左腕のプリマ 2
「どうしたんですか、シェリーさん。左腕に神器がくっついてるじゃないですか。新しい防具ですか。かわいいを具現化した生体兵器ですか?」
「なぜそうなる?」
さっそくフィティに見つかった。
彼女が住んでる居住区と同じであるがゆえ、出勤の時によく出会うのだ。なので寄宿生の中では特に仲がいい。
無論、忖度などはしない。私情を挟むようなことはない。左腕にペットのプリマをくっつけて出勤してる私がそんなことを言っても、微塵も説得力がないのは置いといてくれ。
「しばらく出張に行ってただろ。魔剣や魔鉱石の採掘場の視察もあってな、ちょっと危険な場所の立ち入りもあったから、プリマをバストに預けてたんだ。だからプリマも私も寂しくってな。こうして甘えてるわけだ」
「甘え方が全身全霊すぎてかわいい。なでていいですか?」
信号の手前で止まると同時にプリマの背中をもふもふ。
素晴らしい毛並みと褒めてくれた。プリマには元気でいてほしい。だから本当にいいものを食べさせてあるからな。きっと世界一の毛並みだろう。
顎のもふもふ感もたまらないぞ?
耳を巻き込むように頭をなでると、耳がぴょんこぴょんこしてこそばゆいのだ。
至福。
青信号も忘れての至福。
その後も挨拶をされてはプリマをもふもふ。
呼び止められてはプリマをもふもふ。
もふもふがとまらない1日である。
午後、本題の会議には錚々たるメンバーが集まった。
ベルン国王【ラファエル・ベルン】。
ベルン王女【シャルロッテ・ベルン】。
王女侍女【ソフィア・クレール】。
第二騎士団副団長【サンジェルマン・アダン】。
第三騎士団長【メイガス・ダンケッテ】。
同副騎士団長【レオ・ダンケッテ】。
第四騎士団長【エイリオス・フォン・バルクホルン】。
同副騎士団長【メレノア・ノアンス】。
進行役は視察に赴いた私こと、第一騎士団長【シェリー・グランデ・フルール】。
さらに第二騎士団長【ライラ・ペルンノート】。
視察を共にした寄宿生のアナスタシア、エディネイ、フィアナも同席させた。
記憶が正しければ、各騎士団長と国王様が顔を突き合わせるなんて就任式以来かもしれない。
だけど不思議と緊張はない。
なぜなら、
「倭国の魔法ってどんなんだったの? はやくはやく。はやく見せてちょうだいな! 魔鉱石の視察にも行ったんだよね。どんなだった? どんな龍脈してた? (エイリオス)」
「おじいちゃん、ほんとあいかわらずっすね。でも魔道具に使える高品質な魔鉱石については興味が尽きない。現物はあるんすか? (レオ)」
「あるよー。でも価格交渉は先延ばし。冒険者が使用する魔剣やマジックアイテムに使われる魔鉱石は、国庫の宝物扱いなんだって。だから職人に支給される魔鉱石は審査が通れば無償なんだって。そもそも値段をつけてないって言われた。だからまたおいおい、すり合わせをしながら適正価格を考えていく形 (ライラ)」
「となると、まとまった量の魔鉱石を手に入れるのに時間がかかるのですね。すぐにでも研究に入りたかったのですが (メレノア)」
「外国のお話し。それも暁さんの故郷の倭国。お土産話しも聞けるのでしょうか? (シャルロッテ)」
こんな調子だからだ。
超緊張してる寄宿生の3人に申し訳ないほどのフランクさ。
そんなお堅い場じゃないから、と言ってもさすがに無理か。
そろりそろりと手を挙げて、困った表情を浮かべるソフィア・クレール。いくら姫様のお気に入りの侍女とはいえ、騎士団長や国王が集まる会議の場に自分は不釣り合いではないのかと疑問を持っているのだ。
そりゃ普通はそう思うわな。
「あの~、なぜ私がこの場に呼ばれたのでしょうか。あくまで一般人の扱いでは?」
「無論、ソフィアにも聞いておいてほしいからだ。あ、そうそう。ルクスアキナが朝食を作ってくれてな。絶品だったぞ。それにしてもソフィアといい、フィーアといい、君の姉妹は本当に素晴らしいな。あの若さで自分の店を持ってるとは。とても雰囲気のいいお店だったよ」
「――――――――そういうことですか!」
理解が早くて助かるよ。
そう、我々は異世界渡航をしてきたのだ。
そこに君の妹が住んでるってんだから、貴女から話しを聞きたいと思うのは自然の摂理にほかならない。
どうせすぐにバレることだし。
ソフィアの質問が終わると同時に、彼女の啖呵の意味を理解できないお姫様がどういうことかと問い詰める。
優雅に紅茶をすすり、ため息をひとつついて手慣れた様子で『答えはこの先にあります。なので静かに耳を傾けましょう』とだけ呟いた。
理解の早い知りたがりはわくわくが収まらないといった様子。早く話しを始めましょうと催促する。
私は姫様に催促されて、それではと注目を集めた。
「全工程7日の視察を行ってまいりました。目的は2つ。魔剣についての全容。そして魔鉱石の取引について、です。が、その前に、国王様、説明していただいてもよろしいでしょうか?」
ヘラさん曰く、異世界間交流はラファエル王も承知してのこと。
それを知りながら、我々には事情を報せずに見送った。何か深い意図があるならば、まずここで説明しておいていただきたい。
「いやぁ~、実は僕もヘラくんから聞いただけで直接行ったことがあるわけじゃなくてね。半信半疑だったんだ。その可能性だけは知ってたけど、それを言ったら断られてたかもしれないでしょ? そうなると視察には僕が行くことになる。そうすると妻も娘も連れて行くことになる。すると護衛をたくさん連れていくことになる。そうなると先方に迷惑がかかる可能性が高い。しかしだ、重大な危険の可能性があったにも関わらず、2人に黙っていたことは謝る。すまなかった」
「いえ、そういうお考えであればよいのです。まぁヘラさんの友人がいらっしゃる土地ですし、私的な友人のアルマやハティたちの故郷とも聞いていたので、初日に事実を知らされて不安になることはありませんでした」
「それと、行ったら行ったで娘がおおはしゃぎしすぎると思って」
「ああ…………ええと…………」
最後の発言は蛇足ではありませんか?
ほらもう、もう子供じゃないってぷんすこ怒り始めてますよ。
「お父様! わたくしはもう子供ではないのですよ。おおはしゃぎなんてとんでもない。淑女の域を出ない範囲ではしゃぎます」
姫様の“淑女の域”が広すぎるんですよね。一般人とはかけ離れて。
「いや、絶対におおはしゃぎするよ。僕だって自分の立場を忘れてはしゃぎ倒す自信があるね。これから見る動画を見ただけで大声を出してはしゃぎまくると思うよ」
なに張り合ってるんですか?
それと挑発しないでくださいよ。
「かっちーん! ふふん。この会議を優雅に過ごしてみせましてよ」
マジで話し進まないんで、そろそろぶった切っていいですかね。
と思ってる端からライラさんが部屋の明かりを落としてプロジェクターを起動した。容赦なくメスを入れられるライラさん。頼りになります。
「えっと、まずは最初の食事シーンから。こちらはヘラさんがいつの間にか回してた小型カメラの映像を拝借したものです」
あの人、旅行中はずっと仕込んでた小型カメラで撮影してたらしい。
そういうのは先に言ってほしいものです。みんなの素の表情を撮影したいから公言しなかったって、最後に言われた時は肩を落としましたよ。無論、知ってたらカメラを意識しましたが。
「で、動画を回す前にひと言。ここから爆弾発言が絨毯爆撃されるのですが、質問はまとめて受け付けますので、それまで我慢してください」
「珍しくシェリーちゃんから不穏な発言」
すかさずレオさんからつっこみが入った。
不穏にもなりますよ。
だっていきなり、『ここは異世界です』なんて言われるんですから。
ブルーラプトルのすね肉の蒸し焼きが出た時点で怪訝な顔がそろい踏み。
暁から、『グレンツェンとメリアローザは異世界の関係にある』と告げられて疑念と感嘆の感嘆符が感嘆した。
このあとにフェアリーやら浮遊要塞やらが出てきたら、阿鼻叫喚の大騒ぎでしょうね。
ひとまず初日のランチを終えたところで質問タイム。
はい、姫様が早かった。
「異世界ってどういうことですか!?」
「異世界は異世界です。こことは全く別の世界線に存在する場所です。異世界がどうのこうの言ったところで、世界は変わらないのでありのままを受け止めてください」
もはやそうとしか答えようがない。
はい、次はおじいちゃん。誰よりも元気よく手を挙げる。
「龍脈に魔法を流してるって何!? もしかして魔獣の発生件数の減少に関係してるの!? (エイリオス)」
「魔獣の発生件数の減少と龍脈に流している魔法の関係性については未調査です。ただ、ハティの魔力が流れてるとなれば、彼女の心根の優しさが世界に循環してるとも捉えられます。よって、悪い感情が龍脈に吹き出ず、結果的に魔獣が減少していると考えても不思議ではありません (シェリー)」
「ハティというと、オートファジーのオールドマジックを開発した人ですよね。その人に直接話しを聞くことはできるのでしょうか? (メレノア)」
「それは可能だと思います。きっと希望すれば、彼女の故郷であるシャングリラに連れていってくださると思いますよ (シェリー)」
「ハーブの苗と手作りクッキーをお土産に持って行くって言ったら、超喜んでくれると思うっす (エディネイ)」
的確な合いの手を入れるエディネイ。リィリィからトマトの苗をシャングリラに贈ったらとても喜ばれた話しを聞いていた。
オリーブの苗と純度99.9%の魔鉱石を喜々として交換する人間だからな。おいしいハーブティーになる苗を持って行ったらとてつもなく喜んでくれるだろう。
再び姫様からクエスチョン。
「恐竜のお肉はおいしかったですか?」
「すんごいおいしかったよ!」
花より団子のお姫様。
子供のようにはしゃぎまくるライラさん。
この2人が一緒にメリアローザに行ったらたいへんなことになる。絶対に。
「スケルトンが、動いて…………」
「でも彼らの言葉通り、医療に貢献してるみたいなので問題ないかと。周囲の人々の反応も見てましたが、全くもって、日常の風景といった様子でした」
メイガスさんが目を丸くする。
そりゃ驚きますよね。
アンデットがいるんですから。
ファンタジーの住人が闊歩してる世界なんて空想以外のなにものでもない。
でもいるんですよ。現実に。
でも安心してください。アンデットは彼だけです。安心材料になるかどうかはさておき。
続けてセチアの工房へ移動。
間違いなく、今日一番の、いや人生至上最大の驚きをもって迎えられるだろう、歴史的記録を再生することになる。
小妖精。
彼女たちが現れた瞬間、会議室は大惨事。
アンデットや異世界だの、もはやどうでもよくなった。
あの時の我々もこんなんだったんだろうな。そして私たちと同じ言葉を口にした。
「「「「「「「「異世界間交流を推し進めましょう!」」」」」」」」
ですよね。




