異世界旅行1-6 毎日が新しくて、明日が待ち遠しくて 3
気を取り直して本日のお題。
アップサイドダウンケーキ。
使うのはオレンジ。輪切りのオレンジをボウルの内側に貼り付け、ふんわりと軽い生地を流し込んで焼き上げる。通常、アップサイドダウンケーキはフライパンなどの平たい器を使用するもの。
今回はまぁるいケーキにしたいので、ショコラで使ってる特注容器を使用します。
半円形の容器に生地を流し、生地の真ん中に半円形のボウルを埋め込むことでまぁるいケーキの出来上がり。生地の真ん中にボウルを入れるのは中心部分の生焼けを防ぐため。
またこの時、生地の真ん中には花びらのように輪切りのスイーツを並べ、容器で押し込みながら沈めていく。
そうすることで内側と外側の金属が当たっている部分に、並べた果物がこんがりと焼きあがり、見た目も味も香りもよくなるのだ。
普通のアップサイドダウンケーキは外側だけ。
ショコラのケーキは外も内もこんがりと焼いた果物が楽しめる。ダブルサイドケーキなのだ。
「ぐぬぬ。内側の果物が少しズレましたけど、大丈夫でしょうか」
「問題ありません。生地がメモリの位置に来るまで押し込んでください。膨張率を計算して設計してますので、そこだけ守ってもらえれば大丈夫です」
真剣なメルティさんはパティシエ。プライドとして完璧を求めようとする。
「なるほどなのだ。基準が見えれば簡単なのだ。我は真っ赤なベリーをたっぷり使ってやったのだ。カラメルもいっぱい塗りたくったのだ。めちゃあまなスイーツにしてやるのだ♪」
グッジョブです、アリスさん!
それではさっそくオーブンに入れて焼きましょう。
火を熾してもらったオーブンの温度は十分。薪で火加減を調節するオーブンはさすがに初めて。ここは慣れてるメルティさんたちにお願いします。
焼きあがるまでおよそ20分。
あったかい火の前で体を温める赤雷と白雲。
焼き上がりが待ち遠しくてオーブンの前で小躍りをするローズマリーとバーニア。
ペーシェと一緒にフライパンで桃のタルトタタンを作る月下。
かわいい。
みんなそれぞれ違った笑顔でかわいらしい。
癒される~♪
「お姉ちゃん、めっちゃ幸せそう」
「一生見てられるわ」
「そんなことより次のスイーツなのだ」
「ソンナコトッテナニ?」
「な、なんでもないのだ!」
フェアリーを前にして大事なことなど他にない。
とはいえたしかに、バスボムを作るに際してスイーツの数はバスボムの数。ここから先は日持ちするスイーツ。お隣さんに配って喜ばれる小さくて数のあるスイーツ。
つまりクッキーとかそんなやつである。
先日作ったメレンゲクッキーも評判が良かった。メリアローザにある材料で作れるスイーツにしたい。そうすればフェアリーたちに楽しんでもらえる。
私のおかげで!
「フェアリーのことになると理性が弱る。想定以上に」
「こ、怖かったのだ。こんな気持ちは赤の女王様に怒られた時以来なのだ」
貴女はもう少し、フェアリーと仲良くなって彼女たちのかわいさを思い知りなさい。
「それはそうと、ヴィルヘルミナのユニークスキルってなに? アリスさんがワンダーランドの女王様ってどういうこと?」
そうそれ。ナイスクエスチョン、エディネイ。
フェアリーの笑顔に比べて優先順位が低いものの、気になる話しは聞いておきたい。
でもお昼ごはんまでにバスボムを作らなきゃだから、手を動かしながら説明よろ。
「あたしだけの魔法、固有魔法はドリームウォーカー。夢の中を渡って人の夢に入り込むことができるの。で、人の夢を渡ってその人のいる場所の近くまで移動できるの」
「【銀の鍵】と同じ能力なのだ。おかげで我も労せずセチアの家にやってくることができたのだ」
「なにそのスーパーチートスキル。それがあればフェアリーの夢に入ってここに来れるってこと?」
「理論上は可能なの。ちなみに、例えばお姉ちゃんと一緒に寝て、お姉ちゃんの夢の中に入って、手を引いてフェアリーの夢の中に入れば、実体とともにセチアさんのいるこの家に来られるの。よく見たらこのウッドデッキ、めっちゃおしゃれじゃん。いいなぁこういうところ。ホームステイしたい」
「つまりヴィルヘルミナがいれば、ワープの魔法を習得しなくても異世界渡航できるってこと?」
「そういうことなの。だからいつでも遊びに来られるの♪」
いよっしゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!
羞恥心を投げ捨て、喜びのあまり涙して歓喜した。今なら私も気合いで魔導防殻を打ち抜けるかもしれない。
ヴィルヘルミナがいればいつでもフェアリーと、セチアさんたちに会える。
なんという僥倖。
なんという幸運。
我が愛しの妹よ。
貴女は世界最高の妹だわ!
「ユニークスキルだから仕方ないんだけど、なんか必死になってワープの魔法を習得しようとしてるアルマからすると、努力に対する冒涜のようで気持ちもやもや」
「そんなアルマには我の手作りクッキーをくれてやるのだ。光栄に思うのだ。茶葉を加えたやつでしょー、ロイヤルミルクティーを練り込んだやつでしょー、それから果物を入れたやつなのだ」
取り出したクッキーが全てエンペラーサイズ。もはや鍋敷き。
「お前のはクッキーの常識を超えてるの。見ろ。フェアリーたちがクッキーと認識できなくて、紅茶の香りのする超でかい畳だって思ってんぞ」
「すんごーい! クッキーの香りのする床だ! あったかくていい香りで気持ちよくてぐーーーー」
「ひゃ~♪ 紅茶と小麦のいいかおぐーーーー」
寝た!
気持ちよくなって秒で寝てしまった!
体を大の字にしてうつ伏せ。素敵な香りを楽しみながら焼きたての温かさを楽しんでいた。
彼女たちからしてみれば熱を発する敷布団、あるいはカーペット。芳醇な香りと柔らかな温かさに身を包まれて幸せそうな顔をする。
なんて愛らしい姿なのか。
これも永久保存ですね。
にしても凄まじいクッキーである。同時に懐かしくもあった。
ある昼下がり、新作スイーツの好評会と題して友人を招いたおり、用意しておいたチョコレートチーズケーキがなくなった。原因は彼女、アリス・ワンダーランド。
どこからともなく現れた見ず知らずの少女がケーキをかっさらい、代わりにと超巨大クッキーを置いていった。しかも細かいことにクッキーにメッセージを書いて。
「シルヴァのチョコレートチーズケーキは絶品だったのだ。また作るのだ」
「なんで当然のように作ってもらえると思ってんの?」
「それは構わないんだけど、せっかくだから一緒にお茶をしたかったな。今度は一緒にティータイムをしようね」
「やったーなのだ! 約束なのだ!」
「そんな約束、軽々としないほうがいいと思うの。見てこれ。果物を入れたっていうクッキー。おかしいでしょ」
それは見ないようにしてたから振らないで。
なぜなら、果物を入れたクッキーっていうのがその言葉通り、丸々とベリーの入ったクッキーだからだ。入れたっていうか、埋もれてるって表現したほうが正しく聞こえる。
月下たちも物珍しいクッキーの上を歩き、あつあつのブルーベリーやらイチゴやらをぺしぺしと叩きながら、本物かどうかを確かめた。
彼女たちからすると床に埋まったブルーベリー。
ちょこんと顔を出した赤いイチゴ。
ぷにぷにと柔らかくなった黄色い野イチゴ。
なんで床にベリーが埋まってるんだろう。
小首をかしげながら不思議なものを見る目で驚いた。
実際、ものすごく不思議な光景である。こんな大胆にして不敵なお菓子は見たことがない。
ある意味、インスピレーションを刺激する見た目です。
とりあえず、フェアリーたちにクッキーだと認識できるように小さく砕いてあげましょう。
「なっ、なんだってーっ! これはクッキーだったのか。全然わからなかった。クッキーの上で寝てしまった」
本気で床だと思われてた。
「なんてことでしょう。床にイチゴが埋まってるものだとばかり思ってました。クッキーを踏みつけていたとセチア様に知られたら怒られてしまいます。どうしましょう」
食べ物で遊ぶと怒られるやーつだね。でもこれは仕方ない。こんなんどうしようもないよ。
「大丈夫。私が庇ってあげるから。それにこれ、私たちから見てもクッキーに見えない。赤雷たちの視点からだといよいよなんだかわからないと思うよ」
「人間様からしてもクッキーには見えないのですね。しかしこんな大きなクッキーがあるとは驚きました。暁様の言葉通り、世界にはまだまだ知らない驚きと感動に満ち溢れているのですね」
振り向きざまの笑顔、マジフェアリー。
そうです。世界には驚きと感動に満ち溢れてる。
世界は喜びという名の宝箱。みんなでいっぱい開けていこう。
そうこうしてるとオーブンからいい香りが漂ってきた。
なんともいえぬ小麦の香り。
ほのかに香る甘酸っぱい香り。
これぞスイーツ作りの楽しいところ。
焼きあがったボウルを取り払うと、ふわりと湯気を上げて香りを放ち、幸せが身を包む。
太陽のような鮮やかな黄色が美しいオレンジのサンケーキ。
イチゴとカラメルのあまあまな香りが目を引くストロベリーカラー。
お抹茶を生地に含め、ジャムにしたフサスグリを表面に塗った独特な姿のジャムケーキ。香ばしく焼きあがったジャムの香りが強烈に心を揺さぶってくれる。
初めて見る人々は銀色の箱を開けて歓声を上げた。
フェアリーたちは立ち込める蒸気に身を包み、ケーキの周りをくるくると自転公転。太陽のようなサンケーキを中心に軌道を描く。
「太陽だ! シルヴァが太陽を作ってくれた!」
「すごいすごい! 食べられるお日様だなんて初めて!」
「本当に見事なお日様です。香りも見た目も最高ですね♪」
「これが異世界のスイーツ。私もグレンツェンに行ってみたいです!」
「さすがシルヴァさん。ちょーおいしそー!」
「イチゴとカラメルの真っ赤なケーキも最高ですね。移り香の魔法をする前に2つに切り分けてみてもいいですか?」
無論である。なぜならショコラのダブルサイドケーキは切り分けてからが本番なのだ。
2つに割ったケーキの中から、さらにイチゴの壁の洞窟が現れる。
赤色が大好きな赤雷は真っ赤なかまくらの中で正座。頬を真っ赤に染めて周囲のイチゴの壁を見渡して、指でつんつんとつつき、あつあつなカラメルをぺろり。あまりのおいしさに頬を緩めて満面の笑みを見せてくれた。
かわいい。
かわいすぎるっ!
「私もフェアリーサイズになって赤色の洞窟を探検してみたいっ!」
「赤色って綺麗ですよね。その気持ち、よくわかりますっ!」
「ブラードが言うとちょっと怖いイメージしかわかない。だけどどれもいい香りですね。これなら素敵なバスボムが作れそうです。バスボムだけじゃなくて、アロマオイルも作りましょう。スイーツの香りのアロマオイル。最高じゃないかっ!」
スイーツの香りのアロマオイルですって?
なんて恐ろしいことを思いつくのでしょう。最高です!
「抹茶とフサスグリのケーキ、ちょーうまそー。早く食べたい。だから早く移り香の魔法を、はよはよ!」
ペーシェって緑茶とか抹茶とか好きよね。
「しかしだな。昼ごはんの前にこんな重量級のケーキとはいかに」
「いいじゃないですか。お昼ごはんがケーキだって」
「えっと、今なんて?」
何を言ってるんですか、シェリーさん!
お昼ごはんの代わりにケーキを食べればいいじゃない!
お昼ごはんだからって、サンドイッチだとか軽食だとかを食べなくてはならないなんて固定観念、そんなものは打ち砕くのみ。
というわけで、本日のメインディッシュは食物繊維たっぷりのアップサイドダウンケーキ。ならびに炭水化物とビタミン&ミネラル。
完璧な昼食ではないでしょうかっ!
気分がよくなったセチアさんが私の言葉を聞いて卒倒。まさかまた地雷を踏んでしまったのか。
答えは否。昼食にケーキを食べると聞いて度肝を抜かされただけだった。地雷を踏んでなくてよかったです。
「なにひとつとしてよくないけど?」
介抱するヘラさんは気が気でない。
「乙女として素敵なケーキと楽しい時間はなにものにも代えがたい至福。だけど昼食にケーキっていうのは、ちょっと、ねぇ?」
「あたしもローザに同感。3時のおやつにとっておきませんか?」
ローザとペーシェも固定観念の奴隷。
「我はいつも三食ケーキだから問題ないのだ。さっそく昼食の準備にとりかかるのだ」
「お前マジで言ってんの!?」
ワンダーランドに行きたくなってきたーっ!
「どうりで血液ちゃんたちが砂糖まみれなわけですね。よく糖尿病になりませんね。体質でしょうか」
「砂糖まみれの血液とか想像しただけでも吐き気がするわ」
それはちょっと気にしてるから聞こえないふり。
「そ、それはまぁ、あとあと考えるとして、とりあえずバスボム作りをしましょう。アルマの提案もとっても素敵ね。せっかくなのでアロマオイルも作りましょう」
気を取り直したセチアさんが場の空気を整えてくれた。
善は急ぐがペースはフェアリーたちに合わせます。
彼女たちとの会話を楽しみながら作るからこそ意味がある。
特別な時間に焦りは禁物。ゆったりと流れる時間を楽しみましょう。
ローズマリーは太陽のようなオレンジケーキの周りをふわふわと回り、大地に着地して手を添えた。魔法を発動すると手のひらの中に輝くような金色の雫が注がれる。
専用のボトルにぽとん。
透明だった色が黄金に染まっていく。
ボトルの口からは太陽の香りが立ち昇った。
オレンジケーキと全く同じ香り。
続いてバスボム。重曹とクエン酸を混ぜた中にアロマオイルをぽとり。
専用の容器に挟んで圧縮。小さくてまんまるなお日様のできあがり。
ぽとり。
ぽとりぽとり。
ぽとぽとり。
抹茶の緑。
イチゴの赤。
桃のタルトタタンは鮮やかなピンク。
なんて素敵な色と香り。みんなの幸せな笑顔。嬉しくて楽しくて、ケーキを中心に小躍りするフェアリーたちのかわいらしさたるや国宝級。
あぁ~、幸せっ!
「いやぁ~やっぱり楽しいな~。もう少しアロマオイルを買い足しておこう。家に帰って子供たちと一緒に、石鹸とかバスボムを作りたい。思ったより簡単に作れる」
「いいアイデアですね。できれば移り香の魔法を習得できればいいんですが、みなさまは習得されましたか?」
ブラードさんの言葉に是を唱えたかった。結論、誰にも習得できなかったのだ。
ライラさんにも、シェリーさんにも。
「コモンマジックの習得には自信があったんだが、これは恐ろしく難しいな。全然うまくいかん。周囲の匂いまで吸着してしまって変な匂いになる」
「私もダメ。想像以上に難しい。ここまでとは思わなかったわ。フェアリーのみんな、本当にすごい」
「そう? えへへ~そうかな~?」
照れ隠しが隠れてないところもSo Cute!
あ~もうほんとどうしましょうどうしましょう。
この時が愛おしすぎて永遠にループしても構わないくらいです。
でもきっと、永遠でないからこそ愛おしく感じるのでしょう。
時間が有限だからこそ、一瞬一瞬が輝いて見える。
一時一時の景色が色鮮やかになる。
春を愛で、夏に輝き、秋に満腹、冬に身を寄せ合って春を想う。
さぁ我々も次のステージへと向かいましょう。
「それでは、スーパーハッピータイムと参りましょう!」




