ベレッタ奮闘記 1
今回はベレッタ主観の物語です。
宮廷魔導士ユノ・ガレオロストの助手になるべく、ベルンへ赴いたベレッタは降り立つなりホームシック。あまりにも違いすぎる環境に右往左往。
マルタにほだされながら、情熱の火を思い出し、なんとか日々を全うしようとするベレッタ。そんな彼女の前に立ちはだかるユノ・ガレオロストという名の変人。彼女のやりがい搾取を打ち砕き、見事に仕事を勝ち取ることができるのか。
以下、主観【ベレッタ・シルヴィア】
忙しく早歩きの社会人。
お揃いの制服を着て青春を謳歌する学生。
騒々しくも楽し気な音楽を奏でる飲食店。
そして乗用車の行きかう街並み。
なにもかもがグレンツェンと違う。
見渡す限りの新世界。
ここが首都ベルン。ベルン王国の中心地。
見上げた先にはティラミスのようにおいしそうな色合いをしたベルン騎士団の本拠地【レナトゥス】がある。これからわたしが働く場所。宮廷魔導士の職場。奥には王様の住む王城がそびえ立つ。
歴史を感じさせる荘厳な造り。きっと何世代にもわたって国を、民を、守護してきたのだろう。
多くの人々が国を愛し、尽くしてきたと同じように、わたしも国のため、愛する家族のため、自分のために精進するのだろう。
嗚呼、シスター…………わたしは――――――――帰りたいッ!
到着して、数分で猛烈に帰りたい気持ちになってる!
ホームシックがGo Home!
グレンツェンの温かなレンガ造りの家屋に抱かれていたい。
アスファルトに舗装された道路じゃなくて、石畳のぎこちなくもぬくもりのある地を踏んでいたい。
なにより色合いが少ない。グレンツェンに比べると街路樹は殺風景。緑一色。いつか聞いたりゅーいーそーです。カラフルな色合いがまるで感じられない。
うぅ~~~~~~~~帰りたいよぉ~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!
「既に帰りたいという顔をしてますが、大丈夫ですか?」
背後から聞こえた声はマルタ・ガレインさん。
現在、ユノさんの助手をしする見習い宮廷魔導士の1人。見習いと侮るなかれ。ベルンの宮廷魔導士レベルは世界基準と比べても最高峰。見習いの段階で世界屈指の実力者なのです。
多忙なユノさんに代わり、本日はマルタさんにベルンの案内をしていただくこととなってます。
「緊張もあるでしょうから、まずは一服いたしましょう。ついてきてください」
促され、案内されるがままにたどり着いたのは街角に佇む一軒の家屋。
柵でできた簡易な扉を開けると懐かしの銀世界。店主の趣味で育てているカラフルでかわいらしい花々がお出迎え。
石畳の周囲には苔を植えていて柔らかな印象を与えてくれる。
緑と土の香りに包まれて、くるりくるりと踊り出したくなる心地です。
「なんだかとっても安心します。花々に囲まれると安心しますね」
「やっぱりベレッタはこういうところが好きですよね。この店はトゥルシーと言います。路地裏に静かにたたずんでいますが、結構な人気店なんです」
いらっしゃいと囁くように、路地裏で冷やされた静かな空気が夏風に乗って頬を撫でる。
ああ、なんて素敵な場所なのでしょう。カフェ・アラヴァミンマイに似てるかも。
「とっても雰囲気のいいお店ですね。マルタさんはよく通われてらっしゃるのですか?」
「たまに友達と。スパイスの効いたお茶もおいしいんだけど、お菓子もとってもおいしいんです。今日は私が持ちますので、好きなものを好きなだけ選んでください」
他人のおごり!?
でも、と言い返そうとするも、口元を制されて、『お姉さんからのせめてもの心づけだから、ね?』と笑顔で返された。それ以上は何も言えず、満面の笑みで感謝の言葉を贈る。
最もポピュラーなトゥルシーを入れたマサーラーチャイ。お菓子はナッツがたっぷりと使われたラドゥ。ナッツの風味と焼き菓子としての甘さ、なによりカルダモンの刺激的な香りが独特の風合いを演出してる。
これは癖になる味わいです。
「気に入ってくださったみたいでなによりです」
「とってもおいしいです。トゥルシーチャイとラドゥ、本当によく合いますね」
「でしょう。ここにはいろんなチャイとお菓子がありますから、今度ぜひ、たくさん経験しましょう」
ひとつ微笑み、そして本題へ移る。
「さて、今日のところはレナトゥスの中身をざっくりと説明します。それから宮廷魔導士の独身寮。つまりユノさんと同棲するにあたって、注意事項ではありませんが、スーパーの場所や公共交通機関の使い方など、生活することに支障が無いよう、サポートするつもりです。わからないことがあったら、遠慮なくおっしゃってくださいね」
「ありがとうございます。本当になにからなにまで。こんなにおいしいお茶とお菓子までいただいてしまって」
「いいんですよ。かわいい後輩のためなんですから。それに――――おっと、もうこんな時間ですね。足早ですが、食べきって出かけるといたしましょう」
それに、のあとに、『ユノ先輩の介護を任せることになるんだから』とは言葉に出せなかったマルタさん。
そんなことを考えてるなんてまるで思っていない新米助手。わたしの中では、ほんとうに思いやりができて素敵な女性だなって思いました。
最初に向かった場所はバス乗り場。グレンツェンのフラワーフェスティバル並みの混雑をするこの場所。なんと毎日、こんなに人だらけだそうです。
人が多すぎて目が回りそう。家族連れ、学生、会社員から旅行客まで。年中賑わっている喧騒と忙殺の舞台。ベルンでの主な交通手段はバス。これを使いこなせなければ、遠出するなんて不可能。
乗り込んでみるも人、人、人。ぎゅうぎゅう詰めとまではいかなくとも、物を落としてしまうとしゃがんで拾うこともできない。
嗚呼、グレンツェンの静謐な路面電車が懐かしい。各駅を覆う花々のアーチの木漏れ日の優しさが愛おしい。ことんことんと鳴り響く小さなリズムが恋しいです。
バスに乗って向かった先は古くからの商店街。中世から現代にかけて変遷を遂げた大通り。ベルンの歴史の中で最も古く格式高い。
グレンツェンと同時期に発展したため、建築様式が似ている。雰囲気はグレンツェン大図書館の1階に立ち並び連ねる景色に思えて、なんといいますか、見慣れた世界のせいか、とても親近感を覚えました。
1階部分が日用雑貨や飲食店。2階以上からはオフィスや賃貸を扱う不動産屋などが入っている。
オーロラストリートにしかないカラオケ屋を発見。
古美術を扱う骨董屋さんもある。
個人的には本屋さんが気になります。
魔道具店まであるじゃないですか。
「グレンツェンと違って人が多くて目が回ってしまいますよね。少し休憩にしますか?」
わたしの様子を慮ってくれるマルタさん。とっても優しくて頼りになります。
「いえ、ええと、はい。目が回ってはいるのですが、疲れたとかそういうことではないので大丈夫です」
「そうですか。ユノさんとの合流にはまだ時間がありますので、気になるお店があったら入ってみますか? 宮廷魔導士の助手になると、なにかとお使いを頼まれたりします。きっとこの大通りにお世話になると思いますから。スーパーなどの日用品店は場所さえ覚えればなにも問題ないはずなので、あと回しでも大丈夫です」
「宮廷魔導士のお使い、となると、やっぱり魔道具店に出入りすることが増えたりするのでしょうか?」
「ん~、それもありますが、どちらかというと雑貨やこまごましたものが多いですね。ユノ先輩の場合は、ほらあちらの」
マルタさんが示した看板の文字を見て時間が凍り付いた。
プロテインとサプリの専門店。
ユノさん…………まだそんな生活を続けてたんですか。
「なので頑張ってお料理を振舞ってあげてくださいね♪」
「――――――――はい」
絶句。
ただただ絶句。
なんてことだ。助手っていうかハウスキーパーのほうが正しいのでは?
いやいや、ユノさんの助手になると決めた時から散々忠告されたじゃないか。ユノさんが問題児であるということを。
負けるな、ベレッタ・シルヴィア。
このくらいのことでたじろいでどうする。アルマちゃんみたいな立派な魔術師になるのだ。
シスターにも、すみれにもたくさんお料理を教えてもらった。ロスミールプロジェクトを通じてヘイターハーゼの料理人の手伝いもしたことがある。それなりに料理の腕だって上達してる。
自信を持て。わたしは、少なくとも掃除洗濯家事諸々はスムーズにこなせる女。日々の雑事を素早くこなし、ユノさんの隣で魔法を習得するのだ。
最後にユノさんとの待ち合わせ場所。天下に名だたるベルン騎士団の本拠地レナトゥス。その宮廷魔導士の研究室。ユノさんの牙城。わたしがお世話になる、いいえ、わたしも支えることになる魔法の園。
魔法を極める最初の1歩目を、いざっ!




