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ベレッタ奮闘記 4

 ユノさんは本当にシェアしなかった。そこは空気を読むところではないでしょうか。

 ともかく、午後はユノさんの後ろについて講義の見学。助手としての仕事というよりは、環境に慣れるという意味あいのほうが強いです。

 ユノさんの後ろに張り付いて廊下を歩く。人気者のユノ女史は歩くだけで挨拶を交わし、手を振ってくれる学生があとを絶たない。

 やっぱり人気者なんだ。能力も高く、社交的で思慮深い。噂では完璧超人の名で通ってる。

 すごい。すごいとしか言葉が出てこない。こんなすごい人の助手になってしまった。大丈夫だろうか。わたしは彼女にとって恥になってないだろうか。心配ばかりが先走る。


 服にシワはない?

 靴は汚れてない?

 化粧は崩れてない?

 端々が気になって仕方ない。

 どんだけ自分に自信がないんだ、わたし。

 シスターにだって、どこに出しても恥ずかしくないと評価してもらったじゃないか。

 シスターの言葉を信じるんだ。自分を信じられなくとも、彼女たちに激励してもらったわたしを信じるんだっ!


 ユノさんが講開しているタイトルは【龍脈史】。

 その歴史は意外にも浅く、ベルン第四騎士団団長のエイリオス氏が初めて、龍脈とは何かを確固たる根拠を用いて証明した最初の人だから。

 地球が生まれてより約46億年。常にそこにあったにも関わらず、誰一人として説明できなかったブラックボックスを開いた偉人である。

 そこからさらに、龍脈と魔獣の関係を突き止めたユノ女史は、龍脈研究のナンバー2として世界中に名を轟かせた。

 さらにさらに、悪い魔力を正常に戻す理論を提唱し、実証し、成功させたのがエイリオス氏。子弟揃って大活躍である。


 講義も後半に差し掛かり、100人あまりの学生を巻き込んでのディスカッションが始まった。

 お題は昨今の龍脈史における転換点についての考察。

 つまり、魔獣の発生率が激減したと同時に訪れた世界規模での龍脈の安定化。あるいは静常化とも呼べる現象の原因について。


「ここからは自由なディスカッションタイムです。おのおの、これだと思う仮説を披露してください。なんでも構いません。なにせ教授クラスの人間が、陰謀論や終末論を真剣に、世界規模で論争してるくらいなのですから」


 乾いた笑いが講堂に響いた。

 ユノさんとしては、世界に名だたる智者が突拍子もないことを言い合ってると示し、自由な発言のハードルを下げようと思ってる。でもそれを額面通りに受け取るとなると、心の底から笑えない事実だった。

 だって龍脈は世界に流れる魔力の流れ。

 それを人為的にどうのこうのできたり、自然のきまぐれで世界が滅んだりなんて、話しの規模が大きすぎて冗談では済まされないのだから。


 乾いた笑いが静まったのち、学生の1人が手を挙げる。


「私は宇宙人侵略説を提唱します。龍脈を操作して、世界の構造を自分たちの住みやすい土地に変換しようとしてるのではないでしょうか」


 いきなりとんでもない仮説が出てきた。


「いいですね。それでは宇宙人が地球を侵略しようとしてると仮説しましょう」


 しちゃうんだ!


「となると、宇宙人は龍脈になんらかの影響を与えてることになりますね。どういった力かは具体的には不明なので、ここではXパワーと呼称します。このXパワーはどこから発し、龍脈に影響していると考えられますか?」

「やはり世界最大の龍穴があり、龍脈の噴出口である北極ではないでしょうか。北極から噴き出したマナは地表へ流れ出し、地表環境にもよりますが、結果的に南極へと終着し、地球の核を経由してマナは浄化され、北極から営々と吹き出すからです」


 なるほど。循環する星のマナの出発点から干渉すれば、南極龍穴までの全ての環境に影響を与えることができる。理論としてはわかりやすい。

 このまま納得してもよさそうな話し。が、この場はディスカッション。肯定と同じくらい、否定も重要視される場所。


「ちょっと待って。もしかすると極点である北極とは限らないんじゃない? それに地表と大地のマナに干渉するなら、高密度のマナが吹き出す北極から少しでも離れた場所のほうがマナの濃度が低くなってて干渉しやすいはず。人類の持つ観測機だって、北極から噴き出すマナは濃度が高すぎて計測できない。計測されてる地点より北側、かつ北極点より南側の全域と仮説するほうが現実的だわ」

「とてもよい視点ですね。仮に人類より高水準の技術があったとしても、高密度のマナが吹き出す北極点と、マナを浄化する地球の核に侵入したり干渉することは困難でしょう。仮にそんなことができれば、龍脈を操作するなんてまどろっこしいことはしないでしょうから。では北極点より南側、かつ最北地点の観測施設より北側にXパワーの発生源があると仮定しましょう。彼らはどのような方法で龍脈のマナに干渉してると考えられますか?」


 以下、とても一般人では理解できないような素っ頓狂な仮説が飛び交う。

 大規模で高度な結界がフィルターのような役割を果たし、龍脈の波長を一定に保つように機能させている説。

 人類に見つからない方法で、宇宙に停泊している宇宙船から強力なマナをぶつけてマナの波長の調和実験をしている説。

 見えない怪物が龍脈のマナを食べたのち、排泄物として安定したマナがもたらされている説。

 エトセトラエトセトラ。


 本気でそんなこと考えてるのか、と心の中で叫び、彼らの表情をつぶさに観察してみると、驚くべきことに全員本気。真剣そのもの。

 これがベルン寄宿生。

 これが世の中の学生。

 わたしは常識から逸脱しすぎた世界に思考停止する。


 いつの間にか閉幕の鐘が鳴り、熱い議論に終わりが訪れた。


「今日も面白い意見が飛び交ってたね。ベレッタはどんな仮説が面白いと思った?」

「え、いや、えっと、すみません。突拍子もない言葉に翻弄されて、ほとんど覚えてないです」

「そっかそっか。仕方ないよね。初日だし。まだ慣れないもんね。とりあえず今日の議論を纏める作業を手伝ってもらおうかな」

「まとめる? さっきの仮説をですか?」


 満面の笑みで肯定。

 宇宙人侵略説。あんな突拍子もない話しをまとめてどうするのか。次の講義に持ち越すのだろうか。それともどこかに話しをするため?


「もちろん、世界中の教授や学者、各国に所属する参謀級の人たちへ情報共有するため」


 本気で言ってるんですか?


 ♪ ♪ ♪


 本気で言ってた!

 本当に今日の講義の内容を整理させられた挙句、共有フォルダにぶん投げて世界中に曝しちゃった!

 いいのこれ?

 ほんとに大丈夫なの?

 バカだと思われませんか?


「そんなことないよ。あらゆる可能性を想像するのはとても大切なことなんだから。それこそ龍脈はマナの源泉。世界規模の事案。なにが起こってもおかしくない。絶滅したはずのドードーだって見つかったんだから。誰も想像だにしなかったことだよ? それが現実に起こった。どこでどんなことが起きても不思議じゃない」

「それは、そうですけど」


 ヴィルヘルミナが、『夢を渡ってワンダーランドから連れてきた』なんてわけのわからないことを言ったんだっけ。彼女がほらを吹く子じゃないのは知ってる。

 しかし、夢を渡ってワンダーランドに行ってきたなんてとても信じられない。

 しかし、現実にドードーは帰ってきた。

 しかし、誰も彼女の言葉を証明できない。

 つまり、手詰まりである。現実を直視する以外の選択肢はないのだ。


「ドードーの件は本当に驚きました。まさか現存しただなんて」

「現存してたのか、本当にワンダーランドに赴いたのか、それらは証明できません。でももしも後者なのだとしたら、とってもワンダフルではありませんか!」


 マルタさん、意外にも乙女なところがある。

 ユノさんと比べるのが悪いのかもしれないけど。

 当然、現実主義的なユノさんの意見は、


「理論上では前者だけど、だったら誰かが既に見つけてるだろうし。ハイゼンディ農場が地下に隠ぺいしてたとか、DNAからクローンを使って培養したとか、いろんな考察が出てるよね。でもどれも実証できない。だけど想像するだけの価値はある。結果の原点は得てしてあやふやなものが多いんだから」


 最後に、『ワンダーランドはさすがにうさんくさい』とメルヘンをぶち壊した。


「メルヘンの話しはともかく」


 と切り出して、ディスカッション用の席へ促された。


「せっかくだし、ベレッタにも聞いてみようか」

「え、なにをですか?」


 主語がない。たいていこのあとは驚かされる展開でしょう。


「龍脈静常化現象の仮説について」


 ほらきましたやっぱりね。


「宇宙人仮説なんて突拍子もない代物がでたんだから。どんな素っ頓狂な仮説を言っても問題ないない。自由に発想して、自由に想像していいんだよ。なにも恥ずかしくないから」


 そんなことを言われても。他人の意見が気になる年頃なんです。宇宙人仮説はともかく、わたしだって頭悪いと思われたくないわけで。

 というか、そんなの急に振られても思いつきません。困った表情を見せるとマルタさんから助け舟。泥か木造かは当人の考え方次第。


「願望盛り盛りでいいんですよ。私なんて動物が大好きなので、世界中の動物たちが人間を支配するために画策してる説を唱えてます。人間の悪感情が龍脈に流れ込むせいで動物たちが魔獣化するわけですからね。逆にやってやろうというやつです」


 それ、『動物が好きだから』って理由で思いつく発想だとしたらおかしくないですか?

 そもそもその理屈だと、マルタさんまで魔獣化しちゃうじゃないですか。怖いんですけど!


 思いのたけをそのまま吐き出すと、今後の関係にヒビが入りそうなので呑み込みます。

 でもきっと顔に出てるでしょうね。マルタさんはあははー、と笑いながら話題を元に戻しはじめた。


「希望的観測でいいんです。自分の身近な変化から発展させてもいいんですよ。冬に咲くはずの花が春に咲いたから、魔獣が減ったとか」

「そ、それはさすがに極論すぎるのでは」

「たしかにです。でも、そのくらい簡単なものでいいんですよ」

「は、はぁ…………」


 あ、これ、真面目に仮説を想像するってやつじゃないですね。

 わたしがどういう人間なのかを見るための質問ですね。そう思うと、なんだか気が楽になってきた。

 そのままのわたしを出せばいいんだもん。着飾らなくていいのなら、思ったことをそのまま言おう。

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