異世界旅行1-4 晴天穿つは人の業 10
ダンジョン第3層【アリメラ】。
転移陣の先に広がる光景は大きな河川と、大量の流木。対岸と背には青々と、清々しく立ち並ぶ豊かな自然が我々の感嘆のため息を見守る。
大量の流木…………。
大雨のあとなのか、幹回り1メートルを超える大木がなかなかの速さで下流へと流されていた。
しかし奇妙なことに地上に氾濫の痕跡がない。水も濁っておらず、むしろ底が見えるほどに澄み渡っている。
風もおだやか。
水たまりもない。
水害や暴風で荒れた様子などどこにもない。
なんなんだこの景色は。
世界観がちぐはぐすぎて脳がバグりそうだ。
「流木の名は”アリメラ”と呼ばれます。重量は通常の木々の約2倍。流水の中で成長する奇妙な樹木です。根っこは栄養満点で、削って出汁に使えます」
「根っこを使った出し汁! そんなおいしい樹木があるとはっ!」
「はぁーーーーーー突っ込む元気がない」
すみれの料理に対する情熱がすさまじい。
ありがたいことに、私の代わりにペーシェがつっこんでくれた。
「なんで木が大量に流れてんの!? ってか腐らないんすか? 見た感じすっごい青々として元気な様子ですけど。世界観が謎すぎる。こんな意味不明な景色なんてギャグ漫画でだって見たことないわ!」
「本当に元気だな」
「いやもう突っ込まずにいられないっす!」
私も心の中ではきちんとつっこんでる。
ヘラさんの知的好奇心も大爆発。
「流水の中で成長する樹木なんて初めて見た! 上流のほうにはなにがあるのかしら。なんで腐らずにいられるんだろう。他の樹木との生存競争を避けるために流水の中に身を投じたのかしら。あぁーーーーもぉーーーー知的好奇心がくすぐられるっ!」
「どんだけアグレッシブな木なんですか! 水の中て!」
「ヘラさん、若いなーーーー…………」
だからって自分が老いてるとは微塵も思ってない。
断じて!
「初めて見たらびっくりされますよね。でもこのアリメラの木はメリアローザにとって非常に重要な資材なんです」
「流木が? 普通にそこらへんに生えてる木を切り倒したほうがよいのでは?」
「ところがどっこい。なんとアリメラの木には魔力を受け付けない性質があるのだ」
え、今なんて?
「魔術師からしたら天敵みたいなやつです。攻撃魔法を打ち消してしまうんですから」
「なにそれ。有能なんて言葉では表現できないレベルの優秀さじゃん」
試しに、とアルマが風刃を投げつけた。
鋭く、速く、恐ろしく研ぎ澄まされた魔法。これほどの刃であれば、私のストーンウォールであっても両断されてしまうに違いない。
そう感じさせられるほどの威力を持った魔法。これなら大木であろうと1本や2本は簡単に切断されてしまう。
しかし現実は否。
エアカッターが触れ、切断されたと思った瞬間、水面と共に木に触れた魔法はほどけるように掻き消えてしまった。
これがアリメラの木の性質。
魔力を受け付けないマジックアイテム。
「ご覧の通り、魔法攻撃が通じません。それどころか魔力で操作したロープなんかも、触れると魔力を打ち消されてしまうので、アリメラの木の採取は人力でなくてはならないどちくしょうなのです。魔法を否定されてるみたいでむかつきます!」
さすがアルマ。魔法偏重がすぎておかしくなってる。
「さすがにそこまで悔しがらなくてもよくないか? だがこれは凄いな。防具とかになってるの?」
「対魔法戦のマストアイテムです。ほかには魔力を閉じ込めるための箱や防壁に利用されたりしますね。アナスタシアの刀の鞘の外装部分はアリメラの木を使用してるぞ。刀で攻撃しながら、鞘に魔法を当てればこれをかき消せる。まぁその分、通常の鞘よりちょっと重くなるけどな」
「ありがとうございますっ!」
「それってメリットとデメリットが等価交換になってないヤバいやつなのでは?」
エディネイの鋭い指摘を受け止めた暁は、アリメラの木がどのように使われるかを説明してくれた。
「魔剣とまではいかないが、それでもアリメラの木を使用した武具は超高額だ。魔法に対して無類の防御力を誇るからな。しかも物理的な頑丈さも折り紙付きだ。樹木の密度がものすごく高くて硬い。デメリットとしては、密度が高いから重い。魔法を受け付けないから軽量化や強度強化の魔法を付与できないのも欠点かな。だから鉄製の防具の一部にアリメラの木を嵌め込むように使用するのが一般的だ」
「工夫次第でデメリットを軽減できるのか。とりあえず、アリメラの木を20本ほど買い取りたい」
「売却するのはやぶさかではないんですが、アリメラの木はメリアローザでも貴重なアイテムなので、量については限らせていただくことになると思います」
「こんなにたくさん流れてるのにですか?」
「じゃあ試しに取ってみるか。できればだけど」
ポニテ少女が一歩踏み出して、大木にしがみついて流されていく自分の姿が目に浮かんだ。
手掴みでは無理。流されて死ぬ。
魔法も使えない。
となると物理的、かつ原始的な方法しかない。
――――――え、これどうやって採取してんの?
「これ1本採取するのにすっげぇ労力がいるんだよ。くそ重いし。川の流れが速いし。そういう諸々の理由から採取できる人が限られてる。ちなみに、記録に残る限りでは、ダンジョンの中で最も多い死傷者を出したのがこの階層だ。害獣はともかくドラゴンのようなモンスターはいない。つまりみんなアリメラの木の採取で命を落としてる」
「よくよく考えてみたら難易度激高ですよね。人力前提ですし。川の流れってめっちゃ力強いし」
大木採取を軽く考えてたペーシェが冷や汗たらり。
「流れの速い川に入るだけで死亡率が跳ね上がるからな。そこに流木なんてな。水難ってのは本当に怖い。ヘリで持ち上げるにしてもひっかけるのは人力か。川をせき止めるにしても絶え間なく流木が流れてくるんじゃ手が出んな」
「流木は回る。ぶつかる。重い。溺死。圧死。根っこに引っかかれて裂傷する。死亡理由が山盛りです」
「超危険じゃん」
ナチュラルにヤバいな。
「モンスターより自然のほうが怖いってことです。大自然は恵みをもたらしてくれると同時に、決して我々の味方ではないということです。まぁそういう諸々の理由から、効能の良さ以上に採取難易度の高さから値段が激高な木です。もしも良い採取方法があるならご教授いただきたい」
「状況が特殊すぎてすぐに思いつかないわ。でも何か方法が見つかったら教えるね」
ちなみに、アリメラの木の採取はその難しさから『漁』と呼ばれて尊敬されていた。採取方法はフックのついたロープを投げ、枝にひっかけて岸に引き寄せる。あとは人力で地上へ揚げて運ぶ。
超原始的!
それ以外に方法がないのはわかるけど!
♪ ♪ ♪
大本命のドラゴンの加工場。
元々はアリメラの木を乾燥ののち加工する小屋。ドラゴンの素材を加工するのに湿度、および安定した気候。安全な場所ということでここに運ばれてきたそうだ。
それを聞いて落胆するライラさん。
あわよくばドラゴンと戦闘になるのではないかと期待したらしい。期待しないで下さい。
「ライラさん………………………………どんだけ戦いたいんですか」
「長い間だったな。ライラさん、いい加減にしないと永久に出禁にされますよ」
「元剣闘士として、現騎士団長として、モンスターの脅威は確認しておくべきだろう!」
胸を張ってどや顔するところじゃありません。
現騎士団長として、ならまだわかりますが、元剣闘士として、と言ってる時点でモンスターと戦いたい欲望丸出しじゃないですか。この人、メリアローザに連れてきてはいけないかもしれない。
「今、『ライラさんを異世界に連れてきちゃダメだ』とか思ったろ」
「………………………………それで、ヘラさんへのプレゼントというのは?」
「あ、おい、無視すんな!」
だってライラさんの話しを聞いてたら長くなるんだもん。
「こちらへいらしてください。まだ製作途中なので完全に完成はしてません。でもたしか、頭部は可動する程度にまでは出来上がってたはずです」
「頭部が可動するとはいかに」
「行けばわかるさーーーっ!」
景気よく開けた扉からドラゴンの頭がこんにちは。
首から下がないので動いて襲ってくることはない。安心です。
今日は非番なのか工房には誰もいない。頭の先には各部分のパーツらしき体が元あった時のように鎮座ましましていらっしゃる。
頭。胴体。前足に後ろ脚。尻尾。そして巨大な赤い翼。全長約20m。翼幅約70m。
さらにその後ろには白い竜。赤い竜が男らしく力強いと形容するならば、白い竜は美しく女性らしいフォルムをしてるように見えた。
細い体に巨大な翼。ドーム状の凧のような姿の翼には細かいヒダがついており、広げることで風を受けて空に浮かび、畳んで平たくすれば鳥のように風を切り滑空する。
ライラさんじゃないがドラゴンが飛ぶ姿は見てみたい。
赤いドラゴンは【暴炎竜】。
白いドラゴンは【麗嵐竜】。
どちらもヘラさんへのプレゼント。
ドラゴンの剥製をプレゼント。
「異世界の贈り物ってこれが普通なの?」
あっけに取られた私の質問にアルマが答える。
「暁さんがおかしいだけです。コカトリスの剥製がかっこいいって言ってたから、ドラゴンの剥製なら喜んでくれるだろう、って。しかも魔力で操作すれば、動く。走る。空も飛べる。学術都市にはうってつけのプレゼントに違いない、と。本人は自信満々です。ちなみにアルマはセラエノ大図書館へ連れて行って欲しいです」
「いよぉっっっしゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」
木々がはじけ飛びそうなほどの大絶叫。
ヘラさんの琴線がかき乱された。
娘のローザは冷静そのもの。
「死ぬほど喜んでるところ悪いけど、これどこに置くの?」
「そうねぇ~グレンツェン大図書館の地下~もいいけど~できればみんなの目に触れるようなところに置いて~見て触れて楽しんでもらいたいから~パスタン・エ・ロマンの第4館に置いてもらお~♪」
「また勝手にそんなことを…………」
勝手ではあるが、無理ではないと思う。
「いや、きっと大丈夫だ。パスタンのオーナーはそういうの大好きだから。パスタンのオーナーはジジィ…………神父様だから」
「え、そうなんすか?」
ペーシェが知らないのも無理はない。わざわざ調べる物好きはいないからな。
「あんまり知られてないけどそうなんだ。泣いて喜ぶと思うぞ。スタッフも。第4館ってジジィの趣味部屋みたいなもんだから。邪魔者扱いされてるからな」
「まさかのジジィ宣言」
「オーナーなのに邪魔者扱いとは。可哀そうに」
「可哀そうではない」
「えぇーー…………」
断言しよう、可哀そうではない。
あの人は夢中になると後先考えなくなるところがあるからな。
良くも悪くも子供っぽいのだ。
これ以上口を開くとジジィへの愚痴が止まらなくなるのでやめておこう。
作業途中のために台座に固定されたドラゴンの巨大な頭部。魔力を流すと口がぱくぱくと動いてパペット人形のよう。
本物の生きたドラゴンを知ってるアルマが操作すると、本当に生きてる生き物のような迫力を持った。瞼と眼球も造り込まれていて、ぎょろぎょろと動く目玉の威圧感は見事というほかない。
口を大きく開け、音魔法を使用してドラゴンの咆哮を再現。その迫力たるや圧巻のひと言に尽きる。
「かああああああっっっこいいいいいいいいいっっっ!」
ヘラさんの咆哮はドラゴンの似音声よりも大きかった。
「というか、アルマってドラゴンと対峙したことあるの?」
「まだありません。まだ! しかし記録版で見ました」
まだ、ってことは以後戦う気でいらっしゃるということか。さすがアルマ。マジックアイテムの素材を手に入れるためなら地獄にでもピクニックに出かけそう。
それはともかく、ログボードとはいかに。
【記録版】
魔鉱石で作られた、記憶を記録するマジックアイテム。
次代の冒険者に戦闘の記録を語り継ぐための重要なマジックアイテムは国にとって、未知なる冒険に旅立つ者にとって貴重な情報源。
記憶者目線で映像が脳裏に流れるため、疑似体験と同義の経験を得ることができる。
百聞は一見に如かず。知ってるだけと、体験として経験するとでは全く質が違う。
アルマもロクボードを利用することで、ドラゴンとの戦闘を疑似体験した。
彼女が見たものは今回、ドラゴンを討伐した時の映像。閲覧は自由なので誰でも見ることができるという。なお、紛失を避けるため、持ち出し厳禁とのこと。
それはぜひとも見てみたい!
「それなら冒険者組合の記録書庫へ行けば閲覧できます。先客さえいなければ、ですが」
「今行こう! すぐ行こう!」
ヘラさんテンション爆上がり。
ドラゴンも気になるが、ログボードも気になる。アルマにログボード事情を聞いてみよう。
「ログボードの作成技術って供与、いや、いくらで買い取れるだろうか。戦闘を疑似体験できるアイテムは喉から手が出るほど欲しい」
「冒険者への普遍的なバックアップに関しては国からの補助なので、いくらで作ってるとかって知らないです。暁さんは知ってますか?」
「販売してるものじゃないから値段がついてなかったと思う。魔鉱石も国が買い取って分配してるから値段付いてないし。そのへんはまたおいおい考えていかなきゃだな。というのが答えです」
「そうか。魔獣との戦闘記録は貴重な情報になるからぜひとも欲しい技術だ。先だって未使用のログボードを何枚か欲しい。無理か?」
「それなら大丈夫だと思います。あとで魔術師組合に掛け合ってみます」
「いよぉっっっしゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」
いかん!
思ったままに咆哮してしまった。
呆気に取られたみんなの視線を独り占めしてしまう。
恥ずかしい。こんなつもりじゃなかったのに。
よし!
ヘラさんもドラゴンの剥製に満足したようだし。ログボードなるものを見に行こう。
ドラゴンとの戦闘を疑似体験しに行こう!




