異世界旅行1-6 毎日が新しくて、明日が待ち遠しくて 1
前半と後半はスイーツとフェアリーをこよなく愛するシルヴァ。中盤は突如参加したヴィルヘルミナ視点で話しが進みます。
スイーツとフェアリーのことで頭がいっぱいのシルヴァ。徹頭徹尾、スイーツとフェアリーのことしか頭にありません。
ヴィルヘルミナは人生2度目の異世界を楽しみながら、アリスが余計なことをしないか不安で仕方がない。当然、アリスは突拍子もない行動をします。性分なので仕方ないですね。
以下、主観【シルヴァ・クイヴァライネン】
朝日を浴びるガーデンテラス。
フェアリーたちと一緒のプレシャスな朝食。
たくさんの小さな花を密集して咲かせるアジサイは、多彩な色合いで楽しい気持ちにさせてくれる。
バラは花の女王。メリアローザを象徴するバラはセチアさんのガーデンテラスのみならず、町中のいたるところで賑わいを見せてくれた。
小さな花をつけるクチナシは甘い香りを放ち、深呼吸とともに幸せを届けてくれる。
カラフルな庭を抜けた先は蓮と睡蓮の咲く池。ちょうどこの時期はどちらも咲いていて、白にピンク、青、薄緑と目移りしてしまう。水面に顔を覗かせる花々は、水面に映って神秘的な雰囲気さえ醸し出していた。
今日は朝日とともにブレックファースト。
フェアリーたちと一緒に1日を始めるスペシャルデー。
「の、はずだったのに。なんで今日に限って雨が降るの…………?」
「この時期は梅雨の名残があるので。仕方ありません」
屋根を打つ雨がざざざと音を奏でる。
雨戸井に溜まった水滴がぽたんぽたんとリズムを刻んだ。
窓から見える景色は薄暗く、朝日が昇っているものの、世界は灰色に見えた。
朝日とともに起きるフェアリーたちも雨の日は少し寒いため、布団から出てくるのが遅れるらしい。おかげでかわいい寝顔が見れたのでよしとしましょう。
「シルヴァさんたちは本当にローズマリーたちのことが大好きなのですね」
お湯を沸かしてハーブティーの準備をするセチアさんは楽しそう。雨でも晴れでも、心に太陽があるからだ。
「もちろんです。フェアリーということもありますが、なにより彼女たち自身の魅力の虜になりました。純粋でかわいくて、一緒にいるととても楽しいです」
「私たちもとても楽しいですよ。普段、雨の日は人が来ないので、きっとみんな驚くでしょうね。さぁ、ハーブティーを入れたので、みなさん一緒にどうぞ。シルヴァさん、彼女たちの部屋の窓を少し開けておいてもらっていいでしょうか。ハーブティーの香りに誘われて目覚めるはずですから」
ハーブティーの香りで目覚めるんですか!?
さすがフェアリー。かわいいの権化。
窓を開け、フェアリーが目覚める瞬間を楽しめる位置に座り、手を合わせていただきます。
本日のメニューはトマトとチーズ、サーモンとバジルのフレッシュサンドイッチ。傍らにはほんのりと甘い香りをくすぶらせるアップルハーブティ―。
見渡せば長机に友の姿。うちの家族は5人暮らし。それより多い人数の朝食は今までになかった。賑やかで楽しい。朝からホームパーティーをしてるみたい。
唯一、残念なのは雨が降ってるということ。
朝日が照らすガーデンテラスの中、爽やかな風の中でフェアリーたちと戯れながらの朝食。
きらきらの陽光に照らされた彼女たちの笑顔は、なにものにもかえがたい宝だろう。
お日様よ。今一度顔をお出しください。
そんなことを思ってたらローズマリーたちが目覚めた。
あくびをして、背伸びをして、かぐわしいハーブティーの香りに気付いた彼女たちはおめめぱっちり。洋服タンスから忙しなく服を取り出して着替えて飛び出した。
「わぁ~~~~っ! おいしそーな朝ごはん。私たちも一緒に食べていい?」
「もちろんっ! こっちおいで~。一緒にご飯にしよう。ローズマリーはサーモンは好き?」
「サーモンもトマトも大好き!」
元気いっぱいのローズマリーを見ると私まで元気になっちゃう。目の前に対面する形でちょこんと座り、サンドイッチの隅っこを少し千切ってフェアリーサイズにしてぱくり。
おいしいを叫んで満面の笑み。嗚呼、かわいすぎる。
「月下はこっちで一緒に食べよう。デザートに桃を持ってきたよ~」
「やった! おいしそうな桃です。みんなで食べましょう!」
そう言って一直線に桃に飛びつき抱きしめる月下の愛らしさたるやマジフェアリー。頬を赤らめて頬ずりするところなんてキュート&ベリーキュート。
バーニアも赤雷も白雲も、それぞれ好きなところへ着地して朝ごはんを楽しんだ。
天井からの照明と、机に置かれた燭台の光が幾重もの影を作って揺らしてたなびかせる。四方から差す温かな光が影の色を薄くして、手元に伸びて飛んではしゃいだ。
影ごとお持ち帰りできたらどれだけ幸せだろう。
手の届くところにあるはずなのに、貴女たちは触れるだけの影のように掴めない。
あぁ~~~~やっぱりグレンツェンにもフェアリーに居住してほしい~~~~。
なんとかならないかな~~~~。
できれば家族になってほしいな~~~~。
セチアさんが羨ましい~~~~。
「シルヴァちゃん。全部声に出てるけど」
「全部声に出してますっ!」
するとセチアさんは困ったように苦笑い。
「移住する分には……それは私が寂しくなるから困ります。でもここへきてくださるなら、我々はいつでも大歓迎です。手ぶらでも構いません。彼女たちも、貴女たちのことを心の底から愛してますから」
心の底から愛されてる。それだけで一生をポジティブに生きていける!
サーモンと葉野菜をはむはむしていたローズマリーが寂しそうな表情をして、でも最後には笑顔を向けてくれた。
「シルヴァはメリアローザとは違う場所にいるんだよね。ちょっと寂しいけど、でもまた会えるもんね。いつかシルヴァの故郷にも行ってみたい。お花がたっくさん咲いてるんだよね?」
「それはもういつでも大歓迎よ! メリアローザは四季折々の花々が咲いてるから、いつ来てもカラフルな景色が楽しめるわ。だから絶対、遊びに来てね!」
「やった~♪」
フェアリーは手のひらで、私は指の先でハイタッチ。
「そのためにはまず異世界間交流を公にできるまでにしなくちゃね。頑張れ私! 頑張る私!」
「ヘラさん、マジで命懸けで頑張ってください!」
梅雨の湿気も忘れてしまうほどの活気に満ちた朝食を終え、私はセチアさんの隣で食器の片付けの手伝いをする。
歳の差としては姉のような存在。長女だからか、頼れる姉として頑張ると同時に、頼れる姉がいたらなぁと思ったことは幾度もある。私だって甘えたい時もあるのです。
特に妹が甘えんぼさんの自由奔放な性格だから、時折彼女が羨ましく思う。幸せな顔をして寄り添ってくれるのは嬉しい。自分もそんな幸せを感じてみたい。
どんな心地なんだろう。
自分よりも大きな存在に寄り添って、ぬくもりに身を委ねてまどろむ心地。
母とは違う、姉のあたたかさとはどんなものなのか。
「シルヴァさん、手伝ってくださってありがとうございます」
「いえそんな、快く受け入れてくださってありがとうございます。お手伝いをするのは当然です。今日はこれからバスボムの研究ということで、メルティさんとブラードさんという方がいらっしゃるのですよね。お邪魔じゃなかったでしょうか?」
「とんでもありません。2人とも、みなさんに会えると聞いて喜んでいらっしゃいました。それではさっそくですが、準備にとりかかりましょう」
そう、今日はこれからバスボム作りをするのです。
初日に体験したのとは少し赴きの違うバスボム。
スイーツボム。
スイーツの香りを閉じ込め、バスボムにすることでスイーツの香りが楽しめるバスボムを作ろうという集まりなのです。
なんという奇跡の発想。最初に考えた人は天才に違いない。
初めてバスボム体験をした時に見せてもらったものの中にスイーツボムが潜んでいた。チーズケーキにホイップクリームのバスボム。みたらし団子にあんころ餅のバスボムまで多種多様。
人生で一度は体験したい女の子の夢。
「恥ずかしながら、普通の女の子の価値観とかけ離れてることを自覚してる自分でも、それは女の子の夢とは違うだろ」
シェリーさんの歳になると女の子ではいられないらしい。
「エロい意味で使うシチュエーションしか思いつかんです」
ペーシェはただただ不純不潔。
「え、どういうこと? なんで?」
シェリーさんは大人だけど、ペーシェと違って純情。
「フェアリーたちが作るバスボムでなんて破廉恥な想像してるの!? ね、セチアさん。セチアさん?」
すんごい顔を真っ赤にして俯いた。
まさか貴女もそんな想像をしたの?
そんな場面で使う想定で作ったの?
いやいやセチアさんだって女の子。意中の相手のためなら勝負下着だってなんのその。いかなる方法を使っても陥落させるために出陣するはず。
妙な空気になってしまった。
換気すると言って窓を少し開けたセチアさん。真っ赤に火照った顔を冷やすためか、窓の隙間に顔を近づけて冷却中。
続いてフェアリーたちが吸い込まれるように窓の隙間に張り付いた。雨のせいで締め切りだった部屋の温度は少し高い。大勢の人が集まってるからなおのこと。
隙間風に当てられて、涼しいとひと息つくフェアリーたちの満足そうな顔のかわいさたるや永久保存待ったなし。
個人的には湿った風を部屋に取り込むのは反対である。
じめじめした空気は肌をべたつかせて不快感を――――――あれ?
全然そんなことない。むしろ快適そのもの。もしや除湿機能のついた装置が家に設置されてる?
呟くと、胸を張って自慢するアルマがいた。
「ですです。メリアローザ全ての家屋の材木には除湿・防腐・虫よけなどなどの魔術回路を刻んでます。なので基本的には快適にすごせるようになってます。ただ、フレナグランのような食堂みたいに入り口を開けっぱなしにしてたらそうはいきません。湿気を持つ空気が入りっぱなしですからね。そういう施設には空気の通り道を作って対策してます」
「なにそれめっちゃ便利。家屋自体に魔術回路を刻んでるってことだよね。あとから付与できるの?」
それ、後付けできるなら施工してほしい。
「待って待って。魔術回路ってことは魔力を供給する必要があるってことだよね。それってマギ・ストッカーが必要ってことじゃん?」
たしかにペーシェの言葉は正しい。どこからか魔力を供給する必要はある。
アルマの口から記憶の鍵が飛び出した。
「魔力の供給源をマギ・ストッカーで補うことはできます。でもマギ・ストッカーはまだ試作段階なので、一般的に普及してません。一般的な家屋の魔力の供給源は主に2つです。龍脈から汲み上げる方式。そして、人体から供給する方式です」
蘇る極北での記憶。
「それってまさか、アイザンロックの捕鯨船みたいな。ってか、今まさに吸い上げられてる?」
「ですです。まぁ材木に刻まれてる魔術回路に必要な魔力は、1日の総量からみてもごく微量なので、人体に影響はありません」
それなら、まぁ、いいんだけど。
「全然気づかなかった。ライラさんは気づきましたか?」
「いや全然。特許とったら大金持ちになれるな」
シェリーさんもライラさんも気付かないレベル。本当に微量なんだ。が、問題はそこじゃなくて。
「それ以前に倫理的にどうなんすか?」
シェリーさんが胸の前で腕を×。
アウトでした。しかしここはメリアローザ。魔法とともに発展した魔法世界。人体に影響がないとなれば過程は気にしない。
我々の世界でも、発がん性物質が検出されても少量なら危険性が少ない成分は多分にある。であるなら、危険と安全を天秤にかけて安全に傾くなら、制限はあっても禁止したりしない。そういう感覚と同じだろう。
仮にギルティだとしても、マギ・ストッカーが解決してくれる。魔力の供給源を肩代わりしてくれるアイテムがあれば、人体から魔力を供給する必要もない。
グレンツェンでの実用はないかもしれない。
だけど事実、有用なのは間違いない。興味津々のライラさんは魔法大好きっ子に話しを振って語らせた。
セチアさんはアルマのことが大好きだから、好きなことを自由にさせたい人みたい。
涼しい風がおさまると、気持ちを落ち着かせたセチアさんが両の頬を軽く叩いて深く息を吐いた。
それを真似するフェアリーたち。頬を叩いて『頑張るぞ』のガッツポーズ。かわいい!
始まりの合図を報せる音が扉の向こうから響いてくる。来訪を報せるノックの音。古風にも呼び出しのための装置は金属の槌。おしゃれなウッドデッキの扉を手の甲で叩いたりはしないのです。
中世貴族のお屋敷に取り付けられるような、専用の鉄の呼び鈴の鈍い音が響き渡った。
響き――――渡りまくる。
鈍い音が、おしゃれで牧歌的な景色に似合わないほど、どんどんどんと音を立てて鳴りやまない。
扉の外にいるであろう不躾な客人はなにを考えてるのか、鉄の槌をずっと連打。なんという無礼。素敵な時間が台無しである。
セチアさんが困惑と恐怖の表情を浮かべる。
「ど、どうしたんでしょう。ブラードさんもメルティさんも、こんなことをする人ではないのですが」
「なんか怖いんで千里眼で透視します。みなさんは下がっていてください」
「暴漢だったら私に任せろ。一撃でぶっ飛ばす」
「手加減無用」
困惑するセチアさん。慎重なアルマ。ガチギレのライラさん。
温厚なシェリーさんですら、一瞬で怒りが頂点に達した。
そりゃそうだ。守るべき、それもフェアリーの住む楽園を不安に陥れている。それだけで万死に値する所業。極刑以外の選択肢はない!
弱き者を背に身構え、臨戦態勢に入った。
アルマが透視の魔法で扉の外を確認。すると烈火の勢いでドアノブに手をかける。
扉を攻撃してたのはワンピースにエプロンをかけた美少女。金髪碧眼の女性は満面の笑みを浮かべ、なんの罪悪感もない姿で挨拶を放ってきた。
見た目はまるでアリス・イン・ワンダーランドの主人公。
リボンのついたカチューシャ。
ボーダー柄のロングソックス。
おとぎ話に出て来そうな真っ赤な靴。
フェアリーたちが群がるバスケットの中身は焼きたてのクッキーが詰まっていた。
「はじめましてなのだ! 我はアリス。ワンダーランドの女王なのだ。こっちは友人のヴィルヘルミナ。みんなよろしくなのだ! さしあたって手土産に手作りクッキーを持参したのだ。みんなで食べるとよいのだ!」
「どうもみなさんお久しぶりなの。超展開につき、不肖ヴィルヘルミナ・クイヴァライネン。参上なのっ!」
沈黙。
のち、クッキーの入ったバスケットを見つけるなり吸い込まれるようにフェアリーたちがスイーツに飛びついた。アルマはすかさず、フェアリーが搭乗したクッキー入りバスケットを受け取って扉を閉めた。
すると当然、扉の向こうから怒声と、けたたましく鳴り響く金槌の音がする。雨音も掻き消える勢いで嘆願の声を上げる2人は締め出しをくらってしまった。




