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ベレッタ奮闘記 8

 メインはパトゥルジャン・イマム・バユルドゥをアレンジしたパスタ料理。

 これは元々、宗教上の理由で肉食が禁じられてる人がヘイターハーゼに訪れた際、彼らの国の料理をリスペクトして作られたパスタ料理。

 ニンニクとオリーブオイルで炒めたみじん切りのたまねぎを炒め、潰したトマトを煮詰め、それらをナスに詰めた料理が原型。そこからさらに発展させ、焦がしたパスタと具材を煮込み、パスタに落とし込んだもの。


「んん~~♪ これ本当においしい! でもこれってお肉使ってないのよね。全然そんな感じしないわ。とても野菜だけだなんて思えない。ローザにレシピを送っておいてもらっていいかしら?」


 感動のヘラさん。娘に作らせる気だ。あとで自分で作れってプチ喧嘩しなければいいけど。


「味濃いめでアルマ好みです。焦がしたパスタが香ばしくてうまうまですね」

「パスタを焦がすのはすみれから教えてもらったの。友人のグリムさんがはまってるらしくて、とってもおすすめだからやってみてって」

「うまいっ! 美しいコナックの家屋群を思い出すようだ。それにしても、料理上手なベレッタを助手に持ったユノは果報者よな」

「え、そ、そうですかね?」


 そうです、そのひと言が欲しかったんです!

 まさかバストさんからナチュラルに出てくるとは思わなかった。だが僥倖。このまま一気に畳みかけてくださいっ!


「ほんとですよっ! ベレッタさんがグレンツェンを離れて寂しいです。でもでも、夢に向かって邁進するベレッタさんは輝いてます。がんばってくださいっ!」

「アルマちゃん、応援してくれてありがとう。これからも頑張るっ!」


 アルマちゃんから激励されると元気と勇気が湧いてくる。

 彼女の笑顔に何度助けられたことか。アルマちゃんに憧れてもらえるなら、これからもずっと頑張れる!


「とってもとってもワンダフルです。こんなにおいしくて温かい料理を毎日食べられるなんて、ユノ先輩は本当によい助手を得ましたね」

「まったくだ。今時、住み込みで働いてくれる助手なんていないからな。ギブアンドテイクとはいえ、魔法の素質も十分、家事も十全なんて逸材はそうはいない」


 そこまで手放しで褒められると照れてしまう。それにわたしなんてまだまだです。

 赤面した顔の前で両手をぱたぱた振り回す。へたくそに否定して、だけど内心はすごく嬉しかった。

 謀略の概要は全員に伝えてる。だけど、嘘は言わないようにお願いした。

 わたしに落ち度があるなら、真正面から伝えて欲しい。前へ進むため、弱さを乗り越えていくため、ユノさんの助手として、彼女の夢を、願いを、行動を、少しでもお手伝いしたいから。


 食べ終わった食器を片付け、ティーブレイクののちに最後のデザートとあいなります。

 本当に、楽しい時間ってなんでこんなに早く過ぎ去ってしまうのでしょう。


 メルヴェイユ。シルヴァから教えてもらった簡単おいしいおしゃれデザート。

 ユノさんに食べさせてもらった思い出のスイーツ。

 今回は削った板チョコをまぶしたチョコ・メルヴェイユ。きな粉をまぶした倭メルヴェイユ。ローザから貰った自家製ローズシロップをクリームに混ぜたロゼ・メルヴェイユの3品です。

 ふわっととろける食感がたまらない、シルヴァおすすめのデザートなのです!


「んむぅっ! 口の中でふわりととろけるホイップが快感だな。いつまでも口の中にいて欲しいのに、儚くも消えてしまう。見た目も味も最高だ」


 シェリーさんもバストさんも気に入ってくれたみたい。さすがスイーツクイーンのシルヴァおすすめスイーツ。彼女の言葉に間違いはない。


「これもしかして、アルマのためにきな粉をまぶしてくれたんですか?」

「うん、アルマちゃんが来てくれるってわかって決めたんだ。ベルンで倭菓子を作ってるお菓子屋さんがあって、無理を言って少し分けてもらったの」

「アルマのために? ベレッタさん、ありがとうございますっ!」


 貴女に喜んでもらえるなら、わたしはなんだってするわ。だってわたしの心に火をくべてくれたのは、他でもないアルマちゃんなのだから。


「珍しくローザが自前のローズシロップを手放したって聞いたけど、このためだったのね。あの子、気に入った人にしか配らないのよ。写メしてローザに自慢してあげよう。きっとすっごく羨ましがるわ」

「ローザだったらきっと自分で作れますよ。わたしよりお菓子も料理も上手でしょうから。でもローザに気に入ってもらえてるのは、とっても嬉しいです」


 彼女の場合、わたしがアダムの義姉にあたるから、よいしょしたいという意味も込めてのことでしょう。だとしても、よいしょされるだけの価値があると思ってもらえただけ、わたしに対するローザの評価は高いということ。

 できることなら、今日のホムパにローザも呼びたかった。けれど彼女はアダムと一緒に野外演習に出かけてるということで惜しむらくも欠席。

 必ずどこかで恩返しがしたいです。


「恩返しってことなら、これと同じものを娘にふるまってもらおうかしら。きっととっても喜ぶわ。できれば作り方も教えてあげてっ!」


 また娘に作らせる気だ。レシピを押し付けられて、やれやれと肩を落としても喜んで腕を振るうローザの姿が目に浮かぶよう。

 わたしにも、血のつながった母がいたなら。

 思うも、考えても仕方ないことだと目を伏せる。

 わたしには修道院の子供たちが、シスターたちがいる。かけがえのない友を得た。尊敬する師の元で学び、尽くすことができている。

 これ以上、なにを望むというのか。


 ヘラさんから貰ったはちみつレモンティーを口に含むと、グレンツェンの景色が瞼に映る。

 そろそろ夏のバラがぽつぽつと蕾を開く時期。

 懐かしのぐれん…………ダメだ!

 思い出しただけで帰りたくなってしまう!


「いつでも帰ってきていいんだからね。というか、せめて月一くらいで修道院に顔を出してあげてほしいわ。シェリーちゃんがお食事会するんだったら、その時にでも。ね?」

「いいですね。予定を合わせて一緒に帰ろう。きっとみんなも喜ぶよ」

「はい、その時はぜひともお願いします。帰りもわたしの腕をひっぱってください」

「ん、どういうことだ?」

「ホームシックにかられて動けなくなるかもしれないからですっ!」


 そんなかわいそうな子を見る目で見ないでくださいっ!

 それはそうと、と切り出して、話題をぶった切って本日の総括と参りましょう。

 今日の目的は外堀を埋め、ユノさんにわたしを助手と認めさせること。彼女にわたしの存在を認識させること。

 ことあるごとに仕事を奪い続けてきたユノさんに、わたしという存在が有用であることを知らしめるためのホムパなのですから。


「お仕事のことはわかりませんが、お料理は最高においしいです。慣れない環境で大丈夫かと心配してましたが、さすがベレッタさん。なにも問題なくてよかったです」


 問題がないことはない。でもそれを伝えるとアルマちゃんを心配させてしまうので虚勢を張る。


「心配してくれてありがとう。マルタさんやユノさんのおかげで、仕事は少しずつ慣れてきたよ。私生活には慣れてきたけど、ベルンの暮らしはまだまだかな。でもね、素敵なお店とか場所とかいっぱいあって、毎日新しい発見があって楽しいよ」

「楽しくしてるみたいでよかったです。今度、アルマにもおすすめのお店を紹介してもらっていいですか?」

「もちろんっ!」


 今度といわず、明日にでも!

 明日は昼までベルンにいる予定らしいから、昼食をしてベルガモットフレイでお茶をしましょう。お世話になったすみれやシルヴァたちへのお礼の品も渡さなきゃ。

 明日もわくわくが盛りだくさんです。


「方々からベレッタの噂は聞いてるぞ。ユノによく尽くして優秀な助手だと。ユノの雑務が減って、龍脈を研究する時間が増えたから、魔獣減少の原因究明も早まるだろうな」

「ですね~♪ 実際、ユノ先輩が仕事中に気絶することがなくなったので、こちらとしても安心して仕事ができます。栄養管理と休息の確保をしてくれてるベレッタには感謝です」


 シェリーさんの話しに乗っかったマルタさん。うっかり口を滑らせて、ヘラさんの怒りの導線に火を点けた。眼輪筋をぴくぴくさせ、怒鳴りたい気持ちを必至に抑えてる。

 目をそらすユノさん。直視したら失神してしまうことを知っているのだ。罪悪感が備わってるなら、最初からやらなきゃいいのに。

 勉強はできても私生活が近視眼的。これでは身がもちません。だからこそ、わたしという助手が必要でしょう?

 わたしがいれば貴女の負担を減らせます。

 おいしい料理だって作ります。

 栄養管理もスケジュール管理も完璧だったでしょ?


 それでは、最後の幕引きをいたしましょう。わたしの素直な気持ちをぶつけます。

 ストレートに。混じりっけなしの純粋な気持ち。


 と、決意して向き直るなり、先手をとったのはユノさんだった。

 ここまでお膳立てをしたのだ。色よい返事が返ってくるはず。むしろこれだけの圧をかけ続けられて、わたしの存在を否定することなどできようはずもない。

 普通の人間の感性ならば。


「料理も仕事の補助もしてくれるのも嬉しいけど、自分の研究のことも考えたらそんなことをしてる場合じゃないかな、って思うんだけど。ベレッタはきらきら魔法を研究するんでしょ?」


 ――――――――あれ?

 助手にしてくれるって、ユノさんが言ってくれましたよね。

 それなのに、助手の仕事をしてる場合じゃないって。どういうことなんですか?

 乱雑する思考に囚われて硬直していると、非常識の権化から非常識な言葉がまき散らされる。


「やっぱり時間を大切に使おうと思ったら、冷食とかでいいんじゃない?」


 毛が逆立ち、憤怒の魔力が噴出するのを感じる。

 ぶん殴りたいッ!

 覇気を感じ取ったシェリーさんは防護の結界を張る準備を整え、バストさんはプリマを回収。

 アルマちゃんは呆れてものが言えないと、口をあんぐりと開けて距離をとった。

 マルタさんは『殴ってしまえ』と言わんばかりの笑顔をしてる。

 でも大丈夫。怒りはすぐに収まって、冷静さを取り戻すことができた。

 なぜか。

 わたしより怒ってる人がいるからだ。ユノさんの背後で。

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