異世界旅行1-4 晴天穿つは人の業 3
結果に満足した魔法大好きっ子は満面の笑みを浮かべ、それはもう楽しそうにストラタス・イグニスを作った時の話しをしてくれた。
実験的に造った魔剣は、元々魔法の触媒として運用するつもりだったとか。
火の魔剣が製造できるなら、他の属性の魔剣も造れるに違いないだとか。
それはもう怒涛の勢いで語ってくれる。
このまま永遠に話し続けるんじゃないかって勢いで瞳を輝かせた。
延々としゃべり続けること1時間。
ようやくダンジョンの入り口から太陽のギルドが運営する食堂に帰ってこれた。
昼前の食堂はいつもより賑わってる。
冒険者も含めて一般人も多くいるように見えた。
それもそのはず。みんなお肉が食べられると聞いてやってきたのだ。この世界、この時代、この国では滅多に食べられない貴重な牛肉。ミノタウロスの肉だけど。それでもまぁお肉には変わりない。
それがたんまり食べられる。冬の保存食に加工する分を除いても、まだ余るほど大量に仕入れられた。全てのギルドに分配され、個人経営の店にも十分な量が供給される。
たまに食べられる御馳走。
今度はいつ食べられるか分からない肉料理。
子供も大人もおおはしゃぎして当然なのだ。
見渡して、見知った顔を見つけて挨拶をした。
朝ごはんを食べに出かけたすみれたちが戻ってきてる。
エルドラドに赴いていたフィアナと鈴も合流してた。
剣術指南に出かけたアナスタシアはぐったりと机につっぷして死にそうにしてる。
なんで?
「どいうことなの、もみじちゃん?」
「あはは~。ずっとぼこぼこにしてたからですかね。でも基礎はしっかりしてるんで飲み込みは早いです。だからこそ惜しいですね。せっかく暁さんが刀を打ってくれたんだから、剣術も魔法もみっちり叩き込んであげたい。中途半端に手放したくないなぁ」
「気持ちはありがたいが、彼女にも生活があるからなぁ。こちらとしても中途半端は望んでない。なんとかならないものか」
「あたしだったら融通が利くので、アナスタシアの家にホームステイできますよ。異世界にも行ってみたい!」
「いっそベルンに留学するか?」
「留学! いいですね!」
軽口に聞こえるかもしれないけど本気で誘ってます。リップサービスではありません。
なんならそのまま居ついてくれても構わんとすら思ってる。
暁が剣術指南に抜擢するということは、剣を教えられるレベルの人材ということ。
だとするならば相当な実力者に違いない。優秀な人材は何人いても困らない。
「留学はいいですけど、そろそろ結婚しろって迫られてるって聞きましたが?」
おい、アルマ。余計な口出しするな。
「あぁ~それね~。まぁ長女だし、こんな性格だし、親は心配なのよ」
「そんな悪い印象はなかったけどな。かわいい我が子だからこそ、心配になるというものよ」
「子の心、親知らず!」
「当の子供がそれを言っちゃいかんよ」
気持ちは分かるけどね。
私も子供の頃は親がなんと言おうと思うがままに行動した。
我が子も親に似たのか、毎日毎日元気いっぱいに暴れまくる。
そこがまた楽しい。人生は楽しんでなんぼのもんです。
楽しんでると言えば華恋もそう。今まで見たなかで最も生き生きしてる。
彼女の得意分野。アクセサリーの話題で盛り上がってるからだ。
「せっかくの異世界渡航なので、記念にピアスなんてどうですか? これは木製の台座を魔法でくっつけてるので、金属アレルギーの心配がありません。石を固定する爪の形でも見え方が違ってくるので面白いですよ」
「ぐぬぬ……。それはものすごく魅力的。なのだが、小さい子供がいるからそういうのは身に着けないようにしてるんだ。誤って口に入れたりとか、耳にしてるとめっちゃ引っ張ったりしてくるからな」
ちょー痛ぇからな。
「あぁ~……それは仕方ないやつですね。小さい子供はなんにでも興味を持ちますから。それになんでも口に入れたがりますからね」
分かる分かるとうなずくのは私だけではない。ペーシェも同感のため息をつく。
「ルーィヒもすごい気を付けてるって言ってたわ。大人が子供の手の届かないところに置いてても、子供って賢いし行動力がすごいから、どうにかして手に入れようと工夫するんだって。梯子をかけたり、階段を作ったり」
「めっちゃ分かる。木箱とか重ねちゃうんだよね。危なっかしくてしょうがないよ。しかしそうだな、甥っ子のレレッチのお土産にはいいかもしれん」
「それもいいですが、レレッチさんにはお野菜の苗がよいのでは?」
すみれお前、レレッチの琴線をよく理解してらっしゃる。
「それは考えたが、なんか私がそれを選びたくなかった。女子に渡すもんじゃないよね」
そう言うとすみれは固まってポケットに入れた麻袋を取り出した。
中身は『ピーナス』と呼ばれる野菜の種。ピーマンの皮の中にナスの身が詰まってるという謎野菜。
たしかにピーマンもナスもナス科の野菜だけども、なんという変化球的品種改良。これも異世界の文化に由来してるのか?
ってか、お土産にそれを選んじゃうって凄まじいセンスしてんな。
食べることと作ることが好きなすみれ。
野菜や果物を育てるのが好きなレレッチ。
2人とも『好き』の指向性が同じだからとても仲良し。
ホームパーティーに招待するほどの間柄だという。
叔母としては嬉しい限り。今度は私たち家族もお呼ばれしたい。すみれの手料理が食べたい!
「そういってくださると嬉しいです。ぜひともグレンツェンにお越しになられる際にはうちに来てください。さて、それでは~このなかから~ペーシェさんに似合う~夜色の石を~見つけましょ~♪」
「ペーシェの? 自分用じゃなくて?」
「お互いがお互いに似合いそうなのを選んでプレゼントしようって提案されまして。フィアナさんと鈴さんみたいに」
ペーシェの照れ隠しが隠れてない。
超楽しそう。
超超嬉しそう。
ペーシェとすみれの興味のままに、華恋がシェリーに自分の得意を押し付ける。
「シェリーさんもいかがですか。ワンポイントあるだけで印象ががらりと変わりますよ。シェリーさんは容姿が整ってるのでシンプルにダイヤモンドなんていかがでしょう。役職柄、社交界などでドレスを着る機会があるなら透明感のある石がおすすめです。普段使いであればムーンストーンみたいな柔和な印象を受ける色合いがおすすめです。髪色に合わせるならリーフグリーンも似合いそうですね。」
「たしかに、手軽な装飾品をいくつか手元に置いておきたいとは思ってたんだ。いつもドレスと一緒にレンタルしてるからな。そうだな、せっかくだしバストとお揃いのものが欲しい。彼女に似合うものを見繕ってもらえないだろうか。私自身、こういったものに疎くて」
スマホの写真を見せて真剣な表情の華恋。2人に似合うデザインを脳内で亜高速処理。
「ふむふむなるほど。褐色の美女ですか。どんな性格かを教えていただけますか?」
スマホの画像を見せてバストとのツーショットを見せる。
これを見て驚かないということは、彼女が生まれた世界の文明レベルは我々と同程度か。ハイテク機器なんかの話題を振れる異世界人がいるのは助かるな。
メリアローザの多くの人々には魔導工学産の魔導複写装置のことなどちんぷんかんぷん。いや、魔法関係については華恋は疎いんだったか。
シェリーはベルン騎士団の広告塔。
彼女に憧れて騎士団を志望する人間は少なくない。
市民からの人気も高い。修道院育ちということから、若くして騎士団長にまで上り詰めた彼女の人生のバックストーリーも刺激的。シンデレラストーリーと言っても過言ではない。
性格も容姿も抜群。
実力もお墨付き。
猫好きも広まって求心力の高まりはとどまるところを知らない。
強いて言えばいい人がいないということか。
しかしそれも解決の兆しが見えた。プリマが恋のキューピッドになってくれる。これが本当なのだとしたら、シェリーの歴史に新たな1ページが刻まれることになるだろう。
フィアナと鈴は宝石箱を眺めながらも興味は薄い様子。それよりも異世界の、とりわけフィアナの生活に興味津々。いつかベルンに訪れたいと語る。
ローザとシルヴァはメルティと一緒に厨房でお菓子を作ってる。午後に催されるティーパーティーで創作スイーツをお披露目とのことなので楽しみにしておきましょう。
すみれとペーシェは華恋と一緒にガールズトークに華を咲かせる。石に興味を持ってくれる女子はメリアローザには少ない。自分の大好きに興味を持って肯定してくれる。水を得た魚のように生き生きと笑顔の花を咲かせた。
そういえば忘れるところだった。
エディネイの魔剣の共鳴反応の時に得た黄色いガラスについて聞いておきたかったんだ。
魔力を内包したガラス石。宝石魔法でも利用できるのだろうか。
「黄色いガラス。しかも珪砂の状態で錬成するなんて相当な火力だったんですね。みなさん無事だったんですか?」
「そこに意識がいくとはさすがだな。でも大丈夫だ。シェリーと頑鉄親方と、アルマの機転のおかげで助かった」
シェリーに視線を移す。と、思い出して反省の色を窺わせた。
「私のストーンウォールは全部まる焼けになってしまいましたけどね。頑鉄親方のおかげで助かりました。アルマにも助けられたよ」
「なんの! シェリーさんのおかげで威力を弱められたんです。それと頑鉄親方の機転はさすがでしたね。地中に逃げるは年の功です。勉強になりました! ところでお話し中に失礼します、フィアナさ
「砂漠で錬成された黄色いガラスッ! これはリビアングラスですわ!」
断りを入れる前にフィアナが突っ込んできた。
目を輝かせ、新しいおもちゃを買ってもらった子供のようにはしゃぎまくる。
一流の研究者は愚直に、目的に向けて目標を立て、まっすぐに突き進むことのできる人。
超一級の魔術師はそれに加え、童心が抱く憧れをいつも胸に秘め、轟々と猛る炎の情熱を周囲の人々に伝播させる。
類稀なる素質を持つ少女こそ、フィアナ・エヴェリック。
レナトゥスの秘蔵っ子。
期待の超新星。
「リビアングラスは科学的に生成過程が不明とされる謎多き物質です。諸説ありますが、状況的に最も有力なものが隕石の衝突によって生成される仮説です。隕石が衝突した時の衝撃の圧力と超高温で出来上がったというものです」
「地下施設のコンピューターが魔力の共鳴現象を隕石と誤認しました。本当に隕石と同等の威力を発生させてたんですね」
詩織の言葉を聞きながら立ち上がるフィアナ。体を震わせ、珍しく大きな声を出した。
「魔力の共鳴現象!? それでリビアングラスが生成されたのですか!? 情報は? 具体的な環境情報は!?」
「すまん。まさかあれほどの現象が起こるとは思わなくて何も用意してなかった。というか、元々魔剣の染色、じゃなくて共鳴現象は予定してなかったからな」
「そ、そうですか……あ、でも、また同じようにすれば観測できますよね?」
「エディネイ曰く、『魔剣は完全に俺の制御下にある感覚がある。だからさっきみたいな超威力の暴走はない。そもそも今のはお互いの波長を合わせるためにお互いの魔力がぶつかってできた共鳴現象の1つ。波長は調整し終わったから故意にでもしない限り、もうこんなことは起きないから心配ない』と言ってたぞ」
「故意にすれば観測できるということですね!」
「あぁ、生態系が破滅するレベルの現象がな」
「あぁ…………」
隕石が衝突するのと同じ威力だからな。そんなもん、なんとかガラスの生成のためだけに起こしていいような代物じゃない。
今回のは不意に、しかも生態系が破壊され終わった砂漠だったから許された所業。そうじゃなかったら大惨事。しつこいようだが念には念を入れておいてよかった。




