異世界旅行1-6 毎日が新しくて、明日が待ち遠しくて 4
以下、主観【ヴィルヘルミナ・クイヴァライネン】
雨上がりの空は冷えた空気を温めるように輝き、お日様が煌々と大地を照らした。
やはり晴れの日とはいいものだ。彼女たちの笑顔がよく映える。
スイーツを前に、セチアさんちで見た彼女たちの表情は幸せそのもの。幸福の象徴と形容して相違ない。
北欧の田舎を思わせる牧歌的なセチアさんの工房。燭台の灯りとオーブンを温める暖炉の火で照らされた団欒は、穏やかでありながらまばゆいほどの光を放っていた。
そのままの勢いでお昼ごはんという名のティーパーティーに突入しようとする尊敬すべき姉。
まさに天啓か。雲は割け陽が差し、みなが姉の暴挙を止めに入る。
お昼ごはんに砂糖はない。
それはさすがに勘弁してくれ。
そういうわけで北部に居を構える、時代劇で見る倭国のお屋敷のような食堂へ赴いた。
お座敷とカウンター。外には長机のテラス席。
自然に立ち並ぶ木々。
吹き抜ける風。
お日様のぬくもりを体いっぱいに浴びて食べる昼食というのもなかなかによいものだ。今度、ショコラで働くみんなと一緒に昼食会を開くのもいいかもしれない。
「いやー本当に驚いたわー。まさかヴィルヘルミナがやってくるとは。フェアリーに会いたいからって気合い入れすぎでしょ」
上座を譲ってくれるアルマは礼儀正しい。靴を脱いで掘り炬燵のテーブル席に足を放り投げる。
なんという空気感。新鮮すぎてわくわくするの♪
「お姉ちゃんほどでないにしても、フェアリーと一緒にティーパーティーをするなら命懸けなの。アルマは日常的にフェアリーと一緒にいるからわかんないだろうけど、あたしたちからしたら夢幻の住人。チャンスを逃すなんてあってはならないの」
「人生の不幸は2つ。正しい知識がないことと、できるのにやらないことなのだ」
「アリスの言う通り!」
「出来るからって、夢を渡ってまで異世界に来るかよ」
アルマは呆れ、ペーシェは褒めてくれる。
「キッチン・グレンツェッタの時から思ってたけど、ヴィルヘルミナって見た目に反して豪胆だよね。いい意味でさ」
お褒めに預かり光栄なの。
そう、自分でも肝が据わってると思います。
でもそんな自分が好きなので変わるつもりは毛頭ありません。
さぁさぁ異世界のランチを堪能するといたしましょう。山と畑の幸がてんこ盛りの炊き込みご飯。味噌の効いた具沢山の豚汁。イワナと鮎の塩焼き。3種類のお新香。ここではこれが普通のランチだと言う。
マジか。
めっちゃ豪勢に見えるんですけど。
「そう? ヘイターハーゼのランチだってこんなもんじゃない?」
アルマからするとそう見えるのか。
「使ってる具材の種類がめっちゃ多くない?」
「大量に同じものを作るからそんなに手間じゃないと思うよ。使う具材は多くても提供する料理の数は少ないから」
「なるへそ。そういう形で折り合いがついてるわけか。うまうまっ」
うまい。初めての味なのにどこか懐かしい印象。これが侘び寂び。心に沁みる。
「おいしそー。ちょっぴり分けてもらっていい?」
「もちろんなの!」
バーニアが上目遣いでおねだり。断る理由など微塵もない。
塩焼きの前でしゃがみ、自前のお箸でつまんでぱくり。
豚汁に浮かんでるにんじんをつまんでぱくり。
おいしいと笑顔を作り、ありがとうと首を垂れた。
なんてかわいらしい存在なのだ。一生見てられる。
テーブルの上を縦横無尽に動き回っては目星をつけた料理に突撃。少しずつ分けてもらいながらランチタイムを全身全霊で楽しんだ。
天衣無縫。あたしにもこんな時代があったのだろうか。
そう思うと涙が出てくる。
「いや、今でもちゃんと天衣無縫」
「ほんとそれ」
「それって子供っぽいって意味?」
姉と姉の言葉を鵜呑みにするアルマを睨みつける。
「貴女はずっとそのままでいいと思うよ。ヴィルヘルムもきっとそれを望んでると思う」
ですよねー♪
「ヴィルヘルムっつったら、ヴィルヘルミナの旦那なのだ。ドードーを手土産に婚姻したのだから、成就の大半の功績は我のものなのだ。えっへん!」
「はいはい」
ドードーと婚姻は無関係。とはいえ渇望していたドードーを手に入れ、彼らの安住の地を確保し、勢いで口走ってしまったとはいえ、意中の相手を手に入れたのだ。少しばかり感謝してやらないこともない。
雨上がりの涼しい風を受けながら飲むあつあつのお茶も一興。
ずずず、ずっ。
あぁ、茶がうまい。
しかしどうしようかなー。
むーくんには断りもなくユニークスキルを使ってしまった。つまり突然消えていなくなったことになる。よくよく考えるとヤバいかも。
でもまぁむーくんなら大丈夫かな。あたしの性格をよく知ってるし。いいわけないか。でも考えても手遅れなので一生懸命弁明しよう。
それじゃ、しばらく異世界に滞在してこの時を楽しもう。
「いいのか、それで」
まったく、ペーシェは心配性だなぁ。
「いいのいいの。ところでこれからの予定は? とりあえずお姉ちゃんはローズマリーたちと一緒にケーキ作りとティーパーティーね。エディネイはリィリィちゃんとデートね」
「無論!」
「なぜわかった!?」
「わかんねーほうが不思議なの。それからアルマはあたしのためにメリアローザを案内するの」
「いいけど。せめて『お願い』してくんないかな?」
シルヴァお姉ちゃんとエディネイはフェアリーたちとティーパーティーの準備。
ライラさんたちはダンジョンにあるというエルドラドと、剣術指南を受けてるアナスタシアのもとへ。
ローザとヘラさんは魔の巣窟・メリアローザ王立病院へ魔法文化の医療技術の視察。
ペーシェとすみれは食べ歩きにつぐ食べ歩き。
「ちょ、ちょっと待って。もうこれ以上は無理。食べ歩き以外にしよう。ライラさんたちについてって観光しよう」
どんだけ食い道楽してんだ。道楽じゃなくて単純に苦痛か。
懇願した先のライラさんはウェルカムの構え。
「観光目的じゃないんだがな。けど、2人がいいなら構わないよ。アナスタシアとフィアナの様子を見に行くだけだし。ヴィルヘルミナとアリスもどう?」
剣術には興味ない。エルドラドには興味ある。
聞くと黄金郷のような素晴らしい世界が広がってるというではないか。
この世の楽園。なにより響きがGood。
ティーパーティーの前に命讃えし黄金郷へレッツゴー!
♪ ♪ ♪
空は快晴。
薫風吹きすさぶ風は少し強め。だからこそ、土と緑の香りが鼻をくすぐる。
自然の大地。自然の空。自然の風。
全てが在りし日の原風景。
祖霊の還る思い出の地。
「それは言いすぎだろ。綺麗な景色って意味じゃ同感だけど」
と言いながら、全身で深呼吸するライラさんは超楽しそう。
「随分と静かなのだ。草花も全く騒がしくないのだ」
「ワンダーランドがカオスなだけなの。一緒にすんな。うるさくてたまらなかったの」
「ワンダーランドか。その話し、あとでゆっくり聞かせてほしい」
シェリーさんはワンダーランドに興味津々。だが、理想は理想のままのほうが美しい時もある。ので、あんまり伝えたくはない。
「ですです。あんなに極厚なクッキーを焼いて中が生焼けにならない方法を教えて欲しいです」
「聞くところ、そこじゃなくね!?」
すみれはいつでも本気。冗談は言わない子。だからこそ、アリスの手を掴んでワンダーランドへ迷い込んでしまいそうで怖い。
バニーガールのゆきぽん。
デルレン親方みたいな顔の糖尿竜。
挙句の果てにはジンジャークッキーマンのような姿をした超巨大な姉。
アリスは魂がリンクしてるとかなんとか意味不明なことを言ってた。意味は分からんが、誰にもあの世界に赴いてほしくない。なんかすごい嫌だ。最も恐れるのは、あの世界のあたしがなんなのかということ。
しゃべる草花にも顔があった。チェシャ猫なんてとんちきな人間か猫かもよくわからんフラストレーションモンスターがいる。
自分が素っ頓狂な存在としてワンダーランドに在るならば、そいつを殺してなかったことにするかもしれない。
考えたくない。
もうワンダーランドには行きたくない。
ドードーを手に入れたあたしには無用の世界。
フェアリーのいるメリアローザとだけ交流すればそれでいい。
嫌な思い出を脳裏から消し飛ばそう。
見渡す景色に集中しよう。
のどかな田舎。井戸があり、子供たちがはしゃぎまわり、畑では汗を流して働く人々の姿がある。
車はなく、スマホもなく、高層ビルなどひとつもない。
なんという僻地。
思ってたのとちょっと違った。
「どんなのを想像してたの?」
「黄金郷って言うからには、こう、高度な文明を備えながらも景色はメソポタミアみたいなのを想像したの」
「すげえもんを想像したな。でもここの養殖技術は本当にすごいよ。それに、エルドラドの成り立ちを知ったら感動するから、ハンカチを用意しといたほうがいいよ」
エルドラドの成り立ちとな。
ペーシェの要約によると、元奴隷の獣人たちを引き受け、かの地の大地を与え、安寧の地を築いたという。傷ついた彼らの心に寄り添い、支え、称えた暁さん率いる仁義の人々のおかげで、彼らは笑顔を取り戻したという。
なんという暁さん。
超かっけー!
「キッチン・グレンツェッタで会った時からかっけーって思ってたけど、マジですげえな、おい!」
「そうだよー。暁さんはちょーかこいいんだから。エルドラドの人たちも暁さんを尊敬してるし、暁さんもエルドラドの人々のことを尊敬してる。本当にすごい人なんだから」
誇らしげに語り、笑みを作るアルマの横顔はとても優しくて、なんかすっげー輝いて見えた。
そんな感情になれて羨ましいっつーか。
あたしもこんなふうに思える人と出会いたいっていうか。
具体的にはよくわかんないけど、ふとそんな心地にさせられた。
フィアナさんと仲良しになった鈴さんは川辺のほとりで仲良くお昼寝中。
まるで恋人が寄り添うように肩を並べて夢の中。
カップルかよ!
幸せそうな顔しちゃってまぁなんかこっちが恥ずかしくなるわ!
「今日は本当によい日和ですからね。風も心地いいですし」
合流した大和撫子は鬼ノ城華恋。セチアさんといい、リィリィちゃんといい、異世界には美人しかいないのか?
「言われてみればたしかに。ゲートのところだと結構な強風だと思ったけど」
ペーシェの言葉通り、丘を下った川辺の風は穏やかだ。
「高所と低所で随分違うな。ここはめっちゃいい風が吹いてる。ぶっちゃけ私もまどろみたい」
「ライラさんの気持ちもわかります。天気もいいですから。っていうか、人が増えてますよね?」
「初めましてなのだ。ワンダーランドから来たアリス・ワンダーランドなのだ。よろしくなのだ!」
「ワンダーランド?」
それはおいといて、ライラさんたちがここにきた目的を果たすとしよう。
ずばり。鈴という女性にエルドラドとメリアローザの架け橋になってもらうため、彼女を連れだしてメリアローザをもっと体験してもらうこと。
きっかけとして、心を開き仲良くなったフィアナとともにあっちこっちにお出かけしてもらう。
内向的な性格の鈴。だけど大好きなことには人一倍目を輝かせてお耳をピコピコさせる。彼女なら、もっと多くの世界を知り、伝え、人間との交流にあと一歩踏み出せない人々の手を引いてくれるはず。
そういう期待を込め、フィアナと一緒にいられる時間をめいいっぱい利用し、メリアローザに連れ出そう大作戦なのだ。
昨日まではフィアナが手を添えていたのだが、今日はこちらから出迎えることで、こちらは貴女を歓迎してるんですよ感を伝えようとした。
それもこれも全てはエルドラドのため。鈴のため。メリアローザのため。
ひいては、異世界であるグレンツェンやベルン、その世界が魔鉱石の恩恵を得るためである。
「と、思って迎えに来たのだが、気持ちよさそうに寝てるし、起こすのも悪いな。どうしよう」
子供っぽいところのあるライラさんなら問答無用で突撃すると思った。さすがに大人らしい。
「それでしたら、時間になったら私が起こして連れていきます。ちなみに、今日のティータイムのスイーツは決まってますか?」
「桃のタルトタタン。果物をふんだんに使ったダブルサイドケーキ。アリス特製の超巨大クッキー。その他諸々」
「いえすっ!」
華恋は全力でガッツのポーズと笑顔を作った。
大和撫子も女の子。あまあまなスイーツに頬も緩む。
そういうわけで、ライラさんたちはアナスタシアが剣を振ってるという道場へ向かった。
あたしとアリスはエルドラドで空を見上げることにする。というのも、アリスがここに残ると言い出したからだ。
こいつを1人にしておくことほど恐ろしいことはない。お目付け役として、保護者として、監督しなくてはならない。
食堂へ向かった彼女は子供たちを呼び集め、ポケットの中からクッキーを取り出しては配り続けた。明らかにポケットのサイズとクッキーの量が等価じゃない。
四次元にでも繋がってんのか、そのポケットは。
平等に、全員に、手作りクッキーを渡して笑顔を振りまいた。
当然、無償で甘味を渡す人間への求心力は半端ではない。あっという間に仲良くなってお姉ちゃん力を見せつけた。
ふふんと鼻を鳴らして自慢してくるアリス。
張り合うのも面倒なあたしは華恋の横に並び、楽しそうなアリスの姿を眺めていた。こういう手合いは相手にしないのが吉。それより華恋と交流を深めるが大吉。
彼女はエルドラドに出入りしており、アクセサリーを作るための鉱石の仕入れを担当してるという。
ペーシェとすみれがしていたピアスがかわいかったゆえ、あたしもお土産にひとつ欲しいのだ。希望すればできる限り好きなようにカスタマイズしてくれるという。
耳に穴を開けないタイプのピアスがあり、落下の心配もないとなれば気にもなる。
アクセには興味あったけど、高価な宝石類なんかは高嶺の花。
それにあたしにはドードーを捕獲して世界最高の眠りに誘うための羽毛布団を作るという夢がある。とりあえずドードーは手に入れた。クラウドファンディングも立ち上げて目標額に達した。ので、貯金を他に回す余裕ができた。
今後はむーくんの両親が経営する牧場を手伝いながら、小さなカフェと牧場体験なんかをして余生を過ごそうと思います。
つまりまぁなにが言いたいかっていうと、接客業をするからもうちょっと身なりを気にしたいなって思ったの。なので、華恋に頼んでカントリーメイド衣装に合う装飾品を見繕っていただきたい。
「余生って。まだ15だよね。その年で人生を決めるの早くない?」
「むーくんに嫁ぐから人生を彼に捧げるって決めたの。だから牧場と自分の趣味のために生きるの~♪」
「嫁ぎに行くの早いね。まぁでもそういうことなら任せて。ちなみに、服に合わせるってことだけど写真とかある?」
「もちのろんろん。ホワイトとリーフグリーンを基調にしたカントリーメイド風の洋服なの。イヤリングでもチョーカーでもなんでもいいんだけど、なんかワンポイント欲しいの」
と言って写真を見せると、大和撫子が職人気質に豹変。
「なるほど。とっても素朴で素敵な服だね。そうだなー、ヴィルヘルミナの髪色が明るいピンク色だし、服も落ち着いた色合いだから個人的にはワンポイントも落ち着いた色合いのものがいいと思う。逆に煌びやかにするならひとつだけにしとかないとバランスが悪くなるね。前者だった場合、透明度の低いパッションピンクのルビー。透明度の高いマリンブルー。反射率を高めるようにカッティングしたアメジストのイヤリング。真珠も似合いそう。反射率を抑えた水晶も赴きがあると思うよ。スモークの部分を切り出せばおしゃれ感抜群。石枠もいろいろあってね、はめると花の模様になるのもあるよ。ピアスの部分からチェーンを伸ばしてイヤリングにもできるから自由度が高い。チョーカーもいいって言ってたけど、この服装だったらループタイもいいんじゃないかな。そうだなー、少し濃いめのオレンジなんてどうだろう。キラキラしてるのならオレンジジルコンがおすすめ。風合いを楽しみたいならオレンジガーネットとかアゲート。強いオレンジならオパール、カーネリアン。ピンク寄りのオレンジに珊瑚とかスピネルとかあるけどどうかな。牧場でカフェをするなら周囲は緑が多いよね。だったらやっぱり服の色より薄い色の緑がいいかな。ヴィルヘルミナはどれが好み?」
熱量がすげえ。
目をきらっきらさせて迫りしゃべり倒すところ、なんかお姉ちゃんに似てる。
好きなことには一直線。どんな障害物も肩で張り倒す進撃の女子。




