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ベレッタ奮闘記 10

 異世界人。

 龍脈に魔法を流す。

 主目的以外の効能があるのかどうかも検証せずに実行する無計画性。

 細かいことが気にならなくなる魔法。

 なんてことでしょう。理解が追い付かなくなって頭がどうにかなってしまいそうです。


 でもなんていうか、ハティさんが絡んでると思うと不思議としっくりする。

 思い返せばおかしな点がちらほら。いやちらほらどころか星の数ある。

 現存する恐竜なんてこの世界にいるはずがない。コカトリスなんてもってのほか。

 1kmを越える生物なんて聞いたことがない。

 金色の牛。金色の巨狼。あぁ、でもフェインちゃんはもふもふしてたし、かわいかったからまた会いたいな。

 シャングリラの子供たちも元気にしてるだろうか。


 じゃなくてっ!


「えっと、え、えぇッ!? つまり、その、なんなんでしょうかッ!?」

「アルマちゃんたちが大切な隣人であり友人ということ。大事なのはそれだけ。とりあえず落ち着いて」


 深呼吸。深呼吸を30秒。心を落ち着かせて状況を整理しよう。

 アルマちゃんたちは異世界人。

 異世界人だとバレると面倒なことになるから、龍脈に魔法を付与し、世界中の人々に細かいことが気にならなくなる魔法をかけた。

 副産物的に魔獣が減った。


 とかくここで問題なのは、魔法の影響を受けた我々の私生活について。

 うん、まるで問題ない。どころか、少なくともわたしの人生は好転してると言ってもいい。

 魔獣も減った。魔獣被害が格段に減った。

 うん、悪いことなんてなにもなくない?

 わたしはアルマちゃんと知り合えて、情熱に火が点いて、順風満帆な日々を送ってる。

 うん、びっくりするほどいいこと尽くめ。


「あれ? なにも問題がない」


 思い返してみて、悪影響が思いつかない。

 ヘラさんは楽しそうに言葉を続ける。


「ええ、それはきっと、ハティちゃんの魂が輝ける正義の中にあるからでしょう。純粋な願いは幸福へと収束していく。きっとそういうことなんだと思う」

「だから世界は平和に向かう、と?」

「そうかもしれないし、そうではないかもしれない。でも少なくとも、今は世界にとってとてもよい時代であることは間違いない。今生きる私たちが、今の幸福を次代へ繋げられるよう、努力していかなくっちゃ」


 なるほど、とユノさんが大きくうなずいた。


「龍脈の異常がみられたのは今年の4月頃。ちょうどハティちゃんたちがグレンツェンに留学しに来た時期と一致する。まさかこんなに近くに答えがあったなんて」

「それはまぁ、気づくのは無理でしょ。で、とりあえず龍脈の問題はユノに丸投げして、次の話題にいきましょう」


 両の手を、ぱたむと閉じて満面の笑みのヘラさん。

 そして言い放つのだ。晴天が霹靂粉砕する未来図を。


「我々は近いうち、異世界間交流をします」


 聞きなれない言語に脳の処理機能が停止。

 春の日差しが雪解けを促すように、すこしずつ意識が現実の輪郭を捉えていく。

 異世界間交流。なんだそれは。そんなことは前代未聞。ファンタジーの世界でだってありえない。


 凍り付いた我々の疑問を置き去りに、ヘラさんは絨毯爆撃を仕掛けてきた。


「とりあえず、準備ができたら異世界間交流の実行を世界に向けて発信するから、それまで誰にも他言無用でお願いね。それから龍脈の静常化現象についてはハティちゃんにも協力してもらえるように手筈を整えておくわ。直接的、かつ大規模な範囲で龍脈に干渉できれば、龍脈研究が飛躍的に進むと思うから。ここまでは大丈夫?」

「大丈夫では、ないです」


 なかば放心のユノさん。

 対照的に、気にも留めず先へ進むヘラさん。


「おっけー! で、物資のやりとりは最小限におさめるつもりなんだけど、技術交流に関しては活発に活動しようと思うわけ。先駆けとしてお題は3つ。1つ目は噂になってる魔鉱石と魔剣の研究」

「あ、それレナトゥスで噂になってます。出自秘匿の魔鉱石を大量に獲得して、しかも完成された魔剣を試験運用という名目で手に入れたとか」


 マルタさんの抱く疑惑をシェリーさんが解かす。


「そうだ。出自は異世界の、アルマの故郷であるメリアローザ。異世界だから出自は秘匿されてる。言っても信じてもらえないだろうけどな。アルマの故郷のある世界は、機械文明より魔法文明が強く発達してる。だから魔法関連については1枚も2枚もメリアローザの技術が上だ。逆にあちらは科学文明が弱いから、必要に応じて技術を供与する予定だ。お互いがウィンウィンになるようにな」

「なんと。そんなワンダフルな計画が秘密裏に進行していたとは。先日の出張はその視察だったんですね」

「いや、まぁ、間違いではないが、メリアローザが異世界だということを知らされたのは、私たちも向こう側に到着してからだった。先に言っても信じないだろう、って」

「さぷら~いず♪」


 そのサプライズはかなりブラックジョーク寄りではないでしょうか?

 なんにしても、ヘラさんが交渉のテーブルについてるなら、お互いがウィンウィンになる関係を築けるでしょう。

 魔鉱石と魔剣。魔剣はともかく、良質なマジックアイテムの素材になる魔鉱石に関しては非常に興味がある。

 ユノさんの助手をしながら、魔鉱石の研究にも携わってみたい。

 千変万化する賢者の石。それがあれば、空中散歩のような素敵な企画が生み出せるはず。


「2つ目は医療・医術関係。これはレナトゥスに属する3人にはあまり関係ないから要点だけつまんで簡潔にするね。メリアローザでは特殊な検体を使うことで、難病治療薬の開発と治験が行われてる。まだ経過観察中だけど、魔力暴走症の治療薬が完成してるから、それをこっちの世界に輸出してもらおうとしてるところ」

「簡潔に世界がひっくり返るようなことを言いましたよねッ!?」


 魔力暴走症といえば、治療方法が確立されてない魔力症のひとつ。

 それが、魔法文明の発達した異世界では存在するというのか。なんという朗報。それだけで異世界間交流する価値がある。

 ヘラさん、がんばってくださいっ!


「中身についてはまだまだ詰めていきたいこととかあるけど、今は割愛するね。で、最も重要な3つ目なんだけど」


 最も重要な3つ目。医療技術と魔鉱石の技術を差し置いて、それ以上に重要なこととはいったいなんなのか。

 恋愛ドラマの最終回を見るような心持ちでヘラさんの言葉を待つ。と、その前に、アルマちゃんが我々に渡したいものがあるらしい。

 お土産だ。異世界のお土産。いったいどんなものだろう。


「まずこちらはアルマ個人からベレッタさんへのお礼の品です」

「お礼の品? お土産じゃなくて?」


 わくわく♪


「はい。ベレッタさんにはたくさんお世話になりました。きらきら魔法のことも、空中散歩を手伝ってくれたことも。そしてこれからも間違いなくお世話になるからです。フィアナさんと宝石魔法の研究をするからです。ぜひとも、ベレッタさんにも手伝っていただきたく」


 首をたれながら裾をまっすぐ伸ばして突き出された四角い箱。

 ほぼ賄賂。

 でも嬉しい。

 開けてみると、蝶々を象った螺鈿細工のイヤリング。地の球体は青黒く輝き、夜に輝き羽ばたく蝶の情景。

 落ち着いた色合い。きらきらと優しく輝く虹色の蝶のコントラストが魅力的。


「ユノさんとマルタさんにはこちらのお守りをどうぞ」

「わぁ、綺麗な袋。中身は、黒い珠? 亀が彫ってある」

「私のは鶴です。ルーンも刻まれてますね。これは健康長寿の組み合わせ。ありがとうございます♪」

「月並みですが、これが一番ポピュラーな組み合わせです」

「お、それなら妾もシェリーからもらったぞ。厄疫防護のルーンだ。なかなかよい素材を使っておる。自然が豊かな大地でなければ、効能のあるマジックアイテムの材料にはなれまいて」

「これ、マジックアイテムとしてきちんと機能するの!?」


 ユノさんが驚くのも無理はない。グレンツェンでもベルンでも、観光客向けのお土産なんかにマジックアイテムとしての耐久力のある素材が使われてない。

 ということは、わたしにくれたピアスにもルーンが刻まれてるのだろうか。あ、底の部分に刻印されてた。

 このルーンの組み合わせは、


「ベレッタさんの未来に幸多からんことを祈って、多幸と厄除けのルーンを刻んでもらいました。それからマットな黒の紅葉珠より、淡く輝く『青珠』のほうがベレッタさんに似合うと思って、特別に注文を出したんです。蝶の彫刻も彫るだけじゃなくて、螺鈿してもらってきらきら満載です。絶対似合うと思ってましたが、やっぱりとっても似合ってます!」

「とってもワンダフルです! きらきらの蝶々がクールキューティーです!」

「とっても素敵。これいくらだったの?」

「の、のーこめんとです」


 目をそらされた!


「ユノ、ベレッタちゃんの前でお金の話しはしないの。修道院育ちの子たちは特に気にするんだから」


 そうですよ。もしもこれが超高価なものだったらと思うと、足がすくんで身に着けることなどできるはずがありません。

 寄付と善意で生かされてきた身。アルマちゃんの好意は嬉しいけれど、彼女に無理をさせるわけにはいかない。


「大丈夫です。アルマはお金持ってるので」

「事実だろうが、生々しいな」

「金銭に関して気にする必要はないということです。あとこれ。お土産にアロマオイルももってきました。1本ずつお渡ししますね」


 ライブラから出された3本の瓶。

 色が濃いのは日光で劣化させないため。裏面なのか、なんの成分が入ってるのかが分からない。


「まぁまぁ、こんなにたくさん。ほんとうにありがとうございます」

「アロマオイル。中身は」

「あ、せっかくなので当ててみてください。まずはこれ、ユノさんへのプレゼントです」

「わぁ、ありがとう。あ、これはわかる。ラベンダーだ」


 蓋を開けると強く広がる独特の香り。初夏を報せる濃紫色の花々は、グレンツェンの裏庭庭園に群生している。

 図書館のアーチを抜けて、風が吹くとふわりと香るラベンダーの幸せは木漏れ日の中の子守歌。

 嗚呼、ホームシックがリバイバル。


「次は私ですね。どんな香りなのでしょう。すんすん。少しバラっぽいニュアンス。でも鮮烈というにはおだやかな印象。百合っぽいような気もします。ベレッタはわかりますか?」


 差し出された小口に鼻を近づけてすんすん。

 フラワーオイルにしては随分な微香。バラ独特の甘さを持ちながら、百合のような気品さと爽やかなフレッシュさをも持ち合わせてる。もしかして、


「白バラだと思います」

「大正解! こちらは白バラのオイルです。爽やかなバラの香りが楽しめます。マルタさんのご実家はペットショップということで、あまり香りの強くないものを選びました。セチアさんの工房で作られたアロマオイルは香水としても使えますが、ローズウォーターにしたり、お菓子に混ぜたりと用途は多岐にわたります。天然素材です。特殊な生成方法を用いております。この世界には存在しない方法です」

「なんとっ! それは嬉しいですね。動物の中には香水の香りが苦手な子もいますから。とても助かります。バラって色によって香りが違うといいますけど、これはとっても私好みでワンダフルです♪」

「白バラのみを使用してる白バラオイルです。ちなみに全て天然ものなので、同じ品種から採取しても瓶によって微妙に香りが違います。その年によっても違ってくるので、品質の均一化という面では難しいところがあります。でも毎年違った香りが楽しめます!」

「ということは、全部オンリーワンということですね。とってもワンダフルです!」


 白バラのみを使ったアロマオイル。ということは、メリアローザは相当なバラの産地ということになるはず。


「メリアローザってバラの生産が盛んなんですか?」


 空中へ投げた問いを拾ったのはシェリーさん。

 思い出し、うっとりとしながら感動に打ち震えた記憶を共有してくれた。


「それはもうすさまじい景色だったよ。街中にバラが咲いていてな、特に王宮の中庭に整備された薔薇園は圧巻だった。春がすぎて夏だったから、ぽつぽつと咲く程度だったが、春になると一面にカラフルなバラが咲き誇るんだって。フラウウィードという場所にはダマスクローズの丘という場所があってな、春になると景色一面、ダマスクローズになるそうだ。残念ながら時期が合わなかったから、私たちは見れなかったんだが」

「景色一面、バラ尽くしっ!」


 それはぜひとも見てみたい。

 なにがなんでも見てみたい!

 想像しただけでわくわくするっ!


「春に予定を空けておくから、アルマちゃんの故郷に行ってもいい?」

「もちろんですっ! 暁さんたちも喜びますよ。それでは、最後にベレッタさんへのプレゼントです。これはちょっと難しいかもしれませんね」


 ふっふっふっ。これでも修道院で養蜂を学んだ身。グレンツェンに咲く花の香りは心に焼き付いているのです。

 さて、どれどれ。すんすん。

 すごく甘くてフルーティーな香り。

 すずらんよりずっと甘い。濃厚な印象。だけど純朴でかわいらしいニュアンスがある。

 ヒースや桜のような爽やかな甘さの印象は薄い。ジャスミンとも違う。


「これ、多分だけど樹木に成る花、かな。果物系の。でもわからない。体験したことがないかも。グレンツェンには咲いてない?」

「おぉ~っ! そこまでわかるなんてすごいです! 正解はりんごの花です。うっとりするような甘い香りが特徴で、その季節に果樹園の近くを通ると癒されるんです~♪」


 りんごの花。それは分からないや。

 でもとっても甘くて素敵な香り。それにしてもりんごの花のアロマオイルだなんて珍しい。珍しいっていうか、花を摘んでオイルを抽出してしまったら、実が生らないのでは。もしかしてアロマオイルを採取する専用の品種?


「ふっふっふっ。それは特別な生成方法にあるの。ね、アルマちゃん」

「ですです。アルマ的にはそれが一般的な常識だったので、そういうもんだとばっかり思ってましたが」

「果実が収穫できて、果物のお花からオイルを抽出できる方法があるんですか。それはとても素晴らしい技術ですね」

「技術というか、存在? といったほうが正しいかな」

「存在?」

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