異世界旅行1-5 棘のない薔薇と花畑 2
以下、主観【ペーシェ・アダン】
時間を少し遡り、あたしがトイレから戻ってきたところから始めよう。
戻ってきたらなんかいきなり知らん人があたしがいたはずの場所に鎮座ましましていらっしゃる。
誰だこの金髪ローポニーの超絶美人。
赤いバラの刺青。赤い瞳。セクシーで大人っぽい見た目。すみれの勘所を突くために存在しているようなステータス持ち。
羨ましい。精神を入れ替える魔法があるなら使いたい。
きっとすみれが招待して隣に呼び込んだのだろう。にしてもあたしがいたところに座らせなくてもよくない?
ちょっと、いやかなりジェラシーなんですけど。
まぁ彼女の笑顔がなにより大事なので、燃えるジェラシーを6秒で鎮火。右隣からすみれの笑顔を眺めて心を癒すといたしましょう。
心を癒そうとしてたのに、逆に動揺させられることになった。
あたしとすみれの延長線上にはハティさん並みの目の覚めるような美人。ユニセックスな見た目は同性でもドキッとさせられる笑顔をしている。
スポーツブラのような上着とホットパンツ。健康的で魅力的な肢体は全世界の女性の憧れを体現するかのよう。
天は二物を与えず、という。
最初は嘘だと思った。だけど彼女の口調と声色を聞いて、天は二物を与えずっていうか、与えすぎて逆にバグったっていうか、あからさまな蛇足感を感じずにはいられなかった。
声色が見た目とあってねぇッ!
口調が恐ろしく乱暴で女性的な要素が台無しッ!
アンチクロス・ギルティブラッド。名前から既に人間離れしてるッ!
中身と外面がちぐはぐすぎる。
こんなにアンバランスな人は初め――――――不意にハティさんが脳裏に浮かんだのは失礼でしょうか。
彼女もしゃべらなければ超絶美人。
しゃべると子供っぽさが露呈する。
子供っぽさっていうか、世間知らずすぎていつもドギマギさせられた。くわえて、エンジンは最高峰だけどブレーキとハンドルが整備不良。そういう意味では彼女も見た目と中身がかみ合わない。
なんかヤバい気配がする。こそっと華恋に彼女のことを聞いてみよう。
「あのさ、華恋。クロさんってどういう人なの?」
「彼女は冒険者で太陽のギルドに所属してる。ってことぐらいしか知らなくて。ただ、報告書を見る限りだとめちゃくちゃ優秀。桜並みに討伐成果出してる人だから。ギルド全体を見渡しても、桜とクロさんは頭ひとつもふたつも飛びぬけてる。詳しいことは本人か、桜に聞いたらわかると思う。だいたい桜と一緒に仕事してるから」
華恋の言葉に疑問を持ったアイシャが首をかしげ、彼女の見る日常を教えてくれた。
「あれ? でも一緒に食堂にいるところはお見掛けしませんが。それに桜さんは基本的にソロの冒険者と聞いてます」
華恋はイエスののちにバットを繰り出す。
「桜は自分でそう言ってるけど、呼ばれた仕事は基本的に断らないよ。桜は冒険者としてとても優秀だから、なんだかんだでいつも声を掛けられる。クロさんともよく仕事してるみたい。まぁ桜の性格がアレだから」
頼れるお姉さんが大好きなレズビアンくノ一。それが夜咲良桜という女の子。
でも仕事はきっちりとこなすんだから素晴らしい。できる女とは変人が多いのかもしれない。
しばらく観察して気づいたことがある。文化なのか、性格なのか、すみれと話しをするのはいいとして、まったく話しを他の人に振らないな。
普通の感性なら集団で来店してる一団なのは見て分かるはず。
ならば他の人に話しを振って話題を共有するものではないのでしょうか。
集団の和を大事にするものではないでしょうか。
疎外感がすごいのでなんとかしたいです。
少なくとも、あたしはグレンツェンの講義の処世術でそのように教わった。
どんな状況でも、どんな世界でも、空気の和というのは大事だと思うのです。
わさび菜を噛み潰したような顔をするあたしに、華恋は注意事項を提示した。
「不満そうにしてるペーシェにひとつ伝えとくね。暁さんからちょびっと聞いた話しなんだけど、クロさんって自分に関心のないことに全く興味関心がないんだって。だから平然と知らない人と人の間にすっぽり入り込める。メンタルがダイヤモンドなんじゃなくて、そもそも気にしてない人なの。だからこっちから彼女にアタックしないとアクションは皆無だから気を付けてね。悪気とか悪意とかはない。そういう性格」
「だとしたら余計にタチが悪い。ってか、そこまで他人に無関心でいられるもんなの?」
「マジでそんな人いるのよ。だから気を悪くしないでね。ペーシェたちに害意があるわけじゃないから。それはそれでどうなんだろうと思うけど」
マジでそんなヤバい人いるのかよ。いや目の前にいるんだけども。
いったい今までどうやって生きてきたんだ。
おそらくそんな質問をしたところで得られるものはないのだろう。
なぜなら、彼女は自分の好物がなんなのかさえ理解してない様子。食にすら無関心。同じギルドの華恋とアイシャのことも、あたかも初対面のような接し方をしている。
だったら何に関心があるんだ?
それにすら関心がないのか?
見た目と中身の差以上に脳がバグり始めた。
よし。考えても仕方のないことは考えないようにしよう。
今日の晩御飯は窯焼きのピッツァ。それだけでなんでも頑張れる。石窯で焼くピッツァが待ってるってだけでポジティブになれる。
採れたての完熟トマト。フレナグランとラ・ミストルティンが共同開発した特製のピザソース。甘味の隠し味には上質な黒糖。甘味の中に独特のコクを持つ黒い砂糖は、グレンツェンでは滅多にお目にかかれない高級品。
ニンニクも白ではなく黒。まろやかな風味のある黒ニンニクは長い時間をかけて熟成されたビンテージ物。
これに関しては白ニンニクがメリアローザで手に入らず、遠い国からの輸送中に熟成させながら運ぶことで腐食を防ぎ、食料としての耐久力を上げるために黒ニンニクにならざるをえないという事情があった。
逆に言えばメリアローザでは白ニンニクは流通してない。熟成してしまってるので芽も出ず、ダンジョンで栽培するにも至ってない。
グレンツェンでは黒ニンニクが珍しく、メリアローザでは白ニンニクが珍しい。
食材についても、ところ変わればなんとやら。実に面白い現象である。
農薬なんて言葉を知らないメリアローザの食材たち。
珠玉を凝らされた調理方法。
完璧に造形された石窯。
外はカリッ。中はふわもちっ。石窯ピッツァを体験してしまえば、フランチャイズのピザが食べられなくなってしまう。
ベルンではフランチャイズのピザ屋さんはある。けれどグレンツェンでは常に良いものを求める傾向にあるため、石窯ピッツァを提供しているヘイターハーゼがある限り、大手企業でさえグレンツェンで出店することを拒否してるそう。
石窯ピッツァとはそれほどまでに素晴らしい伝統なのだ。
早く晩御飯にならないかな~♪
あぁ~~テンション上がってきたぁーーーーーーーーッ!
「晩御飯はわたしも超楽しみ。でもこれからどうする? すみれはクロさんをアルマのところに案内するって言ってるけど」
フェアリーたちのためにも、自分のためにも、お菓子作りに邁進したいローザ。別行動にするかどうかの選択を迫る。
「私はピッツァの仕込みがあるのでフレナグランに戻ります」
アイシャはまぁ予定通り。ピッツァの準備、よろしくお願いしますっ!
「私はみんなに合わせるよ。メリアローザを案内するのも私の仕事だからね」
華恋は日和見。決断するのはあたしか。
「あたしはぁーーーーすみれが心配だからついて行くわ。それにマジックアイテムにも興味あるし」
占いによると、あたしのせいで世界が滅んでしまうらしいからね。
しかも桜たちに修行をつけてもらう必要があるってことは、暴力的に解決する必要のある事件が発生してしまうのだろう。ならばその対処のために、できうる限りの努力をしなくてはならない。
最悪には常に備えなくてはならないのだ。
ローザはフレナグランに戻ってメルティさんとシルヴァさんとお菓子の研究をするということで離脱。
華恋はフィアナさんの様子を見に行くと言って薔薇の塔へ駆け上がる。
あたしとすみれとクロさんは、アルマたちのいる魔術師組合に向かいます。




