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異世界旅行1-7 思い出は心を燃やす 4

 恋の花に群がる害虫たちの煩わしさよ。

 火付け役はわたしなので火消ししないといけませんね。

 でもまさか素直にYesが出てきたのは意外だった。恥じらいながら否定して、やんややんやするのが恋バナの楽しいところ。

 ぶっちゃけ、Yesを持ち出されたあとの対応の引き出しがない。

 なんという藪蛇。

 つついたのは香り高い花ではなかった。蜂の群れる巣だった。

 つつかれた蜂の巣から出て来た女王蜂は、姉御肌の勢いを隠して乙女の表情を見せる。


「まだ告白する勇気っつか、きっかけってか、心の準備ができてないんで固有名詞は伏せておきます」


 もみじさんは口元で人差し指を交差して、バツの字を作る少女の顔は乙女そのもの。

 わたしたちは異世界人。個人を特定したところで応援できないのが残念である、という話しにもっていって恋バナを終わらせよう。

 それが自然な流れ。

 どうしようもない高い壁を用意して流水を遮るのだ。


 ほとぼり冷めようとしたのに、薪に息を吹いて火を熾そうとする人がいる。

 現地人の暁さん。もみじさんのことをかわいがる彼女としては応援したい恋だった。


「あたしにだけこっそり教えてちょ♪」


 あ、なんかずるい。


「いやぁ~、こればっかりは自分でなんとかしたいんです。暁さんの口の堅さは知ってます。けど、ごめんなさい」

「それだけ決心が固いなら大丈夫だろうな。もみじの幸福を祈ってる」


 さすができる女は違う。

 さっぱりと引き下がるところは見習わないといけません。野次馬根性があって、他人事と思うような軽薄な人間は決して引き下がらない。他人の恋を面白がって茶化す下郎のなんと多いことか。

 ましてや蒸し返したり話しを飛び火させたりするなんてもってのほか。


「鈴さんは気になる殿方はいらっしゃるのですか?」


 フィアナさんが鈴さんに火種を渡す。

 友達同士だけならいいんじゃないでしょうか。


「そういう、のは、よくわから、ない。でも、優しくて、あったかい、人が、いいな」


 それはすっごくよくわかる。

 ドラマチックでも劇的でなくてもいい。

 ただただ良識と常識を持ち合わせ、心根の優しい人でいいのだ。最低限のラインはあれど。


「ペーシェちゃんは好きな人とかいないの?」


 今度はお母さんがペーシェに火種を点ける。

 聞かれ、来たかと身構えた。

 残念なことに、消えそうな炭を火バサミで掴んで放り投げるのが身内にいる。母よ、娘に恥をかかさないでくれ。


「いないわけじゃないですけど」

「なん、だと…………!?」


 いかん。咄嗟に言葉に出てしまった。

 うわっ、嫌な視線が飛んできた。

 貴女の恋バナには興味ないから、コーヒーのおかわりをもらってクッキーを楽しもう。

 どうせうまくいかないだろうから。


「なんかくっそ腹立つ言葉を投げられた気がするんですけど!?」

「なにも言ってないじゃない」

「なにも言ってないのになぜ反応する。心当たりがある証拠じゃねえか」

「ごめんね、ペーシェちゃん。ローザが腹黒で」

「なにかしら言ったことを前提としてる理不尽!」


 娘を甘やかさない母。そういうところは嫌いです。

 仲裁に入るアルマがかわいそうじゃない。不遜なことを考えたのは事実だから、そこは黙っておこう。

 ペーシェなんかよりアルマの恋バナが聞きたい。

 でも、アルマに恋バナを振ると、魔導防殻をぶち抜くような魔法を天に打ち上げかねないからやめておこう。

 アルマもセチアさんも地雷の設置場所が謎すぎて困る。


「ところで、アルマは気になる男はいないのか?」


 暁さんがいったーっ!


「すー、はー、すー、はー、すー、はー。残念ながら今はトカゲ野郎をぶち殺すためと、開発中のパレスミステリーの製作で忙しいので、色恋にうつつを抜かす余裕はごぜえませぬ」

「んんんっ!」

「アンガーマネージメントを実践してる。さすが、アルマちゃん。勉強熱心ね!」


 愕然として突っ伏した暁さん。なにげにこの人、恋バナ好きだな。

 単純に自分が好意にしてる人たちが幸せになって欲しいと願っての行動なのだろう。それにしても食いつきがすごい。

 こういう時、攻めてくる人に逆襲すると面白い反応がでるもの。だけど暁さんは旦那、どころか嫁までいるという猛者。

 だったらここは、人生の先輩の話しを振って振って振り切るべし。

 暁さんの馴れ初めやいかにっ!


「まず、あたしが旦那に言いより、次の日は旦那が嫁の寝込みを襲い、その次の日に嫁があたしに夜這いを仕掛けてくるという超展開だった」


 どうやら地雷を踏んだようだ。


「お、襲われたんですかっ!? 大丈夫、だったん、ですか!?」

「お、おそわ、ふえぇぇ!?」

「よくその流れで旦那と嫁さんが旦那と嫁さんになりましたね」

「え、んん? んんん!?」

「どういうシチュエーションでそんなことになるんすか!?」

「暁お姉ちゃんの旦那さんとお嫁さんに会ってみたい!」

「カオスッ!」

「愛憎劇のベルが鳴りそう」

「暁さんのウェディングドレス姿が見たい!」

「それは私も気になります!」

「そのあとにどうやって3人が結婚に至ったのか聞きたい!」

「三つ巴の食い合い?」

「なんという羨ましい超展開」

「なんか今、とんでもない言葉が聞こえてきたんだが? 多方面から」

「暁が不死身とかそれ以前に規格外な存在に思えてきた」


 子供の前でなれそめを話せないって言ってたけど、まさか本物の乱痴気騒ぎだったとは恐れ入る。

 暁さんの『言いよる』まではよかったのに、そっから急転直下の2連撃。

 子供はおろか、年若い成人にすら刺激が強すぎた。お母さんだけはその先を知りたいと望む。そういうセクシャルな話しは個室で酒でも飲みながらしてよね。


 どーしよ、これ。

 振って振って振り切るつもりが、カウンターパンチをくらって一撃KOですわ。

 よし。収拾がつかなくなる前に逃げよう。

 幸い、わたしはお土産を選んでない。ので、これから未練なきよう、欲しいものをたくさん買って帰ろうと思います。

 暁さんのお金だけど。

 今度グレンツェンに来てくれた時は、めいいっぱいサービスしますので、それで勘弁してください。


 コーヒーを飲みほしたのでカップを戻すと同時に席から華麗に離脱。

 お土産屋さんに並ぶ品々を見て回ろうではありませんか。

 一緒に離脱したシルヴァさんとペーシェ、すみれとお土産を選ぼう。


「黒砂糖。バニラビーンズ。ローズオイル。根こそぎ買って帰りたい。根こそぎ!」

「根こそぎ!?」


 甘味に妥協しないシルヴァさんだからこそ、ほんとに根こそぎ買って帰りそうで怖い。


「椿油。米油。梅酒(白桃花)。根こそぎ買って帰りたい。根こそぎ!」

「すみれも!?」

「メタフィッシュ。簡易魔法符(インスタントマジック)。桃。桃をいっぱい買いたい。なんなら庭に植えたい。桃園にしたい。桃の花と戯れるフェアリーを見たい!」


 ペーシェがなんかとんでもないこと言い出した。

 でも!


「やるならわたしも協力するわ!」

「ぜひもなく!」

「桃のタルトでパーティーしたい!」

「パーティー好きね、ほんとに」


 ペーシェの実家の庭面積なら、桃の木を3、4本植えるくらいわけないはず。

 それにレレッチ曰く、桃の木は家庭菜園で栽培しやすい果実のひとつ。コツさえつかめば毎年、おいしい果実を実らせてくれる。死ぬほど虫が寄ってくることに目をつむれば。

 手のひらいっぱいに丸々と成る桃。甘くて香りのよい桃は害虫が湧きやすい。虫も鳥も果実を狙ってくる。まま世話がかかるものの、恩恵の大きい魅惑のフルーツ。

 桃はバラ科だしね。めっちゃテンション上がる。


「お前だけはすみれの赤色大好きに突っ込むの禁止な」


 それはどうでもいい。

 すみれはレレッチの言葉を思い出す。


「レレッチさんから聞いた話しだと、開花時期が同じで品種の違うものを一緒に育てるといいらしいよ。つまり味わいの違う桃が楽しめる。これはわくわくがとまらない!」

「めっちゃテンション上がってきた!」

「いやまだ植えるって決まったわけじゃないよね。ペーシェのママなら秒でOK出しそうだけど」

「秒でOK出すと思う。みんなで手入れするって言えば亜光速でOK出すと思う」


 目に浮かぶようだわ。


「あれ? でもペーシェさんちの庭って広いのにあんまりお花とか植えてないよね。なんで?」

「今、お母さんは広い家に1人で住んでるから、庭を手入れするほどのリソースがないの。元々は大家族で住む予定で作ったんだけどね。お父さんは単身赴任確定として、まぁ、子供たちとね。別居してるんだけどね」


 愚弟から逃れるための策とはいえ、母親を独りぼっちにするとか結構酷いことするよね。

 そしてそれをよく受け入れたよね。金銭的な問題だってあっただろうに。


 とかく桃園計画はおいおいレーレィさんに相談するとして、今は限られた時間を使ってお土産を選ぶとしましょう。


「セチアさんちに置いてなかったタイトルのフラワーオイルがある。全種買って帰ろう。鍛造包丁は一式買ったし。あ、エルドラド産のお茶もあるんだ。甘露茶は、っと、ある。それと紅茶も少し欲しい。緑茶から青茶、黒茶まであるじゃない。量り売りか。限界まで入れたい」

「私は断然緑茶派。ほっこりする味」

「あたしも緑茶好きだわ。抹茶もあるのか。これでケーキを作ってもらおう」

「自分で作らないの?」


 露骨に無視を決め込む腹黒女。母親に作ってもらうのか。自分でやれよ。

 ってか、手作りケーキを意中の人にプレゼントするとかって思考はないのか。ケーキを作ってみたから味見して欲しいとかって切り口があると思うんだけど。

 所詮は花より団子。乙女であるには程遠いよな。


 そんな腹黒に健気に抹茶を使ったスイーツを教えてあげるすみれ。なんて利他的なのだろう。


「お抹茶はパウンドケーキやクッキーに入れてもいい。単純にお湯に溶かして飲むだけでもおいしいよ。チョコレートケーキに振りかけるだけでも、いつもと違う世界が見えるから楽しいね」

「抹茶チョコレェーーートケーキィーーーッ!」


 振り向くと、目をキラキラと輝かせたスイーツ大好きヤヤちゃんがいた。体を左右に揺らして仁王立ち。

 すみれがしまったと思うも時すでに遅し。抹茶を振りかけたチョコレートケーキに興味津々のヤヤちゃん。

 近いうちに作ってあげないと、不機嫌でほっぺが膨らみそう。


 友達のしじまちゃんに別れを告げ、熱い抱擁を交わし、橋のたもとまで見送ってもらい、大きな声でさようならを何度も言われては振り返って手を振るを繰り返して我々と合流するためにやってきた。


「めっちゃ粘られたな」

「それだけしじまちゃんと仲良しってことでしょ。この中でキキちゃんとヤヤちゃんの好きなものって何かある?」

「抹茶チョコレートケーキ!」


 ヤヤちゃん頭の中には抹茶チョコレートケーキしかないようだ。

 一応、棚を見渡してみよう。うん、ケーキはない。


「この中には、ないかな。今度みんなで作ってみようね」

「やったー!」


 呆れ顔のキキちゃん。

 姉への断糖は、もはや半分くらい諦めてる。


 気を取り直してキキちゃんの食べたいもの。

 数日の記憶を思い起こし、最も心に残った皿が脳裏と舌に蘇る。


「えっとねえっとね、鮎の定食がおいしいから鮎の干物が欲しいな。グレンツェンでも食べたい。おじやとかお鍋の出汁に使いたい」

「いいね! たくさん買って帰ろうね」

「それあたしも欲しい。みんなで買い占めよう」

「ペーシェじゃないけどわたしも欲しい。あれすっごくおいしかった。スープだけで満足感がすごかった」


 黄金に輝くスープと脂の乗った鮎三昧。一流料亭の味さながら、ほっこりとしてあたたかく、毎日だって食べたくなる味。

 思い出しただけで心がほんわかしちゃう。


 話しを聞いたライラさんが落雷爆撃。

 キキちゃんとヤヤちゃんの情熱がバーニング。


「たしかにあれはうまかったな。よかったら夏にエメラルドパークにこないか。森林体験の一環で、鮎釣りのイベントをやってるんだよ。3時間釣り放題。釣れなくても、1人に2匹は渡すようになってる。持って帰ってもいいし、その場で丸焼きにしてもいい。釣り竿や餌もこっちで準備するから手軽に参加できるぞ」

「釣り放題!? いくら釣ってもいいの? 釣ったお魚さんは全部持って帰っていいの?」

「もちろんだ。ちなみに鮎は養殖してるのを放流するから、魚がいなくてどうにもならない、ってことにもならないから安心してくれ」

「「「おぉーっ!」」」


 キキちゃん、すみれ、ヤヤちゃんの感情がシンクロ。

 またも瞳をキラキラと輝かせて胸をドキドキさせる少女たち。

 自然と遊ぶことが大好きな人にとってはたまらない体験だろう。自然に憧れる都会人にとっても、大自然に触れることのできる素晴らしいイベント。


 梅雨のジロール茸採取にはお世話になりました。すみれたちがたっくさんのジロールを持ち帰ったということで、おすそわけをいただいたのです。

 その時期になると出回る旬のジロール茸。パスタにピッツァにマリネ、シチュー、お肉のお供に大活躍。

 だけどスーパーで買おうとすると結構な値がするんですよ。たくさんとれるけど、需要も高いから値段が下がらない。

 それをタダでもらえたので超ラッキーでした。あ、ちゃんと後日にお礼はしましたよ?


 夏には鮎が食べられるのか。

 初日に食べた鮎の黄金定食は本当においしかった。

 塩焼き、お茶漬け、鮎出汁。どれをとっても絶品。

 再現するなら、ぜひとも食べさせていただきたい。


「いや、自分で釣りに行けや」

「わたしはアウトドア派じゃないの」


 まさかのおうむ返し。不覚。


「野戦訓練に医療術者として同行してるのに?」

「それはそれ。これはこれ、です」


 やりたくないことと、やりたいことと、できることは違うのです。


「大丈夫。キキちゃんとヤヤちゃんとたっくさん釣って、おいしい鮎定食を作っちゃう」

「さすが、すみれ。よろしくね♪」

「いや、だから、自分で、調達しろや」

「キキちゃん、ヤヤちゃん、今度、わたしの手入れしてる薔薇園でお茶しない?」

「「やった~♪」」

「この女!」


 買収成功。

 貴女だって同じようなことをするでしょうに。

 文句を言われる筋合いはありません。

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