異世界旅行1-4 晴天穿つは人の業 7
お肉をひっくり返しながら語る桜は手を動かしながら口を開く。視線も網に注がれ、追加されたお肉を流し込んで並べてくれる。
話し手と聞き手の目が合わない!
うぅむ、やりづらい。面と向かって話しをすることが日常の我々には違和感が半端ではない。
虎丞さんも暁も全く気にしてない様子なので突っ込むつもりはない。つもりはない、が、テーブルマナーが違うとこんなにモヤモヤするものなのか。
アイシャが柱に頭を打ち付けてた気持ちがちょっと理解できた。
「桜ちゃんは武器の数も種類も豊富だもんね。どんな状況でも対応できるから、どんな仕事も任せられて心強いわ」
「あれ、お昼にここに来るのは珍しい。お肉目当て?」
焼肉の噂を聞きつけて参上したのはルクスアキナ。絶品の朝食を作ってくれた美人女将。今度改めて、きちんと礼がしたいものだ。
「うん。久しぶりにがっつりとお肉が食べたいな、って思って♪」
「それじゃあちょうどここが空いたから座って一緒に食べよう。ルクスにはみんなの朝食を作ってもらった恩があるからな。一緒に焼肉を食べよう!」
「いいの? ありがとう!」
思いっきり抱き着いた拍子にぱいたっちする抜け目なさ。それでいいのか、ギルドマスター。
だいたいいつもは居酒屋の女将。暁に札束ビンタをしてもらう時は暁専属のキャバ嬢。彼女の素性はそれだけではない。なんと魔剣持ちの冒険者。どんだけ守備範囲が広いんだよ。
と、それはともかくとして、どうやら桜とも仕事をした仲らしいので、彼女にも話しを聞いておきましょう。
魔剣の情報を聞き出せるのなら、聞けるだけ聞いておきたい。
「そうですね。やっぱり魔剣を手に入れたことで気を付けることは、自分自身の心の在り方だと思います。常に対等に、敬意を持って、魔剣に認めてもらえるような自分になるための努力を惜しまない。そんな謙虚でひたむきな心構えが必要ではないでしょうか」
ルクスの登場を知って桜の隣に突撃したアルマ。
魔剣の話しが聞こえてきたから現れた。魔法大好きふりふりフリルは親友が食べようと手元に置いていたお肉を奪って口の中へ放り込む。
衝動的に殴ると思いきや、桜はため息をついて呆れ、別のお肉を網から引き揚げて咀嚼した。アルマが逆の立場だったら絶対殴ってる。間違いなく!
「エディネイはストラタス・イグニス。アナスタシアさんは暁さんが打った魔剣。工房で打ってもらった魔剣は8本。個人の魔力に染まるのでオーダーメイドになるわけですけど、誰に渡すか決まってるんですか? あとから持ち主を変えるってできませんからね」
そうそこ。
それがすごく大事なの。
メリット満載の魔剣の唯一と言えるデメリット。
一度その人の魔力を染色すると、他の人が使えない、あるいは使いづらくなるというもの。仮に死亡したり、騎士団から抜けられると研究が躓いて先に進めなくなる。アルビノマギの陽介さんにマナの脱色をしてもらおうにも、異世界にいるのではそれも難しい。
原則、魔剣と使い手は固定。使い手がいなくなれば、ただの鉄の塊になってしまうから。
「ん~、とりあえずサンジェルマンさんは確定かな。心技体魔、全てを兼ね備えてるからな」
「女の子の尻を追いかけさえしなければなぁ」
ライラさん、余計なことは言わんでください。
「あぁ…………えっと、あとは基本的に魔法剣士職に試験を依頼しようと考えてる。魔剣の性質上、将来的には個人の持ち物になるから慎重に決めないとな」
「できれば若手に担ってほしい。しかし心技体魔を兼ね備えた即戦力級の子はそうそういない。そこはサポートをしながら育成する形になりそうだな。あたしの候補はペルシュとフィーア。期待を込めてザラ」
「評価としての数値しか見てないのでペルシュさんとフィーアの詳しい性格までは分かりませんが、ライラさんが推すなら大丈夫でしょう。ザラは、そうですね、向上心が高すぎるのが珠に瑕です。しかしライバル視するアナスタシアが魔剣を持つなら、彼女に持たせてみるのもアリかもしれません。成績は優秀ですからね」
「ふふふ。身内が褒められると嬉しいものですね。よろしければ一献、いかがですか?」
どうぞ、と言ってお酒の入った土瓶を差し出され、うまく話しに割り込むルクスアキナは自然な流れで大事なことを教えてくれた。
「個人的な意見ですが、魔剣を渡すなら、魔法と剣の適正はもちろん、最も重視すべきは性格だと思います。それから周囲のサポートと、言葉は乱暴ですが、いい意味での圧力も重要かと思います。“戒める”という意味で」
それから、と続けて魔剣を持つ女将はひとつ笑みを作って語りかける。
「フィーアに魔剣は必要ありません」
「断言とは。ルクスはフィーアと姉妹なんだよな。詳しく聞かせてもらえないか?」
「フィーアの武器は拳ですから」
「「ッ!?」」
ベルン第二騎士団は軍人上がりのサンジェルマンのもと、徹底した集団戦を叩き込んでいる。反面、個々人には適正があり、個性があり、それぞれに得意と不得意が存在した。
画一的な集団戦に適しており、己の力を最大限に発揮できる者。
個性が強く、ライラさんのように集団戦に向かず出世を諦めようと考えた者。
第二騎士団の方針として、熟成された集団戦はどんな戦況をも打破できる技術として全ての団員に徹底されている。
反面、後者の長所を活かそうとした時、教え込まれた集団戦の常識を逸脱してしまうのだ。
無論、金の卵には雛となり、不死鳥になって羽ばたいてもらいたい。
そこでライラさんがとった方策は、一旦、集団による協調から離れて個人の適正を活かした戦術を組み立てるというもの。
個人個人の適正と性格を鑑み、自由に戦わせ、どんな戦闘スタイルが適しているのかを調べる。集団戦はみな同じ武器を用いて戦闘に臨むが、個人の個性を活かすのは剣で正しいのか。槍が得意なのか。実は斧や盾が得意ではないのか。
その人はどんな性格なのか。どんな性格の人と組ませると戦果が上がるか。誰と誰が仲が良くて連携をとりやすいのか。
そもそも2人以上のタッグではなく、個人で自由に戦わせたほうが本人ものびのびと行動できるのではないか。
元軍人としての画一的な集団戦と徹底した情報共有能力。
元剣闘士が見てきた、少数精鋭のチームが持つ個々人の能力を活かした個性的な戦闘能力。
一見すると水と油のような両者。混ざり合い、適切な方法論で整列する彼らはベルン騎士団史上、最強最高の部隊であり、世界的に見ても集団戦・個人戦において高い能力を有していると評価される。
これらの評価軸と評価基準の策定にはライラさんとサンジェルマンさんの人脈で、軍務教官OBや作戦立案を主任務とする現役のハイラックス軍参謀、剣闘調教師、心理カウンセラー、武器職人などなど、多くの分野の有識者を呼んで作成してもらった。
今ではこの評価軸は国際基準として認められており、世界中のあらゆる育成機関で利用されている。
このマニュアルの中には、その人がどんな武器が適正なのかを炙り出すものもあった。
だからフィーアは剣を持ち、集団戦を得意とするペルシュさんの部隊に配属している。
彼女がまさか、拳で戦うスタイルだとは聞いてない。完璧に見えたマニュアルにも穴があったというわけか。
それとも彼女が故意に隠してるのか。だとしたら、とんでもないジョーカーが紛れ込んだものだ。
「フィーアは他人と強調するのが得意ですし、美徳だと考えてるから場の雰囲気を乱すようなことはしない子です。自分の意見よりも集団の方向性に同調するタイプです。なので隠してるというよりは、伝える必要がないと判断したのでしょう」
「そこはゴリゴリに我を押し通してくれて構わないんだが」
ライラさんならそうしたでしょうね。
「彼女はそういう性格じゃないってことですよ。それより心配なのは、現状でフィーアがストレスを抱えてないかどうか、ですね。それだけが心配です」
「フィーアは良い上司に恵まれたみたいですね。あの子、スルースキルを身に着けてるので、基本的にはなにがあっても笑ってポジティブに考えます。でも気を付けてください。ぷっつんすると手がつけられませんから」
「フィーアがぷっつんするイメージがつかん」
私にも想像がつかない。いつもニコニコして当たり障りよく、老若男女から慕われるフィーアがぷっつん?
普段怒らない人間が怒ると怖いという。彼女もその類だろうか。
沈黙の中に記憶の断片を放り投げるアルマはどこか楽しそう。
「ぷっつんする時って、一瞬で怒りのボルテージがマックスになるんでしたっけ?」
「そうそう。怒りのハードルは高いけど、その分、ハードルを越えた先は灼熱地獄。ソフィアにも手が付けられないから。姉妹の中で最も攻撃力が高いです」
「そわそわ♪」
「おい、アルマ。ぷっつんした先にどんな魔法があるのか気になってるだろ?」
アルマはライラさんに図星を突かれた。目を逸らして袖をぶんぶん振り回す。
「え!? いいえ!? そんなわけないじゃないですか。いくらアルマが魔法大好きっ子だからって、そんな地雷に飛び込んでいくほど馬鹿じゃないですよ♪」
無意識に目を逸らした。心配だ。
アルマなら魔法の研究のためって言ってフィーアに魔法を見せてもらおうと土下座しかねん。いや必ずする。
彼女の憤怒に触れるような真似はしないだろうが、土下座の1つや2つ、なんの躊躇もなくやるだろう。
そうなってくると土下座されるフィーアが可哀そうだな。
お肉を呑み込んでひと息。そろそろお腹の容量も半分といったところ。この後、3時間後にはフェアリーとのティーパーティー。このへんで少しペースダウンしておこう。
スイーツを思いっきり食べるためにお腹の容量を空けておかなくてはならない。
という気持ちを知らず、私に好感を持ってもらいたいらしい詩織は、焼きあがったお肉を私の皿に乗せて満面の笑みを浮かべてくれた。
「どうぞ。あつあつのうちにお召し上がりください!」
「あ、あぁ、ありがとう。でも詩織もしっかり食べておくれよ。好きな仕事のようだが、だからこそ体力の消耗を感じにくい。しっかり食べて、休んで、適度に仕事をしてくれ」
「シェリーさん、優しい! ありがとうございます!」
それと、と小さくつぶやき、何かを決心した少女は覇気の籠った言霊をぶつけてきた。
「シェリーさんの所属する騎士団に入るにはどうすればいいんでしょうかっ!」
私は唐突な申し出に困惑する。彼女と知り合って2日と経ってない。なのになぜそんな質問が飛んでくるのか。
その理由がわからないことにはどうにもならない。
とにかく今は質問に対して正しい答えを提供しよう。
「方法は3つ。寄宿生から騎士団員になる道。2つ目は一般公募。3つ目はヘッドハンティングだ。1は教育を前提としてるから、ある程度の能力があれば寄宿生になれる。2は能力があることが前提だから、よそで訓練したり育成機関を経ての入団だな。3つ目はかなり特殊だ。実績と経験を見込んだ人に騎士団側からオファーをかける。ライラさんがその例だな」
「ヘッドハンティング! かっこいいです! 私もメリアローザで実績を積めばヘッドハンティングされるでしょうか?」
まさかのヘッドハンティング希望ッ!
あまりにも夢見がちな願望。
目をキラキラと輝かせて見つめる瞳に一点の曇りがない。
この子、本気で言ってる!
詩織の得意な分野はIT関係じゃないのか。
まさか物質的な戦闘もこなせるというのか?
とてもそんな様子には見えない、が、人を見た目で判断してはダメだ。
この世界にはアンデットだって生活してるのだから。
「そう、だな…………虎丞さんやアリアン並みの冒険者になれればヘッドハンティングは間違いないだろう」
「全員ヘッドハンティングしたい」
ライラさん、突然横から入り込まないでください。詩織が勘違いするかもじゃないですか。
「なるほど。つまり私が彼らと同等以上の存在であると証明すればいいわけですね」
なん、だと?
どや顔でそう吐き捨てた少女はダッシュで自室へ戻って何かを取りに行った。
暁と桜はじゅうじゅうと音を立てる焼肉を見てため息をつく。嫌な予感しかしないんだけど。
するとおもむろに、桜が無表情無感情のまま侮蔑の言葉を並べ始めた。
「自意識過剰。傲慢。怠惰。無神経。自己中。悪辣。嘘吐き。利己的。短絡的。ひんにゅうううううん!」
「思うところはあるかもしれんが、悪口は自分の品位を貶めるだけだぞ」
桜のほっぺをむにゅっと持ち上げる暁の目は本気だった。
「わかりました。では直接本人に伝えます。それなら悪口になりません」
「それはただの暴言だ」
ほっぺたをもにゅもにゅして桜の言葉を遮ろうとする暁の意志に反し、桜の怨讐はそれを超えてるようだ。
いったい過去に何があったのやら。詩織は桜のことを【腹パン女】と呼んだ。本気で喧嘩するような事件があったというのか。




