度はどんな料理が出るのだろう。期待して、チーズを見た瞬間にテンションが下がる子供たち。
またチーズか。ここでもチーズか。落胆の声が木霊した。
申し訳ない。サマーバケーションで提案するカリフォルニア・ピザの反応を確かめるため、ここで作ってしまいました。
でもおいしいから。チーズは少なめにしてあるから。せめてひと口、味見してちょ。
16等分くらいにしたのにボリュームが半端じゃない。さすがに嵩が多いと体積がすごいことになりますな。
「チーズはともかく、具材がいっぱい入ってて楽しいしおいしい。これひとつでお腹いっぱいになっちゃいそう。リーナとしては、チーズもいいけど半熟卵をいっぱい敷き詰めてみたいっ!」
「なるほど。半熟卵を敷き詰めるのはいいアイデアだね」
卵を敷き詰めるアイデアはナイスです!
1人用サイズに小さくして、出来上がりに卵を落として蓋をして蒸して半熟にさせるといいかも。
背後でチーズを拒否されたエリストリアさんの視線が痛いので、気づいてないふりをしておこう。
「チーズはエリストリアお姉ちゃんにあげる。野菜とお肉のミートパイ、おいしいっ!」
「チーズはお姉ちゃんにプレゼント。前に食べさせてもらった肉味噌を使った料理に似てる。おいしいっ!」
「なるほど。たしかに味噌とピザとは相性いいかも」
孕子ちゃんも孕伽ちゃんもおいしいと太鼓判。が、のっかてたチーズの大半をエリストリアさんの取り分に流し込んで薄味を求める。
隣では、嬉しいような悲しいようなオーラを出してるチーズの魔女の悲哀を感じた。
チーズを除き、全体的に高評価。新しいアイデアももらえて嬉しい限り。1人だけ沈黙してるのは無視しておこう。じきに回復するでしょう。
さてさて、ハティさん絶食問題が解決しないままデザートの時間になってしまった。
しかしまずはテラスの片付けをいたしましょう。号令をかけると、子供たちが率先して手伝ってくれるのだから頭が上がらない。酔っ払いの大人は子供たちを見習ってほしいものですね。
リレー形式で食器を運び、重い荷物はハティさんやアポロンさんが運び出す。
と、アポロンさんがハティさんとすれ違い様になにかに気付いた様子。違和感を伝えようとハティさんの前に立ち、見上げると、ハティさんが突然しゃがんで頭を手で覆った。
いったい何を見つけたというのか。
「どうしたんですか、アポロンさん、ハティさん。なにかありました?」
無言のハティさん。困惑したアポロンさんがハティさんの頭頂部を眺めながら腕を組む。
「いや、なんていうか、気のせいかもしれないんだけど」
「ママラっ! 肩車してあげるっ!」
「え、いいの? やったー!」
遮るように、なぜかママラくんを肩車してあげるハティさん。
なぜ?
もしかして、なにかを隠そうとしてる?
つられて他の子たちも肩車をしてほしいとおねだりが始まった。
マシュマロの準備をしている間、ハティさんの足元で子供たちがきゃっきゃきゃっきゃと騒ぎまくる。
ずるいずるいと飛び出したのはラムさん。私のところにおいでと両手を広げた。
がっ!
子供たちは後ずさるっ!
「「「「「おさけが……すごいにおい…………」」」」」
膝をつくラムさん。今後、子供たちの前ではお酒を飲まないと心に誓う。
ハティさんの肩車の順番が待てない子はアポロンさんの肩に乗ろうとぴょんぴょん跳ねた。
身長185cmの高身長。子供たちから見ればハティさんもアポロンさんも背が高い。となれば肩車してほしいと願われても不思議ではない。
特に女の子人気が高い。クレアちゃんもニノニンちゃんも肩車して欲しいとせがんだ。上目遣いの表情には年上の男性に恋心を抱くような頬の赤らみを感じる。
「おおーっ! アポロンお兄さんの肩車たかーいっ! お星さまに手が届きそうっ!」
「今日は本当にいい天気だね。お星さまも楽しそうに歌ってるよ」
クレアちゃんがひとしきり満足したところでニノニンちゃんが続く。
「わぁ~お! すごいすごいっ! すっごくたかーい!」
「はははっ。楽しんでもらえたようでなによりだ」
少女を降ろしたところでマシュマロ焼きの準備が完成。すると散った蜘蛛の子が一か所に集まるが如くして、ふにふにの白い物体をつつきまくる。
シャングリラにはないお菓子。真っ白で美しいお菓子の感触を確かめて、クレアちゃんがひと言。
「ハティお姉ちゃんのおっぱいの感触に似てる」
無邪気ゆえの率直な感想。言われてみればたしかにそうかもしれない。考えもしなかったな。
アポロンさんはあらぬ想像をして赤面。思春期の男の子には刺激の強い発言だった。
ハティさんはハティさんで、そうなのだろうかと首をかしげ、クレアちゃんの手を自分の胸にあてさせる。
「どう?」
「似てる気がする。やわらかくてあったかい」
「そっか。それはよかった。それじゃ、マシュマロを焼いて食べようっ!」
「うんっ!」
マシュマロが食べたくて仕方ないハティさん。櫛の先にひとつ、またひとつ刺して5個も連結させた。1個ずつちまちま焼いて食べないと、すぐに冷えちゃったり溶けて垂れちゃったりするからたいへんなんだけど、まぁいいか。
表面が焦げてくると甘くていい香りが漂う。
薄いさくさくの膜。中身はとろとろあまあまなマシュマロ。口に入れた瞬間に笑顔になってしまう。なんという美味であろうか。
子供たち全員が笑顔になって、もうひとつ、あとふたつと櫛に刺す。ハティさんが5個刺したものだから、みんな真似て串刺しにした。
「マシュマロは大好評ね。買っといてよかった」
レーレィさんは自分のチョイスが子供たちに受けて大満足。
「ですね。火で炙って食べるお菓子といえばマシュマロが定番です」
「それにしても、小さな子供たちがうちの庭でバーベキュー。なんだかグランマになった気分。ペーシェとマルコには頑張ってほしいものね」
「微笑ましい光景ですね。無邪気な子供たちを見ていると心がほっこりしてきます」
縁側で孫たちの元気な姿を眺めて天寿を全うしそうなほんわかフィールドを作るレーレィさんとグリムさん。マシュマロをはふはふと食べながら悦に浸った。
ラムさんは自前のお酒とマシュマロを組み合わせてオリジナルカクテルを作る。
エリストリアさんもメアリさんも初めてのマシュマロに感動。マシュマロとギモーヴのレシピを教えてあげよう。これでいつでもマシュマロを堪能できる。
さて、本題に戻ろう。
ハティさんは飲み物は飲んでくれる。なぜかマシュマロは食べる。でも普通の食事はとらない。お菓子なら食べてくれるということだろうか。お昼はクッキーを食べないでいた。マシュマロとクッキーの違いとやいかに。
子供たちの手前、マシュマロだけは食べてくれたということか。だったら普通にチキンステーキとかも食べてほしいところ。
とはいえ、とりあえずマシュマロは食べてくれる。マシュマロの中に栄養の詰まった丸薬を入れれば、ひとまずは栄養事情が解決するかしれない。
ハティさん絶食事件の原因は分からねど、マシュマロは食べる。これだけでも大きな収穫と捉えよう。
それにしてもやはり、子供たちと一緒に食事をするハティさんは生き生きとして、見ている私まで笑顔になっちゃう。だからこそ、早急に原因究明をはからねばならない。
が、現状では解決の糸口が見えない。納得がいかないものの、マシュマロで手打ちと思って腕を組む。苦虫を噛み潰したような顔をしているだろう私とは正反対に、ハティさんは満面の笑みでマシュマロを頬張る。
「ハティお姉ちゃん。もっかい肩車して!」
「いいよ。それっ!」
「おぉ~っ、高い! やっぱり前より少し高くなってる!」
「ッッッ!?」
なにげないクレアちゃんの発言に固まるハティさん。笑顔が崩れ、眉尻を上げ、冷や汗が滴る。
前より少し高くなってる。
クレアちゃんの言葉の意味するところとは。
「そんなことはない。いつもと同じ高さ」
「えぇ~? そんなことないよ。だって景色が少し違うもん」
「そんなことはない。ほら、前と同じ」
前と同じ、って言ってる時点で、今は違うって言ってるのと同じですよ。
しかも膝を少し曲げて高さを調節してるじゃないですか。これってつまり?
「ハティお姉ちゃん、背、伸びたでしょ?」
「ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!?」
驚愕の顔とはまさに今のハティさんの表情をいうのだろう。ついにぷるぷると震えて青ざめてきた。
ゆっくりとクレアちゃんを下ろし、しゃがんで、少女の両肩に手をのせてひと言。
「そんなことはないっ!」
そんなことあるって言ってる。嘘を吐くのがへたっぴにもほどがある。
さらにアポロンさんが追い打ち。
「もしかして、ご飯を食べなかったのって背が伸びたから? 背が伸びないように絶食してたってこと?」
晴天が霹靂し、山が抜け蓋世した世界を目の当たりにするが如き表情。とどのつまり図星だった。
見たこともないほど目を見開いて、絶望の色をあらわにする月下の金獅子。今にも死んでしまいそうなほど真っ青になる。凍死してしまうのではないかと心配になるほどの身の震え。三角座りをして身を縮こませる。
それでもハティさんはハティさん。クレアちゃんが頭をなでなでして、ぎゅっと抱きしめて、大好きを伝えて想いを語る。
「元気だして、ハティお姉ちゃん。いくら背が伸びてもハティお姉ちゃんはハティお姉ちゃんだよ。クレアたちの大好きなハティお姉ちゃん。それよりほら、フルーツティー飲もうよ。さっぱりしておいしいよっ!」
静かに受け取り、一気飲みしてひと言。
「おいしい」
ちょっぴり元気が出たみたい。大好きなお姉ちゃんが笑顔になって喜ぶ子供たち。よし、このまま褒めちぎりまくってハティさんを元気づけるのだ!




