背が伸びた 3
炭火焼はガスと違う利点がいくつかある。
まず熱で調理するので水分が抜けにくく。よりジューシーなお肉を実現するためのマストアイテム。
じっくりゆっくり調理するので油跳ねが少ない。
遠赤外線効果でよりおいしく焼ける。
こうばしくおいしい煙を纏わせることで、お肉の旨さがいっそう際立つ。
おおっ、なんと素晴らしき備長炭!
ところで、と前置きをしてオリヴィアさんに向き直る。さっきからずっと固唾を飲んでるけど大丈夫だろうか。
「今日は子供たちは連れてこなかったんですね。定期的に数人ずつ連れてくるって話しでしたが」
すると彼女は困ったような表情を見せた。もしや何かまずいことを聞いてしまっただろうか。
「あっ、ええ、今日はちょっと事情がありまして、えっと、その、どうもハティの様子がおかしいんです」
「えっ!? ハティさんの様子ですか? とくに変わった様子はないようですが」
ハティさんの様子がおかしい?
朝食はいつも通り、バターコーヒーを1杯――カップが大きすぎるので、私たちでいうところの4杯分――を飲んでいた。その後はシャングリラに出かけて見てない。なので、昨日の記憶を呼び起こしてみよう。
晩御飯もいつも通りおいしそうにたいらげた。食後のデザートも、ホットココアもいつもと変わらない。
なにか困った様子もなかった。不安なことがあればすぐに顔に出るから、それは間違いない。
シャングリラでいったいなにがあったのか。
質問しようとするも、お肉が焼きたくて仕方ないグリムさんに急かされてしまう。
「人数もいるのでさっそく焼きましょう。これ、網の上にぎっちり敷き詰めても大丈夫でしょうか?」
ちょっと待ったとラム・ラプラスさん。
「気持ちは分かるけど、野菜も焼いていこうか。それと、ぎっちり詰めるとさすがに火の通りが悪くなるから、少し隙間を空けような」
諭され、了解したグリムさんはパズルのピースを嵌め込むようにお肉を並べた。あたかもジグソーパズルを組み立てるように、お肉とお肉の隙間を1センチに統一してきちんと並べる。
無論、野菜の入る余地などない。
「芸術的執念っ!」
「お野菜はサラダがあるのでそちらで賄いましょう。みなさんもそれでいいですよね? ね!」
圧がすごい。
「キキは大丈夫。キノコのマリネうまうま♪ (キキ)」
「あっ、アルマの分も残しといてね! (アルマ)」
「大丈夫。心配しなくてもたくさん作ってきたから (レーレィ)」
「キノコのマリネ。グレンツェンにはこのような料理があるのですね。シャングリラでも作れるでしょうか (オリヴィア)」
「ナナメナメタケとヒラヒラタケでマリネができそうでした。あとはスモークした魚の切り身と、玉ねぎと、オリーブと、レモンを和えればできあがりです。今度シャングリラに行く時に使えそうなレシピ本を持って行きますね (すみれ)」
「ありがとうございます。みんな、すみれさんたちが来てくれるのを心待ちにしてますので (オリヴィア)」
いやぁ、やっぱり頼られるって嬉しいな。すんごい照れちゃうけど、すんごい嬉しいです。
ここにも待ったをかけるラムさん。彼女もシャングリラに興味があるみたい。
「次行く時に私も誘って! 私も料理できるから。子供たちに料理を振舞ってあげたい!」
ラムさんが情熱の炎を燃やすと、オリヴィアさんはぜひにと手を叩いて笑顔を向けた。
「ほんとうにいいんですかっ? ぜひともお願いいたします。それと、ラクシュがラムさんとレレッチさんにありがとうと言ってました。フルーツティー、本当においしかったです」
「いやぁ、もう、それほどでも♪」
「でもまずは」
嬉し照れのラムさん、かわいいです。
だけど、オリヴィアさんの顔は真剣そのもの。頬が緩んだのも束の間、2本角の女性はハティさんを横目で見ながら、信じられないひと言を放つ。
「ハティに料理を食べさせてあげてください!」
食べさせてあげてください。実に奇妙な言葉だ。ハティさんであれば、わざわざ頼まれなくても料理を作ってあげる。現に今作ってる。
チキンステーキ以外の料理ってことかな。それとも、ラムさんの手料理じゃなきゃダメってこと?
もしや、私の料理に飽きてしまった!?
そ、そんなはずはない。ほとんど毎日、味変をして変化をつけてる。
内容だって多種多様のはず。先週はトルチャンチ料理キャンペーン。その前はグヴリン料理を作った。
ひよこ豆を使ったフムスは絶品だといってピタパンにたっぷりと塗っていた。
半熟卵で仕上げたシャクシュカは毎晩のスープとして作り置きするほど人気を博した。
二条五麦を全部盛りして砂糖を練り込んだマッツァーにヨーグルトをかけたデザートもおいしそうに食べていた。
もしや…………ハティさんは世界中に友達がいる。つまり、世界中の食を堪能してきた美食家。私程度の知識と経験では物足りないということかっ!?
「大丈夫です。それはないと思います」
オリヴィアさんからつっこみが入る。私の不安を吹き飛ばすツボを押されて安堵のため息が漏れた。
料理がダメダメと言われたらあとに残るものがない小鳥遊すみれ。存在意義が失われなくてよかったです。
ラムさんも私の肩をぽんと叩いてくれる。
「健啖家だとしても、美食家だとは思えないんだけど。だいたいなんでもおいしいって言うでしょ。生でブルーチーズを食べた時はノーコメントだったけど」
「ブルーチーズは癖が強いですからね。ぴりりと辛いといいますか。それに、エリストリアさんがチーズ激推しなので、チーズの食べ過ぎで飽き飽きしてるのは間違いありません。もしやっ! 新作ソースの中にクリームチーズとバジルをミックスしたものを入れてたから、テンションが下がってしまったのでしょうか?」
チーズが原因なのか。と思ったら、オリヴィアさん曰く、それは違うらしい。
「いえそれも大丈夫だと思います。そもそも手をつけていませんし」
よかった。これは結構な自信作だったので。濃厚なクリームチーズに清涼感のあるバジルソースをミックスさせたオリジナル。カプレーゼからインスピレーションを得たひと品なのです。
でも料理が原因でないなら、どうしてハティさんは料理を食べないのだろう。
もしかして、シャングリラで晩御飯を食べたから、バーベキューのチキンステーキが入らないということか。
変な方向に思考が曲がった私の言葉を遮ったラムさん。状況を整理しようと提案してくれた。
「待って待って。確かにオリヴィアさんはハティさんに料理を食べさせてって言った。まずはその原因を聞いてみよう」
オリヴィアさんに向き直るも、困惑の表情を浮かべている。
「それが、私にも分からないんです。昼食も晩御飯も、子供たちと一緒の食事をなによりも楽しみにしてたはずなのに、彼女は食べないと言い切って無言でいるんです。食べることが生きがいみたいなハティが、いったいどうして…………」
「昼も晩もご飯を食べなかったッ!? これは大事件です!」
「16時間ダイエットしてるんじゃない?」
ラムさんの脊髄反射的回答に私もオリヴィアさんも驚愕!
ダイエット。ハティさんがダイエット!?
ダイエットする余地があるんですかっ!?
あんなにスタイルがよくて、適正体重で健康的な肢体なのにっ!?
ダイエットなんかしたら逆に細すぎになって不健康になるのでは!?
「ダイエットなんてまさか。私は炭水化物や各種ビタミンミネラルのことも考えてます。食べすぎることさえなければ、太るなんてあるはずがありませんっ! もしかして、料理の量が少なくて間食を!? (すみれ)」
「そこそんなに驚くところじゃないでしょ。間食したとしても、むしろそれなら晩御飯を食べないなんてありえないでしょ。彼女に限って (ラム)」
「大丈夫です。ハティが1人でご飯を食べることはあまりありません。少なくとも、私は見たことがありません。彼女は家族や友人との時間を大切にします。一家団欒での食事こそ、彼女の求めた理想です (オリヴィア)」
「ではなぜご飯を食べないのでしょう? (すみれ)」
ううむ。行き詰まってしまった。
本人に聞くのが手っ取り早いんだけど、オリヴィアさんがダイレクトに聞いても答えてくれなかったらしい。なにか隠しごとが?
実は本当にお腹がぽっこりでてきたとか。でも昨日、お風呂に入った時はそんな様子はなかった。
二の腕がぷにぷにになってきてるとか。しかし二の腕より先にお腹に脂肪がたまり始めるはず。
考えるほどに謎が深まる。
謎は迷宮入り!




