異世界旅行1-4 晴天穿つは人の業 6
以下、主観【シェリー・グランデ・フルール】
机に埋め込まれたバーベキューコンロ、ならぬ巨大七輪を囲んで座る。
これが焼肉。
人生初の焼肉パーティーに困惑が隠せない。
自分で焼いて自分で食べる。謎文化すぎる。似たようなスタイルにBBQがある。しかしあれはホストとゲストがはっきりと分かれ、提供する側と享受する側の線引きがあった。
焼肉。店は未完成のお肉を提供し、我々で料理を完成させる。
なんだこれは。しかも1枚1枚を焼きながら食べ続けるって、なんか忙しそうだな。
「シェリーさんたちは談笑を楽しんでいてください。私がお肉を切り分けていきます。お肉の厚さに希望がある時はおっしゃってください。とりあえず、すぐに食べられるように厚さを5mmで人数分×3枚を作っていきますね」
「助かるよ。こういう食べ方は初めて体験する」
桜はほんとにいい子だなぁ。
「自分で大きさが決められるのは斬新だな。1cmとかできる? 1cm!」
ライラさんはさっき爆死したとは思えないテンション。しばらくはしおらしくしててください。
桜はライラさんの要望に端的に答える。
「できますが、しっかり焼けるまで時間がかかるので気を付けてください。外がカリカリになる頃が目安です。時間がかかるのでもう焼いておきましょう」
「カルビはないんですか。カルビは!」
「それは中盤です。焼肉には順序というものがありますから。それと、私が焼くお肉は詩織さんのもの以外です。貴女は自分で焼いてください」
なんか詩織に対する桜の対応がしょっぱいな。なにかあったのだろうか。
焼肉って順序なんてものがあるの?
ひたすら肉を焼き続けるものじゃないのか。
焼肉にもコース料理のような順番があるのか。
最初に出されたのはキムチだったな。ぴり辛の白菜ときゅうりが出てきた。
前菜ってアレだったのか!?
あんな真っ赤な前菜なんて聞いたことがない。
普通はサラダとかそんなんだろ。野菜ではあったけども、おいしかったけども、初見から辛味の強い野菜料理が出てくるとは恐れ入る。異世界人の感覚がわかんない。
むしろ後から注文した夏野菜サラダのほうが前菜っぽかった。レタス、トマト、きゅうり、粉チーズ、半熟卵をソースに見立てた生野菜たっぷりの採れたてサラダ。沸き立つほどの大地の香りで満ちていてめちゃくちゃおいしかった。既に満足感でいっぱいである。
でも注文してからようやく出てきたということはコース料理の内ではない。前菜の1種類ではあるのだろう。これだけおいしいのに、それでもなおキムチが優先される。文化的な背景が関わってるのだろうか。
まさかさっきのは前菜ではなく突き出しだったのか?
「どうしたんですか、シェリーさん。ほらほら、これなんてもう食べごろですよ」
「それはまだ裏返していませんよ」
「薄いタンは裏返さないでしょ」
「は? なに言ってるんですか?」
桜、詩織、食事中に冷戦するのはやめてくれ。
盤上は熱々なのに戦場は極寒。桜と詩織に挟まれて、物理的な肩身が狭い。
暁、ヘルプっ!
「こらこら。食べるのはシェリーさんなんだから、彼女に合わせないとな。シェリーさんは片面だけ焼く派ですか。両面焼いちゃう派ですか?」
「焼肉が初めてだからどっちにすればいいかわからん。とりあえず、しっかり焼く派で頼む」
単純に生焼けは怖い。
レアステーキは普通に食べられるのにミノタウロスタンの片面焼きがダメなんておかしいだろ、とは言わないでくれ。衛生面の心配は常について回るものなんだ。
それが異世界で、しかもモンスターの肉ならなおさら。
遂に焼きあがった牛タンが目の前に現れた。
どう見ても牛タン。
モンスターのタン。
周囲を見渡すとみな、なんの躊躇もなく食べていた。
アルマ曰く、『お肉になればかわいく見える』という。
かわいくは、ないんだけどなぁ。
うぅ~~~~冷める前にいただきますっ!
「うまいっ! かなりうまいな。モンスターの肉なのに」
「所詮は牛肉ですから。たーんと召し上がってくださいね。必要でしたらお酒もありますので」
「さすがに昼からお酒は、でもありがとう。楽しませてもらうよ」
「ええ、存分に。あ、そうそう。戦場で魔剣を見たんですよね。どんな印象でしたか?」
お肉をひっくり返しながら語り掛ける暁の横顔はとても楽しそう。みんなと食卓を囲むのは楽しいものだ。
私が寄宿生の頃はライバル意識の高いクラスメートばかりでギクシャクしてたから、こんな景色はなかったなぁ。
少数の派閥が点々と散らばってた。特に私は修道院出身ということもあって孤立しがち。かわいがってくれたのは自他ともに変わり者と評された先輩たちだった。
社会人となってからは一人暮らしのものだから一人飯ばかり。だから修道院に戻った時に子供たちとシスターを囲んでの食事は楽しみで仕方なかった。今ではバストとプリマのいる生活でとても賑やか。
今日は死線を共にした仲間たちとの時間。
大勢で食べる食事というのはとても楽しいな。
不謹慎ながら戦場もそうだった。頼もしい仲間に背中を預け、強敵に挑む。護国の戦士がこんなことを思うのはよくないかもだけど、仲間とともに艱難辛苦に立ち向かうのは心躍るものがある。
強者ならよりいっそう心強い。それが魔剣持ちとなればなおさら。
記憶を反芻して暁に素直な感想を伝えよう。
「どの人の魔剣も凄まじい威力の魔剣だった。しかしそれ以上に素晴らしいのは個々人の技術力の高さだ。魔剣の能力に奢ることなく、己自身の鍛錬を怠らないことが理解できる」
私の言葉にライラさんが相槌を入れる。
「そうそう。あんな身のこなしができるのは剣闘士にだってそうはいない。魔剣も、ウェポンスキルも、魔法も、体術も、なにもかもが超高水準。逆にいうと、基礎がしっかりしてないと魔剣なんて諸刃の剣だなって感じた」
ライラさんもベタ褒め。掛け値なしに尊敬できると太鼓判。
対して暁は至極冷静。自分のことのように喜ぶこともなく、淡々と肉を焼き続けた。
「そこはやはり“心”ですね。魔剣を手に入れたとして、魔剣を持つに相応しい実力かどうか。是であれば、謙虚に愚直に、更なる高みへと向かうため、一歩ずつ一歩ずつ進めるかどうか。非であるなら、手に入れた魔剣に釣り合う人間になるための努力を惜しまないこと。結局はどこまでいっても自分との闘いということですね。そのへんは人生の先輩から聞いてみましょう」
召喚されたのは虎丞さん。彼は魔剣を使いだした最初期の人物。冒険者としても、成人してすぐにダンジョンへ挑み始めた古参である。
魔剣持ちとして、冒険者として、経験も知恵も豊富な彼の言葉には説得力があった。ぜひとも多くのことを学びたい。こと魔剣に関しては大先輩。なんなら招聘して教鞭をとってもらいたいほどだ。
「結論から言えば、常に己との闘いだ。あくまで魔剣は道具。主と従の関係にある。魔剣に使われることのないよう、心身ともに鍛えることが大事だ。魔剣を持ってからの闘いは、モンスター1:自分9だ」
「自分比率高いな。しかしまぁ魔剣にしても魔法にしても力に溺れることはよくある。道具の力を自分の力だと勘違いしてな。そういう事例ってメリアローザでもあるの?」
ライラさんは分厚いタンを頬張って舌鼓を打ちながら、虎丞さんの表情をのぞく。
楽しい焼肉の最中とは思えない険しい表情を見せる彼は、過去を反芻し、辛辣だった記憶を蘇らせた。
真剣な彼の背中が語って――――真剣な、彼の、背後で、アリアンが両の人差し指を立てて虎丞を、高速で腕を回して指さした。嘲笑の笑みで。
それと気づかない虎丞さん。神妙な面持ちになればなるほど、アリアンの悪ノリが際立つ。指摘するべきかどうか。迷う間に虎丞さんが話しを始めた。
「残念だがある。最初はそうでもないが、慣れ始めた頃から図に乗って強敵に挑んで返り討ちに遭うやつも少なくない。最近は先輩が後輩を教育する制度を整えたおかげでそういうことはない。第三者が客観的に評価する制度もあるから、間違った方向へ進むこともない。このへんは暁の施策だったな」
アリアンの奇行に気付いた暁。
呆れ顔で無視を決め込む。
「ええ、あぁ…………あたしがメリアローザに来る前は冒険者同士は利益を取り合うライバルでした。そのためか生存率も成果量も低く、結果的にお互いの足を引っ張り、自分の首を自分で絞める状態でしたからね。とりあえず足の引っ張り合いを厳禁にしたところから変わり始めました。協力関係を作ってモンスターに挑めば、お互いの利益になると知ると急に仲良くなり始めました。いやぁ人間って面白いもんです」
虎丞の背後で爆笑を抑えながら超高速で指さしするアリアン。これは指摘したほうがよいのだろうか。
虎丞さんの話しは自分のことなのか。
アリアンが嘲笑して転がりそうなことを、か。
「楽して安全に収入が増えるんだからなりふりかまってられ――――おい何やってんだお前!」
視線で気づいた彼がアリアンに喝。
笑い袋が破裂して畳の上を転がりまわる妖女。
本当に仲良しのようだ、と思っておこう。
「えっと、まぁアレですよ。とにかく魔剣を持ったからって魔剣の能力に頼らず、己の研鑽を忘れてはならない、ということです。そういうことです」
含蓄のある腕組みが渋い。暁に言われると、歳不相応なのにしっくりくる不思議。
「あぁ、ものすごい説得力だったよ。桜も魔剣持ちなんだよな。君からも金言を頂戴したい」
「私も虎丞さんと同意見です。ただ付け加えるなら、魔剣も所詮道具の1つ。通常の武器と違うところは、高価格で能力が高く、しかも自分色に染まる魔剣は1点物。だからたまに魔剣を神聖視してしまう人がいます。魔剣を大事にしすぎてへっぴり腰になる人がいます。魔剣も武器の1つと割り切り、遠慮なく振り切るべきだと考えます」
「アナスタシアが魔剣を神聖視してるから注意しておくわ」
ライラさんの言葉を、聞こえなかったふりをして視線を避けようと努めるアナスタシアがいた。
それは私も思いました。傷つくことを嫌って神棚に飾ってそう。




