背が伸びた 1
序盤はハティ。それ以降はすみれ主観で進みます。
なにげにハティが初主観です。ちょっとだけだけど。彼女のコンプレックスは高身長。191センチの身長というだけでなく、幼少の頃から同年代の子と比べて背が高い。自分だって女の子。かわいくなりたい願望のあるハティにとって高身長は障害でしかなかった。
フラワーフェスティバルでの出来事を通してコンプレックスが和らいだものの、今回、突然にハティに試練が降りかかります。
彼女は己のコンプレックスに打ち克ち、平穏な日常を取り戻すことができるのかっ!
以下、主観【ハティ・ダイヤモンドムーン】
「「「「「ごちそうさまでした」」」」」
食べ終わったらみんなでお片付け。
キキとヤヤはテーブルの上の食器を台所へ運ぶ。受け取ったアルマが魔法で食器を洗う。
すみれは明日の朝ごはんの準備にとりかかる。私はお風呂の準備をする。
シェアハウスの生活にも随分と慣れてきた。最初から不安はない。いつもなんとかなってきた。今は毎日が楽しくてわくわくがとまらない。
文字の読み書きも苦ではなくなった。教えてくれる友達がいて、私はなんて幸運なんだろう。
湯舟に浸かってかの地を想う。
シャングリラの子供たちも今頃はお風呂に入って、みんなおねむの時間だろう。
明日は待ちに待った日曜日。シャングリラに帰省する日。
エリストリアやアラクネートからは、子供たちもそろそろ姉離れさせないと心が成長できない。だから、しばらく帰省してはいけないと釘を刺されてる。
ショックだった。嫌われてるのではないかと疑ってしまった。
でも彼女たちの言い分も理解できる。
私がそうだったから。暁とあーちゃんと離れ離れになって、とっても寂しかった。だけどずっと依存してばっかりじゃダメ。1人でなんでもできるようにならないといけない。
巣立ちの邪魔をしてはいけない。きっと私がいると、私が子供たちにべったりで離れられない。
私が手放せない自信がある!
温かい巣の中は安心できる。だけど、いつかは巣立たなくてはならない。
温かい居場所は幸せになれる。だから、私は巣作りができるようになりたい。
お姉ちゃん大好き、って言われたい!
「はふーっ♪ みんなで入るお風呂は格別ですね。シャングリラは露天風呂なんですよね。天気のいい日のお風呂はとっても素敵なんだろうなぁ~♪」
すみれは天窓を眺めながら、曇り空の向こう側へ思いを馳せる。せっかくの設備なのに、曇り空では味気ない。
やろうと思えば雲を払って満点の星空に書き換えられる。だけどそれをやると、きっとどこかで星空を眺めてる誰かが肩を落としてしまうだろう。自然の摂理には逆らわない。暁が教えてくれた大事なこと。
龍脈に干渉してることを棚に上げて、そんなことを思いました。
「シャングリラの空もとっても素敵。晴れの日も、曇りの日も、雨の日も、雪の日も。みんながいてくれるなら、毎日が特別 (ハティ)」
「毎日が特別! 私もそう思います! (すみれ)」
「アルマも毎日がちょーはっぴーです! (アルマ)」
「キキもだよっ! 毎日みんなといられて幸せ。楽しいことが山盛りで、遊びつくせないほどだよっ! (キキ)」
「私もキキと同じです。世界がこんなにも輝いてるなんて、メリアローザにいただけでは気づかなかったかもしれません (ヤヤ)」
「ヤヤは少し運動したほうがいいと思う。ほら、お腹ぷにぷに (キキ)」
「ぎゃーッ! (ヤヤ)」
お腹をつんつんされて叫び声をあげるヤヤ。もちもちお腹でもヤヤはかわいい。背が低くて、愛らしくて。
羨ましいなぁ。私も小さかったら、かわいくなれたかもしれないのに。
女の子なのに、身長は191cm。あまりにも大きすぎる。男性よりも背が高い。
高身長がコンプレックスだった。でもエマのおかげで、少しだけ自分に自信が持てた。
認められたみたいで嬉しかった。
コンプレックスがチャームポイントになったみたいで誇らしかった。
ありのままの自分を受け入れよう。そう思えたのだ。
だから、
「大丈夫。ヤヤは今のままで十分かわいい」
と言うとキキが眉尻を吊り上げて、
「もぉー! ハティさんもヤヤを甘やかさないでくださいっ! このままじゃぶよぶよのおでぶちゃんになっちゃいます。病気になっちゃうよ!」
「病気っ!? それはダメ!」
なんてことだ。ヤヤが病気になってしまう。それはいけない。なんとかしなくては。
焦るも、ヤヤは余裕の表情を見せて自身満々に言い放つ。
「大丈夫。成長期ですから」
「大丈夫ならよかった」
「大丈夫ならこんなにも声を大にして言わないよっ!」
大丈夫か大丈夫じゃないのか分からなくなってしまった。
すみれとアルマにも聞いてみよう。
「もちょっと運動したほうがいいかな。食事制限にも限度があるから」
「駄菓子探偵を休業しよう。なんなら廃業したほうがいいかも」
「そんなっ!」
ヤヤは絶望の表情をあらわにする。毎日の楽しみを奪われようとしてショックを受けた。
駄菓子探偵。ヤヤはスーパーに赴いては、1日1個、駄菓子を食べて味や食感の感想を日記につけてる。努力家でひたむきな彼女は真剣そのもの。
だと思ってたのだけれど、
「1日1個は多すぎ。情熱を傾ける先が違う。お菓子食べすぎ。運動しよう」
キキの舌鋒が炸裂。
「せめて半分にしない? 大きいサイズのものはグラム単位で区切って小さくするとか。成分表の見方を教えてあげるから」
すみれは譲歩案を提案。
「せめて糖質の低いお菓子にしよう。麩菓子とかどう?」
駄菓子探偵を廃業にしようとアルマが誘導。
「うえええんっ! 毎日お菓子が食べたいですっ! いろんなお菓子が食べたいよぉーっ!」
本気で泣き出すヤヤ。どうしよう。お姉さんの私がしっかりしないといけないのに、打開策が思いつかない。
ヤヤには笑顔でいてほしい。
でも、すみれたちの言い分も理解できる。
どどどどどどどうすればいいんだろう?
ヤヤに泣きつかれて困惑する私。
甘やかしちゃダメだとヘッドバッドするキキ。
双子が衝突しようとしたら間に入ろうと構えるアルマ。
ホットココアを用意してるすみれ。
私は――――そうだ、アルマが使ってくれた魔法を応用すればいいんだ。
文字を書かないと物が使えない魔法。あれをそのままダイエットに応用できるはず。
「わかった。ヤヤが運動したらしただけお菓子が食べられる魔法をかける」
「なるほど。それでプラスマイナスゼロというわけですね。さすがハティさん!」
アルマには好感触。キキとヤヤの反応はどうだろう。2人とも微妙に納得がいってない様子。
キキは結局お菓子を与えることになるのかと思う反面、運動してぷにぷに回避できるならいいかなと思ってる。
ヤヤは運動しないといけないとはいえ、お菓子を食べられてぷにぷに回避できるなら仕方がないかと、苦虫を噛み潰したような表情を見せた。
ここに双子協定が締結。一件落着である。
でもとりあえず施行は明日からと言い放つヤヤ。明日は今日だと怒るキキ。割って入ってなだめるアルマ。
賑やかで楽しい。ぷんぷん怒っちゃうと困るけど、だけど最後にはみんな笑顔になる。
ここはとても居心地がいい。シャングリラとはまた別の、新しい私の居場所。
満たされて、ホットココアをひと含み。ずっとこんな生活が続けばいいな。
しかし、変わらないものなどありはしない。それは私が一番わかってたはずなのに。
事件は洗面所で起きた。歯を磨いて、おやすみなさいをしようとした時、キキとヤヤは思い出したように身長を計りに戻った。
育ち盛りの10歳にとって、1センチでも背が伸びることは大人へと成長してる実感を得られるもの。今日はどうだろう。少しは大人になれたかな。わくわくしながら背伸びをする。
「グレンツェンに来てから2センチも伸びた! このまま暁さんと同じくらいには成長したいな」
「私も2センチ伸びてる。暁さんみたいに素敵な女性になりたいな」
「アルマは全然伸びないな~。いつか2人に追い越されちゃうかも」
「私はちょっぴり背が伸びた。1センチくらい。もう少し背がほしいな。高いところのものが簡単にとれるようになると便利だから」
「大丈夫。それは私がやる。だから、すみれたちは小さいままで問題ない」
女の子なんだから、小さいほうがかわいいに決まってる。
高身長がコンプレックスのハティ・ダイヤモンドムーン。本当は暁みたいにかわいくありたかった。
でもエマのおかげで少し自信が持てた。迷子の子を肩車してあげて、私にしかできないことが見つけられた。誇らしくて、高身長が役に立てて嬉しかった。
でもやっぱり小さいほうがかわいい。
背が伸びるはいい。でも私の身長を目指してはいけない。絶対に!
おやすみなさいと言葉を交し、部屋へ入ろうとした途端、微妙な違和感を覚えた。
キキたちの頭頂部の見え方は以前からあまり変わってない。なのに、ドアノブの位置が少し低くなった気がする。気のせいだろうか。いや、たしかに少し違う。
経年劣化?
どこも壊れた様子はない。
床が歪んで膨らんでる?
全然そんなことはない。平行だ。
なんだろう。なんだか嫌な予感がする。
まさか、いやそんなはずは…………。
そう思いながらも、現実を確認するために洗面所へ戻る。
壁に背を預け、身長を計る。恐る恐る。そんなはずはないと信じて。
結果――――――――背が、1センチ伸びてるッ!?




