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ベレッタ奮闘記 5

 肩の力を抜くために深呼吸。すると、思いのほか肩に力が入ってた。息を止めて体を縮こませてる。ストレスから解放されたようにため息をつき、リラックスして想像力を巡らせよう。


「そうですね。やっぱり陰謀とか征服論とかって怖いので、もっとポジティブなイメージをしたいです。単純に世界平和のため、とか」

「いいね。でもだとしても、龍脈の魔力を変質するほどの魔法、あるいはそれに準じた技術を行使するには、とてつもない魔力量と魔法の力量か、技術力か、資金力、あるいはそれら全てが必要だよね。でも誰も名乗り出ない。誰にも目星がつけられない。誰にも分からない。過去の観測データを遡ってみても、世界中に影響を与えるほどの超極大魔法の痕跡は見当たらない。この事実を踏まえて、次はどう仮説を立てようか?」

「えっと、力はあるけど権威を誇示したくない。あるいはその必要が無い。でも普通に考えたら、世界を変えてしまうような魔法を智者が世界に無断で行うとは思えない。いくら魔獣が減って世界が平和になるとしても。実証実験もせずにいきなり本番なんてありえない」

「だよね。普通に考えたら、大勢の人を巻き込んで、幾億の実験を繰り返して、部分的に実地試験を何年もかけて行う代物。そんな理論を完成させてるなら、世界中の研究機関が全てを惜しまず協力する。私たちだって粉骨砕身しちゃう。でもそうじゃない。あるいは、実は世界中が協力してたけど、龍脈の清常化の副作用で、記憶も実験記録も消滅してる可能性。これについては考えてもどうしようもないから、ひとまず隅においておこう。だとすると」


 問答を交わしていたユノさんの額にひと雫の汗が流れた。

 次に見せる表情は苦笑い。肩をすくめ、ため息とともに恐ろしい言葉が飛び出す。


「術者がいたとして、彼、あるいは彼らは、世界に無断で龍脈を操作したということになる。よくも悪くも。とりあえず今はいい方向に推移してるけどね」

「あ、はい…………」


 誰しも己の見知らぬところで大事が行われると不安でいっぱいいっぱいになるもの。

 それを世界規模でやられてた。顔面蒼白になるのも仕方ない。

 ユノさんの苦笑いはしばらく続く。


「だからまぁ、理論的に考えてそういう結論に至ってるから、陰謀説や世界支配説が有力視されてるの。だってそうでしょ。誰にも気づかれずに龍脈を、世界の流れを変えてしまうなんて、悪意があるとしか思えないもん」

「で、ですよね…………。そう考えると、現状ってすごくマズいのでは?」

「不安視する人は世界中にいっぱいいる。だから私たちの仕事は、世界の人々の幸福に重要な意味を持つ研究なんだ。本当はみんな、術者が現れてくれれば手っ取り早いなーって思ってる。まぁこんな状況になったら、名乗ろうにも名乗れないけどね。賛美と誹謗中傷が絶えないだろうから」

「う、はい…………」


 息が詰まる事実に行きあたってしまった。マルタさんに淹れてもらった紅茶を飲む気力さえない。冷える前に飲まないと味が落ちてしまうのに。

 なんでこんな大事なこと、今まで気にもとめてこなかったのだろう。


 意気消沈したわたしを気遣って、マルタさんが笑顔を向けてくれた。


「少し話しがそれてしまいましたね。それでは、彼、あるいは彼らが龍脈を操作したとして、その目的をポジティブに考えてみましょう」

「それはやっぱり、世界の幸福のため? ですよね」

「そうです。本当にそうならいいんですけどね。それが目的なら、ユノさんのおっしゃったように世界中を巻き込んでの研究になるでしょう。なので、方向性を少しずらして、龍脈の清常化が副産物だと考えてみましょう」

「マルタ、なんて恐ろしい仮説を…………」

「恐ろしい仮説?」


 ユノさんの表情がさらに曇った。

 疑問符を頭の上にぴょんこぴょんこ生やすわたしに、マルタさんは芝刈り機をかけ始める。


「はい。目的Xを達成するために、龍脈の静常化が起こっちゃった流れです。この場合、まずは本人が龍脈の静常化が起こると知ってか知らずかを検証してみましょう」

「知ってか知らずか。知ってるなら、やっぱり世界を巻き込んでの大仕事ですよね。魔獣が減って、世界中の人々の生活が向上するんですから。じゃあ知らないでやった場合…………知らないで、やった……………………?」


 知らないでこんなことされたら、それこそたまったものじゃない。

 つまりそれって、目的を達成するために龍脈を、世界を犠牲にしても構わないって考え方になるじゃん。考え無しにもほどがある!

 なんだろう。血の気が引いて手が震える。いっそ紅茶をアイスティーにしてもらえばよかった。


 さざ波の立つアイスティーの水面の奥、懐かしさを感じる人の笑顔が見える。

 天啓か。はたまた直感か。そうでないなら、たちの悪い幻覚か。


 ハティ・ダイヤモンドムーン。

 満面の笑みを浮かべてどや顔をしてる。


 一瞬考えてしまった。

 ハティさんが諸悪――――諸善の根源ではないのか。

 一瞬にして複数人を転移させられる魔術師としてのレベルの高さと魔力量。

 暁さんをして、魔法に関して右に出る者無しと評価される天衣無縫の権化。

 思い立ったら即行動。考え無しに超驀進。ハンドルとブレーキはなく、エンジン出力とアクセルの踏み込みだけは無限大。


 ありうる。

 考えれば考えるほど。

 彼女の行動を思い出せば出すほど。

 めちゃくちゃありうる!

 仮に龍脈に干渉できるとして、自分のため、友のため、家族のためならば、きっとなんだってやるだろう。彼女はそういう人。

 いい意味で、ですよ。ほんと。悪く言ってるわけじゃないんですよ?

 ただ、無邪気というか、うっかりが多いというか、気持ちがはやりすぎると言いますか、考えが浅いのに行動力だけはすごいのは最も困るというか。彼女にはグレンツェンでハンドルとブレーキの装着か、あるなら整備をしていただきたい。


「それじゃあピンポイントで、ハティさんが龍脈に干渉したとして、その目的はなんでしょう」

「ハティさんの目的!? グレンツェンには文字が読めるようになるために留学してきたと言ってました。それについてはルーィヒたちが面倒を見てるので、それは目的ではないですね。あ、たしか暁さんが、ハティさんの最も大事なことは、『大好きな家族みんなで楽しく食事をすること』って言ってました」

「あぁ~、もういっそハティさんが術者であってほしいです~。だったら、きっと世界中ハッピーなままでいられそ~」


 マルタさんのおっしゃる通り、わたしも彼女が術者だったらいいと思います。魔力はその人の魂そのもの。誰かの幸福を心から願える人の魔力が世界中に循環しているというのなら、世界はきっとずっと幸福でいられるでしょう。

 でもまぁ、突拍子なさすぎて、周囲の人を困らせたり驚かせたりはするけれど…………。

 それも、まぁでも、悪い人じゃないんですよ。いい人なんですよ。


 最後は優しい笑いで締めくくられ、研究室に鍵がかけられる。

 がちゃり。小さく音が鳴ると、どこからともなくすみれの香りが鼻をくすぐった。

 懐かしいグレンツェンの香り。大好きな友人と同じ名前の花。彼女たちは今どうしてるだろう。

 優しい気持ちになると同時に、フラッシュバックした記憶の中から疑問があぶり出された。

 自宅の鍵をかけたか忘れたか、そんな曖昧な記憶のようなもの。


 アルマちゃんたちって、どこから来たんだっけ?


 勝手に倭国出身だと思ってた。だけど、自分から倭国人って名乗ってなかった気がする。アルマちゃんも、キキちゃんたちも、ハティさんも、暁さんたちも。

 暁さんは倭国名だからいいとして、あとの人って倭国名じゃないじゃん。育ちが倭国ってだけで、出身が違うから英名という可能性もなくにはない。

 だけど、あれだけの友人のほとんどが英名っていうのはおかしくないだろうか。


 出身が倭国ってだけで、ギルドは国外。そこから留学してきてる、とか。でもそんな話しもしてないはず。

 そういえば、彼女たちがグレンツェンに来たのは4月頃。ちょうど龍脈の静常化現象が起こった時期と重なる。

 よく考えてみれな、巨大な鯨だって、恐竜だって、それまで一度も見たことも聞いたこともない。秘境ってことで片付けてたけど、人工衛星で世界中を俯瞰して見られる時代、そんな場所が残ってるのだろうか。


 思い返すと、頭が痛くなるほどおかしな点が浮かび上がってきた。

 南国の恐竜王国。

 閉ざされた地、アイザンロック。

 他称倭国出身の暁さんと、門外不出のはずの倭国刀。

 世界中の研究機関が完成に至っていない、マギ・ストッカーの存在。


 ダメだ。頭も胃も痛くなってきた。

 考えても答えが出ない考えは今はやめておこう。

 いつか、どこかタイミングのいい時分にアルマちゃんに聞いてみよう。

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