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異世界旅行1-6 毎日が新しくて、明日が待ち遠しくて 5

 彼女の手元に並べられた宝石たちは色とりどりの輝きを放って魅了してくる。

 選ばれるのを待ってるような、運命の人と出会う幸運に期待を寄せるような、そういう擬人的な視線を感じた。

 しかしてどれも綺麗な色ばかり。視線だけが右往左往してしまう。

 見ても分からないから、実際につけてみよう。


 最初に目についたのはリーフグリーンのペリドット。

 爽やかな緑色が特徴的な石は、キラキラと輝いて心を照らしてくれるよう。

 ミントグリーンのベリルは落ち着いたお姉さんのような印象を与えてくれた。

 淡い乳白色のムーンストーン。女性らしい母性的な美しさを放ってる。

 華恋おすすめのスモーキークォーツ。幻想的な風景がミステリアスな雰囲気を醸し出した。


 ぐぬぬ。どれも素敵だから決められない。

 装飾品を選ぶ機会ってほとんどなかった。普段から選ぶカテゴリーは『消耗品』。

 気に入った柄のコップだとか皿だとか。耐久消費が低くとも高くとも、消耗品として捉えてたから目についたものを選んでた。


 しかし宝石となると話が違ってくる気がする。半永久的に遺るであろう装飾品。せっかくなら子供や孫に引き継がせたい。

 となるとやっぱりモース硬度の高いものがいいのか。

 いややっぱり自分が身に着けるわけだし、自分の好きなものを選ぶべきか。

 悩みだすとあっちもこっちも欲しくなる。

 値段はわからんがきっとどれも高価なもの。手持ち金で払える物でなくてはならない。


「い、一応聞くんだけど、この宝石ってどれくらいの値段するの?」


 質問ののち、少し考え込んで質問を質問で返してきた。

 困った様子で悩んだわけではない。別の提案をしようと言葉を選んだ様子である。


「話しが変わるんだけど、ヴィルヘルミナって旦那さんがいるんだよね?」

「うん、まぁ。婚姻はまだ少し先で、子供を作るのももう少し体が成長してからって相談してる。男女のもにょもにょは既に済ませた」


 そう言うと初心な少女は顔を真っ赤にして雄たけびを上げた。

 昼寝を終え、あたしの背後に近づいていたフィアナも雄たけびを上げた。どうやら会話が聞こえてたらしい。

 鈴はそういう知識がないから、2人が突然叫び出して困惑した。


「男女のもにょもにょって、あの、その、ええええええええっ!?」


 お嬢様には刺激が強かったか。面白いのでそのままにしておこう。


「そっ、その話しは置いといてっ! だからええと、私ね、今年の秋ごろに開催されるっていうハロウィンナイトに招待されてるの。ヘラさんに。だからその時に旦那さんを連れてきて、その人に選んでもらうのってどうかな。旦那さんに選んでもらったものなら、ヴィルヘルミナも納得して身に着けられるでしょ?」

「なるへそ。ゴッドアイデアなの!」


 その手があったか!

 たしかにいい人に選んでもらえたなら、それがどんなものだろうと納得できる。さすが華恋。ちょー賢いの。


 時間もいいころ合いだ。さぁさぁフェアリーとのティーパーティーに出発するといたしますか。

 あんまり気が進まないけどアリスを呼び戻して出立しよう。

 振り向いても視界にいない。あいつめ、いったいどこまで遊びに出かけたのやら。まさか子供たちを連れて、ハーメルンの笛吹よろしく、ワンダーランドに帰ったんじゃないだろうな。

 いったいどこまで行ったのか。

 いっそ置いてってやろうか。


「さすがにそれはちょっとどうかと思うけど」


 華恋は優しいなぁ。


「といいますか、なぜここにヴィルヘルミナさんが?」

「かくかくしかじか」

「いろいろと理解が追い付きませんわ」


 でしょうね。素っ頓狂な顔のフィアナの気持ちも分かる。

 でも現実なので呑み込んでください。


 周囲の人の話しを聞くと、子供たちと一緒に船を建造してる造船所に行ったそうな。

 超巨大な動物と一緒に。


「い、嫌な予感しかしねー」

「超巨大などうぶ…………もしかして、この足跡?」


 40~50cmほどの大きさの足跡がかなりの歩幅で残ってる。

 ところどころには半分程度の大きさの足跡。

 特徴的な形の残滓。これ、なんか、いや実際には見たことないんだけど、なんとなく脳裏に浮かんだ動物から察すると――――――ゾウ?


 どうなんですか、フィアナさん。


「見た目は、似ていると思いますわ。でもエルドラドにゾウはいないはず」

「ゾウ? 嗅いだことの、ない、匂い、と、子供たちの、匂いが、一緒に、ある」


 獣人の鈴の鼻が言うなら間違いない。


「アリスのやつ。まさかロストワールドからなんか引っ張ってきたか?」

「ロストワールド?」

「絶滅した動物たちが住まう最後の楽園なの。ドードーもそこにいたの。青い蜂とか、翼竜とか、太古の時代にいた節足動物とか」

「なにそれちょっと行ってみたいかも」

「とても興味深い世界ですわ!」

「まじかー」


 いや絶対やめたほうがいいよ。華恋もフィアナも興味津々。

 思いのほかアグレッシブで好奇心旺盛なようだ。

 だが今はアリスを追跡して、しばいて子供たちを奪還することが先決。

 追いかけようと1歩進むも、ずっと続く足跡を見て幻滅。長い距離を移動するほどのメンタルはない。体力に自信はあるがメンタルはない。一瞬でやる気がなくなった。

 もう置いて行くか。そうしよう。


 そういうことなら、とフィアナさん。なんと移動手段に召喚獣を呼び出すという。

 いいんすか。移動手段なんかに召喚獣を使っていいもんなんすか。


「問題ありません。背中に乗って追いかけましょう」

「「いえすっ!」」


 乗れるなら、乗ってみたいの、召喚獣。

 顕れました巨大な青白い狼。氷狼(フェンリル)。名をコキュートス。厳格な地獄の番人といった様相。おぉ、なんと気高くかっこいいのか。背中に乗って疾走したい。

 女の子4人が余裕で乗れるサイズの背中。

 氷の狼っていうから冷たいのかと思いきや、そこは普通に生物。もふもふであったかい。息づくと体が上下に動き、筋肉を通して鼓動が伝わる。

 牧場で馬に乗った時よりも、なんていうか、迫力ってか、よりいっそう、命の鼓動を感じた。

 すげえ。召喚獣すげえ!


「ひゃっほ~! 風になるぜ~!」

「なんだかんだ言って先頭に乗るのね」


 そりゃそうでしょ。風を感じるなら先頭以外にありはしない。


「~~~~ッ!」


 鈴は声が出ない。こんなに早い乗り物には乗ったことがなかった。普通はないでしょうね。


「しっかり掴まっていてくださいね。もう少し飛ばします。フェアリーとのティーパーティーに間に合わせるために!」


 力強く大地を踏み、加速。吹き付ける風が気持ちいい。しっかりとしがみつき、次々に現れる景色に胸を躍らせた。畑を抜け、草原を駆け、丘の上から海を臨む。


 黄金郷(エルドラド)

 誰もが夢見る輝く世界。

 それはきっと誰の心にも在り、最も身近でありふれた日常にこそあるのかもしれない。

 ショコラにも、愛しいむーくんの腕の中にも。


      ♪     ♪     ♪


 海風薫る大地まで近づくと、巨大な建造物が現れた。

 木造の船。大漁を祈って建造されるそれは大航海時代を思わせる代物。見上げ、感嘆のため息をもらすのは大きさと、それを作る人々への尊敬を感じたから。

 そして傍らにもうひとつの、いや20頭くらいの大きな影。


 バオオオォォォォォォンッ!


 そんなふうに聞こえる鳴き声を立て、新天地へ期待を寄せた彼らは子供たちの人気者。

 鼻で掴んでもらって背中に乗ったり、水浴びをする彼らのしぶきにあてられてはしゃいだりと、十人十色の表情を浮かべた。

 かくいうあたしたちもその中のひとり。

 まぁあたしのは楽しいじゃなくて、呆れたって顔をしてると思うけどね。


 我々を見つけたアリスは得意満面になって解説を始める。


「こやつらも新天地を得られて満足してるのだ。かわいがってやってほしいのだ。ちなみにここにいるのは20頭ほどだが、隊を離れた個体があと100頭ほどいるのだ。とはいえ、やつらは自分自身で生活できるから、わざわざ世話をやく必要はないのだ。性格もおだやか。食い物は草しか食わん。これだけの草原と森があるなら、大地が砂漠になることもないであろう。ここは本当によい土地なのだ。彼らも満足してるのだ」

「お前また勝手なことして責任とれんのか?」

「責任もなにも何も問題はないのだ。共存共栄すればいいだけの話しなのだ」


 なのだ、じゃねぇよ。


「なぜ共栄できる前提でお話しされているのでしょうか。それから、彼女は誰でしょう?」


 フィアナさんが困惑してる。マンモス然り、アリス然り。

 なので彼女のことは簡潔に説明しよう。


「バカ者です」

「ひどいのだっ!」


 ひどいのはお前の行動力と想像力だよ。

 なんでロストワールドからゾウ、ではなく、マンモスを連れてきたんだよ。

 生態系が破壊されたりするんじゃないの、これ。

 畑とか荒らしたりするんじゃないの、これ。


「大丈夫なのだ。こやつらは草しか食わんのだ。食料がなくなったら困るから、一定の広範囲を移動しながら草を食べ歩く習性があるのだ。人の作った畑を荒らしたりはしないのだ。しかもとても賢くて優しい性格なのだ。獣人たちは動物たちとある程度の意志疎通ができるらしいから、仕事を手伝わせることもできるのだ。ちなみに、主食は草だがリンゴが好物だから、リンゴの木を植えてやるとよいのだ」


 アリスがポケットから取り出したリンゴを、マンモスはバキバキいわせて食べる。音がすごい。


「リンゴの木を植えるのは大賛成。将来的に植えたいって希望が挙がってる果物だから」


 華恋はマンモスから目を逸らしてリンゴを見据えた。


「リンゴは万国共通、愛される果物ですからね。栄養価も高くておいしくて、きっとエルドラドでも重宝されると思いますわ」


 フィアナもマンモスから目を逸らしてリンゴに言及。


「お花も白くて綺麗なのを咲かせるから見た目もゴッドなの。で、なぜマンモスを連れてきた?」


 そう聞くと、アリスは自慢げに胸を張って鼻を鳴らした。

 曰く、子供たちを驚かせるため、造船所の人々に間食を渡すため、移動手段として召喚した。全員。約120頭。ロストワールドにいるマンモスを全部。


 気性は穏やか。

 力持ちで馬よりも馬力がある。

 食糧は草。これから耕作する草原の草を食べてくれるなら、開墾の手間が省けて万々歳。畑を荒らすことなくエルドラドの人々と共存できるなら言うことなし。

 糞は肥料になり、紙にもなる。暁さんがゾウが欲しいと言ってたらしいから、紙の原料を作ってくれるなら文句なし。


 しかし。しかしだ。

 このサイズの動物を移住させるって、これはまず暁さんに相談するべき案件であろう。

 勝手にやっていいことではない。規模が基地外すぎる。


 というわけで、お呼びしました暁さん。


「エルドラドでティーパーティーするのはいいんだけど、なんでヴィルヘルミナがここにいるの? あとそっちのテンションの高い子は? それで背後にいる、なんか、めっちゃでかいモンスターはなに?」


 知らないとモンスターに見えますよね。

 お菓子越しにがっつくアリスが力強く否定する。


「モンスターじゃないのだ。マンモスなのだ。ゾウの親戚みたいなもんなのだ」

「マンモスの糞って紙の原料になる?」


 切り替えが早い。

 絵に描いたような手のひら返し。


「食糧は紙の原料になる草だから大丈夫なはずなのだ。そうでなくても、重い荷物の運搬にはもってこいの力持ちさんなのだ。巨体に反して足音も静かなのだ。賢くて優しくていいやつらなのだ」

「たしかに荷運びの運搬はこれから重要になってくる。建設予定の港からエルドラドまでは数十キロあるからな。どうしようか考えてたところだったんだ。にしてもいいのか。そんなに便利な動物を移住させてもらって」

「問題ないのだ。彼らも安寧の地への移住を切望してるのだ。なんせロストワールドはバナナ型神話で言うところの【石】だからなのだ」

「石?」


 結論から言うと、ロストワールドの中において、生命は不滅となる。

 絶滅しそうになった動物たちがたどり着く漂流地(ロストワールド)は種の絶滅を避けるため、生命を不滅の存在にしてしまう。

 反面、死ぬことのなくなる世界で子孫は生まれない。最初はそれでもよかった。滅亡の危機を免れるなら、不老不死になり、境遇の似た仲間たちとともに静かに暮らせるなら。

 それから幾千幾万年の時が経ち、生物の本能を、栄華を誇った過去を思い出して彼らは恋焦がれた。


 愛が欲しい。


 ゆえに、いつかロストワールドを離れ、黄金の地を目指したいと願ったのだ。

話しを聞いて少し感動してしまった。愛を思い出す物語。マンモスに愛着が湧いてくる。


「それでここを紹介したんだ。たしかに人間も移住したくなる土地だもんね。マンモスが恋焦がれるのもわかるわ。まさかマンモスにまで出会えるとは思ってもみなかった。ヘラさんがティーパーティーをほっぽりだして突進してったわ」


 ペーシェの視線の先には子供のようにはしゃぎまくるヘラさん。こうなることは分かってたので驚きはない。


「恥ずかしいからもう少しおしとやかにしてほしい」


 娘からしたらそうでしょうね。

 達観したアルマは紅茶をすすってひと言。


「ヘラさんなので仕方ありません。もともと、発掘隊に混ざって化石を掘りに行くほどに太古のロマンに興味がおありですから。かくいうアルマもあんなでっかい動物は初めて見ました。背中に乗ってみたいです。わくわく♪」

「激しく同意」

「それはあたしも興味ある」


 でっかい動物の背中に乗る機会なんてなかなかないからね。せっかくなので堪能したい。わくわく。


「たしかに長距離を移動できる動物はいて欲しいとは思ってた。鉱石を積んだ荷台はものすごく重くて負担になってたからね。でもまさかマンモスが現れるとは思わなかったよ」

「利便性はともかく、本当に共存できるかが問題ではないでしょうか? そこはまぁ、これからの問題でしょうが」


 華恋とフィアナの不安はそこ。共倒れか、片方に不都合があってはならない。

 暁さんの見解やいかに。


「心配はある。が、それ以上にメリットのほうが強い。獣人と動物たちとはある程度の意思疎通ができるから、折衷できる余地はある。なによりもう来ちゃったしな。子供たちもおおはしゃぎだしな。とりあげるとかしたら泣かれそうだしな」


 半分、いや大半諦めてた。

 物珍しい動物に目を輝かせて背中に乗って飛び跳ねる子供たちの姿を見ると、とりあげるなんてとてもできない。そんなことをしたら今まで培ってきた求心力が消滅してしまう。

 暁さんにとって、多分それは死ぬほど辛いやつ。


 お膝の上に小さな子をちょこんと座らせ、おいしいスイーツを食べさせて頭をなでなでする暁さんってば幸せそう。

 子供たちを呼び寄せてティーパーティー。

 こんなに早く実現できるとは思ってなかったとご満悦。

 それもこれも張り切ってたくさんのお菓子を焼いたお姉ちゃんとメルティさんにブラード、セチアさんやエディネイたちのおかげ。お菓子作りに夢中になって、食べきれないほどの量をこさえてしまったそうな。

 おすそわけに出ようとしたところ、アルマの号令を聞いてエルドラドへ持ち込んだ。


 みんな楽しそうにお耳をピコピコ。

 尻尾をふりふり。

 頬を真っ赤に染めて笑顔を作る。

 大自然を背に囲むティーパーティーたるや至上。ハイゼンディ農場でもこんな風景を実現させたい。

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