異世界旅行1-5 棘のない薔薇と花畑 5
浜鍋。
浜に打ちあがった海産物の下処理をして、味噌と野菜を盛り込んだ鍋。
正直、こんなんでいいのかって疑問が湧くほど、ありとあらゆるものがごった返した。
なにせ使った食材はランダム。たまたまそこにあったものたち。決まった食材は市場で買ってきた野菜くらいのもの。
なんという無秩序。
これを料理と言ってよいのだろうか。
「おいしければオールオッケー!」
「たしかにっ!」
問題解決!
話題を夏のバケーションに持って行きながら、すみれと談笑しようと思ったのに、すみれはクロさんのところへ行ってしまった。
友達になるために猛アタックをする。
悲しい。
妬ましい。
あたしの胸に飛び込んできて欲しい。
嫉妬の炎に身を焦がす。なにがなにやら分からない暁さんは味の心配をしてくれた。
「どうした、ペーシェ。浜鍋は初めてって話しだけど口に合わないかな?」
「初めてですけどめっちゃうまいです。正直、片っ端から材料を入れてたんで味のほうは大丈夫かと心配でしたけど、不思議とうまくいくもんなんですね」
「すみれの経験値のおかげだろう。でもまぁきちんとした下処理をして、よっぽどおかしな野菜をぶち込まなければだいたい大丈夫だ。味噌を入れればたいてい食えるものになる。グレンツェンでは浜鍋とか寄せ鍋みたいなごった煮はないの?」
「鍋料理はありますけど、ここまでカオスなものは初めてです」
「カオスときましたか。しかし、おいしければオールオッケー!」
さすがアルマ。意外と細かいことは気にしない性格してる。
そうだ。せっかくだから、暁さんにクロさんのことを聞いてみよう。
「たしかにアルマの言う通り。ところで、クロさんってどういう人なんですか? こう言っちゃ悪いかもですけど、かなり変わり者ですよね?」
「変わり者っていうか、かなりヤバいやつだ。大声では言えないが、ハティが、おそらく唯一苦手な人間だ」
ッ!?
ハティさんの苦手な人類!?
そんなヒューマンが存在するのか。
なんだかんだで触れ合う人々と仲良しになっちゃうハティさんが!
いやでも、見た目と中身がちぐはぐなところと、あらゆる物事に関心が無いところ以外は特に変なところは見受けられないけど?
そう呟くと、浜鍋をつつく桜がぽつりと呟く。
「それだけで十分な変人だと思います」
「桜はよく一緒にダンジョンに登るよな。桜から見たクロはどんな人物だ?」
「すさまじい努力家です。強くなるため、技の研鑽を積むためならどんな努力も惜しまないといった様子です。それこそ狂気的なまでに。10本以上もの魔剣を使いこなすほどの腕前です。内燃系・放出系・補助系魔法問わず使いこなすオールラウンダー。時代が時代なら英雄と呼ばれているでしょう。彼女に刻印された魔法がなければ、1人でダンジョンのモンスターを狩り尽くしていたかもしれません」
「上がってくる報告書を見ても、桜に並んでクロの成果は目を見張るものがあるからな。戦いすぎて心配になるくらいだ」
ベヒーモスを倒す怪物たちを差し置いて、討伐数の多い桜とクロさん。すごさがすごすぎて想像できん。
「戦闘狂。実際にそんな人がいるんですね。性格のほうも聞いていいですか。随分と変わった様子ですけど」
そうと言うのも今朝の出来事からずっと脳内で警鐘が鳴り響くから。
女の勘。根拠はない。ただただ危険だと報せる。
もしもすみれに危害が及ぶなら、あたしは命を懸けて阻止したい。
危険因子の隣で無邪気な笑顔を浮かべる純情無垢なマイ・フェアリー。
彼女の笑顔を守るためなら、世界を敵に回しても構わない。
「ぶっちゃけ、ペーシェに話すようなことではないが、クロの性格は破綻する一歩手前くらいにはヤバいな」
はい、女の勘が大当たり。
桜の評価はいかに。
「彼女の至上命題は【強くなること】それ一点です。モンスターと戦うのは実力の向上以上に、強さの物差しとしているにすぎません。『強くなって誰かのために戦いたい』だとか、『メリアローザの人々のために貢献したい』だとか、ましてや『自分が幸せになるため』ですらありません。本当に【強くなること】。それだけが彼女の存在理由なんです」
「強さの先に見据えるものがなにもないの? それってかなり危険なのでは?」
手段が目的になることはしばしばある。だが、『強くなる』ことが目的というのは嫌な予感しかしない。
あたしの言葉に、暁さんは食の手を止めて肩を落とす。
「本当に君は賢いな。そうなんだ。だからあたしはギルドマスターとして、ハティから彼女を預かった者として、強さの先を見せてやらなきゃならない。時を見て話しを聞いたり手合わせをするんだがな、経験として実感し辛いみたいなんだ。本人の話しから推察するに、幼少期はスラムのような場所で生きたらしくて、まともに物事を教えてくれる大人はいなかったらしい。だからどうか、ペーシェも彼女によくしてやってほしい。年下が年上にそういうことするの逆じゃね、って思うだろうけど。生い立ちが、まぁいろいろあるんだ」
「それは問題ありません。が、本人が強くなること以外に興味持てないんじゃ、かなーり難しい案件ですね」
「そうなんだよなー。口を開けばウェポンスキルや内燃系の魔法の話し。人生経験豊富そうな太郎と顔合わせした時も、筋肉やツボや生薬の話しばっかりしてるみたいでさ。とっかかりが掴めん。どっから切り崩していけばいいかわからん」
暁さんは肩を落としてがっくりと項垂れる。快活な彼女からは想像もできないほど、手の施しようがないらしい。
しかし、と踵を返すのは夜咲良桜。うまい浜出汁を飲み干して、おいしいのため息を漏らした。
「でもそのおかげでクロさんは冒険者としても、皮職人としても、マッサージ師としても超一流。武具のメンテナンスも自分でできます。薬学の知識も太郎さんから吸収してるので間違いなし。魔法やマジックアイテムの知識と経験も豊富。貪欲に学ぶ姿勢は尊敬に値します。おっぱいも大きくてスタイルも抜群ですからね。目の保養になります」
目をきらきらさせて胸を凝視する少女に一辺の迷いがない。
恥じらいもない。この子も優秀な分、性格がちょっとアレなんだよね。
人間みな変人。優秀な人ほど、ギャップに差があって変人っぷりが際立つとはこのことよ。
「本音…………ええと、そうなるといよいよもったいないですね。っていうのはあたしの主観ですけど、それでも誰かのために、何かのために行動できるなら、もっと強くなれるかもしれないのに」
と、肩を落とした瞬間、紅玉の瞳があたしの両の眼を焼いた。
どうやら『もっと強くなれるかもしれない』という発言に脊髄反射的に反応したらしい。
どんだけ強さに執着してんだこの人。
マジで怖いよ。
ヤバいよ。
ホラーかよ!
「話しを聞くにお前らは異世界から来たんだろ。なんでも、機械文明なるものがあるんだってな。それを学べば俺はもっと強くなれるかもしれん。なんとしてもお前らの住む世界に行ってみてえ。ギルドの話しじゃ、巨大なベヒーモスを一撃で倒した猛者がいるらしいじゃねえか。ぜひとも殺し合いたい」
いろいろと野蛮すぎる!
なるほどハティさんが苦手なわけだ。得意な人がいる気がせんけど。
不思議なことに飯の味がしねえ。
ストレスのせいか思考が動かん。
これ、なんて返事するのが正解なんすか?
正解なんて存在するんすか?
とりあえずベヒーモスを倒したライラさんの名前を出したら大惨事確定なのはわかる。
「ベヒーモスを倒したのは私だよー」
なにいってんすかこの人!?
自分から地雷原につっこんで行かないでくださいよ!
「よし、殺り合おう」
はい、地雷!
どうするんですかこれから。
ほらもう悪魔もぶっ飛ぶような殺人鬼よろしく、とんでもない形相の暁さんが刀の鞘に手をかけたんですけど!
ライラさん、マジで余計なこと言わんでくださいよッ!
「勝負するのはやぶさかではない。しかしそちらから勝負を仕掛けてくるからには、私の提案する方法で戦うのが道理。そうだろう?」
「無論だ。だが俺は強いぞ?」
不敵な笑みを浮かべる2人の間でわたわたするシェリーさん。
邪神も恐れる覇気をくすぶらせる暁さん。
我関せずと浜鍋をつつくアルマと桜と陽介さんはもうちょっと関心を持ってくれてもいいんじゃないでしょうか。
そして、すみれ。なぜきらきらした目で2人を見るのだ。強い女はいい女だから憧れるのか。
たしかにその2人は強い。だけど【強い】の前に【バカ】がつくから模範にしちゃダメだ。
巻き添えをくうのは超恐ろしい。なのでシェリーさんの横に退避しよう。
彼女の防御力があればたいていのことは大丈夫だろう。多分。
さすがの騎士団長も戦々恐々。巷ではライラさんは歩く地雷原と言われてる。地雷どころの話しではない。地雷原だ。1個爆破すれば連鎖的に発破した。
発破するのはともかく、あたしたちに関わるところで爆破しないでいただきたい。
心配とは裏腹にライラさんの言葉は平和的だった。
珍しく!
平和的!
「ピッツァ焼き三番勝負だッ!」




