異世界旅行1-6 毎日が新しくて、明日が待ち遠しくて 8
そうなるとちょっと気になるのが私自身のユニークスキル。
アルマの言葉通りなら、誰しも1つ以上のユニークスキルを所持しているそう。認識してないのは、それが生まれた時から常時発動しており、日常の風景になってるから。
あるいは、特殊な条件でないと発動しない。
発動しても無意識で、あたかも奇跡のような感覚を呼び起こし、自分が発動させた魔法でないと錯覚してしまうから。
様々な要因はあれど、ユニークスキルを自覚することは難しい。
ユニークスキルの話しに、ライラさんが素朴な疑問を口にした。
「ユニークスキルを判別する魔法ってないの?」
そうそれ。
それがあれば簡単に判別できる。
鑑定の魔法もあるくらいなのだから、ユニークスキルを判別する魔法があってもおかしくない。
ライラさんの視線はアルマに注がれた。魔法のことならとにかくアルマである。
「そういうのはありませんね。ユニークスキルは己の魂の形そのものだと言っても過言ではありません。魂に刻まれた魔法。その前には幾重もの魂の防殻があります。魂、つまり核に近づくにつれ、魔法抵抗力が高くなるので、魂を見る、つまりユニークスキルを判別するのは極めて困難かと思います」
「自力で検証するしかないということか」
ぬぅ。残念。
「それが後天的に得られる魔法なのか、潜在的に持つ固有の魔法なのかの判別も困難ですよ。ヴィルヘルミナのように【夢を渡る】なんてとんでも魔法なら、ユニークスキルだろうという仮説に至れますが」
お月見プリンに頬を緩ませたシェリーさんが一瞬で仕事人モード。切り替えの緩急が激しい。
しかし、だ。たしかアルマには魔法を看破するユニークスキルがあるはず。
「アルマはその目で見た魔法を転写して使用できるってことだけど、それならユニークスキルの判別ができるんじゃない? 使えるか使えないか、で」
あわよくば妹のユニークスキルが使えるようになってほしい。
そうすれば、異世界へ渡る選択肢が増えるのだから。
フェアリーとティーパーティーする回数が増えるのだから!
「魔法を転写しても、使えるか使えないかでユニークスキルかどうかの判別はできません。アルマはたいていの魔法は使えますが、ワープのような極大魔法は最初から無理です。魔力も練度も足りないからです。魔法適正もありますし。適正の低い魔法は魔力の練度にものを言わせてゴリ押しで使ってるだけですからね」
「いやそれだけでも十分すごいんだけどな」
さすがアルマ。シェリーさんが呆れて肩をすくめるほどの魔術師。
合理的に考えるなら、彼女はレナトゥスに入って専門的な魔法の修練をするべき。アルマ自身、論理的に考えるならそれが正しいと分かってた。
だけど、それを押し潰すほどの感情論がある。グレンツェンで魔法以外のことを学んでみたい。芸術とか、音楽とか、算術とか、天文学とか。すみれに料理も教えてほしい。
もっともっと知らないことを知りたい。知ることは楽しい。知識の探求に限界はないのだから。
もっと勉強したい。その言葉に反応したのは当然ヘラさん。学術都市の長。青春の化身。
「それだったら考古学なんてどう? 太古のロマンに胸躍らせましょう。エルドラドにはマンモスも移住したし、ロストワールドってところには絶滅したはずの動物たちが住んでるんでしょ。これは彼らの生態、ひいては過去の環境を紐解く貴重な手がかりになると思うの。きっとすっごく楽しいから。私も引退したら発掘隊に入るから!」
元気いっぱいのヘラさんに気圧される若者一同を代表し、つっこみ役のペーシェが前に出た。
「仮に60で引退したとして、そこから発掘隊に混ざって遺跡とか地層調査とかするんすか? マジで体力オバケ」
「今がずっと現役だから! で、どうかな?」
「諸事情により、トカゲ野郎が嫌いなのでお断りします」
「そんなっ! ってか諸事情ってなに!?」
秒で断られた。
話しによると、そのトカゲ野郎を倒すために魔法の研究をしてるのだとか。
ものすごい勘に障ることを言われて、戦ったけど負けて、死ぬほど悔しくて、次に会った時は必ず勝つと闘志を燃やす。
目的があるのはいいけど、暴力を鍛えるのはちょっとどうなんだろう。
努力する目的はおいといて、ライラさんは遠慮なく思った言葉を言い放つ。
「どうやったらアルマが釣れるんだろ。アルマをグレンツェンに押しとどめる理由はなんだ。それをベルンで実現できれば、プラスαのレナトゥスと合わせて勧誘に成功できるかもしれないな」
「本人の前ではっきり言いますね」
ライラさん、ほんとに怖いもの知らず。
「ダメよ。少なくとも1年はグレンツェンで留学するって約束なんだもん」
ぷりぷり怒ってアルマに抱きつくヘラさん。
ライラさんはアルマに真実を問う。
「そうなの?」
「初耳です」
「でしょうね。私が勝手に言ってるだけだから」
「母さん…………」
とんでもない大人たちばっかりだなあ。
それだけアルマが魅力的ということ。個人的には料理友達のすみれが勧誘されないように阻止したい。
時折招待されるホームパーティーは本当に楽しい。心の通じ合った仲間というだけでない。彼女の料理がどれもおいしくて刺激的だからだ。
それにいつも料理を教えてくれる。
私はお返しにお菓子の作り方を教えた。
お互いにウィンウィン。
食べる時間もいいけれど、私たち料理人にとって、作る時間もかけがえのない体験なのです。
思いの丈を伝えると、ペーシェがきちんとつっこんでくれた。
「キッチン・グレンツェッタでも歌いながら料理してましたもんね。ラザニアを作った時とか。ホムパに呼ばれて行くとキッチンから楽しそうな声が聞こえるんですよ。あ、言っときますけどあたしも料理の手伝いとかしますからね」
「ペーシェさんはすごいんですよ。どんなものでも一度見ただけですぐできちゃうんです。とっても目がいいんですよ」
賞賛を含んだ感嘆のため息がもれ、ライラさんはもしやと思ってペーシェに詰め寄る。
「もしやすると、一度見ただけで料理とか魔法が習得できるユニークスキル?」
「いや一度見ればたいていのことはできるようになるでしょ。それを言ったら、即興で歌いながらおいしいもん作ってくるすみれとかシルヴァさんのほうがよっぽどすげえと思いますわ」
「褒めてくれてありがとう。今度はペーシェも一緒に歌いましょ♪」
「歌いましょうっ!」
「う、ん、ガンバル……」
がんばれ!
プリンを食べ、おかわりしたプリンにローズシロップをかけるローザは微笑みながらペーシェを妬む。
「一度見ればって、そんな言葉がでてくるだけ羨ましいわ。にしてもたしかにペーシェの言う通り。即興で息の合った料理を作れるってすごいわ。傍らで手伝いながら見てるけど、こっちまで楽しくなっちゃうもん」
言われてみれば、ペーシェに料理のレシピを2回以上聞かれたことってないかも。
ただし、それでユニークスキルかどうかと聞かれれば微妙である。単に物覚えがいいのか、容量がいいのか、記憶力がいいのか。そのどれかを特定することなど困難だった。
科学的に観察しようとも、それは科学の範疇を超えない。
逆に魔法的に観測しようとも、魂の防殻に遮られてユニークスキルかどうかの判別はできない。
なるほど、これはなかなか厄介ですね。
歌いながら料理できるのは自分でも不思議な気分。相手の視線を見て、手元を見ながら動いてれば次に何をするのか、どうしたいのかが経験則から予測できる。だいたいいつもそんな感じ。
アレですかね。歴戦の戦友なら背中合わせだとしても、呼吸の合った戦いができるようなものと似てるのかもしれません。
「ライラさんは元剣闘士ですが、そういう感覚ってありましたか?」
「私はそういうのわからんな。剣闘士時代からソロだったしな。放電するからチームプレーとか無理だしな。シェリーはどうなん?」
「予測を立てて行動するのは得意です。しかし、特定の仲間と息の合ったコンビプレー、と言うような経験はないので残念ながら。こういうのはアルマに聞いたほうがよいのではないでしょうか」
矛先は眠気まなこのアルマ。大きなあくび。ドライアイを温めるために魔法で熱したタオルを顔に当てて首をがっくんがっくんさせていた。
これはダメそうだ。
よし。私たちも寝よう。
思い返せば今日もいろいろとありました。
雨音香るログハウスの暖炉で温められて、フェアリーたちと楽しいひととき。
狂喜の沙汰のスイーツボム。狂気の沙汰ほどなんとやら。女子の願望全部乗せしたようなバスボム作りはとても刺激的だった。
スイーツを食べながら、同じお菓子でも場所によって味が違うと知ると、ローズマリーはどっちも素敵だと叫んでバスボムにしてしまう。
イチゴの壁のかまくらに鎮座した赤雷。まるで楽園のようだと頬を染めた。
月下はもちろんフルーツケーキを襲撃。ベリージャムとふわふわの生地を食べては飛び跳ね、桃のあまあまタルトを食べては喜び転がる。
白雲はホイップクリームに興味津々。雲のような純白。ふわっふわの食感。なめらかな舌触り。あまあまのミルクとバニラの風味に瞳をきらきらさせた。
バーニアはもちろんバニラ推し。初参加のアリスとヴィルヘルミナにバニラを勧め、自分の実験結果を披露。バニラがいかに偉大で素晴らしいものかを説法する。
それでもってスイーツを作ってあげると、窯の前までやってきて背中を追ってくれるのだ。
焼きあがったそれを見て、待ち遠しそうに喉を鳴らし、どんな味がするんだろうとわくわくする姿がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお思い出しただけで笑顔になっちゃう!
「シルヴァさん、寝る気ないでしょ?」
「びっくりするほどオーラが賑やかです」
~おまけ小話『言葉の謎』~
ライラ「ちょっと気になってたんだけど、ここが異世界ってことはさ、本来なら言葉の壁ってあるんじゃないの? でも文字は普通に読めるし、言葉も認識できる。物の名前も共通認識の範疇にあるじゃん。だからなんか異世界って感じしないんだけど、ここって本当に異世界なの?」
アルマ「えっ!? 今さらそれを言いますか?」
ペーシェ「あぁ~、だから異世界に来たって実感が薄いのかも。用途が同じだとしても名前が違うのは当たり前のはずなのに。全部あたしたちの知識の範囲内だよね。スプーンとかもさ、普通にスプーンで通用するし。プリンとかケーキとか、モノは同じでも表現する言語が違ってもおかしくなくない? もしかしてこれって、ハティさんの極大魔法が関係してる?」
アルマ「どうなんでしょう。もしやすると、ハティさんが龍脈に流してる魔法の余韻が体に残ってるのかもしれません。でもあれは【細かいことが気にならなくなる魔法】のはずです。言語や認識を自動変換してくれるものとは別のものではないでしょうか」
ローザ「でもさ、ハティさん基準で言うと、彼女の大事なことは【みんなで仲良く楽しく一緒にご飯を食べること】でしょ。だとすると、言語の壁とか認識のズレとか、彼女にとっては【細かいこと】なんじゃない?」
ペーシェ「うわー、否定できねー」
シェリー「だとしたら末恐ろしいな」
ライラ「オートファジーの魔法の説明も、【気持ち悪い時に使うといい感じになる】って言ってたしな。曖昧さと効果範囲の広さは折り紙付きだ。よくも悪くも」
ヘラ「原因はわかんないけど快適なトラベルライフが送れてるからそれでいいんじゃない? 個人的には知的好奇心がくすぐられてすごく気になるところ」
アルマ「ですね。もしやすると、アルマが【魔法】って叫んでいても、聞こえた人には別の言葉に聞こえていて、だけど両者の認識の中で合致するように意思疎通ができてるパターンがあるかもですよ」
ローザ「なにそれめっちゃ便利。チートな翻訳技術だわ」
ペーシェ「例えると、ローザが目の前にある花を指さして【バラ】って言い放ってても、アルマには【う●こ】って聞こえてて、でもアルマの認識もローザの認識も共通だからやりとりする情報に齟齬が起こらない。だから問題なく会話が成立してるってわけか」
ライラ「例えがクソすぎる」
アルマ「だとすると、アルマはバラを指さしてう●こう●こ言ってるってことになるんですけど」
ローザ「ぶち殺すわよッ!」
ペーシェ「アルマには今、あたしに吐き捨てたローザの暴言が認識できた?」
アルマ「ぶち殺すわよ」
ぺーシェ「あぁ~、結局のところ、聞こえる言葉と放つ言葉が別物であることを証明しないと、仮説を証明できないってことか。こりゃどうしようもないな」
ローザ「あんたの頭がね」
シェリー「もっと他に表現のしようがあったろうに」
すみれ「でもシャングリラに行った時は文字が読めなかったので口頭で翻訳してもら、あれ? 口頭では問題なく意思疎通できてた。なんでだろう」
ペーシェ「いよいよ謎が深まるばかりなやつ。もう考えても分からん」
ヘラ「考えても分からないことは考えないようにしましょう。帰ったらハティちゃんに聞くってことで」
ローザ「ハティさんにそういうの聞いても、まともな返答は返ってこなさそう」
ペーシェ「わかるー」
ローザ「あんたちょっと黙っててくれる?」
やっぱりシルヴァはスイーツとフェアリーのことしか頭にありませんでしたね。
ヴィルヘルミナは内心、フェアリーの存在が確認できておおはしゃぎ。おおはしゃぎしない人はいないんですけどね。
アリスの監視をしながら、結局は振り回されるヴィルヘルミナ。
それすらも楽しむヴィルヘルミナ。
飄々と立ち回る彼女は世渡り上手なのでしょうね。
次回は、異世界旅行最終日。ローザ主観のストーリーです。
異世界旅行を堪能した彼女は楽しかった数日を思い返して朝食を食べる。そうして会話を弾ませる中で自分の名前の由来を知ります。
あとはお土産を手渡されたり、完成した刀を見たりしてわいわいしますよ。




