異世界旅行1-7 思い出は心を燃やす 7
それから、と続けて、暁さんはわたしの名前を呼んだ。
もしかして何かプレゼント?
いやいやわたしも特別な簪をプレゼントしてもらった。これ以上の期待は失望を招くだけ。
とは思いながらも、期待してしまうのが人の性。今度はどんな陽の光にあてられるのかとわくわくしてしまう。
「ベルベットさんにこれを渡してほしいんだ。バッグのお礼にな」
はい、知ってました。
なのでがっかりなんてしてません。
してませんよ?
「これは、小さな刀ですか?」
手渡された木箱に入ってるのは小さな刀。鐔はなく、鞘と柄がしっとりと濡れた赤漆。天地の金具は同じ装飾。
それにしても小さい。掴む部分がわたしの拳ほどの大きさもない。
「これはお守り刀。ベルベットさんには小さい息子さんがいるって聞いてな。これはその子のために打った刀だ。って言っても、刃は丸く潰してあるから何も切れないけどな。切るのは悪縁、邪気、病などだ。結論を言うと子供の健康長寿を願ってるわけだな」
「刀よりよっぽどすごいものを切ってますね」
ペーシェの脊髄反射的つっこみに、我々は『たしかに』と相槌を打つ。
どんなに鍛えても人間では絶対に切れないものを切ってらっしゃる。
神様の業は凄まじい。
お守り刀と聞いて、華恋が疑問符を打つ。
「新しく打たれたんですか? 寺院に奉納されてるものではなくて」
寺院に奉納されてるとはいったい?
気になって、どういうことか華恋に聞いてみた。
「メリアローザのお守り刀の風習はとても古くて、記録に残る限りだと1200年前からなんだって。でね、当時は今ほどインフラも農耕も漁業も発達してなくて、体力的に弱い子供たちは、生まれても成人できる人数が限られてたわけ。だから人々は悪いものから子供たちを守りたいと願いを込めて、お守り刀を作ったの。それは今も受け継がれてて、10歳に達するまではその家に納められてる、ですよね?」
華恋の確認を暁さんは肯定。よく知ってるなと感心を寄せた。
「そうだ。10になったら寺院に赴き、神仏を崇めて感謝とともに農作物などを奉納する。同時にお守り刀を返納し、次代に繋いでもらうわけだ。そうしてお守り刀はメリアローザの歴史とともに受け継がれてきたんだ」
「それは本当にすごい。では新しいものは作られてないんですか?」
暁さんはペーシェの予測を肯定。簡単な歴史を紐解いた。
「最近は作られてないな。最後に製作されたのは500年前に記録が残るだけだ。その時期が農耕や漁業の技術発展が盛んだった頃、子供の数が増えていったゆえ、お守り刀も合わせて増産された。それに、寺院に奉納してお清めされるお守り刀は、メリアローザの歴史であり貴重な財産だ。異世界に贈るなら別枠で作らなきゃな」
「なるほど。言われてみれば当然ですね。変なことを聞いてしまってすみません」
華恋は首をたれ、謝罪をしながらも、素敵な思いに心を打たれ、笑顔でいる。
「いや、いいさ。華恋はお守り刀に触れたことはないんだからな。あまりに日常の風景すぎて気にすることもなかったろう。むしろ我々の視点の外から疑問を持ってもらえるのは嬉しいことだ。これからもよろしく頼むよ」
華恋も暁さんも気遣いレベルたっけぇ~。
仕事をするならこんな人に上司になってもらいたい。
お守り刀。子供好きな暁さんらしい。
実際に悪縁だとか、邪気やらなんやら目に見えないものが見えるかどうかは問題ではない。子を想う気持ちが大事なのだ。
どうか健やかに育ってくれますように。
その心に人はみな惹かれ、尊敬する。
最後の最後まで、この人はわたしたちの心を温かくしてくれた。
彼女たちがグレンツェンに来てくれたなら、今度はわたしが彼女たちの心を温かくしてあげたい。
~おまけ小話『動物たちの不思議』~
すみれ「そういえばフィアナさん、使い魔のラックスくんは一緒じゃないんですね。もふれると思って楽しみにしてたのですが」
フィアナ「それなんですが、旅行に行こうと声をかけたら、死んだふりをしてしまいまして。知らない土地に行くのが怖かったみたいなのです」
エディネイ「相変わらずの臆病風だよな。慎重な性格は演習の時には長所として活躍するけど、私生活になると、とんと保守的になる」
フィアナ「とても残念です。鈴さんにもラックスを紹介したかったのに」
鈴「ラックス。梟の、使い魔、だよね?」
フィアナ「そうなのです。ちっちゃくってもっふもふでかわいいんです♪」
アナスタシア「溺愛もいいけど、過ぎると過保護だよ?」
フィアナ「わかってはいるのですが、あの愛くるしさを目の当たりにすると甘やかしてしまって。シェリーさんのプリマくんは好奇心旺盛なのですわよね?」
シェリー「そうなんだ。猫って知らない土地に行きたがらない性格の子が多いんだが、プリマは知らないところにでも平気で飛び込んでいく。きっとバストが目を輝かせて、世界の広さを教えてくれるからだろう」
すみれ「あれ? たしかバストさんって、土着神的な存在で、これからもっともっと世界を見てみたいっておっしゃられてましたよね? どこか旅行に行かれてるのですか?」
シェリー「それなんだが、バストに与えたパソコンで航空写真とかネットサーフィンをして、世界中の情報を仕入れてるみたいなんだ」
ペーシェ「もしかして、バストさんってブログを開設してます?」
シェリー「ペーシェも知ってるのか?」
すみれ「バストさんがブログ?」
シェリー「彼女はもっと世界のことを知りたいってことでな、知らぬ間に世界中の人々と交流してるみたいなんだ。チャットとかそういうので。動画をブログに上げたりしてる。独学で語学も学んで流暢に喋ってるところを見た時は驚愕したよ。預金通帳を見たら謎の振り込みがあったもんだから、バストに聞いたら通帳がないから私のを登録したらしい。恐ろしい学習意欲と能力だ」
ペーシェ「まさかのアフィリエイトで稼いでるやつ。猫の神様マジ半端ねえ! やる気と情熱さえあればなんでもできるって思い知らされますね」
すみれ「すごい! すごいです! 世界中の人々と友達だなんて素敵すぎます! ちょーかっこいいです!」
エディネイ「うへー、俺たちも負けてらんねー」
アナスタシア「そっちの分野に関しては勝てる気がしないんだけど」
フィアナ「素晴らしい好奇心と行動力ですわ! もしよろしければ、ラックスとバストさんを引き合わせていただけないでしょうか?」
シェリー「バストを通してラックスに世界の広さを教えてやれれば、ラックスの臆病も少しは和らぐかも、ということか。それはいいアイデアかもしれないな」
すみれ「大丈夫でしょうか。プリマちゃんがラックスくんをころんころんしそうですが」
シェリー「あぁ~、そういえばそんなことしてたな。後夜祭の時か。プリマも遊びたい盛りだし、サイズ的にもラックスより少し大きくてお兄さんだから、遊んで欲しい衝動に駆られるんだろうな」
フィアナ「ころんころんされるラックスもかわいかったですわっ!」
アナスタシア/エディネイ「「あまー…………」」
スケルトン、浮遊要塞、魔鉱石、そしてフェアリー。
普段の日常に似た世界の中で、普段の日常では絶対にありえない存在とたわむれた7日間。
感動と、驚きと、たくさんのわくわくを胸に抱いた7日間。
いつかフェアリーと一緒にグレンツェンのガーデンテラスでティーパーティーをしたいと思わされた日々。彼女たちの頭の中身の8割はこれで埋め尽くされてます。
仕方ありませんね。
フェアリーですからね。
次回は、異世界旅行を終えたすみれたち。花より団子のキキとヤヤを引き連れて、エメラルドパークの鮎釣り大会に参加します。
故郷でイベントのお手伝いをするレレッチ主観のストーリーで進みます。無邪気に驚天動地な行動を披露する3人少女にレレッチは翻弄されていきます。




