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ハティの願い

今回もハティの天然が炸裂してみんなをあっと驚かせます。

思いついたら即行動するタイプの人です。でも言語化しようとするとうまく言葉が出てこないタイプも持ち合わせています。

言葉足らずな原因は紅暁という人物が原因ですが、それはまた後程、掲載していきます。




以下、主観【アポロン】

 ちょっとついて来てと誘われて、手を引かれたが最後。凄い勢いで思考が飛んでいく彼女の行動力に乗せられるまま、俺は今、干し草を転がしている。


 ことの発端はシルヴァたちがロースト肉を作る最中。『これだけお肉があるならもうひと品くらい作り置きしておけるタイプの料理を出せるかも』という、何気ない会話が原因だった。

 その言葉が耳に入るなり、ハティさんは知人のところへ行くとだけ説明し、烈火の勢いで飛び出したのだ。

 その知り合いというのは、どこかは知らないけど牧場だった。

 地平線の向こうまで金色の草原。

 最果てのような、人の還る原風景のような、神々しい雰囲気を持っている。


 そしてまたもや爆弾発言。


『鶏肉も鯨肉もいいけれど、牛肉もあるといいよねっ!』

『うん、その気持ちは分かるけど、もう冷蔵庫に入らないんだけど』

『じゃあ生で運ぼう』

『衛生面的に生肉は危ないよ』

『大丈夫。生きたまま運べばいい』

『そうなると俺たちで屠殺をしないといけないし、さすがにその予算も人脈もないと思うけど』

『大丈夫。知り合いに丁寧に解体してくれる人を知ってる。それに…………』


 考え直してもらおうと説得するも押し切られ、キッチンに戻って来た俺たちを見た面々は様々な表情を浮かべる。

 最初に言葉と手が出たのはローザだった。


「ねぇ、なんであなたがいながらこんなことになったの? 出かける時に言いましたよね。また何かやらかすかもしれないから、しっかり手綱を握っておいてって」

「ごめんよ、ローザ。とりあえず胸倉を掴むのをやめてくれ。説得はしたんだけど、なんていうかその、逆に説き伏せられちゃって。うっ」


 華奢な体格に反して凄い腕力。

 さすがヘラさんの娘。

 わたわたしながらアダムが止めに入ってくれる。


「まぁまぁ何か理由があるんだろうからそれを聞こう。アポロンさんが納得したってことはちゃんとした理由があるっていうことだよ。ねっ?」

「むぅ。アダムがそう言うなら」


 はぁ~、やっと解放された。ヘラさんの娘さんのせいか、女性とは思えない怪力なんだよなぁ。

 ちょっとだけ、かかとが浮くほどの力で持ち上げられた。

 本当に医療志望なのだろうか。拳士としても活躍できそう。などとは口が裂けても言えない。


 とはいえ普段、温厚な性格のローザがため息をつくのも分かる。

 俺の後ろには今、彼女が知り合いと呼んだ牧場主から譲ってもらった生きている牛(・・・・・・)がモーモーと鳴きながら干し草をむしゃむしゃしてるのだから。

 それも5頭。

 しかもシャングリラの女主人に食べてもらえるならと、牧場主のおじいさんはお礼に立派な朱色の反物まで手渡したのだ。


 ダイナグラフの王もハティさんのことを、『獣の神にして王』と形容した。その意味は本人すら言葉にできないものだと語る。今日の出来事でその理由の片鱗を見た気がした。

 食用にする牛の選別にあたって、彼女は思い思いに散歩をしている牛たちに、『私に食べられてもいいと思う牛さんは前に出て来て下さい』と言ったのだ。

 言葉にしてはっきりと、自分はあなたたちの命を頂きますと宣言した。


 人の感性では到底理解できないことなのだが、彼女の言葉に彼らは、我先にと言葉の足元に殺到し、平服してみせたのだ。

 まるで神にすがるように、彼女の血肉になるは望外の喜びと言わんばかりの目をしている。


 常識より外れた光景に目を白黒させてる内に、語り掛ける獣の神にして王の言葉に従って、年上の5匹が名乗りを上げた。

 1頭1頭に感謝の言葉を述べて頭をさすり、集まった牛たちにもお礼を示して今に至る。


 このことをメンバーに説明しても、さすがに信じられないと言った様子で眉をしかめた。

 そりゃそうだ。目の当たりにした俺にだって信じられない。

 しかし事実なんだ。ありえないことが起こったんだ。


 最初にマーリンさんが諦めた。諦めて、これからのことを提案する。


「そう。信じがたいことだけど、信じるしかないわね。冷蔵庫は今、空けてるところだからなんとできそうだけど。それよりも、こんな大きな牛さんたちを解体するとなると専門の業者を呼ばないといけないわよ。経費では無理じゃない?」

「彼女の知り合いに屠殺ができる人がいるそうで、連絡して了解を貰ってました」

「それならいいけど。でもやっぱり相当数、お肉を減らさないとね。ちょっと考えましょうか」

「みんな聞いてーっ!」


 牛の面倒を見終わったハティさんが、我々の心配をよそに本当にいい笑顔で駆け寄ってくる。

 彼女としてはみんなが喜んでくれることを期待しての行動だし、天真爛漫が9。傍若無人が1くらいの割合の爆弾投下なので、俺たちとしてもあまり強くは言えない。

 食料の調達に関しては彼女の人脈あって成り立ってるとなればなおさらだ。

 それに俺は彼女のことを尊敬すらしていた。凄い勢いで突っ走ったあげく、1周して帰ってくるところに関しては、もう少しベクトルの調整とエンジンの出力を考えて欲しいとは思ってるけど。


 だけど今回の彼女の行動の根底には、俺たちが当たり前に見過ごしている事実に気付かせてくれるものがあった。食べ物を扱うことになる俺たちが避けて通ってはいけない事実を、彼女は実感して欲しかったのだ。


「みんな、鯨漁の時のことを覚えてる? すみれがね、鯨にありがとうって言った。おいしく食べるからって言った。それって、とっても大切なこと。私たちは何かの命を頂いて、奪って生きてる。だから、みんなにもきちんと知って欲しい。私たちは沢山の命の上にいること。だから彼らには生きたまま来てもらったんだ」

「つまりそれは、屠殺する体験をして欲しいってこと?」

「体験まではしなくていい。素人がするのはよくない。でも、命を頂く瞬間を、その目で見ていて欲しい。ごめんね。先にみんなにちゃんと説明しないといけなかったのに。こうしたいって思うと、つい走り出しちゃって」


 ほんとそれ。

 でも1人の料理人として、彼女の想いを否定できない。

 否定することは命への冒涜。料理人失格である。


「そう、そういう理由があってアポロンは首を縦に振ったのね。確かにあんまり意識してこなかったことかも。そういうことなら分かったわ。それとごめんなさい、アポロン。いきなり胸倉を掴んじゃって。私もこうと思うと突っ走っちゃうの♪」

「あ……うん……気にしてないよ……」


 嘘です。

 ほんとはめっちゃ怖いです。


 小悪魔笑顔で人の良心をくすぐるローザって見た目に反して、ドS?

 随分とアダムは彼女に懐いてるみたい。大丈夫かなぁ。

 ハティの想いを汲んだ一同は、なるほどと納得し、改めてハティの心持ちに関心して作業に戻った。

 そうとなれば上手に冷蔵庫を空ける準備をしなければならないな。

 これ本当にどうしよう。

 何度見てもため息しか出てこない。

 ヘイターハーゼと交渉して引き取ってもらおうかな。


キッチン・グレンツェッタで絶対にやりたいと思っていたことの一つの伏線を張りました。

全然伏せてませんが。

命を奪うこと。頂くこと。普段は何気なく手に取っているスーパーのお肉やお魚、お惣菜なんかもどこかで誰かが命を奪っているんですね。

奪われる命が可哀相と感じる人やそんなん仕方ねぇだろとおっしゃる方を否定したりするわけではありません。ただ、頭の片隅に自分たちは色んな命を頂いて生きているんだなぁ、という想いを心に止めておいて欲しいなぁ、と勝手に思っているだけです。

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