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異世界旅行1-4 晴天穿つは人の業 2

 だぼったい長袖とマント。ターバンを巻いて日光を遮る。日中の砂漠の中で人間の体は丸焼き状態。熱風と砂嵐から身を護るための重装備は必須アイテム。

 必須であるがしかし、重装備はそれだけで体力を削った。日光を遮るために必要とはいえ酷い環境である。右手を怪我してしまった私は座って休憩がしたい。もちろん、熱砂におしりを預けようものなら、ものの数分で丸焼き。

 シェリーに頼んでストーンウォールの椅子を作ってくれと頼むも、熱砂を魔法で変質させるわけだから、温度は熱砂と同じになるという。

 座った瞬間、お尻がまる焼けである。


 代替案として壁で日光を遮って影を作ってもらった。

 でも腰を据えて休みたい。歳なんだからもう少しいたわってくれてもいいんじゃないでしょうか。


「都合のいい時ばっかり歳の話しをしないでください」

「それだけ右手がマジで痛いんだって。アルマ~助けてくれ~」

「軽々に魔剣に触れるからですよ」


 ぐはっ!

 正論の殴打に言葉を失ってしまった。

 これ以上は墓穴の予感。沈黙が吉である。


 1キロメートルほど離れたところで親方の合図が出た。赤髪の少女は彼方、豆粒のように小さく見える。太陽光線にさらされた大地は熱を帯び、陽炎が揺れて像をぼかす。

 だから、エディネイが剣を抜いた瞬間に大きく視界が歪んだのは暑さのせいだと思った。

 あるいは水分不足か自律神経の乱れからくる不調。前者はともかく後者は論外だ。こんな時に気分が悪くなってる場合ではない。

 まだまだ旅行――――視察は始まったばかり。倒れてなんかいられない。


 そんなことを悠長に考えてると、脊髄反射的に魔法を放つ3人の姿が飛び込んできた。


「ストーンウォール・五重(フィフス)ッ!」

「塹壕ォオッ!」

遮炎(フレイムカーテン)付与(エンチャント)ッ!」


 5枚の壁が現れ、大地は沈み、大きな影が天を覆う。

 数秒もしないうちに頭上を強力な魔力の波動が過ぎていく感覚を覚えた。

 純粋な火の魔力。術式で組み替えられた炎属性の魔法とかではない。人間や大地が持つ魔力そのもの。それが突然として広がった。まるで隕石でも落下したかのような衝撃が我々を襲う。


【魔力の共鳴現象】

 同属性の2つの魔力が共鳴するように増幅・増強される現象のこと。

 音や光と同様、魔力にも波があり、2つ以上の波がぶつかり重なり合うことで発生する。自然界では魔導災害を起こしたり、パワースポットと呼ばれる場所では人々の心身に癒しをもたらすとも言われる。


 魔剣はこの性質を利用し、術者と魔剣の魔力の波長を合わせ、増幅、増強することで強力な剣技(ウェポンスキル)を発動できる。

 魔法の触媒としての機能もあり、魔法戦を得意とする魔術師も魔剣に相当するマジックアイテムを好んで使用する。

 魔剣のない我々の世界では、古に伝承されるような英雄が使った神器がある。それらが神器たりえたのは、魔力を内包した武具と使用者の魔力の相性がよく、通常の人間よりも遥かに強い力が振るえたことが原因ではなかと疑われていた。

 また、人工的に魔力の共鳴現象を発生させる研究には成功しており、魔力を動力源に使った魔導工学の出発点ともいえる現象である。


 アルマが言ってた。魔力の共鳴現象が起これば魔剣としての体を成すことができると。

 結果的には成功。

 エディネイとストラタス・イグニスの相性は抜群だった。

 が、しかし、魔力の共鳴現象が起こったとして、ここまでの波動になるなんて聞いてない。

 以前、レナトゥスが行った魔力の共鳴現象の実地研修で見た時は、せいぜい術者から周囲1メートルの範囲に魔力が広がる程度だった。

 それが、1キロメートル離れてなお、魔力の波動が熱砂の陽炎を焼き尽くしていく。


 天蓋の隙間からのぞく陽炎が落ち着いた。友達思いのアルマが頑鉄親方にエディネイの安否確認を打診する。


「まさかここまでとは…………。ともあれ熱波は去ったようです。エディネイのことが心配です。上に出られるように塹壕の蓋を開けていただいてもよろしいでしょうか」

「まだじゃぁあ! なんか硬いもんが降ってくる音がしよるけぇのぉお!」

「硬いもんが降って――――ぎょぇえ!」


 ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!

 ザグザグザグザグザグザグザグザグザグザグザグザグザグザグザグザグザグザグザグザグザグザグザグザグザグザグザグザグザグザグザグザグザグザグザグザグザグザグザグザグザグザグザグザグザグザグザグザグザグザグザグザグザグザグザグッ!


 聞いたこともない轟音が地上で鳴り響く。

 塹壕の魔法で穴掘って屋根を作ってもらってなかったら、なんか分からんがとにかくヤバかったってことか。さすが年の功。経験は黄金に勝るとはこのことよ。


 音が止んでしばらく、耳を澄まして周囲を確認する親方からゴーサインが出たので地上に出る。と、そこはさっきまで見ていた世界とは少し違う景色に様変わりしていた。

 シェリーの作った石壁はドロドロに溶けて煙を上げる。

 エディネイを中心に放射状に広がる黄色いガラス質の床。

 呆然と立ちつくすドラゴノイドの少女は剣を見つめて動かない。


「なんで砂漠の砂地がガラスの床に? 砂に混じってた珪砂が溶けて固まった、ってところですかね」


 雪子は見たこともない現象に心躍らせる。踏みしだいて、薄いガラス質の床はバリバリと音を立てて砕けていく。

 熱々に溶けたガラスの表面はごつごつとしていて黄色い。まだ熱を持ってるのか、少し輝いて見えた。

 土系魔法が得意なシェリーは鉱石の鑑定ができる。既知のものであれば情報を得ることのできる魔法によると、それはガラス。こんな砂漠でガラスが精錬されるよりも、驚くべきは精錬に必要な温度。


「これは間違いなくガラスだ。雪子の仮説が正しいだろうな。しかし、だ。ガラスの原料である珪砂単体を溶かすのに必要な温度は2000℃以上だぞ」

「どうりでフレイムカーテンを付与したシェリーさんのストーンウォールがどろどろなわけですね。さすがにその温度は防げないっす。てかめっちゃ詳しいですね」

「アイザンロックで体験したガラス吹きが面白かったからな。ちょっと調べたんだ」


 なんだその面白そうなクラフトワーク。

 私もいつか連れてってくれ。


「なるへそ。あれはまた体験したいですね。ぜひともオーロラグラスを作りたい。ところでエディネイは大丈夫でしょうか。あと、不意にさっきみたいな威力の共鳴現象が起きないですかね。さすがに何度も防げないっす」

「そりゃあないじゃろぉお! 魔剣が主と認めたんじゃぁあ! 勝手なことはすまいてぇえ!」


 親方の言葉を信じるしかない。

 いくら世界屈指の攻撃力を誇る私でも、相殺させられる気がしない。

 暑いのに冷や汗が出る。背後を振り返ると、目算でおよそ2キロメートルほどがガラスの床になっていた。どんだけの超広範囲攻撃だよ。うっかりじゃすまんぞ、これ。


 幸い、人も森も、雑草1本として生えてない砂漠地帯。被害が砂漠の砂だけで済んだのは超ラッキーだったと思いましょう。

 念には念を入れておいてよかったー!

 こんなの、人が住んでるところとか、フラウウィードみたいな世界でやったら大惨事だったじゃん。危うく異世界間交流とか旅行とか、なにもかもが台無しになるところだったよー!


 ひとまずエディネイの安否の確認だ。

 術者とはいえ、これだけ広範囲に及ぶ共鳴反応があったのだ。もしかすると怪我を負ってる可能性も否定できない。魔力的な怪我だってありうる。

 うずく右手を抑えながら心配するも、彼女はきょとんとした顔で我々を出迎えた。


「それでそれで。魔剣を手にした感想やいかに。手に馴染む感じ? あたかも生まれた時からそうであったかのような感覚?」


 アルマはエディネイが無事と分かると己の欲求を優先させる。


「なんでそんなこと分かるんだ? つまり魔剣持ちの人って、魔剣をそんなふうに感じるってことか。それじゃあ俺はイグニスに認められたってことになるのかな」

「アルマの言う通りの感覚があるのか?」


 私の疑問を受け取ったエディネイは逡巡した。握りしめた魔剣を掲げ、刀身を太陽に翳す。

 静かに荒々しく猛り輝いていた赤は主を得て安心したのか、少しだけ優しく微笑むかのように煌めいたように見える。


 ここに【赫爍燦煌(かくしゃくさんこう)ストタラス・イグニス】は完成した!


「ぎゃああああああッ! なんですかこれ! こんなんあったら水が浸透しても植物が育たないじゃないですか! なんてことしてくれたんですか!」


 叫び声を上げた影は昨夜、晩御飯を一緒に食べた五十嵐詩織。

 彼女は今日も星の再生のために地下へ潜り、コンピューターと格闘していたところ、スパコンが地表面で隕石の落下を検知して飛び出してきたのだ。

 隕石の落下と同等の威力だったのか。


「あぁ……たしかに大地に蓋をしてるようなもんだもんな。どうしよう」

「す、すまない。まさかこんなことになるとは思わなくて。すぐに片付けるから待っていてくれ」

「シェリーさん! い、いえ、まぁ植物を育てるにしても、この地域一帯はまだ数年先になるんで、それまでに片付けておいてくれればいいですので」


 なんか露骨に態度が違うな。昨日も熱烈ハグしてたし。よもや懐いたか。

 シェリーはシェリーで頑張る子には寛容だから、丁寧な語り口で詩織に言葉をかけた。


「いや、さすがにそんな長期間にわたって放置はしないから安心してくれ。それにしても規模が広すぎるな。どうしたものか」


 悩むシェリーの前にアルマは閃きを携えてやってきた。


「お任せくださいな。サーチの魔法で範囲を特定。大きな塊は破砕(クラック)の魔法を使って粉砕。風の魔法で持ち上げて、アルマのライブラに収納してしまいます。人間掃除機です」

「言うのは簡単だけど、よくまぁそれだけの魔法をこの規模で同時併用して平気でいられるな。なかなかできるもんじゃないぞ」


 改めて感心させられるわ。アルマを見てるとなんでもアリって思ってしまう。

 さっそく空を飛んでバキューム開始。すさまじい勢いで片付けられていく。


「魔法もそうですが、ライブラの容量も半端じゃないですね。みるみるうちに吸い込まれていきますよ」

「じゃ、儂の用は済んだけぇ帰るとするわぁあ!」


 自由か!

 こういうさっぱりしてるというか、きっぱりしてるところはさすが職人。

 きっと飯食っていつものように仕事に励むのだろう。我が道を行くところはアルマそっくり。いや、アルマが彼らの背中を見て、同じ轍を踏んでるに違いない。

 かっこいい背中を追いかけて、彼らの情熱に憧れて。

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