街歩き
アイスクリーム、美味しいですよね。作者は一時、リットル売りされているアイスを三日に1箱食べていて、健康診断で糖尿にチェックが入っていて、さすがにヤバいと思って止めました。
完全に止めたわけではありませんが、何事も適度が大切ですね。
食べていたものが体に悪いからと言って完全に0にしてしまうと、逆に体に悪いので、適度に(いい意味で)ズルをすることも大事だと思います。
以下、主観【小鳥遊すみれ】
お腹いっぱいの昼下がり。楽しい食事の次は街歩き。
ヘラさんは急用が入ったということでここでお別れ。
代わりにペーシェさんとルーィヒさんが案内役を務めてくれることとなりました。
まず最初は洋服屋さん。
子供用から老人向けまで、多種多様な様式とデザインの服が取りそろえられている。
カジュアルなTシャツもおしゃれなドレスも選び放題。
みんなで試着しながらかわいいを連呼。買って帰りたい物がたくさんあったけど、移動するのに大変ということで、お買い物はまた後日。
次に入ったのは靴屋さん。
サンダルにハイヒール。革靴から革製のスニーカーなどなど、年齢性別を問わず、かつ斬新で機能的なアイテムが勢揃い。
こういう毎日身に着けるものは特に個人のセンスが光るところ。バリエーションに富むラインナップは見ていてとても楽しい。
お高くはなるけど、オーダーメイドは世界で自分だけの物を作ってもらうこともできるらしい。
3番目は魔法道具店。
幼児教育で利用される子供用の杖から、宮廷魔導士が使う最上級の羊皮紙、マジックスクロールまで取り揃えるなんでも屋。
その規模は国内随一。最近は魔導工学によって生み出された業務用ゴーレム。モノづくりをするための道具なども置かれていて、敷地面積は広がる一方だという嬉しい悲鳴が上がっていた。
魔法が大好きなアルマちゃんは棚にある商品を端から端まで、店員さんに質問していって離れようとしない。もうちょっと、あと1個と粘って店員さんを困らせる。
小腹がすいたので屋台でスイーツを食べようと提案するも、アルマちゃんは甘いものより魔法が大好き。やっぱりどうにも離れない。
しかし食べ物に反応したハティさんがアルマちゃんを説得。足早に屋台の方へ向かっていく。
高身長ゆえに単純に歩幅が広いのと、意識が屋台に向かってるせいか、私たちと距離が離れてることにもおかまいなく進んでいった。
待ったをかけるも聞こえてない。なんという食欲の権化。
学生街と呼ばれる講堂や公園、屋台など、学生の行き来が多い区画は噴水を中心に据えた公園が広がっている。
待ち合わせ場所やお昼ご飯を食べるために使われ、犬を連れて散歩する人。ジョギングを楽しんでいる人もいた。
そんな憩いの場には点々と、屋台と呼ばれるテイクアウトを専門にしたお店が軒を連なる。
どの店もカラフルな外装。ブラックボードは蛍光ペンで彩られ、ポップでキュートな字体が視線を奪った。
まだうまく言葉にできないけど、どこもこれもキラキラしていてとっても素敵!
ペーシェさんと一緒に手を繋いであっちへこっちへ引っ張った。
おいしそうな香りを漂わせ、あたりには弾けんばかりの笑顔が咲いてる。
「すみれはこういう屋台って初めてなの?」
「うん。屋台だけじゃなくて、殆どの物事が初めてで、おトイレの使い方も分からなくて。空港ではとっても困っちゃった。鉄の箱の中に入った椅子に乗るのも初めてだったし、その、こんなに大勢の人達の中にいるのも、とっても緊張してる。でもとっても楽しいの。だから凄く嬉しくて。本当にありがとう」
「あっはっは! すみれって面白いなぁ。分からないことがあったら何でも聞いてね!」
「うん、ありがとう!」
なんて頼もしいんだ。ペーシェさんが輝いて見える。
きりのいいところを見計らって、ルーィヒさんが屋台を指差した。
「それで、みんなは何食べる? クレープにアイスクリーム、ゴーフル。ケバブにワインとセットの生牡蠣も出てる。飲み物だけならあっちにジュースとカクテルのお店があるよ。今日のボクはシュガーバターのクレープな気分なんだな。どうしたの、ティレット。そわそわしちゃって」
右に左にわくわくどきどきのティレットさん。
彼女もこういった大衆の雪崩の中は初めて。
私も初めてなので親近感が湧きます。
「あ、あの私、一度こういう場所に来てみたくて。はわわ……」
「あんましきょろきょろしてたら変に思われるぜ。もっと堂々としてればいいんだよ。堂々と」
「ウォルフだって尻尾ぶんぶん振り回してテンションマックスじゃん。少しは落ち着きなよ」
「はっ!? いやこれはだな、その、なんだ、アレだっ! お前だってそわそわしてるじゃん!」
仲良しのメイドの間に目を輝かせて一点を見つめる少女がいた。
ガレットさんが気になって気になって仕方ないと、視線と態度とよだれで訴える。
冷たく甘い魅惑のスイーツ。アイスクリーム。
「お姉様。私はアイスクリームが食べてみたいですっ!」
「ではそれにしましょう!」
ティレットさん、ガレットさん、エマさん、ウォルフさんはそわそわとお尻を振りながら、アイスクリームの屋台へ直行。キキちゃんヤヤちゃんアルマちゃんは慣れた様子でクレープ屋さんに並ぶ。
ハティさんだけはケバブのお店へ向かった。お昼にあんなに食べてたのに、まだお肉料理がお腹に入るんだ。
やっぱり人より身長が高い分、エネルギーを消費するのだろうか。だとすれば、私はこのままの背丈でもいいかもしれない。でもあと10cmは欲しいところ。
「すみれは食べたいもの決まった? もしかしてまだお腹すいてない?」
ペーシェさんがすごい気遣ってくれる。嬉しい!
「ううん、そんなことない。けど、どれを食べたらいいかわからなくて。どれも食べたことないから」
「そんじゃあ、まずはアイスクリームかジェラートを食べようよ。冷たくて甘くておいしいからさ。そんで次に来た時にはクレープを食べるの。順繰りに全部食べていってさ、屋台の食べ物を全部制覇しようよ!」
「全部?」
「そう全部。全部食べようと思ったら迷わないでしょ。それにどれもこれもすっごいおいしいからさ」
「うん、分かった!」
そうだ、全部食べちゃえば迷うことなんてない。どれが最初に来てどれが最後にくるかってだけの話し。
どれか1つを選ばなければいけないけれど、今じゃなくったって全部楽しめる。
ペーシェさん、とっても賢い!
しかし困った。アイスとひと口に言ってもいろんな味があるらしい。
チョコにミントにチョコミント。
バニラ、レモン、ラズベリー。
何が何やら分からない!
とりあえず最初はバニラにしようということで、勧められるままバニラを注文。真っ白に輝く雪のような、まぁるい塊が三角コーンの上で鎮座ましましている。
一見するとお餅のようだ。
ぺろっ、ぱくっ。甘い、冷たい、超おいしい!
なにこれすっごく甘くておいしい!
舌触りの滑らかさ。肌に触れると解けて滴る儚いスイーツ。
外の世界にはこんなにも素敵なものがあるんだ。笑顔がこぼれて目を輝かせ、未来への展望を予感してしまう。
太陽の光に反射する白い肌がキラキラして見えてしまうほど、私の心は今、幸せで満ち溢れている。
あ~なんて素敵なんだろう。最初はとっても不安だった。だけど、この街はまるで宝石箱みたい。わくわくとどきどきで満ちていた。
「どう、おいしい?」
「すっっっっっっごくおいしいです!!」
「それはよかった。そうだ、よかったらあたしのも食べてみない? これは甘酸っぱいラズベリー。あたしのイチオシ!」
「いいんですか? それじゃあ私のも食べてみてください。甘くておいしいです!」
テンションが上がりすぎて、ペーシェさんがすでにバニラアイスを食べたことがあるとも考えず、まるで初めてのものを差し出す感覚で手渡した。
それなのに、彼女は何も言わず手に取って、甘くておいしいと喜んでくれる。ペーシェさんは本当に気遣いができて、優しい女性なんだなって思いました。
取り換えっこしたラズベリー味のアイスクリームは白と赤のグラデーションがかかってる。ラズベリーというものが何なのかは知らないけれど、ペーシェさんがイチオシというのだからおいしいはず。
いざ、参るっ!
ぱくっ……ん、ん~~~っ酸っぱい、けど甘い! おいしい!
甘いけど酸っぱい。酸っぱいけど甘い。これはこれでなかなか。
おいしさのあまりぺろりと平らげてしまった。平らげてなお、ルーィヒさんが食べている香ばしいバターの風味漂うクレープに目がいってしまう。
ダメだよすみれ。そんなもの欲しそうに人のものを見たりしたら失礼だよ。じゅるり。
「もしかしてクレープ、興味ある?」
めちゃくちゃ興味ありますっ!
「い、いえそんな、初めて見るものでどういうものなのかなと。決して食べてみたいとかそういうわけでは」
「いいよ~。実は思ったよりお腹いっぱいでさ。半分以上食べちゃったけど、よかったらあげるよ。どうぞ」
にっこりと差し出された黄色の三角形。もうダメだ。意識が、意識がクレープを食べるということ以外に働かない。お礼の言葉よりよだれが出てしまう。恥ずかしい。
むしゃ、もちゅもちゅ。うまいっ!
「すみれってば、ほんと面白いし…………かわいいなぁもぅ!」
「はわわわわっ! どうしたんですかペーシェさん!?」
抱き寄せられ、ほっぺたとほっぺたを合わせてぷにぷにされた。
「ペーシェはかわいいもの好きなんだな。すみれがあまりにかわいいから、衝動と欲望が露わになっちゃったんだな」
「か、かわいい? 私は普通にしてるだけなんですけど」
「ナチュラルかわいいマックスラブラブ~~~!」
ふにゃあ。面と向かってかわいいと言われると恥ずかしい。
「こうなるとしばらくペーシェが暴走しっぱなしだから、耐えてっ!」
「え、はひゅ!?」
ぎゅ~~~ってされて頭をくしゃくしゃに撫でられる。びっくりしたけど悪い気はしなかった。
教えてもらったことを上手にできたり、仕事のお手伝いをして褒められた時なんかは、よくこうやって頭を撫でてもらったっけ。
それが嬉しくて、懐かしくて、おばちゃんたちのことを思い出したら涙がこぼれてしまった。
自分でもよくわからない。嬉しいのに涙が出るのはなんでだろう。
この涙の理由は今の私にはわからない。だけどとっても温かくて大事にしたいって思える。それは奇跡みたいな出会いがあって、大切にしてくれる友達がいるからなんだと思う。
この想いを大切にしていきたい。そう思いました。
♪ ♪ ♪
パスタン・エ・ロマン。天高くそびえる棚はまるで壁のように訪れる人々を待ち構える。
2階、3階、4階建て。お昼ご飯を食べた食堂と似た造り。違うのはそれぞれの階の床を突き抜けるようにして階段が伸びていたこと。
一辺が50m四方の巨大な正方形の建物の上に四角錘の屋根が置かれている。そんな建物が各階の渡り廊下と手を繋いで東西南北、4つ建設されていた。
ここは街一番の雑貨屋さん。世界中から学生の必需品やインテリア、店主の趣味100%のアイテムが取り揃えられている。
それを象徴するのが第一館のど真ん中。堂々と仁王立ちするティラノサウルスの骨格標本。残念ながら首から下はレプリカだそうだ。頭部は本物らしい。
元々はグレンツェン伯爵が公開していた図書館兼学習スペースだったのだが、蔵書が多くなりすぎて、さらに大きな図書館を建築したため、伯爵の友人が引き取って雑貨屋を始めたのが起源だそう。
それから代を重ねるごとにエスカレートしていって、今では世界でも有名な珍商品博物館となってしまった。
今代の店主も相当な変わり者ということで、趣味のアイテムを取り揃えて並べようとしたところ、冷静で常識的な店員たちに止められ、趣味の範囲は4分の1にまで抑えられている。
店員曰く、『売れないものだけ置かれたら店が潰れる』。
パチもんのぬいぐるみ。怪しいお札。オカルトグッズの三流アイテム。巨大な木彫りのお面にモンスターに似せた剥製。
感性がぶっとんでるのは構わない。だけど、従業員の給料が払えるのかと脅されて断念したそう。買い付けてしまったが最後、売れない商品は自宅でかわいがってるという噂。
本日最後の街歩きは、雑貨館パスタン・エ・ロマン。
第一館から第四館まである大きなお屋敷のような風貌。
第一館は学生が日常的に利用する万年筆やインク。ノートやボールペンなどなど、安価な物から高価な物まで。かわいいものからカッコいいものまで幅広く並ぶ。
本棚を改装した商品スペースはまるで博物館のように展示され、見てるだけで時間を忘れてしまう。
第二館は専門的な道具の並ぶ場所。主に芸術系の商品が敷き詰められていて、岩絵の具や墨汁。大小様々なイーゼル、いろんな用途の筆、先生が黒板で使うような大きな定規。
専門性が強くて、何に使うのか全然わからないものばかり。
しかし商品は理解できなくても、柱や階段に掛けられたアマチュアの作品を見て回るだけでも一見の価値あり。
彼らのような売り出し中の作家はここで道具を買い、絵を展示させてもらい、絵を気に入ったバイヤーと契約して売れていく。
新人芸術家の支援も積極的に行ってるのだ。
第三館は店主の趣味が100%押し出されたカオスワールド。
使用用途不明な物から需要がいまいちわからない置物。
装着したら最後なお面。
どこかで見たことのあるぬいぐるみ。
厨二くさいお札。
謎が謎を呼ぶ怪しい品の数々。
へぇ~~……こんなものが世の中にあるんだー。9割の人はこんな感想を抱いて素通りしてる。場合によっては、この館を避けて遠回りしていく人もいる。
そんな忌避された場所にも物好きな人はいて、その筋の人やマニアは商品が更新されたと知ると、足しげく買い物に訪れていた。
店員が興味本位で何に利用するのか聞いてみても、答えてくれない人が多い。普通に怖い。
第四館は店員の欲しいものをバラまいた、ある意味雑貨店らしい雑貨が並ぶ。
絶対に売れる。
みんなにこの商品を知って欲しい。
通販で取り扱っておらず、店舗にしか卸さない、自分が欲しい商品などを片っ端からパスタン・エ・ロマンの名前を出して仕入れまくった物が置かれていた。
しかしどんなへんちくりんな商品でも売れてしまうという。おかげで今まで一度も赤字が出ていない。
それもそのはず、多くの若い店員は流行の最先端に敏感。グレンツェンに住む人たちも同様、良いものや面白いものに対するレーダーがとても優秀。また、要望リストのおかげで、誰がどんな商品を欲しがってるのかを知ることができた。
店側は売上が上がる (仕入れ数が少ない場合は赤字の時もある)。
客は欲しいものが手に入る。
第四館は煩雑であるようで時代の流れに合った取り揃えをしてくれるから、最も顧客満足度の高い場所へと昇華されてるのだ。
ぐるっと一周回って、最後に行きついたのは第一館。
元々、グレンツェンに来たら文房具系を買い揃えようと思っていた矢先の出会いで、苦も無くたどり着けたのはまさに僥倖。
自分1人だけでは、きっと右往左往して買い物をするにも苦労したに違いない。どれもこれも素敵すぎて。
ノートにシャープペンシル。ボールペン。替え芯に消しゴム。おばちゃんから渡された要るものリストを見ながらショッピングカートにつめつめしていく。
私は上から下まで棚を舐め回すように眺める。ペーシェさんはなにかを見つけて足を止めた。
「あ、クリアスタンプの新作が出たんだ。ちょっとこれ見ていこう」
「くりあすたんぷ?」
手には半透明のぐにぐにする塊。これをどのように使うのか。
「手紙とか日記を書く時に使うハンコだよ。これ見て、倭国製だって。すみれの故郷のやつじゃん。なんだかわからないけどかわいいキャラクターがいっぱいだ。この丸いの何かな?」
「これは多分、ダルマさん。転がしても必ず起き上がるから、倭国では不屈の象徴なんだよ」
「こんな面白い顔して不屈の象徴って! 島国の倭国は独特な文化があるって聞いたことがあるけど、これは想像以上だわ。いくつか買っていこう」
「これ、手紙に使うって言ってたけど、どうやって使うの?」
「これはインクをつけて紙に押し出すんだよ。ここに試し押しができる紙があるからやってみよう」
ペーシェさんの心を射止めたダルマのハンコに赤い朱肉をつけて紙にぺたり。
紙にダルマの模様が転写された。ダルマを中心にカラフルなハートをぺたぺたぺたり。
おお~~!!
不屈の象徴が、不屈の愛の象徴に大変身!
壁に掛けられた店員さん製作の見本はチャーミングでポップな便箋。これを使って世界で1つだけのお手紙を作ったり、日常を映しこんだ日記帳のひとページに華を添えるのが、近年の女の子の間でブームになっている。
魔導工学の発達。通信機器の急速な進化によって、年々手書きの手紙なんかは衰退していく傾向にある。けれども、こういう温かみを感じられる物はいつの世も不滅なのかもしれない。
「ね? いろんな形のハンコを自分好みに押していくの。その人の個性が出るから好きなんだ、あたし」
「わぁ! これ、なんだか素敵!」
「すみれは手紙を出したい人って誰かいるの?」
「えっと、おばちゃんたちと、それからお父さんとお母さんに出したいな」
「そうなんだ。お父さんとお母さんって外国にいるんだよね。どんなお仕事してるの?」
「それが……実は一度も会ったことがなくて。私を養うために世界中を飛び回ってお仕事をしてるって。忙しくて会いに来れないって…………。お手紙を出そうにも、ひとつどころにいないから出せないって」
「一度も? それはとんでもない忙殺の毎日なんだろうね。でも、すみれのために頑張って仕事してるなんて、きっと素敵なご両親なんだろうね。でもそうかぁ。1ヶ所にいないんだったら手紙の出しようがないな。勤め先に出すとか?」
「自営業で拠点もないって」
「もしかしてすみれの両親って、鉄人か蝙蝠人間じゃないよね…………?」
鉄人や蝙蝠人間っていうのはよくわからないけど、多分、人間だと思う。多分。
多分、というのも本当に一度として両親の顔を見たこともなければ、写真なんかも存在しない。おばちゃんたちは、『世界中を飛び回っていて忙しいんだ。でもすみれのことを本当に愛しているんだよ』って言ってくれる。
だからみんなの言葉を信じることにした。
だってそうじゃないと、もしも自分が要らない子として島に捨てられたのだとしたら、もしも両親が既にこの世にいないなら、どうしようもなく寂しくて、心が凍って、死んでしまいそうになってしまうから…………。
今はまだ嘘か本当か、生きてるのか死んでるのか、捨てられたのか愛されてるのか分からない。
分からないなら、おばちゃんたちの言葉を信じよう。
生きていると信じよう。
愛されていると信じよう。
そう思って生きて行こうと決めたんだ。
もしも信じたものが偽りだったら、その時は……。
ダメよダメダメッ!
そんなことを考えたらダメだよ、すみれ!
私を今まで大切に育ててくれたおばちゃんたちの言葉を疑うなんて失礼だ。
お父さんとお母さんが稼いでくれたお金だって手元にあるんだもん。愛してくれていないなら、お金を娘に渡したりなんかしないよ。
このお金は、仕事で忙しくて、会えないなりの愛情表現。一見、無感情に見えるかもしれないけど、これは両親が一生懸命働いて稼いだ、暖かいお金なんだ。
本当はお手紙とか、電話とか、ぎゅって抱きしめて欲しいけど、それはまだ叶わぬ夢の中にある。
でも信じていればきっと会える。
私がそう信じてるんだから、絶対会える!
だからその時まで、自分の気持ちを手紙に綴って、いつかお父さんとお母さんに伝えたい。
レターセットとクリアスタンプをワンセット。ばら売りのスタンプもいくつかカートに詰め込んだ。
無駄遣いはしないように取捨選択したつもりだったけど、いつのまにか欲しいものがカートに山と積まれていた。身長のせいもあって前が見えない。慎重に慎重に歩を進めよう。
前方を覗き込むようにゆっくり歩いて気を付けていたのに、背後から自分を呼ぶ声が聞こえ、うっかり、思いっきり旋回してしまう。
初めての買い物に慣れてない。くわえて言えば浮かれてたのもある。だからカートの遠心力で人を突き飛ばしてしまった。
「すみませんっ! 大丈夫ですか!?」
「いったあぁ~~…………。ちょっとイラ、あんたがしっかりしてないからピィを突き飛ばしたこの子が泣きそうじゃない! 謝りなさい!」
「相変わらず理屈がおかしいよ。ごめんね、この人のことは気にしないで」
…………?
……?
??
え、……っと。これは一体どういう状況なんだろう。
不注意で突き飛ばした私が悪い、んだよね。
なんで謝られてるんだろう。あれ、どういうこと?
もしかして、私がおかしいのかな?
想像だにしてなかった展開に常識がゲシュタルト崩壊してきた。
駆け寄って来たハティさんも、ピィと呼ばれる女性に頭を下げるが、その必要は無いと、なぜか制止する。
ハティさんも頭の上に、なぜなぜはてなが浮かんでた。やっぱりこの状況は普通ではないらしい。
何が起こってるのか。イラと呼ばれた男性に質問すると、奇怪な答えが返ってくる。
曰く、『ピィさんの後ろを付いて歩いてた僕が、迫り来る鈍器を察知して止めに入るか、ピィさんの代わりに自分が突き飛ばされていれば何も問題はなかった』という。
なんという理屈か。よくわからないけど、イラさんが可哀相なのは間違いない。
しかし不注意で迷惑をかけたのは事実。こちらとしてはしっかり謝りたい。
なのになぜだか謝罪はいらないという。
イラさんの方を向いて頭を下げようとしても止められる。もう何が何だか分からない。
生まれてこのかた16年。ずっと島暮らしで世間知らずなのは認めます。が、これはおかしいということくらいは分かる。
なぜそうも頑ななのか。ぽろっと漏らしたペーシェさんの呟きに、彼女は、『どんな理由があろうとも、男が女の子を泣かしてはいけない』のだそう。
それはさすがに理不尽なのでは……。
そしてジェンダーハラスメントなのでは……。
確かに結婚するなら優しい男性が理想。そうするとピィさんの言い分も分かる。それが実践できる男性が女性の理想なのも分かる。
だとしても押し付けちゃいけないかな。でもこれを言ったら持論を展開してきそうなのでやめておこう。
「ん~~、そうだね。まぁ彼女がそこまで言うならピィも折れないこともない」
「それではせめて、何かお詫びができればと思うのですが」
「よし。イラ、お詫びに結婚してやれ」
「「どういう理屈ですかっ!?」」
生まれて初めてこんな大きな声でツッコミを入れてしまった。
え、なになに、これってどういう状況?
お詫びする側であって、お詫びされる側じゃないよね。
なんでお詫びが結婚なの?
け、けけけけっけっけけけ…………結婚て、お父さんとお母さんになって赤ちゃん作って…………はわわわわわわわわっ!
ペーシェさんに深呼吸を促されて少しだけ落ち着きを取り戻す。
同年代の異性をまじまじと見ることなんてなかった。彼は身長は高いし、優しそうだし、誠実そうだし、顔も、カッコいいと思う。
けど、会ったばかりの人とそんないきなり結婚だなんて。
想像しただけで意識が沸騰しちゃいそう!
「ダメだ。すみれの心のキャパシティが全然足りない。失神寸前だ!」
「すみれちゃんって言ったっけ? イラはまぁ時々ぼけっとしてるところもあるけど、根は真面目だし、しっかりものだし、料理も得意なんだよ。子供好きで強くて優しい。なかなか優良物件だと思うんだけどなぁ。あぁ、決してすみれちゃんに貰い手がなさそうって意味じゃないんだよ。すみれちゃんは賢そうだし、かわいいし、この都市にいるってことは、君は勤勉なんだろうからね。イラと一緒になってくれると、お義母さん嬉しいなぁ」
「料理が得意!」
「ハティさん、そこ反応しないで!」
「お義母様!」
ぶつかって湧いた義母親。
母性を感じたい衝動が気持ちを先走らせてしまった。
「すみれってば気が早いよ!?」
「ちょっとみなさん落ち着いて!?」
「あんたも落ち着いて!」
「ボクはいたって冷静だよ! ペーシェこそ興奮しすぎだから。ちゃんとお付き合いしない間に電撃結婚なんて破局の伏線の何ものでもない。だからまずはお互いを知り合うことから始めるべきだと思うんだな!」
「ルーィヒがまともなことを……」
「だまらっしゃい。てか、その言い方だと、ボクがいつもまともじゃないみたいじゃないか」
「………………」
「否定しろよっ! まぁそれはいいとして。だからまぁ、古式に則って、文通から始めるといいと思うんだな!」
場を取り仕切らんとルーィヒさんが割って入った。わりとギリギリの助け舟。結局イラさんと私が同乗する流れは変わらないらしい。
知り合いが増えるのは凄く嬉しい、んだけど、まだ私には、このテンションは時期尚早かもしれない。
混乱するイラさんも私も、とにかく首を縦に振って、本能的にやり過ごそうと逃げの一手。
激流に流されるまま、あっぷあっぷしてる私の前に、ピィさんに突き落とされてあっぷあっぷするイラさんと仲良く滝壺に落ち、奇跡的に命だけは助かった。そんな感じだ。
お互いの住所を交換して、逃げるようにその場を去った私は足早にレジに向かう。
気まずいのか恥ずかしいのか、言葉にできない感情が胸の中で渦巻いた。
経験したことのない熱気が逆巻いて、今にも倒れてしまいそう。
わたわたする私のことを、ペーシェさんは楽しそうに見つめる。
「さっきの男性、イラって言ったっけ。結構イイ男なんじゃない?」
「そ、そうなのかな。その、同年代の男の子とお話ししたのは、初めてで、よく分からなくて」
「ふふふのふ。そうなんだ。でもよかったね。手紙を書く相手ができたじゃん。出会いはかなり刺激的だったけど、楽しみが増えたんじゃない?」
「それは、うん。すっごく楽しみかも」
長いようで短い時間。
誰かと一緒になってお話しをするのは楽しかったな。
またこれからも、あんな風にたくさんおしゃべりがしたい。
見たことのないものに出会って、触ったことのないものに触れて、楽しいことも嬉しいことも、突然の出来事にふわふわしてしまうのも、思い返せばなんでも素敵に思えてしまう。
そんな暖かな初めてに出会えた1日でした。
~~~おまけ小話『出会いは突然に』~~~
ペーシェ「どういう超展開やねん!」
ルーィヒ「知らんがな!」
すみれ「はわわ~。今日は初めてのことばっかりで楽しくてわくわくでした~♪」
ガレット「私もです~。ところで、すみれさんと結婚される男性はどんな方なんですか?」
すみれ「あわわわわっ! とっても優しい男性でしたっ!」
ペーシェ「顔もかなり良かったよね。うらやま」
ガレット「出会いがしらに恋に落ちる。ひゃあ~っ!」
ルーィヒ「ガレットは乙女なんだな。だからってわざと物をぶつけちゃダメなんだな。分かってるとは思うけど」
ガレット「はぅあっ!」
ルーィヒ「絶対ダメだよ?」
ペーシェ「あんな奇特、じゃなくて、変人、でもなくて、心の広い人はそうそういないから。理不尽を振りかざされて許容してるイラさんもそうだけど」
ルーィヒ「なんにしても、今日は楽しい出会いばっかりだったんだな。結果よければ全てよし。みんな、仲良くして欲しいんだな」
以前は牡蠣が好きだったんですが、食卓に連日上がる出来事がありまして、磯独特の匂いが鼻と腹と脳を刺激し続けたんでしょうね。その日から牡蠣に対して拒絶反応がでてしまうようになってしまいました。作者は匂いは少なくて甘みの強い赤西貝が好きです。
作中はフランスやベルギーあたりを中心に舞台設定しています。
みんな牡蠣が大好きらしいです。ワインと一緒に食べるらしいです。
英語や日本語とかいろんな言語が出てきますが、そのへんは気にしないでください。面白ければなんでもアリだと思っています。だって創作物ですもの。