異世界旅行1-7 思い出は心を燃やす 5
結局、お土産をたくさん選んでたらお昼になっちゃった♪
ということで。お昼ごはんをいただいてから帰ることといたします。ペーシェ以外。
「すっかり忘れてたわ」
「おいおい。このあとの予定はペーシェを軸に組んでるんだから、忘れないでおくれよ」
「す、すみません」
占いで、自分のせいで世界が滅ぶらしいことを予言された彼女は、賢者の元へはせ参じることになっている。
マジで頼むよ。わたしはこの世界、大好きなんだから。
フェアリーのいる現実を手放すなんて、死んでもごめんだ。
「テレポートを使うのでアルマもしばらく残ります。なので、3人は先に戻っといてください」
「え、私たちはどうやって帰るんだ?」
「ハティさんにお願いしておきました。ハティさんは超凄いので、異世界間でもテレパシーが通ります。マジすげえっす。しかも遠距離で点と点を結んでワープできます。そこに痺れちゃいます憧れちゃいますぅっ!」
アルマはツインテールを振り回し、でんでん太鼓のようにぶんぶんする。
髪の毛の先が顔面にぶつかっても気にしない。
「異世界にいながら、別の異世界の人間をまた別の異世界にワープさせられるのか。おかしいだろ…………」
騎士団長は頭を抱えてため息をつく。
通常の魔法でさえ、設置型の魔法ならともかく、遠距離地点で魔法を発生させて思い通りに操るなんて不可能に近い。目視で視認するならともかく、見えない空間に魔法を発生させるなどまさに神業。それを異世界レベルでやってのける。
シェリーさんの背後で音すら無く、常識がふわりと粉微塵になって吹き飛んだ。
ライラさんはここに来た時の違和感を思い出す。
「ここに来た時のやつか。どうりでアルマもハティさんもいないのにワープしたのか。これで合点がいった」
「軽いな。私たちは、きっとこれから一生聞くことのないだろう言葉を耳にしたところなんだが」
「考えても無駄だって学んだんだ」
だよね。ハティさんに関しては驚きを通り越して『そうですか』と納得するしかない。
相変わらずの破天荒。
いい人なんだけどね。
いい人なんだけどなー。
はい。考えても仕方ないことは置いといて、お昼ごはんといたしましょう。
本日は暁さんが食べたいって言った冷や汁。冷や汁の出汁にくぐらせて食べるそうめん。
旬のアジのフライは特製のタルタルソースと一緒に食べるとフワフワサクサクのうまうま。これは家でも作りたい。
「旬のアジは脂が乗ってるから、タルタルソースがなくても十分旨いぞ。思い残すことなく、たくさん食べて帰ってくれ」
「ありがとうございますっ! 今度、暁さんがいらっしゃった時は御馳走を用意しておきますね。ちなみに、暁さんの好きな食べ物ってなんですか?」
感謝の言葉を述べるすみれは既に冷や汁をおかわり。2人前のそうめんを食べきり、3枚目のアジフライを完食。
ほんとに胃袋ブラックホール。
「そうだなー。これと言って好物ってのはないが、強いて言えば鍋料理かな。みんなでつつきながら食べるのがいい」
「肉系と魚系の両方を用意します!」
「マジか。ありがとう!」
鍋料理。ポトフとかかな。それならわたしも手伝える。というか、暁さんとはもっとおしゃべりしたい。
「その時はぜひともお声がけください。わたしも手伝いますので」
「あたしもあたしも! タルト作って待ち構えますわ!」
「ついにペーシェが料理をっ!?」
「やりたくないことと、やりたいことと、できることは違うのです」
ん、なんかそれ、どっかで聞いたような?
嫌な空気になりそうなのを察知したシェリーさんが話題を変えてくれる。
「グレンツェンもいいが、ぜひともベルンにも寄ってくれ。いい店がたくさんあるから案内するよ」
「いやぁ~、モテる女は辛いですな~♪」
本当に、モテる女は輝いてる。
お腹いっぱい食べきって、ひと息ついたら故郷へ戻る。
まるで夢みたいな時間だった。
異世界と知らされて、フェアリーと出会って、空飛ぶ要塞で七夕祭り。
そのほかエトセトラエトセトラ。
今思い出しても、はぁーーーー、お腹いっぱいで何も考えたくない。
「なぜ語り出したし」
突っ込みに余念のない悪友。
わたしはスルーすることに躊躇しない。
「それはそうとして、アナスタシアさんの刀はどうなりましたか?」
「それならこれからお披露目するよ。抜刀許可も下りたしな」
許可なく武器を振り回したらいけないんだっけ。さいあくの場合、即極刑。
たしかに一般人のいる場で剣なんて振り回せない。当たらなくても、持ってるというだけで恐怖の象徴たりえた。
その点、暁さんであれば信用がある。
しかもお披露目するのはただの刀ではない。
暁さんが自ら打ち、鍛えた至極の一刀。
開示が噂されれば人だかりができる。それは【恐怖】を【興味】へと変えてくれた。
知ってか知らずか、興奮したアナスタシアさんが声高々に宣伝し、周囲の人々の注目を集める。
どんな姿の刀になったのか。
最も興味を示し、どきどきとわくわくに包まれてるのは彼女なのだから、大きな声が出ても仕方がない。
魔力を通さないアリメラの木で作られた箱。装飾や塗装はなく、生の木肌が見せる素朴さはどこか厳かさを感じる。
蓋を開け、ついに刀身が現れた。
魔力を通さないセキュリティーコードのインスタントマジックの貼られた刀。
鈍く強く輝く鋼の体。
なにものをも両断する刃物の王。
取り出して、暁さんは刀の詳細を淡々と語る。
「打刀。刀身80cm。丸棟。片切刃。反り1.8cm。中直刃。地金は詰め、沸出来は均等に、はっきりと目視できる。まずは札を破って魔力を流し込め。そうすれば、それはお前だけのものになる。お前の色に染まるだろう」
ごくりっ。
固唾を飲み、アナスタシアさんは震える手を抑えて刀身に貼られた札を剥がす。
すると魔力を刀に吸われ、みるみるうちに刀身が煌めきだした。
冷えた鉄の表面にふっと息を吹いて色を変えるように、重々しく佇んでいた鈍色がすっと消え、妖艶でミステリアスな淡い紫色へと変化する。
感嘆の声の中心で、少女は身を震わせた。
実直でいてどっしりとした安定感のある姿。一見すると単調でのっぺりとした様子。角度を変え、光にあてた時に放つ刀身の妖艶さと沸出来の輝きは星空を眺める心地にさせる。
美しい。
ただひと言、それだけを呟いた。
夢にまで見た刀が自分のものに。
思いが脳裏を過ぎ去り、肝に意識の刃を刺して戒めた。
ここからが始まり。
浮かれてはいけない。
地に足をつけて、一歩一歩踏みしめて行く。
「本当に、本当にありがとうございます。今後とも精進を怠らず、大好きな村を、人を、故郷を、守れるように強くなります!」
「その意気だ。それにしても見事な藤色だ。素晴らしい魔力を持ったな」
魔力の色はその人の魂の色。
それを褒められるということは、その人の心根を褒め称えると同義。ましてや尊敬する人に笑顔を向けられるのだから、嬉しくないはずがない。
喜びに涙する藤色の侍の横で、好奇心旺盛な金髪ツインテールのふりふりフリルが踊り出す。
「ところで、名前は決められたのですか?」
たしかにそれは気になるところ。
名刀には名前をつけてあげなくちゃ。
「なんなら私が
「あ、結構です」
ライラさんの提案をアナスタシアさんは即拒絶。
自称、名付けの天才。
他称、名付けの凡才。
無感情に拒否されてショックなライラさん。そんなに変な感性なんですか?
「美しく輝く淡い紫色。淡紫。なんてどうでしょう」
「聞くな。自分で決断しろ」
背後で耳打ちするもみじさん。アナスタシアさんに容赦ないな。
それもこれも彼女を気に入ってのこと、だと思う。
「いいじゃないか、淡紫。あれ、それたしか前に言ってなかったっけ?」
「そんな気がします。淡紫にします。それにしてもなんて素晴らしい輝き。一筋に、まっすぐに伸びる星空を眺めるようです。地金も綺麗に詰んでいて一切の曇りがありません」
うっとりと刀身を眺めるアナスタシアさんの隣でペーシェが顔をのぞかせる。
「前に見せてもらった暁さんの刀とは違うんですね。刃文っていうんですか。まっすぐじゃなくて波打ってたような」
「刃文には多種多様な形があるんだ。アナスタシアのことを思って土を置こうとした時にな、彼女のまっすぐな心根を思い出した時に瞬間、直刃しかないなと思ったんだ。それでいて沸は強くなるようにした。星ってのは夜の道標だ。闇を照らし、旅人の行く道を示してくれる。アナスタシア。お前の行く道をな。ただ、星はただそこにあるだけだ。歩くのはあくまでお前自身。それを忘れるな」
「はいっ! ありがとうございますっ!」
星は夜の道標。しかしそれはそこに在るだけ。歩くのは彼女自身。
めっちゃ痺れる言葉じゃないですか!
「とってもとっても素敵な造詣です。さすが、暁さん。そこに痺れちゃいます、憧れちゃいますっ!」
「すみれに憧れてもらえるなんて光栄だな。すみれさえよければ、いつでもフレナグランに来てくれ。歓迎するぞ」
しれっとすみれを勧誘しようとする。さすが、暁さん。抜け目ない。
話しはここで終わらない。事前に聞いた通り、暁さんの打った魔剣には、刀身の表面に魔術回路が刻印されてなかった。
シェリーさんたちが視察したという魔剣工房で見た魔剣は、どれも刀身に刻印がなされている。対して、暁さんは鍛造の最中、鉄を折りたたむと同時に、鉄と鉄の間に魔術回路を形成するという。
ただでさえ緻密な構造を必要とする魔術回路を、超高温の鉄を打ちながら形成する。
素人でも理解できる信じられない技巧。
本当に魔法が付与されてるのか。暁さんを信じてないわけではない。わけではないが、目に見えないと信じるのが難しい。
アナスタシアさんは魔剣の研究をしたいシェリーさんとライラさんにせがまれる形で魔法を感じ、驚き、興奮の色を露わにした。
「信じられないことですが、魔法が付与されてるのは理解できます。ただ、その、経験のない魔法がいくつかあるので、説明していただいてもよろしいでしょうか」
「もちろん。とりあえず分かる魔法だけ言ってみてくれ」
アナスタシアさんは握り直し、集中するように目を細めた。
「【強度強化】の魔法はわかります。それから刃の鋭さを増す【鋭刃】。炎を刀身に纏わる【炎剣】。物体を軽量化させる【羽化』】。質量を上げる【グラビトン】。風の放出系魔法の【風刃】。【風穿】。【風舞台】。それから」
「まだあんの!? もう8個だけど?」
言葉を放つごとにライラさんの関心が膨れ上がり、ついに破裂。シェリーさんもつられて破裂。
「たしか魔剣に付与させられる魔術回路の数は6か7って言ってなかったか?」
「暁さんは魔術回路を鉄と一緒に折りたたむので、通常の魔剣より多くの魔法を付与できるそうです。にしてもすげえ。まだ刻印してるんですか」
暁さんはもみじさんの言葉を肯定して、アナスタシアさんの経験量を、『見事だ』と褒め称えた。
「さすがアナスタシア。注文した風の放出系魔法とコモンマジックはともかく、グラビトンも判別できるとはな」
「それでそれで、あといくつあるんですか? なんの魔法を付与してるんですか!?」
魔法のことになると全力で突っ走るアルマ。
アルマじゃなくても気になる野次馬たち。
いったいどんな魔法を付与したのか。他人事でもこういうのは気になっちゃう。
「残りは4つ。血脂を弾く【脂弾き】。アナスタシアの故郷は雪国って話しだから、錆防止より優先した。血で錆びたり刃こぼれしたりってことはないんだが、脂が冷えると固まって手入れが難しくなるからだ」
「なるほど。珍しい魔法を付与したと思ったら、環境を考えての採用なんですね。ちなみにアナスタシアの故郷の年間平均気温ってどんくらいなの?」
「平均気温で言えば5℃くらいです。夏は暑い時で15℃。冬は寒い時で-20℃。年よって違いますが、だいたいそのくらいです。あと夏より冬のほうが長いです」
「ま、まじか。それで錆じゃなくて脂のほうなのね。納得」
もみじさんはホームステイを考えてたけど、どうしようかとこぼすのも無理はない。夏はともかく、夏以外が過酷すぎる。
「脂弾きは手入れをしやすくしてくれるだけじゃない。切り結ぶ際、脂を弾いて抵抗を少なくさせるから、切れ味がよくなるって利点がある。これは錆防止にはない利点だな」
そして、と続けて暁さん。右手で指を2つ立て、左手の指を1つ立てた。
そのまま話しを続けるのかと思いきや、まずは刀を箱にしまっておこうと指示。十分に鑑賞したし、やはり刃の出しっぱなしは非戦闘員の精神によろしくない。
刃とは、あるだけで脅威なのだ。
アナスタシアさんは名残惜しそうに刀を仕舞い、ライブラへ収めた。
「よし、2つ目の魔法は刀に魔力を纏わせて巨大化させる『巨身化』。刀身が物理的に巨大になるわけじゃない。が、刀に魔力を纏わせ、刀と同じ性質を持たせた状態で事実上の巨大化をさせるから、実際に接触面を大きくできるし、技量次第で大きさは自由自在。アルマのような特殊な目を持ってない限りは不可視の剣だ。相手の目測を狂わせることができる」
「でもあれってちゃんと重くなるんですよね。それで軽量化?」
もみじさんの質問にYesで答える暁さん。
「そうだ。しかし軽量化にも限度がある。巨大化させると間合いが変わるから、使いこなすまでに訓練が必要だ。そこはアナスタシア次第だな」
ここまでの会話で疑問を持ったシェリーさんが手を挙げた。
「魔法自体は簡単でも使いこなすのに修練が必要だな。話しの途中で悪いが質問いいか?」
「どうぞ」
「我々の常識では、人がフレイムソードやフェザーのように、武器に魔法を付与する時は1つが限度。それは武具の耐久面の問題があるからだ。魔剣は複数の魔法の付与に耐えられるのか?」
「可能です」
即答。
ベルン騎士団長は目を見開き、空気を大きく吸った。畏怖と感嘆を現すジェスチャー。
改めて驚かされる。魔法文明。どこまで我々の度肝を抜いてくれるのか。
「それはつまり、巨身化をかけてグラビトンで質量をあげれば、斬撃に強いゴーレム系の魔獣も一刀両断にできるということですか?」
アナスタシアさんの質問にも、暁さんは当然のようにYesで答える。
「あんまりおすすめはしないが、強度強化もかけてあるし、刀の硬度がゴーレムに勝るなら容易だろう」
「エアスラッシュで真っ二つにしたほうがてっとり早くね?」
風魔法に適正のあるもみじさんからしたらそうなのかも。でも、暁さんはそもそも論としてゴーレムを想定してなかった。
仮想敵として想定したのは、ドラゴンである。
「一応、この組み合わせはドラゴンみたいな皮膚の超硬いモンスターにと思ったんだけど。まぁでもどこでどんなモンスター、魔獣と遭遇するかわかんないから、討伐目標のひとつとしてゴーレムを挙げておけばいい。アナスタシアの故郷で現れるモンスターのほとんどは、狼や猪の四足歩行型の魔獣って話しだ。まずはそいつらと相対して殲滅できるように頑張れ!」
「は、はいっ!」
「そして最後の1つだが」
「最後? あと1個あるよな?」
ライラさんのつっこみにも、暁さんはYesを唱える。すると、暁さんは真剣な表情を見せ、両手で立てた指を合わせて1つにする。
「最後の魔法は、今から言う魔法を完全に使いこなしたら教えます」
「今から言う、魔法?」




