異世界旅行1-6 毎日が新しくて、明日が待ち遠しくて 2
「なんで扉を閉めたのッ!?」
「ごめん。突然のことすぎて動揺した」
怒るヴィルヘルミナ。あっけらかんと答えるアルマ。
「なんでバスケットだけ取り上げたのだッ!?」
「クッキーはおいしそうだったから」
怒るアリス。あっけらかんと答えるアルマ。
「まぁまぁみんな、その話しはそのくらいにして。外は寒かったでしょう。温かいはちみつレモンを淹れますね」
「「やった~♪」」
寛容なセチアさんは、なにはともあれティーパティーの仲間が増えたと喜ぶ。
歓迎された2人は怒りを忘れて歓喜に湧いた。
突然のことすぎて頭がついていかない。
なんでここに妹が現れた?
別にいること自体はいいんだけど。
隣にいる美少女は誰?
妹の友人ってことなら問題はないかもだけど。
冷静に状況を整理しよう。
ネガティブな意味で問題はなんだ?
うん、無い。よし。なら大丈夫。
「たしかにそうですけど、いくつか質問していいですか?」
アルマはオールオッケーのサインを出した私たちに、ちょっと待ったをつきつける。
アルマが質問するより先に、アリスが彼女の心中を察した。
「ここにはヴィルヘルミナのユニークスキルを使ってきたのだ。こやつは夢を渡って世界を移動することができるのだ。ちなみに我はシルヴァの作るスイーツが食べたくて来たのだ。フェアリーたちとも会ってみたかったのだ」
「質問されてから答えろや」
漫才のようにノリツッコミをするアリスとヴィルヘルミナ。
ともあれ、
「フェアリー好きに悪い人はいない」
やっぱり問題はなかった。
これでひと安心。
「物分かりが早くて助かるのだ。おぉ~。ここのはちみつレモンは甘さと酸味が控えめでおいしいのだ。スイーツの甘さを邪魔しない素晴らしい出来栄えなのだ。褒めてつかわすのだ」
「お褒めに預かり光栄です♪」
ノリのいいセチアさん。寛容な女性はおおらかで大人っぽくて、魅力的に映る。
寛容の度量がセチアさんほどではないアルマは、まだ少し納得いかない様子でヴィルヘルミナに事実確認をした。
「…………えっと、ヴィルヘルミナのユニークスキルって夢の旅人だっけ。マジで夢の中を渡れるのか」
「マジだったの。どうしてもフェアリーに会いたくて、気合いで意識してみたらいけた」
気合いでなんとかなるもんなの?
それよりも!
「ちょっと待って。なんかその口調だと、フェアリーのことを知ってたみたいだけど」
アルマをちら見してヴィルヘルミナは視線を戻す。
どうしようかと合図を送り、もうぶっちゃけてしまえばいいやと腹を括った妹の顔。
「知ってたのに教えてくれなかったって怒られるやつ」
「知ってたのに教えてくれなかったって怒るやつっ!」
なんとこの不敬な妹。ドードーを連れてきた時からフェアリーの存在をアリス女王陛下から賜っていたらしい。
言ったらたいへんなことになるから言わなかった、と。
たいへんなことになるに決まってるじゃない。
しかもなに?
え?
夢を渡って異世界に移動できる?
つまりそれって、ヴィルヘルミナのユニークスキル? とかいうものを使えば、ワープの魔法がなくてもメリアローザに来れるってことなんじゃないの?
「理論上はその通り」
「」ふぁッ!?
「驚きすぎてセリフが閉じかっこからぶっ飛んじゃってるんですけど!?」
ペーシェ、そんなところをつっこまなくていいのよ?
怒られるヴィルヘルミナは、『そうは言われても』と前置きして言い訳を連ねる。
「だって話しだけで、実物は見たことがなかったから。自分の目で見るまでは話せないの。話したところで虚言だって言われるだけ。お姉ちゃんの場合は信じるからもっと厄介なことになってたと思うの」
「でしょうね」
「間違いなく」
「連れて行けって迫ってた!」
実際、フェアリーに出会った時にはアルマに『なんで教えてくれなかったの!?』とめちゃくちゃ迫ってしまった。
なぜならフェアリーが大好きだから。
真に関わって、もっともっと大好きになった。
マジで移住したいと思った6日後である。
「ローズマリーたちは本当にかわいらしいですからね。ここにはいつ来ても飽きることがありません。さぁ、ひと休みしたらスイーツボムの制作にとりかかりましょう。今日は異世界の方々がいらっしゃるということで、スイーツのレシピを教えていただけると幸いです」
「ですです。異世界のスイーツ。たっぷり堪能したいです♪」
ヴィルヘルミナたちのあとに続いて本来のお客様がいらっしゃった。
メルティさんはダンジョン第一層。フラウウィードのパティシエ。カフェで提供されるほとんどのスイーツのレシピは彼女考案のもの。数日、彼女たちと意見交換をしながら、スイーツ文化の交流をした。
どの時間もとても楽しく、学びになる経験をたくさんさせていただきました。
ブラードさんは病院に勤める看護師さん。主に採血や輸血。血液検査など、血液関係の仕事をこなすプロフェッショナル。
肌越しに見える血液と意思疎通をとり、その人の健康状態から恋の相手まで聞き出す高いコミュニケーション能力を持ち合わせたスーパー看護師。
1日の日課は、入院患者の血液と会話してのカウンセリング。
来院者への問答無用の採血&献血。
輸血パックに封入され冷凍され冬眠している彼らに子守歌を謳うこと。
「血液とコミュニケーション!? すごい! 私の血液とも会話できますか?」
好奇心は猫を殺すと、誰かすみれに教えてあげて。
「すげえを通り越して怖いって思うのはあたしだけか!?」
「安心してください。その点に関しては私も怖いです。いい人なんですけど、ね」
ペーシェの恐怖をセチアさんも肯定。やっぱり普通に怖いですよね。
「思ってたより異世界やべー…………」
「安心してくれ。こんなの異世界とか関係ねえから」
ヴィルヘルミナ、初の異世界間ギャップ。達観したアルマは平常運転。視線の先には赤毛の少女。血液が大好きな看護師。ホラー映画とかで出て来そうなキャラクター。
すみれの血管が浮き出るようにこすり、真剣に血液とコミュニケーションをとろうとする。こんな光景を見る日が来るとは思わなかった。
「ふむふむ。心身の健康状態は極めて良好なようですね。友人にも恵まれ、日々順風満帆。まぁっ! 文通相手が片思いの相手だなんて素敵! 頑張ってくださいね。応援してます!」
「ありがとうございますっ!」
「いやマジですげえなっ!」
「ある意味、ホラーだわ」
「元医療術者としてはつっこみどころ満載だわ。だけどそっちの話しをしてたら本題が進まないからやめとく」
そうです。これからバスボムを作るんだから寄り道厳禁。
血液とお話しができる少女のことも。
突如として異世界渡航してきた妹と友人のことも。
フェアリーの前では些事よ!
「シルヴァさん、ぶれねー」
「それで、スイーツボムを作るにはまず何をするのですか?」
待ってましたとメルティさん。
腰に手を当て、人差し指を立てて鼻を鳴らした。
「よい質問ですね。バスボムもアロマオイルも全てローズマリーたちの移り香の魔法で香りを移します。つまり香りの元となるものが必要なわけです」
「つまり、我々はこれからおいしいすぅいぃーーーーーーつを作るというわけですね!」
「その通り! というわけで、異世界のすぅいぃーーーーーーつをお願いしますっ!」
「「お任せくださいっ!」」
めっちゃやる気でてきたーっ!
メルティさんたちはふわふわもちもち食感がたまらない【どらやきまりとっつぉ】。もっちもちのもち米とつぶつぶのドライフルーツの風味。小豆の風味とあまあまとろとろでちょっぴり固めなホイップクリームの甘さが口の中いっぱいに広がる魅惑のスイーツ。
食べ応え十分なのにぺろりと食べきってしまえる小悪魔スイーツ。
一度食べたら脳裏から離れない。
苺ともち米と生クリーム、荒潰しの小豆の味が一同に会した奇跡のひと品。
「あれすっごくおいしいですよね。私も一緒に作っていいですか?」
「もちろんです。一緒にクッキングしましょう」
「なにそれめっちゃおいしそう。あたしもすみれの手伝いする」
「姉を手伝ってくれたりしないのね」
「シルヴァさんはどんなスイーツを作るつもりですか? よろしければ手伝わせていただいてもいいですか?」
「もちろんですっ!」
どんなスイーツにするかは決まってます。
今日は雨。
太陽の隠れた空。
だからせめて、3時のスイーツのために太陽を作ろうと思います。
「太陽を、作る…………ッ!」
「お日様を作っちゃうの!?」
これにはセチアさんもローズマリーも驚きを隠せない。
「と言っても、本物の太陽を作るわけじゃありませんよ。お日様のような姿のスイーツを…………って、セチアさん? 大丈夫ですか? セチアさん!?」
忘れてた。
セチアさんには謎の不発弾が搭載されてるんだった。
まさかの起爆。顔を真っ青にして倒れ伏してしまう。
ヘラさんとローザに肩を担がれて部屋の奥へ隠れてしまった。
姉のようなセチアさんと一緒に厨房に立てると思って楽しみにしてたのに。こんなところに地雷があるとは。こんなん誰にも回避できないでしょ。




