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背が伸びた 4

 仕方ない。とりあえず、こんがりと焼けたチキンステーキをみんなで食べよう。

 おいしそうに食べていれば、ハティさんもつられて手を伸ばしてくれるかもしれない。

 が、いっこうに微動だにしないハティさん。キキちゃんとヤヤちゃんが誘っても、おいしそうに食べる我々の姿を眺めて微笑むだけ。


 おかしい。本当におかしい。

 いつもならお腹いっぱいだろうと無理なくご飯を食べるはず。

 一緒に食べて、一緒に笑顔になるはず。


 違和感に気付いたルーィヒさんとレーレィさん。グリムさんもアルマちゃんも首をかしげてチキンをぱくり。

 怖い物知らずのルーィヒさんがハティさんへ突撃取材。


「ハティさんハティさん、チキンステーキがおいしく焼けたんだな。付け合わせのソースもちょ~ぜっぴん! みんなで一緒に食べるんだな♪」

「ありがとう。とてもおいしそうだけど、私はいらないからみんなで食べて」


 玉砕ッ!


 呆然と立ち尽くすルーィヒさん。なんとか言葉を絞り出してその場を立ち去り、助けを求めるように我々の元へたどり着いた。


「お、おかしいんだな。ハティさんがご飯を目の前にして拒否するなんて。天変地異の前触れなんだな」

「やっぱりおかしいです。こんなことは一度としてありませんでした。でも今日までそんな予兆はありませんでした。いったいなにが原因なのでしょう。オリヴィアさん、シャングリラでなにかありませんでしたか?」

「あ、ひゃいっ?」


 見るとそこにはチキンステーキに食いついてジューシーな肉汁を堪能するオリヴィアさんの姿が。母性的でかわいらしい少女のような女性の面影はなく、ただただ肉を貪るドラゴンのような龍人がいる。

 普段から邪魔だと思って隠してる翼も尻尾もおっぴろげ。器用に尻尾を使い、両手に握ったチキンステーキに刷毛でもって各種ソースを堪能していた。

 その姿たるやハティさんそっくり。さすが家族。よく似ていらっしゃる。

 でも今はそれどころではない。


「もぐもぐもぐもぐもぐもぐごっくんっ! このチキンステーキ、とっても絶品です! 付け合わせのソースもどれも最高です。シャングリラでもこれと同じものを作っていただいてよろしいでしょうかっ!」

「もちろんですっ! でも今は」

「わかってます」


 顔を近づけてひと言。


「お野菜も一緒に食べろということですよねっ!」

「違います」


 えっ、さっきまでの話しの流れがお肉にかき消されてる?

 この人、本当はそんなに心配してない?

 まぁでも裏返せば、ハティさんのことを信頼してるということ、なのかもしれない。

 少なくとも私たちはハティさんのことを信頼しながらも心配になってます。


 キキちゃんとアルマちゃんが果敢に挑戦するも、動かざること山の如しのハティさんに大苦戦。

 レーレィさんがお酒をすすめるも、水で十分とお断り。

 せめてひと口と譲歩するも、自分は見てるだけでいいと満面の笑み。


 おかしいっ!

 これは絶対なにかあったに違いない!

 でも教えてくれない!

 私たちは貴女のためになにかしたいのにっ!


「もしかすると余計なお世話?」


 ラムさんの大人の見解が炸裂、するも、私は納得いきません。


「でもでも、こんなの絶対おかしいですよ。なんの前触れもなくご飯を食べないだなんて。むしろダイエットするなら適度な食事制限と適度な運動です。絶食は逆に太ります!」

「ダイエットと聞いてヤヤを連れてきました。この子にも話しを聞かせてあげてください」

「私は成長期なので問題ありません。むしろ成長期に栄養は必要不可欠。少し多めなくらいがちょうどよいのです」


 キキちゃんに羽交い絞めされて連れてこられたヤヤちゃんには悪いけど、彼女には釘を刺しておかねばなるまいて。


「うん、言い分は正しいけど、ヤヤちゃんは砂糖摂りすぎ」

「なッ!?」


 一撃必殺の激槍に身を打たれたヤヤちゃん。真っ白になって倒れ伏す。彼女にはもう少し、断糖生活を心がけてもらわねばなるまい。これは貴女のためなのです。マジで。


 そうれはそうと、ハティさんが食事をしない理由とはこれいかに。理由と聞こうとするも、オリヴィアさんはチキンに夢中で話しにならない。

 ハティさんにダイエットの話しを振っても、ダイエットはしてないと断言された。

 ダイエットしてないならご飯を食べない理由の説明がつかない。いったいなぜ。やっぱり私の料理が不味いから!?


「あえてもう一度言おう、それはない。逆にうますぎるくらいだ。グリレで働いてくれ」


 ラムさんの断言が私の心の中で濁った感情を洗い流してくれた。


「またそうやって勧誘してるとレーレィさんが飛んで、来ました」

「ダメよダメダメッ! すみれちゃんは渡さないんだから!」


 レーレィさんがイヤイヤ期を思わせるかのようなだだの捏ねっぷり。

 はっ、もしやすると、ハティさんはイヤイヤ期が到来してるのでは?


「あの歳でイヤイヤ期なんかきてもらっては困る。それに子供のイヤイヤはもっと強烈だ。別の理由だろう」


 ラムさんがハティさんのことを子供扱いした。ラムさんからすれば、彼女の身の振りは子供のそれにしか見えないらしい。思い当たる節がありまくるので否定できない。


「目的がダイエットじゃないんじゃない? ほら、もうすぐ夏の海でサマーバケーションでしょ? 好きな男の子に気に入られるために、少しでもスタイルをよくしようと頑張ってるんじゃない? 必要なさそうだけど、でも、そういうことを考え始めると、自分はまだまだ頑張れるって思っちゃうことってあると思うの」


 なんと、好きな男子がいるんですか!?

 ハティさんに!?

 いったいそれは誰なのか!

 だとしても、不適切で過度なダイエットは万病のもと。今すぐやめさせたい!

 おいしいチキンステーキを食べてもらいたいっ!


「目的が変わってるんだな」

「でも、好きな男の子のために心身を健康に保ちたいと願うのは全女子に共通する願望です。彼女も万国共通の真理に従っているだけではないでしょうか」

「ハティにそんな感性があるはずありませんよ! むしろ彼女は自然体がいいんです。それで充足してます! もぐもぐ!」


 オリヴィアさん、貴女にそんなことを言われても説得力がありません。

 自分が言うのもなんですけど、あまりにも花より団子を行き過ぎてます。


 チキンを食べながら情報を整理しましょう。

 グレンツェンで生活してる中で異常はみられなかった。少なくともシャングリラへワープする今朝までは。

 異常が見られたのはシャングリラでお昼ごはんの時。彼女は食事を摂らなかった。その調子で晩御飯も摂らない。不自然に思ったオリヴィアさんはハティさんに同行して原因究明に乗り出し、座礁し、チキンステーキを貪る。


 悩む我々の上の曇天を霹靂させたのはレーレィさんのひと言。

 好きな男の子がいる。その人のために、おそらくはアプローチをするために努力してる。方向性はともかくとして。


 しからば突撃と、諦めを知らないルーィヒさんが恋色迫撃砲を携えて爆撃を仕掛けた。


「ハティさんの好きな人って誰なんだな?」


 いったぁーーーーーーーーーーーーーーーーッ!

 寸分ブレないド直球のボールがハティさんのミットめがけて投げ込まれたぁーーーーッ!


「好きな人? みんな大好き。ルーィヒも、すみれも、オリヴィアも。みんなみんな、大好き」

「そーじゃなくって~。女の子として好きな人がいるのかってことなんだな~♪」

「女の子として、って、どういう意味?」

「もぉ~う、カマトトぶっちゃって~♪ キスしたい相手ってことなんだな!」


 ボールが超音速に加速したッ!


「あの子、無敵か!? 直球にしてもせめて前置きとか脈絡ってあるでしょ」


 いつもド直球で私をグリレのスタッフに勧誘してくるラムさんすら驚愕の光景。


「まどろっこしいこと抜きで直球勝負は好きだけど、受け止めるミットがあるのかしら」

「とりあえず様子を見て見ましょう」


 ハティさんは首をかしげ、いつも通りのハティ節を披露する。


「キスってなに?」


 ミットに収まる前に空気摩擦でボールが燃え尽きた。

 キスはなにか、好きとはなにかを説明するもハティさんに恋バナ。まるで理解できずに時間だけが過ぎていく。


 結局、恋の花はしおれ、謎は迷宮入り。

 なにも得られないままホムパの幕が下りてしまった。


 片付けはしてくれる。会話の流れも変わったところはない。お風呂の時も普通だし、ホットココアも飲んでる。しかし、試しに付け合わせのクッキーをだしてみるも手をつけなかった。

 おからで作った低カロリーで食物繊維たっぷりのクッキーだと説明しても、キキとヤヤにあげてほしいと断られる。


 ハティさんが寝室に入ったところで家族会議の開催です。

 まず最初の発言はオリヴィアさん。チキンステーキを両手に持ってなければ淑女な女性。


「困りましたね。恋でもなく、ダイエットでもなく、人間関係からくる不和でもない。本人に聞いても教えてくれない。どうしたものでしょう (オリヴィア)」

「ヤヤにユニークスキルを使ってもらったらいいんじゃない? (キキ)」

「キキ、人の心を覗き見ることはマナー以前の問題ですよ。たしかに、ハティさんが食事を抜くだなんて考えてもみませんでした。もしかして生理でしょうか (ヤヤ)」

「体調不良だったらもっと露骨に態度に出ると思うけど。だったらだったで調子が悪いってちゃんと言うと思うよ。つまり、誰にも話せないことなんだよ、きっと! (すみれ)」

「ということはやっぱり恋? 恥ずかしくて言えない、とか? (キキ)」

「だとしたらとんでもない鉄面皮ですね。でもハティさんは恋愛という概念を理解してない様子。やはり恋ではないのでは? (アルマ)」


 ううむ、体調不良でも恋でもない。本人に否定されてるのだから、恋してたとしても第三者には分からない。

 困った。5人集まっても知恵が乏しいとどうにもならない。

 ゆきぽんに聞いても答えは分からない。頼れる大人たちもお手上げだった。

 こうなったら、キッチン・グレンツェッタのみんなに相談だっ!


 さっそくヘラさんから返信がきた。内容は、


『このグループってハティちゃんも登録されてるから、ここに放り込むのはまずいのでは?』


 そうだったーーーーーーっ!

 これじゃあハティさんに丸聞こえ。

 いや別に問題ないかもしれない。むしろみんなに心配してもらって、ハティさんから本心を聞かせてもらえれば僥倖である。

 なのでこのまま伝えよう。

 すると次はアーディさんから返信だ。


『下心は心の下に隠しておこうか』


 そうだった丸聞こえになるんだったっ!

 どうしようどうしよう。とりあえずなかったことにするために、私の発言を消しておこう。幸い、ハティさんは夢の中。まだ私の下心を知らないはず。

 削除っ削除っ!

 よし、これで大丈夫。

 では改めて、


「すみません、すみれさん。ここはアルマに任せてもらっていいですか?」

「え、うん、いいけど」


 するとアルマちゃん。新しいグループを作ってくれた。しかし名簿の中にハティさんがいない。仲間外れはよくないよっ!


「いや、今回はハティさんに悟られないように、ハティさんの心中を察しながら問題を解決する流れですよね。であれば、ハティさんに聞かれてはまずいので、ハティさんを招待してません。ご了承を」

「な、なるほど。ぐっ、ぐぬぬっ!」


 個人的には納得いかないが仕方ない。仕方ないと割り切るしかない。

 様々な意見が飛び交うも、やはり多数決は【恋】の一文字に集約された。

 だとしたら誰なのか。個人を特定し、その人からダイエットの必要はないと言ってくれれば解決間違いなし。

 そうと決まれば明日からハティさんを観察だっ!

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