異世界旅行1-5 棘のない薔薇と花畑 8
不満そうな態度を取りながらも、桜ちゃんと暁さんの言葉には従うクロさん。
2人を尊敬してるのか。否、尊敬はしてない。自分より強者だから従ってるだけ。
彼女にとっての評価基準は強いか弱いか。個人の主義主張に口出しするつもりはない。だけど、個人的にはもうちょっとなんていうか、マイルドな評価基準になってくれるといいなぁ。
私と一緒に厨房に立って、楽しく料理をしてくれるくらいまでマイルドになってくれたらなぁ。
というわけで、私も突貫してみようと思います。
「クロさんは蕎麦が大好きなんですよね。素敵な蕎麦料理を知ってます。よかったら一緒に作ってみませんか?」
「蕎麦か。そうだな。たしかに戦闘じゃ自分のできることを知ってねえといけねえ。料理にも勝負があるなら俺の好みもちゃんと把握しとかねえとな」
出た、理解不能な謎理論!
でもなんかとりあえず一緒に料理をしてくれそうな雰囲気なので無視!
「私にも教えてくださいっ! 異世界の料理に興味あります。なんなら私はグレンツェンに料理修行に行きたいですっ!」
「ウェルカムっ!」
ウェルカムです、アイシャさん!
暁さんもヘラさんと私のウェルカムを絶賛。
「アイシャにももっと世界を見てもらいたいから留学はさせてやりたい。だが、できれば異世界間交流が始まってからにしてもらえると助かるな。そうすれば表立っていろいろと援助できる。グレンツェンにも援助してもらえそう」
「忖度はしないけど、それなりに融通はできるはず」
「アイシャさんとシェアハウスできるなら私も万々歳ですっ!」
「ホームパーティーの回数が激増しそう」
「わかる~」
今ですら2週に1回以上のペースで開催してますからね。
週1くらいでやっちゃいそうですね。
だって楽しいんだもん。
いろんな人を集めて、いろんな人の、いろんな世界の料理を楽しめる。
それってとっても素敵なことでしょ?
「というわけで、蕎麦の実を使ったロールキャベツをアナスタシアさんに作っていただきたいと思います」
「ぶふーっ! 突然の指名ッ!? いやでも煮込むための大量のトマトが…………あるじゃん」
今日も今日とて大豊作。
農家の方々が丹精込めて育てたトマトが厨房の奥に山盛りです。
「キャベツも蕎麦の実も玄米もあります。完璧ですね」
期待の眼差しを送ると、アナスタシアさんとシェアハウスするエディネイさんが手を挙げた。
「すみれさん、よかったら他にも教えてあげてください。アナスタシアはまともに料理を覚えろ。料理ができる女は強い女だ」
「自画自賛! おいしければ過程はどうでもよくない?」
「そんなわけないでしょ?」
「ッッッ!?!?!?」
ルクスさんが背後霊のように現れた。
フレナグランでピッツァパーティーをすると聞きつけて足を運んできてくださったのだ。
せっかくなのでアナスタシアさんも料理をしましょう。そうしましょう。
私が提案するのはこれ。
一番粉と三番粉を使ったガレット。
全層を使った挽きぐるみも素敵なのだが、今回は強いもちもち食感と芳醇な香りを演出したいので、二番粉を除いて一と三を合わせます。
鉄板の上に薄く伸ばして数秒。お皿に移して炒めた飴色の玉ねぎを敷き、ジューシーな炙りサーモンを並べ、モッツァレラチーズをちぎって散らし、スパイシーなバジルソースを振りかければできあがり。
「すっごくいい香り。しかもおしゃれ。これが女子力」
「あははー。アナスタシアも女子力上げればいいだけじゃん。人事じゃなくてさ、対岸の火事に飛び込めよ」
アナスタシアさんに対するもみじさんの言葉の鋭さたるや刀の如し。
「アナスタシアさん、うぇるかむですっ!」
「とても綺麗。おしいそう」
鼻をすんすんさせ、瞳を輝かせる鈴さんは今にもくらいつきそう。
「塩サバでも作ってみましょう。炙りサーモンを置き換えるだけでいけるはずです。バジルじゃなくて醤油のジュレとか、ポン酢のジュレとかのさっぱり系のほうが合うかもです。試してみましょう。とりあえず、まずはこちらをご賞味ください」
絶賛の嵐。
ガレットのもちもち食感と蕎麦の香り立つ生地。
香ばしいサーモンにフレッシュなモッツァレラ。甘味をたっぷりと含んだ玉ねぎ。バジルソースの取り合わせも抜群。ぜひともフレナグランで提供していただきたい。
濃い味大好きアルマちゃんの要望で炙りサーモンにしたのは大正解。さすがアルマちゃん。舌が肥えてらっしゃる。
「いやいや、やっぱりすみれさんの技術のなせる技です。ちょーおいしいので帰っても作ってほしいです。教えて欲しいですっ!」
「おぉ~♪ グレンツェン側の世界にはこんな料理があるんだ。なんでグリムは教えてくれなかったんだろう」
それはきっとルクスさんと一緒に台所に立つと、貴女が鬼のように厳しくなるからではないでしょうか。
とはとても言えないので別の言い方にしておきます。
「きっとグリムさんには教えたい順番があるんですよ」
「そうかなぁ? すみれちゃんがそう言うなら、そういうことにしておきましょう」
ぷんすこ怒るルクスさん、かわいいです。
しかしこれはアレですね。多分、グリムさんはルクスさんの鬼コーチを恐れて何も教えてないやつですね。
この話題はなんかヤバそうなので話しをそらしましょう。
視線を変えると、そこには黙々とガレットを咀嚼するクロさんの姿があった。
ピッツァに比べて圧倒的に多い咀嚼回数。しっかりと楽しんでる証拠である。
やっぱりクロさんは蕎麦料理が大好きなのだ。
おいしそうに料理を食べる横顔はどこかハティさんに似てる。
とてもかわいいと思います。
「どうでしょう。これはガレットと呼ばれる蕎麦を使った料理です。お気に召していただけましたか?」
「ん? あぁ、これはうまいな。サーモンに塩サバを使ってるが、具材はなんでもいいのか?」
「はい。生ハムやサラダ、チーズ、海産物、卵、蒸かして潰したジャガイモなどなど、ピッツァと同様にいろんなものを乗せて食べられます。生地の蕎麦粉の種類や分量を変えることで、同じ具でも違った食感になるので楽しいですよ」
「なるほど。俺が12本の魔剣を持ってんのと似たような理由か」
また出た、意味不明な謎理論!
でもなんだかんだで料理に興味を持ってもらえたみたいなので、スルーしようと思います。
1回見ただけで見事なガレットを焼き上げるクロさんの目のよさには感服です。
組み合わせる具材の相性も抜群。トマト。焼きナス。チーズ。生ハムをたっぷり敷き詰めて、乾燥して砕いたレモンハーブをふりかければ、塩味と酸味のコントラストがおいしい絶品ガレットの誕生です。
ルクスアキナさんのプレッシャーに押し潰されそうになりながら、圧力鍋を使って超速で料理を終えたアナスタシアさんは感無量といった様子。
本当はプレッシャーから解放されて安堵のため息をついてるだけだけど。
「やればできるじゃない♪ キノコに蕎麦の実に玄米。もちもちぷちぷちの食感が癖になりそう。中身の具材は何を入れてもいいの?」
「ええ、刻んだニンジンだったり、玉ねぎだったり。基本的に何を入れても問題ありません。元々は食糧の少ない時代、少しでもお腹が膨れるようにって考え出された家庭料理なんです。キャベツがよく採れて、食材を無駄にしないようにって、余った端材を全部食べやすく使いきれるように考え出された料理です。だからキッチン・グレンツェッタで見たリゾット&ロールキャベツは衝撃的でした。おいしかったけど。中身が全部外に出てるみたいで奇妙でした」
なるほど。それは私の感性で言うところのアレですね。
「太巻きが逆転して、海苔と具が逆さになった感覚ですね」
「太巻きを逆にして海苔と具が逆さになってる!? それはどういう料理ですか!?」
アイシャさんの圧がすごい。
残念ながら太巻きの材料の用意はないので、レシピだけお伝えします。
逆さに巻くだけだけどね。
ピッツァにガレット。ロールキャベツ。
リィリィちゃんの希望でカニ出汁を使った茶碗蒸しもいただきました。
まるで夢見心地な毎日です。
毎日毎日、夢なんじゃないかって思うほど、素敵な時間を過ごしてる。
私はなんて幸せ者なんだろう。
この幸せをたくさんの人におすそわけしたいです。
♪ ♪ ♪
お世話になった石窯様の掃除をしながらライラさんと談笑する。
話題はお昼にお願いされたバーベキューの内容である。
「焼肉を食べた時に炭を使ってたじゃん。ベルンのバーベキューで使ってる火ってガスバーナーなんだけど、やっぱり味って違うもんなの? バーベキュー大会だとガスだったり炭だったりするけど」
「結論から言うと、炭のほうがおいしく焼きあがります。ガスは火炎なので食材の水分まで蒸発させてしまいます。お肉だとパサパサになりますし、カボチャのような野菜でもカサカサなものになってしまいます。反面、炭は火が出ず熱で加熱します。遠赤外線の力で中からじっくり熱してくれます。お肉も野菜もふっくらジューシーに仕上がります」
「なるほど。それがバーベキューの不評な部分のひとつっぽいな。食材は結構いいものを用意してるんだが、使い方がぞんざいじゃ本末転倒か。みんなには申し訳ないことをしてしまった」
「ケースバイケースではありますが、バーベキューの時は炭が最適解かと思います。かさばるし重いので運ぶのはたいへんですが、食事は娯楽。おいしいご飯は日々の活力です」
「ほんとそれ。その言葉をユノにも聞かせてやってくれ」
あぁ……ユノさん、まだサプリメント生活なのか。
このへんはきっとベレッタさんがなんとかしてくれるはず。多分。
サプリ生活なのは彼女が一人暮らしだから。ベレッタさんはユノさんの部屋で住み込みで働きながら助手の仕事をすると言ってた。
食事、洗濯、家事や講義の準備、荷運びまでなんでもする。
その代わり、ベレッタさんはユノさんの隣で宮廷魔導師の仕事を見て学ぶ。お互いにウィンウィンな関係。
私もマーリンさんの助手になりたい。グレンツェンでの勉学がひと段落したらお願いしてみよう。
転移魔法で大きな煤がないとはいえ、やっぱり細かいものは残ってしまう。
壁に残った最後の煤を払い落とし、窯の中を箒で払う。このひと手間も楽しくて大切な時間に感じる。
薪の火を完全に消すために全て取り出し、鉄板の上に乗せて蓋で覆った。
ライラさんとは歳の差もあって、なんだか母親と一緒に仕事をしてるみたいで楽しい。
きっと多くの人たちにとって当たり前の光景。それどころか、煩わしさすら感じる人もいるかもしれない。
だけど、物心ついた時から両親のいない私にとっては特別な体験。いつか本物の父と母と一緒に料理を作って食べたいな。
そんなことを思うも、そんなことなど知らないライラさんはサマーバケーションの話しをする。
「恥ずかしい話し、寄宿生含め騎士団員のほとんどが料理下手でさー。レナトゥスは公立高校の扱いだけど家庭科の講義ってないんだよねー。騎士団員との交流もあるから食堂やカフェや、外部の人間を雇うってのもはばかられるんだよねー。それに井の中の蛙っていうのかな、寄宿生やレナトゥス以外の人間との交流も大事だなーって思うんだ」
んがっ!
勝手な自己陶酔に浸ったとはいえ、水を差されてしまった。
ライラさんの言葉は暗に、『すみれたちにバーベキューのホストをやってほしいなー』という要求が見えまくりな言葉。裏面が透け透けな薄っぺらい和紙のよう。
頼ってくれるのは嬉しい。
嬉しいけど今はタイミングが悪かった。もうちょっと親子っぽい会話が、目の前のお片付けの話しに注目していたかった。
だけどそんなことを知らないライラさんに対して不敬はできぬ。ぐぬぬ。
逡巡した私の顔を見て不思議そうに首を傾げたライラさん。視線の先にはヘラさんとローザさん。
2人もキッチン・グレンツェッタのメンバー。ヘラさんはその発起人、且つ、サマーバケーションで遠出する時の保護者的な役割を担ってくれる。彼女の許可をとりつけることができれば、料理好きメンバーを一本釣りという魂胆。
ヘラさんの考えやいかに。
「それはいいけど、キッチン・グレンツェッタは安くないですよ。それに寄宿生の合宿って3泊4日ですよね。うちは2泊3日の予定なので、きちんと予定を組んでおかないとズレちゃいます。あぁ~でも~レンタル予定の2棟のペンションを追加で1日借りられれば~予定が組みやすいな~。私も忙しいし~?」
「そうきましたか。バーベキューの飯マズ問題は毎年上がってくる、地味に厄介だが優先順位が低くてずっとおろそかにした課題。これを解決できる策を提案してもらえれば経費が落ちるはずです。とりま、そうですね、飯マズの原因とおぼしきガスと、飯旨の理由である炭火焼の違いの検証。誰でも作れる簡単おいしいバーベキューレシピを貰えるならいけるはずです。あと、経費は複数人に対してじゃなくて、ペンションのレンタル代ってなら大丈夫なはずです。人件費扱いだと厳しいかもです」
「一緒にバーベキューするってなると、持ち寄った食材がごちゃ混ぜになるかもだけど、そのへんは大丈夫?」
「十分な量を運ばせる予定です。人力で。足りなかったら買い足せばいいんで。さいあく、そのくらいは自腹切りますよ」
ライラさんは太っ腹だ。自腹の切り方が半端なさそうなので、差し出がましいかもだけど、釘を刺しておきたい。
「旦那さんとお子さんがいるのに、自腹なんて大丈夫なんですか?」
「大丈夫大丈夫。ばかんs…………夏季合宿には家族も連れて行くから。旦那もそのへんはケチったりしないし。その代わり、すみれにビーフシチューを作っておいてほしい。息子の大好物になってしまった」
「それはもちろん。お任せくださいっ!」
「今、『バカンス』って言いかけましたよね?」
すかさずローザさんのツッコミ。しかしライラさんはどこ吹く風。
「さぁ、厨房の掃除も終わったことだし、風呂に入って月見酒といこうじゃないか!」
誤魔化した!
でもいいよね。ベルンだってグレンツェンだって、親の出張の時は家族で出かけるんだし。
ライラさんだって仕事ばっかりってわけじゃない。他の教官と交代で仕事をする。休暇を楽しむのも人生の醍醐味。
人生を楽しむために仕事があるのです。
バカンスだっていいじゃないか。
「言葉にはね、出さないほうがいいこともあるの」
「だよね。じゃあ聞かなかったことにする」
「すみれ、優しいなぁっ!」
これ、優しいっていうのかなぁ?
でもハグされるのは悪い気分じゃないので抱き返そうと思います。
はぎゅっ。
かぐわしいピッツァの香りがします♪
「ああ、ピッツァの香りもいいけど、そろそろお風呂に入りたいからみんなで月見酒しようぜ」
「月見酒、好きですね」
「なんかハマっちゃって」
分かります。
でも、
「私は冷たいミックスジュースをチョイスします」
今日は冷たくて甘い飲み物が欲しい気分です。
そしてもっともっとクロさんのお話しが聞きたいです。
頬から足の付け根にかけて伸びるバラの刺青の全容を知りたいです。
今はまだアルマちゃんと歓談中。魔法大好きっ子が書き記した情熱の片鱗。彼女が今まで実験してきた魔法の技術について質疑応答をしていた。
冒険者なら誰でも閲覧可能な魔導書庫。基礎的な魔法から応用編まで。ありとあらゆる魔法が書きなぐられている。
メリアローザで研鑽した魔法にくわえ、グレンツェンで仮説を立て、実証実験をした魔法の蔵書が増え続けた。
さすがアルマちゃん。魔法にかける情熱たるや尊敬に値する。




