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異世界旅行1-5 棘のない薔薇と花畑 3

 薔薇の塔を囲むようにしつらえた中庭庭園は緑で溢れていた。

 薔薇の咲く生垣がどこまでも続き、春になるとカラフルなバラが一斉に咲き乱れる。

 中庭を出て、王宮の外の花壇もバラでいっぱい。さぞ壮観な世界に様変わりするのだろう。

 初夏を迎え、春に咲いた薔薇は散れども、返り咲きを始める花々が元気いっぱいに天に向かう姿を前にすると、無意識に足を止めて見惚れてしまう。


 グレンツェンは常に季節の花々が咲き乱れる。その種類は1000種以上。いつでもどの季節でも花を愛でることができる花の都。学術都市。色彩の街。

 対してメリアローザはただ1種類。様々な品種はあれど、『バラ』の1点のみを詰め込み、天頂を極めた極点。一面に咲く極彩色の薔薇世界。ぜひともこの目で見てみたい。

 来年の春に旅行したい。


 魔術師組合の研究棟は王宮の端。冒険者が集う集会所近くにしつらえてある。

 隣には研究成果を展示・保管する部屋が増設され、収納されるマジックアイテムだけで部屋がいっぱいになっていた。

 これ以上の収容は不可能との見込みのため、今後は害獣が少なく、気候も安定してるエルドラドへ移設予定だそうな。

 やっぱり魔法技術の発展した世界って凄いなぁ。

 逆にアルマたちから見ると、グレンツェンは機械文明すげーってなってんだろうけど。


 アルマが説明するマジックアイテムは水難事故対策の【メタフィッシュ】。

 棒状のハンドル型マジックアイテムは魔力を流すと周囲の水に形を与え、操作することができる優れもの。救命道具として漁師はもちろんのこと、海に近づく人たちに配給・レンタルされるマストアイテムのひとつ。

 魔力の操作よりも造形する生物のイメージの強さが重要なタイプのマジックアイテム。なぜなら、不意に海中に落下した際、海中で抵抗が少なく、素早く動ける形が求められるからだ。


 魚をイメージしても表現力が貧弱だとただの丸になる。ヒレもなければ流線形でもない。これでは海中から泳いで脱出するなど不可能。いくら魔力と練度が高くてもどうしようもないのだ。


 水難対策と聞いたけど、マジックアイテムを使って水に形を与えるという言葉から面白そうな妄想が膨らんだ。


「これって海難事故対策ってことだけど、海中散歩とかってレジャーにも使えるかも?」

「ですです。ただ、メリアローザの海は食糧庫って位置付けなので、レジャーで使われることはないですね。でもグレンツェン側ではそういう使い方もアリだと思います。空の次は海。いいですね。未知なる海中を冒険したいですっ!」


 それはすんごい興味ある。海中散歩。いいな、それ。

 そんな話しをしてたら、子供のまま大人になったようなライラさんがひと言ぽつり。


「それって絶縁性ある?」


 帯電体質あるある。

 絶対に海に入ってはいけないやつ。


 理由は2つ。

 一、海水を電気分解すると塩素ガスが発生するから。強い毒性と腐食性を併せ持つこの物質のせいで海が毒沼と化す。

 二、海水は電気を奪い続けるので雷属性の魔力を持つ人を魔力欠乏症にする。人間は皮膚呼吸と同様、魔力を外へ排出する特徴が知られていた。

 ライラさんのような帯電体質の人が海にでも入ろうものなら、魔力を外へ垂れ流して枯渇して死ぬ。ついでに周囲の人たちは感電する。

 最悪の三重苦。


 だけどライラさんの好奇心は止められない。

 もしも纏った水の内側を純水にするか、魔法でバリアを作ることができるなら、帯電体質の人だって海中散歩が楽しめる。

 世界を広げることができる。

 海好き垂涎のアイテムがこんなところにあったとは!


 しかし!


「現状では海水を操作するので絶縁性はありません。それ用に改良すれば帯電体質の人でも海中散歩ができるようになるはずです。環境条件的に純水の生成と保持は難しいので、魔法でバリアの膜を張るのが手っ取り早いし堅実だと思います。流体を操作すること自体が難易度高めですからね。2種類の水質を重ねて保持するなら、さらにその境界に別の膜が必要でしょう。そうなるといよいよ難易度高めです」

「純水が絶縁体の代わりになるってよく知ってたな」

「気象学で学びました。落雷を回避する話しのこぼれ話し的な感じで聞きました」


 さすがアルマ。よくそんなこと覚えてたな。


「水なのに電気を通さねえってことか? なぜそうなる?」


 彼女たちの話題に疑問したのはアンチクロス・ギルティブラッド。まぁ普通は知らないよね。

 答えはライラさんが教えてくれる。


「厳密にいうと純水は電気を通しにくいってだけで絶縁体ってわけじゃない。電気が通る理由は水の中に不純物があって、導体としての役割を担うようになるから電気が通るようになる。氷も同様、電気を通さないわけじゃないが、超通りにくい。ちなみに、電気を吸収しない凍った大地に落雷が落ちたらどうなるか知ってるか?」

「えぇーー。そもそも雷って高いところに落ちるものでは?」


 アルマの言葉は真実だ。が、電気の性質はそれだけじゃない。


「たしかに、基本的には高いところに落ちる。が、雷っていうのは電子が作る通り道を通って落雷するんだ。だからゴルフ場なんかでも、場合によっては芝に落ちたりする」

「ほへーー。それは知りませんでした。しかし雷が電気を通さない凍った大地に落ちたらどうなるか、ですか」


 アルマは想像力をめぐらし、至った答えは『凍った大地を粉砕する』。

 なるほど。雷はものすごい威力だからな。そう考えるのも無理はない。

 クロさんの答えはどうかな。


「凍った大地の表面を伝って霧散するんじゃねえのか? 大地に落ちた雷が放射状に広がったのを見たことがある」


 なるほどたしかに、電気は水の表面を伝って移動するからな。

 そういう結論に至るのも無理はない。凍った大地がうっすらと溶けて濡れてるならそうなることもあるだろう。

 さぁ、ライラさんの解答は?


「正解は『氷に反射して空中で霧散する』だ」

「なるへそ! 固体の絶縁体なら、流体の海水と混ざらないのでいけますね! メタフィッシュの内側を凍らせましょう!」

「そういうつもりで言ったんじゃないんだが。しかもそれ、めちゃくちゃ寒いし息しづらいし、重量もそうとうなもんになるだろ」

「そのぶん浮力を得ればいいんですよ。鯨並みのサイズにすれば氷の重量でも海中を泳げるはずです!」

「寒い思いをしてまで海には入りたくないかな」


 おっしゃる通りで。


「氷の盾があれば雷を防げるってことか?」


 メタフィッシュの話しの最中、なぜか対人戦を想定するクロさん。自由というか、人の目を気にしないというか。

 人のいいライラさんは話しが飛んだことを気にせず答えを述べた。


「そういうことになる。あとはお互いの耐久力の問題だな。結局、最後は強いほうが勝つ」

「ああ、道理だな」


 そこ納得すんの?

 ライラさんのこういう力業なところに同意するということは、やっぱりクロさんはヤバい人で間違いなさそうだ。

 とかく話しをメタフィッシュに戻そう。それと、話しの矛先をシェリーさんに向けておこう。


「で、問題にしてるマジックアイテムの話しはどうなるんですか?」

「ライラさんが海中散歩できるかどうかはともかく、ベルンでも海難救助然り、海水浴場での対魔獣戦は訓練してる。とくに海の魔獣は戦場が海中にならざるをえないから厄介だ。人間は海で活動するようにできてないからな。しかしこれがあれば海中での素早い動きが可能になる。とりあえず実際に使ってみたい」


 それはあたしも使ってみたい。

 しゃぼん玉の空中散歩の次は魚になって海中散歩。

 なんて心躍る響きだろうか。

 ここで訓練しておいて、夏の海水浴場に持っていけばテンション上がること間違いなし。


 ということでやってきました海水浴場。

 夏場の海ということで期待したものの、メリアローザの海でバーベキューを楽しむ人影はない。あるとすれば、海女さんと一緒に浜辺で磯海苔をとったり、砂遊びをしたり、漁師の網の繕いの手伝いをする子供がいるくらい。

 温暖化を知らない世界の気温は26℃。日差しが眩しいこともあり、体感だとなお高い温度の印象はあれど、それでも吹きさらしの夏の海辺とは思えないような涼しさ。いや暑いんだけど、それでもグレンツェンよりはずっと気温が穏やか。

 いい風が吹いてるからいよいよ穏やか。


 涼し気な海風が心地よい。

 まさにサマーバケーションの象徴。

 まさにあたしが歩んできたサマーバケーションとは真逆の光景。

 まさかあたしにパリピよろしく、夏の海に繰り出す現実が訪れようとは思わなかった。


「もっと青春っぽいことしてもいいんじゃね?」

「冷房の効いた部屋でゴロゴロするのがあたしの青春」

「それはさすがに…………」


 アウトドア派のライラさんにはわからないでしょう。


「私も青春したいですっ! 夏の海でパーリナイッ! ですっ!」


 そうか、すみれはずっと孤島で遊んでたんだ。

 同年代の子もいないって言ってたから、グレンツェンに来てからの日々の全てが楽しいといつも微笑んでいる。

 よし。すみれのために、今年の夏は全力でサマーバケーションだぜっ!


「手のひら返しなっ!」

「すみれのためなら手のひらだって焼肉だってひっくり返しまくってやりますよッ!」

「はっ! 今回のバーベキューは予算の都合上、牛肉じゃなくて鶏肉を使ったチキンステーキだから、そんなにひっくり返さなくて大丈夫。むしろ備長炭でじっくりゆっくり調理するの。でも安心して。スパイスショップのユクタさんと一緒にチキンステーキに合う調味料を開発中だから」


 すみれはどこまでいっても料理ファースト。

 そういう意味でいったんじゃない。が、楽しみが増えたのでありがとうございます!


 チキンに食いついたのはライラさん。

 今年も通例通り、ベルン寄宿生の中から募集する形で夏季合宿が行われる。海難救助を主目的にした特殊講義のひとつ。3泊4日の灼熱地獄合宿の最中にはレクリエーションとしてバーベキューが用意されていた。

 希望して参加したとはいえ地獄の合宿。楽しみがなくてはやってられない。

 バーベキューはそんな地獄に咲いた一輪の花。


 が!


 残念、どころか残酷なことに、このバーベキューがおいしくないと酷評されるのだ。

 お肉を焼くのはいつも騎士団員の有志。パーティーが好きな人、出会いを求める人、仕事の皮を被って休暇を楽しみたい人。いろんな人々が参加した。

 もちろん、全員が全員、おいしい料理を提供できるわけではない。最近では動画サイトを鵜呑みにして、網で肉を焼いてバーベキューソースを塗ってりゃ無問題と考える輩も少なくない。


 かといって、バーベキューのためだけにプロを雇うわけにもいかない。

 ケチってるわけではないが人件費は節約したいのだ。

 そもそも『お肉をおいしく焼くくらい誰だってできるんじゃね?』という意識が根底にある。きっとこれをすみれの前で吐き捨てるとたいへんなことになるだろうことは火を見るより明らか。なのでライラさんは言葉にしない。


「お肉をおいしく焼くのってそんなに難しいことか?」


 真面目なシェリーさんがつっこんだ。地雷原に。


「シェリーさんはマーリンさんの野菜炒めを食べたんじゃないんですかッ!? 火工技術をバカにしないでくださいッ!」


 はい、爆破!

 珍しく大噴火のすみれ。料理を軽んじると眉尻を吊り上げるのです。

 それだけ料理が大好きなのです。良い意味で。

 ぷりぷり怒るすみれもかわいい。


「そうだそうだ。ガスで焼いたピザと窯焼きのピッツァが全然別物なのはシェリーだって知ってるだろぅ。火工技術をバカにするなよぅっ!」


 ライラさんも一緒になってぷりぷり怒る。彼女のは悪ノリなので気にしなくていいやつ。

 ひとしきり悪ノリを楽しんだところで、ライラさんが真面目な話しをすみれに切り出す。


「とまぁそういうわけで、もし都合がつくようだったらキッチン・グレンツェッタのサマーバケーションと、寄宿生の夏季合宿をぶつけて料理を作って欲しい。食材とかお金とか資機材はこっちで用意するから、すみれたちの料理力を貸してほしい。結構、かなり、切実に」

「そんなことでよければぜひもありません。しかし私だけの問題ではないので、あとでみんなに相談してみますね」

「マジでよろしく頼むっ!」


 そんなにバーベキューが不味いのだろうか。

 ただ単にすみれの料理に惚れてるだけ。

 ライラさんがすみれのビーフシチューを食べて以来、自分で作ってみるもなんか少し違うらしい。

 あたしはあんまり料理しないからわからんところ。だけど料理好きな母によると、同じ材料とレシピでも作り手によって微妙に味が違うそうな。

 別の材料を加えてるのか。調理道具のせいなのか。レシピに乗ってない技術力の差なのか。

 あるいは愛の量なのか。


 愛。

 なんとかしてアーディさんに告りたい。

 せめて彼氏彼女の間柄にレベルアップするくらいはしておかないと、あたしの存在がアーディさんの頭の片隅からも消えてしまいそう。

 結局、洋服選びのイベントから接点は無し。

 連絡をとろうとするも、スマホを前にして緊張して死にそうになる。

 今年の夏は命懸け。


 心の奥で決意すると、眼前に金髪ツインテールのふりふりフリルが躍り出た。


「でわでわ、さっそくマジックアイテムの試験といきましょう。まずはペーシェさんにお願いします。というのも、専門的な魔法の訓練をしてない人でも使えることを証明していただくためです。こちらがお魚図鑑です。好きなお魚さんを選んでください」


 と、言われても困る。なぜなら魚図鑑を渡されたところですぐさまイメージできないから。

 食卓にあがる魚といえば切り身かフライになった姿。調理前の魚の姿をイメージするには前情報が乏しすぎる。

 ついでに料理しないのがバレるやーつ。


「これって、イメージを別の人にしてもらって、それを術者が転写する形でもいける感じ?」

「お互いに魔法で意志疎通できるならいけるはずです」

「じゃあイメージをすみれに肩代わりしてもらいたい。図鑑だけ見ても魚の全体像がイメージつかん。フィッシュ&チップスしか思いつかん」

「フィッシュ&チップスをメタフィッシュに落とし込んだらおいしくなってしまいそうです」


 水浸しのぐしゃぐしゃチップスになってしまいそうだ。

 カラッと揚がった姿は見るも無残なグズグズフライへ大変身。最悪である。


「任せてっ! 鱗の紋様から内骨格、内臓の位置まで全部知ってるから!」

「さすがにそこまでくると生臭くなりそうです」


 過ぎたるは及ばざるが如し。

 補足するように、マジックアイテムの開発に携わった陽介さんが割り込んだ。


「生臭くはならないでしょうが、あまり精密すぎると人が入る余地がなくなって、酸素を貯蔵しておくための空間がなくなってしまうのでいけませんねえ。外面だけ正確に、ある程度の厚みを意識しながら、中身は空洞にするとよいですよ」


 さしずめ魚型の潜水艦。

 海中を素早く泳ぐ最低限の機構のみを再現し、中身は人間が生存できる空間と環境を作り出す。言ってみればこれだけ。だけど実際に魔法でやろうとしたら超絶難しいんだろうなぁ。

 流体を操作する魔法は魔法適正が高くても難しい。それを留めておくとなればなおさら。

 こういうところはマジックアイテムに軍配が上がった。刻んだ魔術回路通りの動きしかできない。しかしそれゆえに、それだけのことを確実に実行するだけの能力がある。


 ハンドルを両手に持って魔力を流すと、脳裏に流れてくるように使い方が理解できた。

 周囲の水に形を与える。ただそれだけ。これだけのことが鉄の棒1本でできてしまう魔法技術の高さたるや。

 これが異世界文明。まったくもって末恐ろしく、素晴らしい!


 さて、浅瀬に足を突っ込んでわくわくタイムの始まりだ!

 準備して、どのように構えればいいか分からないすみれがあたしの背後に回る。


「えっとー、ペーシェさんの両手が塞がってるから、えっと、どうしよう。背中から抱き着いちゃえばいいかな?」

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